長編1、精霊の化身、古の龍、前編 | アヴァベル×ラノベ

アヴァベル×ラノベ

アヴァベルをラノベにしてみました(`・ω・´)
といっても完全に2次創作に近い感じになってますが(´・ω・`)
念のために言っておきますが、非公式です。

「…大変だ」

男性は1人焦っていた。目の前には様々なグラフを表示しているモニターが数台並んでいた。

「このままではこの地球は滅んでしまう…。開発を急がねば…」

男性は椅子から立ち上がり、背後の巨大な装置に手をかけた。













「こらー!コウガー!」

カナエは空っぽの皿を持って、昼寝をしているコウガの前に腰に手を当てて仁王立ちをした。

「…ん?カナエちゃん、どうしたの?」

コウガはあくびをして体を起こした。

「あんた私のプリン食べたでしょ?!」

カナエは皿を顔の前に持ってきて、コウガを睨み付けた。

「プリン?俺知らないよ?」

「嘘つけ!その口の周りについてるのは何?!」

カナエはコウガの口を指差した。コウガは指で口の周りをなぞると、プリンの食べカスが指に付着した。

「え?!何これ?!何でついてるの?!」

「あんたが私のプリン食べたからよ!!」

「俺知らないって!」

「この期に及んでまだとぼけるつもり?!」

「本当に知らないんだって!!」

コウガとカナエが喧嘩を始めたのを、柱の影からマツリとカグラは眺めていた。

「コウガさんには悪いことしちゃったかな…」

マツリは

「…だから止めなさいって言ったじゃない…」

「姉ちゃんも食べたくせに…」

「…あんたが食べ始めたんでしょ…!」













時は10分程前に遡る。
現在一行はリヴェールという村に来ていた。この村ではプリンが特産品で、同時に世界中でもこの村でしか作れない貴重品であった。
そのプリンを運よく購入できたカナエは上機嫌で、宿泊している宿に戻ってきた。
部屋に帰ってきたカナエは木製のテーブルの上にプリンを放置して、トイレに行った。そこをマツリとカグラに発見されてしまったのである。

「ねえ、これ見て!」

プリンを発見したマツリはテーブルに駆け寄った。

「これプリンだよね?!」

「…だとしても姉さんのものよ。勝手に触ったら起こられちゃう…って」

カグラの言葉の途中にも関わらず、マツリはパッケージからプリンを取り出していた。

「勝手に出しちゃダメでしょ?!」

マツリはテーブルにプリンを出して目を輝かせて眺めていた。

「美味しそうだなー…」

マツリは生唾を飲んだ。
プリンが放つ黄色い輝きに、カグラもすっかり魅了されていた。
マツリの隣に行き、プリンを眺めた。













数分後。

「「ヤバい…」」

2人の目の前には、空になった皿がポツンと存在していた。

「ほんの一口のつもりだったのに…」

「…全部食べちゃった…」

「姉さん怒るかな…?」

「…怒るんじゃない?楽しみにしてたみたいだし…」

「姉さんはぶちギレると確か…」

マツリはカグラの顔を見た。

「…半殺しじゃすまない…」

カグラもマツリの顔を見た。
そして、2人の表情はどんどん強張っていった。

「逃げよう!」

「…うん!…あっ、ちょっと待って」

カグラは皿を指でぬぐい、プリンの残りカスを指に付着させた。

「何をするの?」

カグラは辺りを見渡した。すると、隣の部屋のベッドの上で昼寝をしているコウガを発見した。
カグラは素早く枕元に近づくと、コウガの口元に、指についたものを擦り付けた。
責任転嫁(?)を終えたカグラは、右手の親指を立て、マツリに見せた。マツリのそのポーズをし、2人は柱の影に隠れた。













そして現在に至る。
コウガとカナエの喧嘩はさらにエスカレートしていった。

「私がこれを買うのにどれだけ苦労したと思ってんのよ?!3時間よ?!3時間も待ったのよ?!しかもお店の人に無理を言って作ってもらったのに…!!それをあんたは1人で食べて…!!返しなさいよ!!」

「だ!か!ら!俺は食べてないって何回も言ってるでしょ?!第一すぐ他の人に食べられてしまうところに置いておくのが悪いんじゃないの?!人を疑う前にまず自分の行動を反省したらどうなの?!!」

「はぁ?!何それ!!まるで私がバカっていう風に聞こえるんだけど?!」

「そういう風じゃない!!そう言ってるんだ!!」

2人の喧嘩はとどまるところを知らず、どんどん発展していった。

「もういい!!これ以上やったって無駄よ!!もう2度とあんたの顔なんか見たくない!!私の前から今すぐ失せなさい!!」

「わかった!!あんたのそのムカつく顔見ないですむなら喜んで消えてやるよ!!」

コウガは椅子にかけてあった上着を掴み 、大きな足音を立てて玄関に向かった。

「じゃあね!!」

コウガはドアを大きく開け、外に出ると、乱暴にドアを閉めた。

「何だよ…頭ごなしに…!」

コウガは上着を羽織り、宿を後にした。













コウガはその足で、海が見える橋の上まで歩いてきた。

「(ちょっと言い過ぎちゃったかな…)」

柵に寄りかかって、穏やかな水面を眺めていると、背後から声をかけられた。

「コウガ殿」

コウガは振り返った。そこにはリンと、温かいおはぎが入った袋を持ったユキミチが立っていた。

「何してんだ?こんなところで」

リンは袋からおはぎを取り出し、コウガに投げ渡した。

「ほら。食えよ」

「うん、ありがとう」

コウガはそのおはぎを1口頬張った。

「お前が黄昏るなんて珍しい。何かあったのか?」

「私共でよいのであればお話を聞きましょう」

リンとユキミチはコウガを挟むように並び、柵に寄りかかった。

「うん…。さっきカナエちゃんと喧嘩しちゃって…」

コウガはポツリと語り始めた。

「何だそんなことかよ!」

リンは笑い声をあげてコウガの背中を叩いた。

「私なんかしょっちゅう喧嘩してたぜ?!」

「リン殿、コウガ殿がおっしゃる喧嘩というのはそのような野蛮なものではないのでは?」

「野蛮って何だよ野蛮って」

リンはコウガの背中越しにユキミチの腕を指でつついた。

「単なる殴り合いだけが喧嘩ではございませんぞ」

「私だって口喧嘩位したことあるぜ?そんな私が沸点低いみたいにいうんじゃねぇよ」

「そんな笑って済ませられる問題じゃないよ…」

コウガは海を眺めながら呟いた。
リンとユキミチは口を閉じて、コウガの話を聞いた。

「お前は本当に食ってねぇんだな?」

「うん。食べてないよ」

リンは疑いの目でコウガを見つめた。

「本当か?」

「本当だよ…。ずっと寝てたんだし」

ユキミチは袋からおはぎを取り出し、一口食べた。

「とにかくもう一度話し合いをしてはどうでしょうか?私共も付き合いましょうぞ」

「たぶんカナエちゃんの方が取り合ってくれないよ…」

「うーむ…。困りましたね…」

ユキミチは腕を組んで海を眺めた。

「仲直りしてくれねぇと、私たちからしても困っちまうぞ…」

リンは頭の後ろで手を組み、背中で柵にもたれかかった。

「ん?」

リンは俯きながらこちらに近づいてくるマツリを発見した。

「よぉ、マツリ。そんなにしょげてどうしたんだ?」

リンの声にコウガとユキミチも反応し、マツリの方を向いた。
マツリはコウガの前までやって来ると、勢いよく頭を下げた。

「ごめんなさい!!」

「えっ?」

コウガとリンとユキミチは顔を見合わせた。

「あのプリン、僕たちが食べちゃったんです!!」

マツリの真剣な口調に、コウガはあえて優しい口調で話しかけた。

「詳しく聞かせてくれる?」













カナエは誰もいないテーブルの椅子に腰かけていた。

「言い過ぎたかなぁ…はぁ…」

カナエはため息をつき、テーブルに伏した。

「ただいま」

ソウマが額に汗を浮かべて部屋に帰ってきた。

「お帰りなさいー…」

カナエは顔を開けずに口だけで言った。

「どうした?何かあったのか?」

ソウマは首にかけているタオルで汗をぬぐい、カナエの向かいに座った。

「…コウガと喧嘩した」

「またか…。理由は何だ?」

「コウガが私のプリン食べた。全部食べた」

「プリン?…ああ、広場で売っていたあれか。あいつがそんな勝手に食べると思うか?」

カナエは顔をあげてソウマを見つめた。

「食べると思うじゃなくて食べちゃったのよ!」

ソウマはカナエより一連の経緯を聞いた。

「…お前の言いたいことはわかった。だが、コウガはお前が帰ってからずっと寝てたんだろ?」

「そうだけど…、コウガの口にプリンついてたし…、あいつが食べたとしか…」

「状況証拠だけじゃなぁ…」

ソウマが腕を組んで背もたれに体重をかけたとき、柱の影からカグラが登場した。

「…姉さん」

「あら、どうしたの?」

「…ごめんなさい!!」

カグラは深々と頭を下げた。

「私たちがプリンを食べました!」

カナエはカグラの告白を黙って聞くことにした。

「…本当にごめんなさい!!」

カグラは告白を終えると、再び頭を下げた。

「いいのよ。また買えばいいだけだし」

カナエの口調はいたって穏やかであったが…

「おい、目が怖いぞ…」

ソウマはカナエの目が完全に怒っていることを指摘した。

「えっ?ううん?全然怒ってないわよ?!ぜんっぜん?!」

カナエは口ではこう言っているが、手にしていた皿を片手で真っ二つにしていた。

「よ、よし、気晴らしに外に散歩でも行ってきたらどうだ?!カグラには俺がよく言い聞かせておくから!」

ソウマはカグラを庇うようにカナエをなだめた。

「そ、そうね。ちょっとでかけてくるわね」

カナエが扉に手をかけたとき、突然…

ボーン…

鐘の音が響き渡った。

「何?」

カナエは何事かと辺りを見渡した。

「今のは?」

カナエはソウマとカグラの方を見た。

「ねえ2人共…って…」

カナエは背後のテーブルで、話をしている(ソウマがカグラに耳打ちをしている)2人に話しかけた。

「固まってる…?」

2人は動きをピタリと止め、まるで静止画のようだった。

「ねえちょっとカグ?ソウマ?聞いてる?」

カナエはカグラとソウマの肩を揺すった。しかし、2人はピクリとも動かなかった。

ボーン…

再び鐘の音が鳴った。

「一体これは…」













同じような現象はコウガの方でも起こっていた。

「何だこれは…!」

うつむいているマツリ、おはぎを頬張っているリン、おはぎを手から落としてしまったユキミチ、全員が静止していた。
コウガは海を見た。いつもであれば立つ波が、まるで写真のごとく静止していた。

「俺以外の時間が止まっている…?」

コウガは海に向かって右手から炎弾を発射した。炎弾はコウガの手から離れた瞬間、動きをピタリと止めた。

「これは…俺が時間の流れから切り離された…のかな…」











ほぼ同じ頃、カナエは短杖から魔法のインクを出現させ、床に垂らした。インクが杖から離れると、滴の形になって静止した。

「私の時間だけが進んでいる…」

『…ご明察』

カナエの脳内に謎の男性の声が響いた。

「誰?どこにいるの?」













その声はコウガの脳内にも響いていた。

「あなたは?」

『私は未来より救援を求めるもの…』

「未来?そんなバカな話あるわけが…」

コウガに構うことなく、謎の声は話を続けた。

『未来の地球は、滅亡の危機に貧している。その危機を救うためには、君たちの力が必要なのだ』

男性の声が終わると、海上の空間が裂け、ブラックホールのようにコウガを吸い込み始めた。

「何をするんですか?!」

『詳しいことは、こちらにたどり着いてから話そう。さあ、その裂け目より私のもとに来てくれ』

コウガはその裂け目に吸い込まれてしまった。













「…ここは…?」

コウガはとあるベッドの上で目を覚ました。
天井には無機質なモルタルのボードが並んで造られており、並行に2本並んだ蛍光灯は白色の光を発していた。

「今まで見てた景色と全く違う…」

コウガはまずは状況を把握しようと、上体を起こした。毛布が剥がれ落ち、裸体の上半身が顕になった。

「俺の服は…?」

コウガが眠っていたベッドの左側は白色にペイントされた、コンクリートの壁であったが、右側はレモン色のカーテンで仕切られていた。
コウガはカーテンを開けた。そこには毛布をかけられて、安らかな顔で眠っているカナエがいた。

「はっ…!カナエちゃん!カナエちゃん!!」

コウガはカナエの肩を揺すった。カナエはうっすらと目を開けた。

「…コウガ?」

「おはよう。だけど今はそんな呑気に構えてる場合じゃないんだ。とにかく起きて」

コウガはカナエの毛布を押さえ、上体を起こさせた。カナエの方も服は身に付けていなかった。

「ここはどこなの?」

「わかんない…。気づいたらここに裸で眠らされてて…」

コウガが話している途中で、カナエの右側のカーテンの向こうから中年の男性の声がしてきた。

「お目覚めかな?」

男性はカーテンを勢いよく開けた。男性はカナエより少し高い程の背丈で、縁の無い眼鏡と、前をはだけた白衣を身に纏っていた。
カナエは少し怯えた表情で、体を引いた。

「怖がることはない。私は国立歴史科学研究所所長、凩健二(コガラシ ケンジ)だ。どうぞよろしく」

健二はコウガに名刺を渡した。

「君たちを呼んだのは他でもない、この私だ」

健二はコウガとカナエを順に見渡した、1つ頷いた。

「うむ。パニックに陥らないだけ。ましだな」

「今すぐにでもここから逃げ出したいですけどね…!」

コウガは健二に対しての敵意がむき出しであった。

「まあそんな熱くなるな。まずは君たちを呼んだ理由を聞いてほしい」

健二は丸椅子を引っ張り出して、腰を下ろした。

「過去…君たちにとっての現代で伝えたと思うが、地球は今、滅亡の危機にある。それを防ぐためには、君たちの力がどうしても必要なのだ」

「なぜ俺たちを?」

「ふむ…実は君たち7人の名前は、数百年経った今でも有名でね。私は特に有名なカナエ君と」

健二は手でカナエをさした。

「コウガ君に」

続けざまに、コウガも手で指した。

「賭けてみたいというわけだ。まあ、いい意味で有名なのか、悪い意味で有名なのかは、私の口では言うことはできない。歴史が変わってしまう可能性があるからね」

健二は立ち上がり、カーテンの影に移動し姿を消した。すぐに、入院患者が着るような羽織を2着持って現れた。

「私の口からどうこう言うよりも、実際に見てもらった方が早いだろう。着替えてくれたまえ」













健二に渡された羽織に着替えた2人は、机の上で書類を書いている健二の背後に向かった。

「よし、まずはこれを見てくれたまえ」

健二は椅子から立ち上がり、近くの窓のカーテンを開けた。その窓から映し出される光景に、2人はポカーンとしたままだった。同時にここは自分達がいた時間とは別のものであると自覚せざるを得なかった。
何百メートル級のビルが乱立し、何千もの飛行物体が、縦横無尽に飛び回っていた。

「みんな魔法使い…?!」

コウガは思わず呟いた。

「ふむ…魔法か。残念ながら、この時代では魔法はすっかり衰退してしまっている」

健二はコウガの肩を叩いた。

「そう…なんですか…」

コウガはガックリと肩を落とした。

「何で落ち込んでるのよ」

コウガはカナエに腕を軽く叩かれた。

「だってさ、魔法って俺の代名詞じゃん?それが無くなってるってなるとさ…?ねっ…?」

「わからんでもないけど…」

「もう1つ残念な知らせがある」

健二が背後で喋り始めたので、2人は視線を健二の方に向けた。

「魔法の衰退と共に、人間の身体能力も著しく衰退した。君たちの世界ではどうってこと無い段差も、私たちにとっては果てしない崖に感じてしまう。だが、ご覧の通り、科学分野は目覚ましい発展を遂げた」

健二は2人の間を抜け、窓に近寄った。

「10年後には惑星間交流も始まる予定だ」

カナエが何か言いかけたとき、部屋のドアが3回ノックされた。

「入れ」

健二の許可があり、ドアは静かに開かれた。

「失礼します。所長、来月の学会の件なんですが…」

若い女性がファイリングされた分厚い書類を持って入室してきた。その女性の顔を見て、コウガとカナエは驚きを隠せなかった。

「えっ…?!」

「うそっ…?!」

その女性の顔はリンにそっくりだった。

「ままままま、まさかリンちゃん…?!」

「そそそそそ、そんなわけ無いじゃない…?!」

コウガとカナエがヒソヒソ話をしているので、リンにそっくりの女性は、2人の顔覗き込んだ。

「あの…何か?」

「「な、何でもないです…!」」

コウガとカナエはリンにそっくりの女性から視線を反らし、必死に否定した。

「紹介しよう」

健二に手招きをされて、女性は健二の横に立った。

「私の助手兼付き人の、額田実鈴(ヌガタ ミスズ)君だ。額田君、この2人は私が過去から呼んだコウガ君とカナエ君だ」

「おおー!実験成功したんですね!!」

「一応な。さあ、挨拶を」

健二に促され、実鈴は2人に挨拶をした。

「始めまして!私、あなたたちのお世話を担当することになりました、額田実鈴です!よろしくお願いします!」

実鈴は元気よく頭を下げた。

「「よ、よろしくお願いします…」」

コウガとカナエは勢いに負けつつも、軽く頭を下げた。

「何か調子狂うなー…」

「しっ!」

コウガの呟きを、カナエはきつめの口調で制した。

「額田君、後は任せてもいいかね?私は残りの仕事をやりあげねばいけないからね」

「了解しました!」

実鈴は元気な声で、敬礼のポーズをとった。

「ではコウガさん、カナエさん、私についてきてください!」

実鈴は2人の手をとって所長室を後にした。













実鈴は2人を最上階のフロアの、通路の角の扉に連れていった。

「お2人には、ここで生活をしていただきます!」

実鈴は扉を勢いよく開けた。すぐそこには小さな下駄箱があり、靴が数足揃えられていた。

「お上がりください!」

実鈴は2人に中に入るよう促した。2人は靴を脱ぎ、奥に続く廊下に上がった。

「ほほぅ…500年前にはすでに靴を脱ぐ習慣があったんですね…」

実鈴は懐からメモ帳とペンを取りだし、メモを取り始めた。

「バカにされてる気がするんだけど…」

カナエは拳を固く握り、額に血管を浮かべた。

「まあまあ…」

コウガはカナエをなだめた。













実鈴は2人を一番奥の、外の景色が見える部屋に案内し、中央のソファに座らせた。
数十分に渡り現代、施設などを説明され、特に熱く説明をされたのは歴史の変遷だった。

「…というわけなので、大体は理解されましたか?」

向かいのソファに座っている実鈴は、資料をテーブルの上に置いた。コウガとカナエにも同じものが渡されていた。

「ある程度は…」

コウガは視線を実鈴の方に向けた。カナエも資料から実鈴に視線を移した。

「わからないときはその都度私に尋ねていただいて構いません。私はこの隣の部屋に居住していますので。では最後に…」

実鈴は手帳から2枚の身分証明証をコウガとカナエに手渡した。

「この時代にいる間はこちらの名を名乗ってください」

それぞれの名刺には、コウガはカナエの現代の名前が書かれていた。

「鬼金攻牙(オニガネ コウガ)…」

「凪湊叶(ナギミナト カナエ)…」

「いい名前でしょう?私が考えたんですよ?」

実鈴は得意気に言った。

「では、今日のところはいいお時間なので…」

実鈴は腕時計を見た。時刻は午後7時を表示していた。

「夕食にしましょう!」

「あ、あの…」

キッチンに向かう実鈴の背中に、コウガは立ち上がりながら話しかけた。

「はい?」

「装置や器具の使い方さえ教えてくれれば、俺が作りますよ」

「いえいえ!ゲストのあなた方にご苦労はかけられません!ソファにおかけになってお待ちください!」

実鈴はコウガの背中を押して、ソファに座らせた。

「やっぱり調子狂う…」

「私もよ…。リンなのにリンじゃない感じがね…」

「実際別人だし…」

「そうよね…」













実鈴が作った料理(一般的な家庭料理)を平らげたコウガとカナエは、ソファでゆっくりしていた。
エプロンを着て皿洗いをしている実鈴を尻目に、コウガは窓に近づき、外に映る景色を眺めていた。

「本当にここは未来なのかな…」

ビル明かりと飛び交う飛行物の明かりが絶妙なイルミネーションと化していた。

「信じるしかないんじゃない?」

カナエは不安になっているコウガの横に立った。しかし、どこかよそよそしさを感じさせた。

「かもね…」

2人の間に沈黙が訪れた。
それを打ち破るように、実鈴の能天気な声が室内に響いた。

「よし、片付け終わりーっと!あ、コウガさん、カナエさんちょっと来てください!」

実鈴に呼ばれた2人はキッチンにやって来た。

「今から外の見学に行きます!クローゼットに着替えが用意してあるので、支度をお願いします!」

「「クローゼット?」」

2人の疑問の声が揃った。

「あー…隣の部屋にありますから、好きなの着てきてくださいね!」

実鈴は身を乗り出して、廊下の途中にある扉を指した。
数分後、赤い無地の、腹部にポケットがあるタイプのパーカーと黒いスキニージーンズに着替えたコウガと、白の長袖シャツに青い毛糸のベストとデニムのショートパンツに黒のニーハイソックスに着替えたカナエが部屋から出てきた。エプロンを脱いだ実鈴は少し興奮した様子で2人を眺めた。

「わー!とてもお似合いですよ!2人ともスタイルがいいから何着ても似合いそうですし!」

1人ではしゃぐ実鈴をよそに、カナエはコウガに耳打ちした。

「あんたはガリヒョロ」

「うるさいな…」













実鈴は2人を研究所のロビーまで連れていった。

「研究所を出るときは、先程お渡ししました身分証明証を、あちらの女性に見せてから出るようにしてください。帰ってくるときも同様です」

実鈴はガラスの自動ドアの横のフロントにいる、若い女性を指した。

「では行きましょう!」

コウガとカナエは実鈴の先導のもと、ビルの外に出た。歩道に人はまばらであり、空中には様々な飛行物体がライトを照らしながら飛び回っていた。

「まずはあそこのコンビニに行きます!」

実鈴ははす向かいの、ビルの1階にある店舗を示した。

「コンビニ?」

カナエは何のことかわからず、実鈴に尋ねた。

「正確にはコンビニエンスストア。略してコンビニにと呼んでいます。24時間、年中無休で営んでいるお店で、食料品、お酒、たばこに加えて、日用雑貨や下着類まで売っています」

「未来にはそんなものがあるんですね…」

コウガは腕を組んで、煌々と明かりを漏らすコンビニを見つめた。

「はい!コンビニというシステム自体は150年ほど前に登場しました!」

実鈴は道路を横断し始めた。コウガとカナエも後に続いた。
道路の真ん中付近で、コウガが疑問を口にした。

「ずっと気になってたんですけど、空を飛んでるのは何ですか?」

コウガは空を見上げ、空を自由に行き交う飛行物を見た。

「あれですか?あれは車と呼ばれるものです。この時代では1家族に1台は所持してるといっても過言ではありません。人間が魔法を失った代わりに、このような機械文明が発展したんですよ?」

「それは所長さんに伺いましたけど…、やっぱり寂しいですよ。物に頼らずに自分の体で飛べた方が楽しいですし、火とか水とかも…」

コウガは両手を手の高さに持ってきて、両手に魔力を溜め始めた。

「あ、待ってください!!」

実鈴は慌ててコウガの手を下ろさせた。

「魔法を使うのはなるべく控えてくれませんか?大騒ぎになってしまう可能性があるので…」

コウガは納得がいかない様子で、両手を横に拡げ、やれやれといったポーズをとった。
3人はコンビニにたどり着いた。
入店すると、レジにいる若い男性がやる気のない声で挨拶をしてきた。

「…しゃーませー」

男性が頭を上げ、顔が露になった。その顔を見て、カナエは少し間の抜けた声で驚きの声をあげた。

「あっ」

「えっ?あっ」

コウガもカナエが何に驚いているかわかり、自身も驚きの声を上げた。

「「ソウマだ…」」

その男性はソウマにそっくりだった。
実鈴は立ち止まってソウマにそっくりの男性を見ているコウガとカナエを呼んだ。

「どうされました?こっちですよ?」

コウガとカナエは手招きされた方に進んだ。

「500年前にも物の売買は硬貨や紙幣で行っていましたか?」

「「ええ、まあ」」

コウガとカナエの相づちと声が揃った。

「ならよかった!現代でもそのスタイルは変わってません!形は変わってますけどね…」

実鈴は財布から紙幣と硬貨を取り出して2人に見せた。

「こちらが現代の通貨になります。お二方には3000円を渡しておきます」

実鈴は1000円札を3枚ずつ、コウガとカナエに渡した。

「システム自体は変わってないと思いまが、念のため言っておきます。欲しいものがあったら、その値段のお金を払って買う。見ててくださいね?」

実鈴は棚からホットの缶コーヒー3本を取り出し、レジに持っていった。
ソウマにそっくりの男性は相変わらずのやる気のなさで、対応をした。

「…商品をお預かりします。115円の商品が2点、計345円となります」

ソウマにそっくりの男性は、機械でバーコードを読み取り、レジ袋に缶コーヒーを2本とも入れた
実鈴は100円玉3枚と50円玉1枚を出した。
ソウマにそっくりの男性は250円を受け取り、レジから5円玉1枚を取り出した。

「…5円のお返しとなります」

実鈴はお釣りを受け取り、レジ袋を手に取った。

「…ありがとうございました」

ソウマにそっくりの男性は首だけを動かして、頭を下げた。
そのやり取りは、コウガとカナエにとっては非常に滑稽に思えていた。笑いをこらえていたがいつ吹き出してもおかしくなかった。

「ちょっと…なに笑ってるんですか?」

2人のもとに戻ってきた実鈴はふてくされた顔をした。

「いや、ちょっと…。ここじゃなんですし、外で話しましょう」

コウガはカナエと実鈴を外に連れだした。

「実はさっきの店員は、俺たちの仲間の1人とそっくりなんですよ」

「へぇー!そうだったんですか!」

実鈴はコウガとカナエに缶コーヒーを渡した。
カナエはコウガの話を継ぎ、話し始めた。

「あなたにそっくりな仲間もいるんですよ?」

「えぇ?!何というか…不思議な縁ですね…」

実鈴は缶コーヒーの蓋を開けた。それにならって、2人も缶コーヒーの蓋を開けた。

「で、その私にそっくりな方はどのような方何ですか?」

その問いに、カナエがちょっとからかうような口調で答えた。

「そうですね…何というか、乱暴で…」

それにコウガも便乗した。

「男勝りで…」

「すぐ人を振り回して…」

「力の加減を知らないっていうのかな?あの人は」

「何か悲しい…」

実鈴はその場にしゃがみ込んで、しょげてしまった。
コウガは慌てて取り繕った。

「あっ、いや、でも、正義感強いし…」

カナエも後に続いた。

「悩みとかよく聞いてくれるし…」

「それを聞いて安心しました!」

実鈴は明るい声で立ち上がった。

「「立ち直り早っ!!」」

コウガとカナエの突っ込みが同時に炸裂した。













3人はビルの最上階の部屋に戻ってきた。

「じゃあ、私はこれで。私は隣に住んでいるので、何かあったら、壁を叩いてください。すぐに駆けつけますから」

実鈴は一礼をして、部屋を後にした。

「さーてと、これからどうしようかなーっと」

コウガはカナエを置いて、1人リビングに向かった。ソファに腰を下ろすと、テーブルに置いてあるリモコンを手に取った。

「テレビ…いろんな情報や物語などが映像として見ることができるツール…だったな、確か…」

コウガはリモコンでテレビをつけた。テレビでは生放送でマジックショーをやっていた。

「ねえコウガ」

カナエが上着を脱ぎながら、真剣な顔でコウガに近づいてきた。

「話したいことがあるんだけど…」

「何?話って」

コウガがカナエの方を向いたとき、テレビから聞き慣れた声が聞こえてきた。

『今回見せるマジックは、胴体切断です!』

テレビ画面には、カグラとそっくりな少女が、派手な衣装を着て、映し出されていた。
2人はその声に反応し、テレビ画面を見た。

「あっ、カグラちゃんだ」

「こっちの時代だとマジシャンやってるのね」

「いや、厳密に言ったらカグラちゃんじゃないから」

「あっ、そうだったわね。…っていうか、そっちにいるのはマツじゃない?」

カナエはカグラの隣で立って入るタイプのボックスに入れられ、顔と手だけを出しているマツリにそっくりの少年を指した。

「あっ、本当だ」

2人はテレビの向こうで披露されるマジックに見入っていた。
少女はボックスの上部と下部をずらして見せた。少年は平気な顔して手をぷらぷらして見せた。

「おー、中々のものだね」

「すごーい、別人みたい」

「だから別人なんだって…」

それから5分ほど、画面の中の少年少女はマジックを披露し続けた。

『『ありがとうございました!!』』

少年少女は手を繋いで、カメラに向かって深く礼をした。
司会の男性が出てきて、コメントを始めた。

『では、桃山神酒(モモヤマ ミキ)、司(ツカサ)兄妹に大きな拍手をお願いします!!』

テレビ画面から割れんばかりの拍手が聞こえてきて、神酒と司はステージから退場していった。

「で、カナエちゃん、話って何?」

コウガはいつものやさしい口調でカナエの方を向いた。

「えっ?あ、いいの。後ででいいわ」

「そう?じゃあ俺はお風呂入ってくるよ」

コウガはソファから立ち上がり、リビングを後にした。
カナエはテレビを消し、ソファに寝転がった。

「早く謝らないと…。あんなひどいこと言っちゃったし…」

カナエはあれこれと考えを張り巡らして行くなかで、いつのまにか眠ってしまった。













コウガがお風呂に入るというのは真っ赤な嘘で、研究所の情報収集に出かけた。

「俺たちの力がいるとか言っときながら、肝心なところは何も説明されてない…。何を隠してるんだ…」

コウガは足音を忍んで、歩みを進めた。
コウガは屋上にたどり着いた。金網のフェンスが転落防止用の柵になっているが、頭上には何もなかった。

「とりあえず、その原因を空から探ってみようかな…」

コウガは背中に氷の翼を出現させ、空中に飛び上がった。同じく空中を飛び回っている飛行物体は遥か下を飛んでいた。

「…よし」

コウガは調査を開始した。













「…ターゲット移動確認。これより追跡を開始します」

全身黒のボディースーツを来た女性が、耳に装着したインカムを切った。
背中のリュックから、小型のエンジンつきのグライダーを展開し、ビルの屋上から飛び経った。