【ロイド=ウェバーの新作『スクール・オヴ・ロック』は大傑作だった】 | 人間の大野裕之

人間の大野裕之

映画『ミュジコフィリア』『葬式の名人』『太秦ライムライト』脚本・プロデューサー
『チャップリンとヒトラー メディアとイメージの世界大戦』岩波書店 サントリー学芸賞受賞
日本チャップリン協会会長/劇団とっても便利

【ロイド=ウェバーの新作『スクール・オヴ・ロック』は大傑作だった】

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2002年5月11日、初演からちょうど21年の日に『キャッツ』は、ニューロンドン・シアターでの21年のロングランを終えた。イギリスでは21歳の誕生日は特別な日なので、まさにその日にキャッツはこの世を離れて飛び立っていったわけだ。ぼくは1993年以来、当地でキャッツを17回見た。最後に2002年3月に見たとき、前から4列目のムーヴィング・ストールズで見て、メモリーの途中、間奏のあいだ倒れこんだグリザベラの迫真の演技、転調後の絶唱に、あふれる涙をおさえることができず、カーテンコールでそんな僕を見つけてくれたグリザベラがしっぽを小さく振ってくれて、余計に涙が溢れてきた。
そんな想い出を大事にするためにも、以来、ぼくはニューロンドンシアターを訪れることができなかった。どんなに見たい作品がやっていても、キャッツ以外がやっているニューロンドンには行けなかったのだ。
しかし、今回、ロイド=ウェバーの最新作『スクール・オヴ・ロック』の上演が始まり、覚悟をきめてその地を訪れることにした。
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『ジーザス・クライスト・スーパースター』『エヴィータ』『キャッツ』『オペラ座の怪人』『サンセット大通り』と世界的ヒット作を飛ばしたロイド=ウェバーも、ここ20年間「メガヒット作」がない。もちろんどれも彼の圧倒的な名声ゆえ2~3年はロングランするのだが、かつてのような世界を揺るがすヒット作はこのところ出ていない。
巨匠の座に安住せず常にヒットメーカーでいたい彼は、イギリスのアイドルグループと組んだり、はやりの若手演出家を起用したりと必死だ。それにしても、なにを思ったのか、オペラ座の怪人の続編を作って困惑させたり、前作『スティーヴン・ウォード』では、1950年代のイギリスの政治スキャンダル(医者が保守党議員に娼婦を紹介して賄賂を云々)を題材にミュージカルを作って、ロイド=ウェバー史上最短の4ヶ月でクローズした。日本で言えば許永中みたいな話で、そこにロイド=ウェバーが美しいメロディを書き下ろし、曲はいいんやけど、このストーリーなんでやねんという作品になっていた。
しかしながら、僕にとっては、ロイド=ウェバーにいい作品も悪い作品もない。彼こそ、ミュージカルであり、あの甘美なメロディと様々な音楽ジャンルからのコラージュ、音楽とセリフのブレンド割合とリズムは、僕の血であり肉になっている。けっきょく、彼の作品で育ってきたわけだから。

で、今回。
しばらく前に、ロイド=ウェバーの最新作が『スクール・オヴ・ロック』だと発表されたとき、こんどはまたなんでやねんと正直思った。デビュー作『ジーザス・クライスト~』はロックミュージカルだったが、あらためて原点回帰するのか、それとも若者向けを作りたいのか。にしても、『ハミルトン』などヒップホップミュージカル全盛の時代に、「ロックミュージカル」なんて、いかにも古臭い。でも、いいのだ。どうせ見に行く。
と思っていたら、なんと、『スクール・オヴ・ロック』は、ロイド=ウェバー久々の大ヒット作となったのだ。

この日、小塚君とニューロンドン前のインド料理屋で待ち合わせた。かつて「ラスト・デイズ・オヴ・ラジ」というインド料理屋だったが、15年のあいだに屋号が変わっていた。
食事を終えて、ニューロンドンシアターに入ると、内装はほとんどかわっておらず、舞台が円形だったこともあって、まるでキャッツの上演を待っているような気分になる。
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あいまを見て、いつも僕がキャッツを見ていた一階席のK-33番、L-33番に行ってみた。この座席はトレヴァー・ナンの演出の構成全体が見渡せるいい位置で、通路側なので猫が来てくれる。Naming of the catsの詩の朗読のときに、もちろん暗記しているぼくは近寄ってきた猫といっしょにTSエリオットの素晴らしい詩を口ずさむのを楽しみにしていた。
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座席の色が15年前とかわっていなくて、ほんとうにキャッツのときと同じだ。ぼくがこの劇場にきて、ノスタルジーにひたりまくるのは仕方ない。キャッツで人生が変わったのだから。

さて、『スクール・オヴ・ロック』上演が始まった。「劇中の演奏は、子供達がほんとうに演奏しています!」というナレーションとともに。
アマチュアのロックバンドをクビになったおっさんが、お金欲しさに友達の教師にばけて上流階級の進学校の代替教師になる。教えられるのはロックだけ。親たちからプレッシャーを受けていた子供たちは、しだいに彼に心を開いて、ロックに夢中になる。しかし、参観日の日とロックバンドコンテストが重なってしまい、騒動になる。堅物の女教師もほんとうはロックファンで、生徒たちのコンサートを応援する。子供達の演奏の輝く姿をみて、親たちも我が子を誇りに思い和解し、最高のライブを披露して、大団円という単純な話だ。
途中、「君は歌えるか?」「はい、歌えます」と女の子がメモリーを歌い、「ああ、その曲はこの建物で聞いたなあ」とアドリブ。思わず、ぼく一人だけ大きな拍手を送った(だれかぼくにつられてもう一人拍手していた)。そんなサービスもありつつ、子供達が楽器の才能を開花させてバンドに参加してくYou’re in the band、親にじぶんの気持ちを聞いてほしいとI got so much insideと歌うバラードなど、目新しさはまったくないオーソドックスな演出にして、テンポよくロック音楽で綴る。なにより、子役たちがドラム、ギター、ベース、キーボードと、超絶技巧をライブで披露してるのがすごい。どれだけオーディションをしてこの人材を集めたのだろうか。
ラストで、子供達の素晴らしい演奏に打たれて、文句を言っていた大人たちも拍手喝采を送り、親子も和解する――そんな単純なエンディングに、子供達の生き生きとした熱演に、すごい演奏に、そしてなにより変わらないロイド=ウェバーの音楽への情熱に、ぼくも小塚くんも感極まって、ぼろぼろ泣いてしまった。

昨日まで、『オテロ』『トゥーランドット』の2本のオペラ、それを否定しつつ生まれてきたジャズ・ミュージカル『 42ndストリート』、さらにアメリカミュージカルへのアンチテーゼとしての『レミゼラブル』とみてきて、ぼくの創作にあらためて指針を与えてくれた。しかし、この『スクール・オヴ・ロック』には、たんに肯定しかない。流行りとは言えない70年代風のロック、単純で素敵なストーリー・・・いま、**が流行りだからどうのこうのというのではない。たんに、この音楽が好きなんだ、これをやり続けているんだという、音楽への、ミュージカルへの、彼自身がこれまでやってきたことへの、大いなる肯定だけがある。それが、これほどまで感動的だとは!

ほんとうに、久し振りに、素晴らしいミュージカルをみた。心から傑作だと思った。これがヒットする理由もわかった。生涯をつうじて、クリエーターはいろんなことを試し、時流を追いかけ、反発し、苦手なこともトライしたり、評価されるために、いろいろもがき苦しむ。もちろん、それはすべて意味がある。そのうえで、けっきょく、ああだこうだじゃなくて、じぶんの好きなことを突き詰めてやり続けることの戻っていく。それが究極の答えになるんやろうな。今年69歳のロイド=ウェバー。もがき続けて、69歳でまたロックにもどってヒットを飛ばすって、マジでロックやん。

(トニー賞でのパフォーマンスを貼り付けます)