僕の家は中央道の上野原というインターから車で5分くらいの所にあります。
山を切り崩して作られた、いわゆる開発団地です。
個数は100戸ほど、住人は400人ほどでしょうか?
周りはもう山ばかり。
今の新緑の季節には最高です!
僕の家は、その団地の東の端っこにあり、しかも前は公園で、さらにその先はもう山。
何とそこにしょっちゅう、猿の群れがやって来ます。
さすがに家までは来ませんが、しかし家から十数メートルの所に猿の群れが来るとは!
そうそう、昨年の秋にはついに、マラソンのトレーニング中に、「熊注意!」の看板を発見!
それからというのも、ちょっとした藪のかさつく音にも「じぇじぇ!」でした。

そのマラソンを始めて7年くらい。アップダウンのコースには事欠きません。
というか、フラットのコースを探すのはまず無理。コースによっては40分ずっとアップ、なんてのもあって、トレーニングにはバッチリ!(過ぎます!)
たまに、旅先でフラットなところを走ると、「ああ、なんて楽なコースなんだ!」と感動してしまいます。

さて、なんでこんな事を書いているかというと、今回のブログのお題にも関するのですが、この先、老後を考えると、こんな田舎暮らしも、良いのかなって考えたりするからです。

実は先日、仲間のミュージシャンと飲んでいたときに、「最近、地元に帰ること、真剣に考えるんだよね。」なんて話題で盛り上がりました。
たまたまみんな、九州や関西といった地方出身者でした。
なぜ地元に帰りたいのか。
その理由の大きなものが、関東圏で暮らすには、家賃や駐車場等の出費がかかりすぎるから。もちろんそれは、収入の頭打ちということが問題なんです。
僕のように50歳を過ぎたあたりのミュージシャンにとって、数年前までは、なんだかんだいっても収入は右肩上がりか、せめて横ばいでした。
しかしここ数年、明らかに右肩下がりになってきています。
しかも家計の支出は、教育費などで増える一方。
普通のサラリーマンなら定年くらいまでは、計算できたのでしょうが(今はそんな時代じゃないか?)、ミュージシャンは退職金もないですからね。

しかもここ数年、かなりの数のミュージシャンが、何らかの理由で地方に引っ越して行ったというのも、今まだ関東圏に残っているものにとって、気になるのでしょう。

その大きな理由のひとつには、先の震災での放射能の問題もあったでしょう。
でも、それよりも、音楽を取り巻く環境の変化だと思います。

地方に居住を移すことのできる人の多くは、サポート系のミュージシャンです。
要するに、ホールツアーのできるような有名なアーティストのサポートを、その仕事の中心としている人は、そのツアー用のリハの期間だけ東京にいれば良いだけで、それ以外の時は地方にいていい訳です。
もちろんツアー中は、全ての移動費と宿泊費は出してもらえるわけですからね。

そういう人にとっては、わざわざ高い家賃を払って関東圏に住み続けている必要は無いわけですね。
以前はツアーの合間に、都内でのライブなどをやっていたわけでしょうが、昨今では、都内のライブでの収入は、駐車場代と食費でほとんど消える程度。
それもありますが、ライブの出演者の中心も、どんどん若い人にシフトして行ってます。
僕のような年代の、しかもそこそこ業界でも名前の通った人には、ライブハウス出演のオファーもどんどん減ってきているようです。
そりゃ、そうですよね。ぼくも、数千円のギャラで、誰もが知っている○○さんを呼ぶなんて、できません。(いや、僕はいきますよ!)

そんなこんなで、もう既に見切りをつけて地方に移住した人もいれば、都内で残っているものも、そんなことを真剣に考え出しているのだと思います。


さてでは僕はどうなんだろう?
実は僕も、本当は、学生時代に過ごしたあの京都にまた再び住んでみたいと、真剣に考ええたりもするんです。
まあ、僕の場合はもう十分、田舎暮らしなんですが、でも関東圏にいずれそのうち来るだろう、大震災のことを考えても、あるいは富士山の噴火を考えても、やはり関東はやばいと思うんですよね。
とはいえ、じゃあ今の家はどうするの、とか、行った先でどうするの、なんて考えるとなかなかそういうわけにもいきません。
地方に移住する人の多くの場合、そこに実家があって、まだ親がいる(この、親の介護というのも重要は問題のようですね)とか、奥さんの実家がある、などといった条件が必要のようです。あるいは子供がいないか、いてもまだ小さくて学校の問題もクリヤーできるといったことも、重要のようです。



老後は、青い海の見えるようなところで、昼間から焼酎でも飲みながら、音楽を聴いたり本を読んだり、ただぼんやりしながら浜風に吹かれたり、なんていう生活をしてみたいなぁ、なんて夢のようなことも思ってりします。
海外の映画にあるような、地中海やカリブ海のようなところ。
日本だったら石垣島とかかなぁ。
まあ、そのために、先立つものがいるのですが、それはさておき、そんな夢を見るようになったのも、そういう歳なのかなって思います。

さて皆さんは、どんな老後をイメージしていますか?
でもとにかく、歳取ってから震災だけは、いやですよね!

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ずっと感じる素朴は疑問。
なぜジャズミュージシャンに女性は少ないのでしょう?
特にリズム隊。
いや、ピアニストに優れた人が多くいることはわかっています。
なのにベーシストやドラマー、ギタリストで活躍している人は、少なくともこの日本のジャズシーンではほとんどいないような気がします。
これってなぜ?


僕は山野ビッグバンドコンテストの審査員をしています。
昨今では、多くの大学で、そのメンバーの構成比率が圧倒的に女性の多いというような状況になってきています。(でも上位入賞校は、やっぱり男性が多いようです)
その中には、数年前に審査員賞をとった(確か天理大学だったと思うのですが)、女性だけのリズム隊もあったように、女性の活躍は目覚しいものがあるのに、その先にあると思われるプロの現場では、未だに圧倒的に男性優位な状況かとおもいます。
これって何が原因なんでしょう?

これはひいては、女性の社会進出や政治における議員の比率などでの女性の少なさと、同じ根っこの問題なんじゃないかとおもうのです。

先にも言いましたが、ジャズの世界でもピアニストを始め、ボーカリストにも女性が多いです。サックス奏者などの管楽器にもそこそこの数の、いいプレーヤーがでてきました。
でもやっぱりリズム隊は少ないですね。なんでなんだろう?

確かにリズム隊は地味です。スターには成れません。
でもそれが理由? 女性のすべてが、お姫様になりたいという志向の人ばかりでないことは百も承知しています。
でもやっぱり、縁の下の力持ちはいやですか?
僕は職業柄、多くのコンサートで演奏しますが、照明や音響のスタッフには多くの女性がいます。
僕のような、ステージに立つミュージシャンより遥かにハードな現場で、それこそ汗にまみれている女性を一杯みてきました。いや、もっと言えば、照明や音響のような、繊細な感覚を要求されるパートには、女性が向いているのではないかとさえ思います。

あっ、ここで一言断っておきたいのですが、僕の立場は「男女に根本的な能力差は無い」です。人間の個体差はあっても、男女という括りで、その能力差を論じることには、何の意味もないという考え方です。
例えばぼくがどんなにトレーニングを積んでも、柔道の吉田沙保里さんには勝てないということです。



さて本題に戻りますが、ではなぜリズム隊に女性が少ないのか?
そこに企業における出世の壁のようなものがあるとも思えません。
確かにジャズを始め、音楽業界は未だに圧倒的な男社会であることは認めざるを得ません。でも少なくとも、一度ステージに立てば、そこはただ実力の社会。
いや、もっといえば、実力があって、しかもイケメンだったり美人だったりしたら、それこそそれが圧倒的な売りになる、不当な社会です!(僕も、すらっと背の高い、イケメンに生まれていたら、もう少し人生も変わったかも、ですね)

こんなあんなを色々考慮しても、少なくとも受け入れる側が拒絶しているようには思えません。
とすると、やはりプレーヤー側で自ら自主規制をかけているのでしょうか?
プロで食っていくのは厳しいから?
でもそれって選択する楽器にも、男女の差にも関係なく、みんなにとって同じように厳しいですよね?

う~ん、やっぱり理由が見えてこない。
筋力だったら、僕より握力の強い、あるいは筋骨隆々な女性、あるいは身長もある女性は五万といます。
情熱? でもジャズに対する情熱なら、素晴らしいピアニストやボーカリスト、管楽器奏者がその熱い想いの丈を示してくれています。


ところでなぜ女性の社会進出は進行しないのでしょう?
こちらには、やはり多くの壁があるようですね。
子育ての問題や、日本社会が持つ社会通念、教育のあり様等々。
僕は二人の娘を持つ親として、是非彼女たちには生き易い国であって欲しいと思いますし、女性であるがゆえに夢を砕かれるような国であって欲しくないと思います。
そのために自分に何ができるのか、出来ることを微力ながらもちょっとずつやって行きたいと思っています。
そんなことを思う中で、何故女性のリズム隊がジャズのフィールドにはかくも少ないのかという問いに、ヒントが見えれば、それはひいてはこの日本社会をより良くするのに、何か見えるのかなというような気がしています。

でも、今はその理由が全くわかりません!
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たまたまFBのニュースフィードを見ていたら、笠置シズ子さんの「東京ブギウギ」の映像に出くわしました。
昔から、笠置シズ子さん、そして(イコールと言っていいのか)服部良一さんの音楽は好きでした。
創世記の日本のジャズ、ひいては当時のアメリカンポップスの息吹を感じさせてくれる歌とサウンド。ほんとに斬新です。

で、ひとつ思ったのが、日本ジャズの創世記のこの歴史が、今の時代に全く受け継がれていないんじゃないでしょうか、この日本では?
アメリカでは、例えばアフリカン・アメリカンの人達は、間違いなくジャズは自分たちの音楽であり、それを創ってきた先人達にちゃんと敬意を持ち、ジャズをやるやらないにかかわらず、きっとよく聞き、そしてそれをしっかりと体の中に入れているような気がします。

ドイツやオーストリアの人達にとっての、モーツァルトやバッハ、ベートーベンも然り。
そういえばバークリーの生徒時代、ウィーンで、ジャズフェス出演のため一ヶ月くらいそこに滞在した時に、宿泊させてくれたお宅の部屋飲みでは、必ずクラシックがかかっていました。
彼らには、バッハやモーツァルトやベートーベンは懐メロで有り、「俺たちの音楽」なんですよね。

さて、翻って、僕たち日本人にとって、俺たちの音楽って何なんでしょう?
僕にとってはやっぱりビートルズであり、パープルであり、ツッペリンです。
でも、じゃあそれがルーツかっていわれると、そうじゃないんだよなぁ。
で、やっぱり70年代の歌謡曲を聴くと、「ああ、俺はこれを聴いて育ったんだ」と思うわけです。
キャンディーズやピンク・レディ、ピンカラ兄弟や由紀さおり等々。
しかも60年生まれの私は、親が聞いていた美空ひばりや江利チエミ、そしてその素の笠置シズ子も、どこかしら耳に残っているわけです。

で、僕が言いたいのは、こういった、日本のジャズを創ってきた人達の歩みが、伝承されていないのは、実はとっても悲しいことではないのかな、って事です。
今の若いジャズミュージシャンに、笠置シズ子はもちろん、服部良一、美空ひばりや江利チエミは、おそらく伝承されていないような気がします。これって、悲しいと思うんです。
アメリカの人達は、ジャズを文化論として、ちゃんと学問にまでしているし、その上で、アメリカのジャズが成り立っているわけですからね。
日本のジャズも そんなところからもちゃんと取り組まないと、ガラパゴスになっちゃんじゃないでしょうか?

皆さん、一度、黒澤明監督の映画を見てください。
終戦直後の昭和20年代、街にはパンパンとヒロポンが蔓延していました。
でも、よれよれの主人公が訪れる、ビッグバンドが演奏するキャバレーでは、立錐の余地がないほどの若者が、ビッグバンドのサウンドに合わせて踊っています。
その数、千人ほど!
この日本でも、ジャズって本当に人気があったんですよね。そしてポップスだったんです。
そんな時代を作った人達や、その時のサウンドを、「なんか、だっさ~い」とか「かっこわる~い」と切り捨てず、創世記の活力を感じ、そこからもう一度、今に通じるヒントを得るのも悪くないんじゃないかな、そんなことを、笠置シズ子さんの映像を見ながら思いました。


支離滅裂な内容ですが、気にせず読んでください。
確かに酔っ払っています!
でも、気楽にブログを書こうを思った第一弾です。
こんな感じで、徒然なるまま、責任感も感じずに(校正もあまりせず!)ブログをアップしていこうと思います。
気楽に、軽い気持ちで読んでくださいね、よろしくお願いします。

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あほか、おまえは!

テーマ:
すいません、自分のブログ、「ツイッターについて」に、自分で「いいね!」を押してしまいました。
まったくそんなつもりは無かったのですが。
しかも、その「いいね!」を取り消す術が分かりません。
これじゃ、FBで皆さんに告知しているのと同じやん!

ということで、「いいね!」、この場を借りて取り消しますので、どうぞご了承ください。
よろしくお願いします。

ツイッターについて

テーマ:
また、久しぶりのブログです。

最近、思うところあって、ツイッターでつぶやくのを止めました。
まあ、理由はいろいろあるのですが、一つには色んな方から「納の発言はネガティブだ!」とのご指摘を受けたこと。
僕自身は、最終的にはポジティブは方向に持って行くような流れで書いていたつもりですが、中には、書き出しの問題定義だけに目を奪われて、「こいつ、なんてネガティブなことを言っているんだ?!」という印象を強く持たれる方も多かったようです。
僕、実にポジティブなんだけどなぁ。
でも、正直言うと、ある人にとって「だから頑張るぞ!」というような問題提議は、ある人には「あ~、それってしんどいなぁ...」ってことになるんですね。難しいところです。
いやぁ~、実名で意見を言うことは、本当に難しいものです。

それと、自分自身、よりフォロワーを増やそうというような狙いがあって、意図的に刺激的な発言をしようとしていたところもあって、そんな自分がすごく嫌になったということもあります。

元来、ツイッターでは、ライブの宣伝は極力しないつもりでいたので(それをし出すと、僕のように、ほぼ毎日ライブをやっているものは、ひたすら告知をし続けなくてはならず、そうなると、宣伝ばかりになり、結局はどんどんスルーされるという結果になるような気がしていたのが理由です。実際、この人のライブは告知し、この人のは告知しない、というわけにも行かず.... 。)、じゃあ、何をつぶやくかというと、結局世の中の情勢か、今の音楽業界の事情に対する不満が中心??
実際、あまり明るい話題がない現状では、どうしても問題定義的な話題が多くなります。
しかも、そういう話題は、皆さんの食いつきも早いし、リツイートもされやすいですからね。

まあ、そんなこんなで、そういう自分になんか違和感を感じ、つぶやきは止めることにしました。
ぼくのつぶやきを楽しみにしていた方には、誠に申し訳ないのですが、そんなことで、ツイッター上からは、僕は消滅したと思ってください。
長らくフォローしてくださって、本当にありがとうございました。

もちろん、ブログでも同じようなことを書いてきたのですが、こちらのほうは続けたいと思います。
とはいえ、今までのように、「ブログを更新しました」というような告知を、Face Bookなどでもするつもりはありません。それだと結局、一緒ですからね。
勝手に書いて、たまたまここにアクセスした人だけが読めるというようなものにしたいと思います。
本当は匿名で書きたいくらいですが、ぼくは匿名で意見を言うのはあまり好きではないので、その分、こっそり、細々とブログを書こうと思っています。
そんなことで、興味のある方は、たまにはぼくのHPのブログのところをチェックしてみてください。ひょっとしたらとんでもない問題発言をしているかもしれません。(まあ、それはまず無いですが)
でも、楽しいことも、色んなライブで感じたことも書こうと思いますので、決して恐れず、チェックしてみてください。

実際、ツイッターを始めてから、ブログの更新が、めっきり減りましたからね。
これからは、ブログを中心にしていきたいと思います。

ということで、これからもフォロー、よろしくお願いします!