あ 冷たい、何だこれ、水?ゴム臭いのに水?
テツの顔が超至近距離に見えた、水風船とか言ってたゴムを顔に押し付けてきたようだ。
中の水があたしの顔にかかり、ぬるぬるがあたしの顔を覆い、呼吸が苦しくなった。
ごぼっごぼっ
と音がするけど、これはあたしの口の中の音なの?


ドーンと椅子と机がこすれ合う音がして、頭の後ろを強打した。
押し倒されたらしい。目の奥が痛くなって冷や汗が出る。
視界が、白と黒のまだらになる。
見下ろしているテツの顔がまだらになる。まだ、顔赤いよ?
ゴムは口に押し付けられ、ぬるぬるした物が口に入ってくる。


鼻でしか息ができないけど、もちろんゴムの臭いしかしない。
お父さんの     が入るというあのゴム。
ナスみたいに大きくなって水がいっぱい入るあれ。
あんなに嫌だと思った臭いなのに、発見した時ほど嫌じゃない。
人って慣れるもんなんだな。と冷静な自分もいたけど、頭がじんじん痛い。打ったのかな…


「俺の母ちゃんじゃねーんだよ!」
遠くでテツの声が聞こえた。
じゃあ誰の母ちゃんよ…あたしの声は聞こえているのか。
耳の穴にぼわーっと膜が張ったようにぼんやりとしか聞こえない、テツの声が遠くなる。


「ほんとの母ちゃんじゃねーしっ」
口に押し付ける力が弱くなった気がした。
水分を含んだゴムは顔と首に垂れ下がり、ぴとっ。と音がしたかと思うくらい鮮明に、冷たくあたしの首にくっつく。
ああ首がかゆい、でもゴムのひんやり感が気持ちいい。
またガリガリ首をかく…
水とぬるぬるがまじって、ローションのようになめらかにあたしの手が首すじを滑る。
ちょっと気持ちいいかもしれない。このかゆいのも治るんじゃないかな、もしかして。



目をゆっくり開けるとまだ視界がまだらだ。
先生やクラスメイトがざわざわと近づいてくるようだ。
「大丈夫か?ノウシントウかもしれないな。そのまま寝てて」

ゆとり先生の間抜けな声がする。




テツがあんなものを口に押し付けてきたのはどうしてだろう。
食べろってことなのかしら。
ぼんやり考えるあたしは保健室のベッドにいた。
え!お母さんまでいる!
「何やってんのよ…仕事早退して来ちゃったよっ」
眉間にしわをよせて言う。そりゃあ仕事の方が大事でしょうけど。


「ほんと先生、すみません。男の子と取っ組み合いのケンカしたなんて…恥ずかしい限りです。」
「こちらも注意が行き届かなくて。申し訳ありません。」
「あちらの子にケガがなくて良かったです、ほんとに…」
「あの子は熱がありまして、早退させました。」
「そうですか…」
先生とお母さんが話している。
どうも真剣に見えないというか、会話が噛みあってないように見えるのはゆとり先生だからなのかな。



あ、あれ…どうしたんだろ。
こっそり自分にかかってる布団をめくったけど、首にも胸の上にもそれらしきものはない。
ゆとりが覗きこんでくる。
「大丈夫か?頭打ったみたいだから。しばらく寝ててな」
「打ったのはわかりますけど。テツは?」
「給食食べて、早退したよ。」
「何でですか?」
「熱があってな」
「へー…」


お母さんのところに帰るのか、ほんとのお母さんじゃない人がいる家に。




【続く】