今川義元生誕500年へ向けて

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今川義元は永正16年(1519)、今川氏親の5男として生まれました。2019年は義元生誕500年にあたります。義元といえば、どうしても桶狭間の戦いで圧倒的な軍事力を誇りながら織田信長に討たれたことで、武将としての力量に欠けていたという印象(イメージ)があります。

私は、学部の卒業論文で今川氏のことを取りあげて以来、今川氏親・義元、それに寿桂尼のことを研究してきましたが、この生誕500年を一つの節目に、今川氏の再評価をしたいと考えています。

去る5月19日が義元の命日でした。その日、菩提寺の臨済寺(静岡市)で、命日忌法要の後、臨済寺本堂で私が「今川義元公の再評価を静岡から」と題して講話をし、同寺の阿部宗徹老師の講話の後、田辺信宏市長・酒井公夫静岡商工会議所会頭により「今川復権宣言」がなされました。これから2年間、今川義元を表に出したいと思っています。

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長良川の鵜飼

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私はこの4月から岐阜市歴史博物館名誉館長を委嘱されましたが、その関係で、先日、岐阜市長から鵜飼開きの招待を受けました。これまで鵜飼は長良川の岸から見たことはありましたが、舟に乗って見るのははじめてでした。

はじめに鵜匠の方の説明があり、鵜をどのように訓練し、育てているかがわかり、よかったです。また、鵜飼は信長との関係もあり、特に興味深く見ることができました。

『甲陽軍鑑』によると、武田信玄の使者として秋山虎繁が岐阜を訪れた永禄11年(1568)6月、信長も一緒に舟に乗って秋山虎繁に鵜飼の接待をしています。信長の「おもてなし」として注目されます。

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高水寺城を歩く

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古くからつきあいのある日本城郭史学会盛岡支部長の方の企画で、盛岡の川口印刷工業株式会社主催による歴史講演会があり、行ってきました。

城郭ライターの萩原さちこさんが盛岡城の話をし、私が「南部にもいた女城主―清心尼とその時代―」と題する話をしてきました。

 

翌日、前からどうしても行きたかった紫波町の高水寺城を案内してもらいました。斯波氏の城で、地元の文化財調査委員の方とさきほどの城郭史学会盛岡支部長の方お二人の案内で城内隅々まで調査することができてよかったです。桜もまだ少し残っていて、思いがけずお花見もできました。

 

盛岡には好きな地酒がたくさんあって迷いましたが、今回は「あさ開」を楽しみました。

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