愚痴らせて下さい。 | Jam Tun!  Jam Tun!

Jam Tun!  Jam Tun!

Jam Tun! (ジャム タン)とは、プル族の言葉で「平和だけ」ってこと。
あらゆる挨拶をされてもこの「Jam Tun!」って答えればオッケー!
セネガルの大地で青年海外協力隊員として、どっぷりプル族と向き合いながら生きた日々の記録。

今日、こんなことがありました。少し長いです。
本気でぶちぎれて、村から帰って来てしまった。


WFP(国連世界食糧計画)から突然の途上国援助で大量の食料物資がクサナールの村人向けに支給されることになったのは8月のこと。

毎年、食料を自給したり市場で購入したりして貧しいながらも生活を続けてきた村人に対し、災害や戦争があったわけでもないのに、大量の食料(穀物、油、塩など)が無償配布されることになったのです。それがトラック数台により我が配属先に大量に運び込まれ、私の配属先である農村支援センターがそれを村に配布することになったのです。


とは言っても、町から2km先の村から60km先にある村までクサナール周辺には大小100近くの村がある。これらに平等に情報を流すことも平等に物資を配ることも不可能。そして担当技官は、その物資を自分から村人へのプレゼントかのように、親しい人がいる村や、たまたまその時期に配属先に来た村人たちにばらまいたのです。もらった村人は大喜びでその技官を絶賛し誇らしげ。物資は全て適当に村人の手に渡ったのです。


その後、当然のごとくその噂を聞いて多くの村人が、「何故自分達はもらえないんだ」と抗議に殺到する。農作業で忙しい時期にそれをほっぽり出して無償でもらえるはずの食料を求めて群がる。でももうその物資はなく、「何故物資をくれないんだ」という村人に、「野菜栽培頑張ってないからだ」とか「今度来たら配る」等と適当なことを言ってかわす技官。どこの村人かも確認せず村人が理解できないウォロフ語やフランス語で適当なことを言ってその場をしのぐ。完全に村人を下に見て一方的に伝える技官。そしてコリテ(タバスキ明けのお祭り)があるからとバカンス(休暇)に入るとどこかに雲隠れ。既に3週間戻って来ません。


まあ俺はボランティアやしこんな様子を横目に見ながら「ひでー仕事の仕方するなあ。村人がかわいそうだ。」と思いながら、俺は自分にできる村人への支援を頑張ろうと思ってやってきたのです。


ただ、今日行った村で村人から

「野菜栽培を頑張ってないから物資をもらえないと技官に言われた。技官にちゃんと私たちの頑張りを伝えていないヨースケが悪い」

「野菜栽培頑張ってるのに、ヨースケが私たちのことを悪く言ってるから、俺たちに援助物資が来ないだ。」

「技官にヨースケから俺達に物資をくれるよう伝えてくれ」

「私たちは怒ってる。ヨースケと野菜栽培頑張ってたのに物資が来ないなんて」

「物資もらいたいから畑見せたいからその技官を連れて来て!」

と言われまくる。最初は一つ一つ答えていたが、その発言はエスカレートする一方。

俺や野菜栽培と物資配布は一切関係ないのに、技官が神のような存在になり全てその発言が正しいと思い込み俺を責める村人。地道に作り上げて来た俺と村人との関係なんてどこへやら。


さすがに俺もぶちぎれて、どなり散らして「こんな最悪な村、二度と来るか。勝手にやれ。」と言って村から帰って来てしまった。こんなこと、初めて。あー腹が立つ。悔しくて、でももう何が悪いんだかわけわからんくて、笑顔で村人と向き合える気もしない。

モノや金ではない援助をするボランティアにとって、向き合って積み上げて来た人間関係は生命線。

それが、先進国の思い上がりも甚だしい援助をきっかけに、こうも簡単に崩れ去ったことが腹立たしくて悔しくて、飲まなきゃやってられないそんな日です。


現場の状況無視の援助の実態。村人の意志無視で適当な仕事して、自分の立場ばかり守る技官。物資に目がくらみ積上げてきた人間関係もぶち壊す村人。無償で何かくれる人を神のように思ってしまう村人。もう全て、無茶苦茶で、「こんなとこで働いてられるか」と思ってしまった。


活動でもそれ以外でも、いろんなことがありすぎて、何が正しいのかわからず、平常心でいれないことが多いここ最近。

早くダカールに上がりたい。。。