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「すっげぇ人…。」
我が吉祥寺商店街だけが光の筋のようだった。
梅雨開けが宣言されたその日 七夕祭りは開催された。
オレは変な劣等感を感じながらその群衆の中へと入っていく。
どうせなら雨で中止が良かったよ…。
ミカにフラれたのは雨のせいだと…そう思いこみたかった夜も更けた七夕の日。
「ふぅ~…。」
いつもなら顔見知りしかいない通りが 今夜とばかりは笑顔を振りまく群衆で埋め尽くされる。
本当ならオレも紛れて…たとえばミカと歩く予定だったんだけど。
「…。」
携帯を取り出し メールをチェックするクセはなかなか直りそうにもなかった。
・・・・
『え?』
『好きな人が出来たって。なんかごめん、自分で言えって言ったんだけどあの子グズグズ言うから…。』
多少なりともオレの気持ちに気付いていたんだろう
ナナちゃんは遠慮がちに電話をしてきた。
『中途半端な関係で終わらせて…ホントごめん。』
『別にナナちゃんのせいじゃ…』
そうは言いながらも突然の喪失感にうな垂れた身体
『…そか。好きな奴出来たんだね。』
終わってしまったんだ。顔も知らない相手に恋をしたオレの片思いは。
・・・・
「お前ため息つきすぎなんだよ…。」
ため息は雑踏にかき消される。でも一護にはしっかり届く。
「ハハ…」
「ハァ…」
こいつこそため息が多いけど。
「お。一護、ハル!」
「リュウ兄、繁盛してるね。」
賑わう商店街に一際目立つ青果店 それは威勢の良い声で盛り上げるリュウ兄のせいだろう。
「あ、一護、お前また勝手に…」
「良いじゃねぇかよ。」
青果店オリジナルのミックスジュース。オレも一護も剛史もそれこそ理人も これに目がなかった。
オレは一向に財布を出そうとしない一護の分も小銭を渡し 好物のミックスジュースを手に入れる。
「ジャマジャマ。端に避けろって。」
「はいはい。」
列さえも作っていた店の端に寄り ズズズっと啜りながら流れる人並みを見ていた。
「ってか見てみろよ、これ。」
「ん。」
一護は店先に飾られた笹に吊るされた短冊を手に取り
「仮面ライダーになりたいって…。」
「こっちは自分サイズのぬいぐるみが欲しいって。」
笹にはたくさんの短冊がかかっていた。
まるでクリスマスのプレゼントをねだるみたいな内容ばかりだと 二人で笑っていたんだけれど
「ん?」
一護がピンク色の短冊を手に取り 急に黙る。
「…これ。」
「うん?」
覗き見るオレに 一護は何を思ったのかその短冊を両手で挟み隠した。
「はぁ?」
「いや…」
「はぁ??」
元々今日という日を迎えた時点でオレのテンションは低いものだったから この訳の分からない行動にイラッとする。
「見せろって。」
「あ…」
奪い取るなんてらしくない。
バサッ!!
「あぁ~!!」
けれどガキみたいに無性に腹が立った。
「一護が悪い。」
笹ごと強引に自分へと引っ張り、短冊を引き千切るほどのことはないのに。
「見せろっつの。」
自分の感情を押さえられない程 苛立って仕方ないなんて。
それくらいミカを求めていたんだ。この夜。
「なんなんだよ、ホント。」
…奪い取ったその短冊を見てもまだ。
「え…」
・・・・
「ハル…これ、お前のことだよな。」
その願いに目を丸くし 雑踏の賑わいさえも聞こえない程 胸が音を立てた。
そして自分ではコントロールできないほど…感情が溢れだした。
「…ミカ…?」
「ちょ、ハル、おい!!」
「ミカ!!」
見たこともない彼女の名を大声で…恥ずかしいったらないな。
「ハル!!」
一護を振り切って…ただ、彼女の名を呼びながら雑踏のなかへと身を投げるオレは…。
・・・・
夕方まで雨が降っていたっていうのに その桃色の短冊だけは濡れてはいなかった。
それはつまり 少し前…きっとほんの少し前に書いたものだって証拠だ。
『夏樹さんに会いたい。やっぱり会いたい。ミカ』
桃色の短冊を握りしめ オレは商店街の群衆の中 彼女を探す。
顔も知らないのにな。
「返事をしてよ…!」
頭上に星がチラつき始めたことなんて 気付きもせずに。
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