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「お~い!!みっちゃん!」
「…え、ハルさん?!」
梅雨も本番 天気予報を見なくても当分雨に違いないと確信する日々
けれど一日中雨が降っているわけじゃない 時折狭間見る陽射しにはどこか解放された気持ちになる。
みっちゃんもそうだったのかな。
バイトを終えクロフネを出る時 水溜りに映る煌めきにうっかりと傘を持つのを忘れてしまった。
少ししてからそれに気づいたオレは 慌てて彼女を追い掛ける。
だってまた空がゴロゴロと音を立て始めていたから。
「傘忘れてたよ。」
「え…わざわざ?」
「いや…あぁ本屋に行きたかったし。」
追い掛けたと言ったら彼女は随分と恐縮するだろうと思った。
「一緒に行こう。」
だからここまで来たのなら駅に寄って本屋にでも立ち寄ろうと咄嗟についた嘘。
「…はい。」
嬉しそうにかと言って恥ずかしそうに受け取り頷くみっちゃんはショートボブがよく似合う。
街路樹の下 肩を並べて歩けば大して視界を降ろさずともそのふんわりとした髪が視界に入った。
「ああ、そうそう。みっちゃん、電話番号教えてくれない?」
随分と髪が長かったと言っていたけれど絶対こっちの髪型のほうが似合うだろうなと
揺れるピアスに目を向けながら携帯を取り出し彼女に微笑む。
「連絡しようにも番号知らなくて。」
「あ、はい!」
一瞬だけ戸惑ったように見えた。けれどすぐに携帯を取り出してくれた。
お互いの番号を教え合って…でも連絡することなんて早々ないだろうなって思うけど…。
「ありがと。」
「いえ!こちらこそ!!」
いつもながら少し緊張した様子のみっちゃんに思わず笑みが零れる。
男に慣れてない。なんだかいつも遠慮がちで そして頬を赤らめて…
「コホン…」
あの早見の女…あいつは彼女のどこに惹かれたのだと考えたら
たぶん自覚はしていないスタイルの良さといちいち愛らしい行動やしぐさなのではないかと思う。
「…梅雨ってうっとおしいよね。」
どうでも良い事を話すオレまで緊張してきたりして。
・・・・
身体が密着するほどの距離ではないにしても みっちゃんの息遣いを感じる距離。
「また降り出しそうですね…。」
チラチラと視線を向けてはいるけれど決してオレを見ようとはしなかった。
空ばかり気にして…雨ばかり気にするふりをして。だからオレまで変に意識してしまう。
「電車に乗った頃に降り出しそうだね。」
ふと視線を向ければ小さく頷くみっちゃん
「…。」
この時初めて彼女の横顔をこんなにも見つめたかもしれない。
歓迎会の夜 同じように見つめた横顔だったけれど 暗闇にかき消された血色は彼女の表情さえも隠した。
だけど夕暮れ時の今は 頬があまりにも桃色で その色が白い肌にやけに上品に染まっている事がよく分かる。
…単純に綺麗だなと思った。
あれ?こんなところにホクロあったんだ。
間近で見つめることで初めて知った目元のホクロ。泣きボクロ?確かに彼女はよく泣いてそう…。
「…。」
「…。」
沈黙がやけに苦しい。だからオレはまた軽く咳払いをしてこう切り出す。
「もうすぐ七夕だね。」
「え?」
「七夕。その日はさすがに晴れて欲しいな。」
ミカから返事を貰っていないとしても指折り数えその日を待っているオレは。
・・・・
「七夕に…良い思い出はありません。」
「え?」
それまではスタスタとまではいかないけれど駅に向かってオレ達は足並みをそろえていた。
「昔…あ、前付き合っていた人と付き合い始めた日だから…あまり…」
「…そう。」
けれどその話をし始めると 彼女の歩幅が随分と小さくなる。
だから必然的にオレまでゆっくりと歩く羽目になった。
「ハルさん。」
「ん?」
そしてピタッと足を止める
首を傾げ彼女を見ると みっちゃんは目を泳がし言葉を選んでいるようだった。
けれど一人ため息交じり頷き 縋るような瞳でオレを見つめ
「…忘れようとしているのに忘れられない…どうしたら良いんでしょうね。」
「え?」
「乗り越えるまで記憶に残っているんでしょうね。失恋ってしんどいですね。」
…そんな事を言うから胸の奥の奥が音を立てて。
・・・・
歓迎会の日に話をしたからだろうか
***との関係を思い悩む彼女に オレは『壁は壊さなければ前に進めない』と言った。
多少なりとも腹を割って話をした仲
他の幼なじみ達と比べ オレには心許している…そういう感じはしていたけれど
「…。」
目の前にいる彼女を見ながらメールの文字が浮かんでしまう。
『忘れようとしているのに忘れられない。そういう時どうしたら良いですか』
全く同じ風に問われたのはただの偶然に違いないのに
「え…と…」
やけに焦り まともにみっちゃんを見つめ返す事が出来なくなってしまった。
「ハルさん?」
「…え…」
「雨が降ってきました。」
「え…」
彼女を視界に映していたはずなのに色んな想いが混雑して茫然としてしまったんだろう
ハッとした時にはみっちゃんは傘をさしていた。そしてオレの頭上に傘を…
「…みっちゃん。」
「はい?」
静かに微笑み返す彼女に胸が高鳴り始める。
変な偶然だとしてもミカが恋し過ぎるオレには息苦しくなるほどの戸惑いが掠れた声となっていた。
「…お腹すかない?」
「え?ああ、そうですね…今夜は何にしようかな。」
「何か食べに行こうか。」
「え…」
彼女をもっと…知りたくなった。
知ったところでどうする気もないんだけど…
「ああ…」
彼女はまた頬を紅くし 駅の方面に目を向ける。そして空を見上げ強く降り出した雨に
「…今日は帰ります。だってハルさん、濡れちゃいますよ。」
「え…」
「ハルさん傘持って来てくれたのに 自分の忘れちゃったんでしょ。」
クスクス笑う彼女はオレに傘を差しだす。そして
「ダッシュで帰ります!」
「あ…みっちゃん…!」
立ち尽くすオレに手を振り駆け出して。
・・・・
「…。」
もう目の前は駅
歩く距離からすればオレのほうがこの雨に濡れてしまうと思ったのかな
「…なにしてんだ、オレ…」
もう見えはしない姿なのに 面影を追うかのようにその場に立ち尽くすオレは
「…ミカ…」
彼女が差し出してくれた傘を右手でギュッと握り 左手でポケットのなかの携帯を握る。
そして早見が彼女と付き合い続けた理由をもうひとつ見つけた。
「…。」
寂しそうに微笑むその表情に手を差し伸ばさずには要られない程
「…ハァ…」
一人にしてはいられない衝動。
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