本当は病気の経過はさくっと終わらせるつもりでしたが、書いているうちにいろいろと思い出して、結局記事がおおくなってしまいました。
でも、経過としては、これで一区切りにしたいと思います。
退院直後の生活は、なかなか厳しいものがありました。
体は自由に動かない、歩くのも必死、座っていてもすぐ疲れるし、寝ても床ずれで痛くてたまらない。
病院に引き返したほうがいいのでは、と思うくらいでした。
しかし、年末に退院し、正月を越してひと月たつころになると、電車に30分乗って、さらにバスに乗って通院できるようになっていました。もちろん翌日はぐったりして一日中横になっていましたが。
体重は退院後2か月で20キロのプラス。がんがあったころは一番痩せた時で47キロ。
わたしの身長が178cmなので、骨と皮だけの骸骨みたいな状態になって、顔もげっそりして、死相というのはこういうものか、と思っていました。
それが70キロ前後に一気に回復して、だんだん顔色もよくなりました。70キロはわたしのベストのころの体重なので、それに戻ったという感じです。
術後、体重が急激に増えるとお腹に肉がついて形が変わり、ストーマの袋(すなわちパウチ)がうまくフィットしなくなるとよく言われますが、わたしの場合は穴の大きさを少し変えたりすることで対応でき、深刻な状態にはなりませんでした。
ストーマの調子も良好でした。退院した途端に漏れなどもピタッと止まり、布団や服を汚したことも、おそらく1,2度くらいしかありませんでした。
その間の工夫については、また後日書くつもりです。
そして日ごと、週ごと、月ごとに回復し、術後5か月の造影CT画像診断、および血液検査でも再発、転移は確認されないという結果でした。それが今年の4月末のことです。
その後、妻はフルの仕事に就いているので、家事や子供の世話などを積極的にやり始めました。
5月末には3歳の次男を自転車の後ろに乗せて保育園に送ったり、
洗濯のことをやったり、
小学生の子供の勉強をみたり。
夕飯の支度、台所仕事などができるようになっていました。
そして、7月の2泊の温泉旅行に続き、8月には以前も記事に書いたようにフィリピンのセブ島に家族旅行に行くことができました。この時のことも、後日書こうと思います。
さて、現状ですが、今日は写真をいくつか撮りました。
写真の3枚目まではふつうの写真ですが。4枚目、5枚目はお腹の手術痕やパウチの一部が写っています。
ストーマについて切迫した決断を迫られている方には、何かの参考になるかと思い、あえて載せます。
興味のない方や、抵抗のある方はお引き返しください。
2枚目、横から。
身体障碍者手帳を提示すると、ん?という顔をされることもありますが、それもそうだな、と。
はた目には、ふつうです。おなかあるパウチの厚みも見えないと思います。
長袖に、下にタンクトップを着ているだけです。
次の写真は、セブ島の路上で撮ったものです。
Tシャツ1枚に、短いパンツをはいているだけですが、これでも目立ちません。
最後まで写真を見ない方のために、文章を続けます。
ご覧のように、わたしの状態は良いと言えます。
痛みはありません。
一般的な手間以外の不都合もありません。
体力がなく、疲れやすいことは事実ですが
病気のことなど感じない生活を送っています。
しかし、、、
主治医が書いてくださった診断書では、
永久人工肛門、永久人口膀胱、
5年生存率11.6%
となっています。
これが私の健康状態の医学的見解です。
遠隔転移はありませんが、他臓器を破壊していたことから、ステージ4のカテゴリーになるようです。
病気のことなど忘れていられる自分と
度々喚起される病気の危険
この2つの気持ちの間で、未来についてはすこし整理のつかない気持ちで過ごしています。
どのくらい先の目標を持ったらいいのか。
自分に何ができるのか。
でも、今は一日一日を大切に、養生第一に、と思っています。
これが現在の状態です。
ここからは腹部の写真です。
お腹の中はこんな風になっています。
普段はXLサイズの下着をストーマの上にゴムがくるようにしてはいています。
こっちはパウチの上部を見せた写真です。
昨日はりかえたので、きれい。
さすがにストーマ全部を出すのは自主規制です。またイラストでも描きます。