サイエンスライターになるには:第2回 サイエンスライターは食っていけるのか? | 化石の日々

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オフィス ジオパレオント代表のサイエンスライター 土屋健の公式ブログです。
化石に関する話題,ときどき地球科学,その他雑多な話題を書いていきます。

足成
(イメージ/足成より)


「サイエンスライターになりたい」という人向けの、個人的見解記事(不定期連載)。
第2回は、とっても大事な「収入」についてのお話です。

さて、よく学界の皆様とお話をすると、「日本にはサイエンスライターが少ないよね」と言われます。
「科学の楽しさを、筆で広げていくプロが少ない」というご指摘です。
なぜ、少ないのか?

これは先日、某出版社の役員の方々とともに、とある学界の代表の方々と食事したときにも話題になりました。

学界サイドからの質問で、
「なぜ、日本でサイエンスライターは少ないのでしょうね?」

役員と私の、ほぼ即答に近い結論は、
「日本のサイエンスライターは、食べていけないから」です。

これ、現実です。
サイエンスライター業で食べていけている方は、そうそういないはずです。

私もプロのサイエンスライターとして、記事や書籍の執筆のお仕事をしていますが、友人に言わせると
「ちょ、おま、それうちの子のお年玉の総額より低いぜ」
と言われるような収入の月もあります(「総額」であるところがそれでも救い)
幸いにして、私の場合は1年の収入を平均化すれば、食べていけるほどには稼がせて頂いていますが、執筆業1本でその年収を稼いでいるわけではありません。
記事や書籍の編集の他に、雑誌などへの編集協力、外部デスク、研究機関のパンフレットの編集や編集顧問、生涯学習などの講演活動などなど、イロイロとやっています。
多くは、独立前の会社、さかのぼると大学時代からの縁によってご依頼を頂くことが多いです。

もちろん、こうした編集業などを、すべての「プロのサイエンスライター」がやっているわけではありません。
ある編集者によれば、「ゴーストライター業を兼務する方が多い」とのことで、私のところにも一度ならず、その依頼があったことはあります(今のところ、ゴーストライター業を請け負ったことはありませんが)。私の知人には、自分でDTPもこなす、半ば編集プロダクションのような稼業をしている人もいます。

なぜ、執筆業だけで食べていけないのでしょうか?
それは「地位の低さ」と「意識・技量の低さ」、「経費」が関係していると、個人的には思っています。

まず、「地位の低さ」です。

前回の「サイエンスライターって、何?」で書いたように、一般的にはありがたがられることもあるこの肩書も、出版界ではけっして、そんなことはありません。

上記のように私は編集も行うことがあるので、編集者として会議や打ち合わせにのぞむと、編集者の本音を聞くこともあります。
曰く「名前を出す? ライターがエラそうなことをいうんじゃない」
曰く「専門なんて関係なくて、1週間くらいこの仕事のために空けておけるライターを使えば良いんですよ」
などという(意訳です。もうちょっとオブラートにはくるまれています。念のため)発言をする編集者に会ったことは1度や2度ではありません。
ちなみに後者の例では、1週間ぶっつづけで仕事があるというわけではなく、1週間の中で1日だけ取材が「あるかもしれない」というケースです。で、別に1週間の拘束分を保障するようなギャランティの提示があるわけではありません。
(そんなあなたの眼の前にいる私もライターですよ、というのは忘れられています)。

これが現実です。
少なくとも一部の編集者には「サイエンスライター」と言っても、十把一絡げで、「誰に頼んでも同じだから、おとなしく言うことの聞く、安いヤツに任せよう」という意識が垣間見えます。
念のために書いておくと、もちろん「プロのサイエンスライター」としての技量を高く評価してくれる編集者もたくさんいます。そういう編集者さんとのお仕事はとても楽しいものであることは確かです。


二つ目は、ライターサイドの問題で「意識・技量の低さ」です。

前回の「サイエンスライターって、何?」で書いたように、この肩書は「名乗ったもの勝ち」です。
……となると、同じ肩書をもっていても、その意識や技量には雲泥の差があります。
私が出会った「自称サイエンスライター」の中には、普段は何でも書きますが、必要に応じて「サイエンスライター」と名乗ります、という方もいました。ケースbyケースで、「○○○ライター」を使い分けているとか。
「サイエンスライター」という肩書は簡単に名乗れるだけに、プロとしての心構えや常識その他を持ち合わせていない方も見受けられます。
発注サイド(出版社サイド)から見れば、そうした方々と十把一絡げなので、「安い原稿料もやむなし」と判断されてしまうようです。


三つ目は、おそらく一番大きな問題「経費の高さ」です。

サイエンスライターとは、科学的「事実」を発信する職業です。
……となると、その事実のネタもとが存在します。それは研究者への取材によって入手するか、あるいは、「学術論文」などに頼るかになります。
インターネットには情報がたくさん転がっていますが、「裏をとる」ということに関しては弱いのがネット情報というものです。
そうなると、原稿を執筆するのにあたっては、論文その他の資料を自分で準備する必要性があります。
この論文が、結構、お値段がします。
例えば、よく新聞などに登場する「nature」は、1つの論文のお値段が3300円です(このブログ記事の執筆時現在)。他にも、学術誌によっては論文1本で$55ということもあります。
私の場合、必要に応じて洋書も購入して資料としていますが、1冊$50超というものは普通にあります。
こうした資料を使って、原稿を書いたり、裏をとったりしていくわけです。
数行の情報の裏をとるために、ときには1万円を超える出費をすることもあります。

しかしこうした資料費は、必ずしも出版社に経費申請できるわけではありません。
むしろ、できない時の方が多い、といえるでしょう。
その他、自分の知識を維持していくための諸般の“勉強費”も必要となります。

すると例えば、1万円の原稿を書くのに4000円は自腹経費、ということが起こりえるわけです。
……で、残り6000円に見合う時間で原稿を書いているかといえば、おそらく時給換算ではかなり低くなります。
何しろ、その論文を理解して、わかりやすくして、書いて、推敲を重ねる、というのがこの職業ですので、1本の原稿に必要とする時間は推して知るべし、です。

ただし、この経費のことを意識しすぎると、情報発信の“矛先”が鈍ります。
「論文は高いから、ネット上で無料で入手できる情報だけで」とやっていると、本当の面白さを伝えられなかったり、科学的に誤ってしまって本末転倒になってしまうわけです。
したがって、これは「必要経費」といえます。
これがかかる。
必然的に、売り上げに占める利益の割合は低くなります。


以上、他にもいろいろな諸事情は重なると思いますが、私が4年間のフリーランス生活で実感している「サイエンスライターは食べていけない」といわれる理由です。


「サイエンスライターになりたい」という方は、まず、この現実を知っておいてください。どのプロの世界でもそうですが、この世界もけっして生易しいものではありません。


……次回の「サイエンスライターになるには」では、今回の記事で心が折れなかった方に「サイエンスライターのお仕事冥利」に注目したいと思います。




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この記事の執筆者である土屋健は、地質学や古生物学を軸に、地球科学を得意とするサイエンスライターです。
著作は、こちらのページで確認できます。
→ http://www.geo-palaeont.com/books.html