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「剛史!」
「おお。」
大学帰り、ハルと同じ電車になる。
何日も続く雨が若葉を濡らし街の汚れを洗い流す…そんな梅雨の頃。
「七夕祭りがあるだろ。それに来ないかって…誘ってみた。」
ハルは誕生日の日、ミカに会おうとメールを送った。
それから今日まで変わらずこの二人のメールは続いているけれど
「場所と時間を指定しなきゃお互い分からないからさ。」
会うということに対して彼女の返事は…ないらしい…
「こいついっつも話ズレてるから。まぁ…期待せずに待ってみるよ。」
窓から見える斜めに流れる雨を見ながら ハルは会ったこともない女に胸高鳴らせる。
「…。」
そんな横顔を見ながら…嬉しいような、かといってもどかしい気持ちになる。
「ナナに…ミカに言って貰っておく。会えよって。」
少なからず俺はハルの恋に知らんぷりはできなくて。
だって元はと言えばナナの紹介相手。ハルは嫌がっていたのに半ば無理やり紹介した相手…。
「美人かどうかも聞いておいてよ?…なんてね。」
舌をだし笑うハルにとって もう外見なんてきっとどうでも良いんだろう。
随分惚れたんだなって 笑い返したけれど…。
「…そういえば、みっちゃん風邪治ったかな。」
ハルがポツリと呟いた。
みっちゃんは試験で一週間休み、その後も風邪をひいたとかでクロフネを休んでいた。
すでにクロフネのバイトとして馴染んでいたみっちゃん。いないとどうも寂しい気もしたりして。
「***と仲良くなって良かったよな。」
「ああ。みっちゃんも自分の態度気にしてたから。」
ハルがそう言ってふと窓の外に目をやった時
「うわ、ごめん。」
いつも携帯の音は消しているのに めずらしくハルの携帯が音を鳴らす。
ハルは周りの乗客に少しだけ頭を下げ鞄から携帯を取り出した。
「メール?ミカ?」
「ああ。」
嬉しそうなこいつの横顔ったらない。また画面に凝視するハルはホントミカに惚れていて…
「ドジだな、こいつ…。」
ハルはそう呟き返信をしはじめた。
「電車に傘忘れたんだって。コンビニで買うってさ。」
「どうでも良いこと送ってくるんだな。」
「いつもこんな感じ…よし、送信。」
打ち終わった頃 俺達の乗った電車は吉祥寺駅に着く。
改札口を出たら感じる雨の音と湿った空気。傘をさし ため息交じりで雨の中歩き始めた時
「あれ?みっちゃん?」
ハルが少し前を歩く女性を指差した。
「ほんとだ。」
後ろからでも分かる。それは彼女がさしていた真新しいビニール傘のせいで姿がまんま見えたから。
「みっちゃん~。」
「あ、ハルさん。」
「風邪大丈夫?」
「はい。ご心配を掛けました。」
ぺこりと頭を下げるみっちゃんの頬は少しだけ赤い。
まだ俺達に緊張しているのか…なんて彼女のうぶさに思わず笑いそうになったけれど
「…?」
彼女の傘に すぐそこ 駅前のコンビニのシールが貼ってあるのに気付いて俺は首を傾げた。
「みっちゃん、傘買ったのか?」
今日は一日雨だというのに持っていなかったのだろうか 俺はそんなどうでも良い事が気になって聞いてみる。
そうしたら
「ああ、そうなんです。電車に忘れちゃって。」
「え?」
ついさっき聞いたような話を聞く羽目になって一瞬唖然とした。
「あぶね!」
ハルには聞こえなかったか 水溜りを跳ねる車のせいで…
「みっちゃん危ない、バックバック。」
「あぁ、はい。」
「…。」
俺 一人変な偶然に違和感を感じただけで。
・・・・
「今日、***さん、クロフネいるかな。」
「いるんじゃない。どうして?」
「風邪をすごく心配してくれてメール何度か貰ったんです。あと…話があるって言ってたから。」
「仲良くなれて良かったね。」
「ハイ!」
それからも…ハルとみっちゃんはたわいもない会話をしながら商店街へと向かう。
「…。」
傘が邪魔して 気づいたら俺は少しだけ二人の後を追うような恰好になっていた。
笑い合う二人の後姿を見ながら みっちゃんの背が随分と高いことに今更気づき
「ねぇみっちゃん。」
「はい?」
振り返った彼女に
「なんかスポーツしてた?いや随分背が高いなと思って。」
そう聞いた。
彼女は ああ、と頷き
「バスケしてました。これでもキャプテンだったんですよ?」
「へぇ~。みっちゃん案外活発なんだ。」
ハルはそう言って笑い返す。そうしてまた二人並んで歩き始める…。
だけど俺はその場で立ち止まってしまった。
「…バスケ。」
…バスケ??
・・・・
最近ナナとはゆっくりと会えていない。あいつ夜勤ばっかで連絡もあまり取れなくて…
「…。」
でも近々なんとしてでも会おうと思った。
「…みっちゃん…」
『地元のバスケクラブの後輩なの』
ナナはそう言ってハルにミカを紹介した。
ハルは忘れてしまったのかもしれない。いや、聞き流していたのかもしれない。
だってあの時ハルは全く乗り気じゃなくて話さえも聞こうとしなかった。
「ミカ…。」
立ち尽くす俺に気付きもせずに二人は笑いながらクロフネ向かう。その背を見ながら
「…まさかな…」
ポツリ呟いた。
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