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「ヤッバいくらいかっこ良いんだって!」
私は化粧水をパタパタと肌に叩き付けながら受話器に向かって叫んだ。
「一目ぼれっていうの?もうすっごいドキドキしちゃって!」
彼のことを思い出しながら鏡に映った自分を見つめる。可笑しいくらいニヤけまくっていた。
彼とは…そう、湯野剛史さん。
おととい救急外来に来たおばあちゃんの付き添いの人だ。
「でね、昨日窓口で食事に誘われたの!」
コットンをポン!とゴミ箱に投げ入れベットに倒れこむ。
「もぉ~今日美容院行っちゃったからぁ!」
『バカ…』
受話器の向こうで親友は大笑いだ。
・・・・
彼に出会ってから私はずっとこんな調子だった。
『すいません、すぐ診て貰いたいんですけど。』
窓口で声を掛けられた瞬間に私の恋は始まった。
『は、はい!』
顔が真っ赤になったけれど 私はちょうどマスクをしていたし
おばあちゃんが随分と大きな声で痛がるからそっちに気を取られ
私の顔なんてマジマジ見る余裕は彼にはなかったろう。
『湯野さん?』
『はい?』
だから私が最初に対応した看護師だなんて気付かなかったかもしれない。
自動販売機の横に座る彼を見つけた時 ときめく胸音は更に大きくなる
診察室から洩れる白い電気の明かりだけでは彼の横顔ははっきり見えない。
けれど雲一つない夜空には大きな満月
お陰でその光の下 一人ベンチに座る彼の横顔は近づくに連れハッキリと目に映った。
うわ…ホントカッコいい…。
『明日 私いますから』
私が居ようがいまいが関係ない 誰だって保険証の確認は出来る
それなのに自分を呼んでくれだなんて随分と大胆な事を言ってしまったと思う。
だけどそう言っても変に思われないような気がした。
逆に言わなきゃいけないような、彼はそれを待っているような…あーー不思議な自信だ。
私と同じように彼もまた この出会いをこれっきりにしたくないと思っているって直感したんだ。
『うぬぼれてる。』
親友が電話口で可笑しそうに笑う。
「運命の出会いをしたのよ。赤い糸の先を見つけたの!」
ホントにそうなんじゃないかと思った。
同僚とシフトを変わって嫌々出勤したあの夜。これを運命でなければなんて言う??
『こんな事初めてじゃない?』
幼なじみである彼女は私の恋愛遍歴を全て知っている。
コンパでも紹介でもまずは相手の性格、周りの評判、そんなものをリサーチしてから出会っていた。
それは初めて身体を許した人に奥さんがいた…なんていう暗い過去の教訓からだ。
だから親友は私のまさかの一目ぼれに随分と驚いていた。
『明日会うの?』
「うん。夜。駅前で待ち合わせ。」
今日買ったばかりのニットを早速にベットに拡げる。
「帰りにニット買ったの。写メするから感想頂戴。」
『どうこう言ったってそれを着て行くんでしょ』
「あ、うん」
『バカ…』
私ったらホント浮かれている。しばらく二人で笑いながら深くなる夜を過ごした。
『ま、頑張って。』
「うん!」
・・・・
湯野さんの素性を全く知らない。彼は何歳?学生かな社会人?
どんな人でどういうつもりで食事に誘ってきたのか、分からないけれど
「楽しみだな…。」
それでも私は明日という日がすごく楽しみで。
彼の顔を思い浮かべながら枕に顔を埋める。
目を閉じてもやっぱり浮かんできたのは今日の彼の目を細めた笑顔だけだ。
「…彼女になれるかな…。」
一目ぼれだなんてあり得ないと思っていたのにこんなに一瞬で恋に落ちるなんて
「…フフ。」
恋に恋する時間が一番幸せ それがカタチ作られるこんな夜が一番幸せなんだろう。
まだまだ彼を知らない。まだまだ彼を知りたい。
・・・・
彼が私の赤い糸に繋がっているかは分からない。
だけれど多分 必然的に出会ってしまったんだと思う。
だって随分前から私達は 同じ絡まる糸に繋がっていたから。
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