複数の河川に分岐していた旭川河口部の大洲原(広大な
デルタ地帯)へ、岡山(現、鳥城公園)、天神山(現、
岡山県立美術館・天神山文化プラザ一帯)と並んでいた
標高十数メートルの小高い丘でした。
南北朝時代の正平年間(1346年~1370年)、伯耆国名和
(鳥取県西伯郡大山町名和)の海運業、名和氏の一族であ
る上神高直が、摂関家領 鹿田荘の中心部に近くにあり、
旭川(鹿田川)河口の港町としても栄えていたこの石山台
に築いた「石山城」を、戦国時代の岡山城主となる宇喜多
直家、秀家が居城としました。
現在の榊原病院跡に「石山城」本丸があり、宇喜多秀家に
よる岡山城築城の際、この石山城旧本丸を中心に、現在の
市民会館 ~ 山陽放送一帯 ~ 林原美術館にかけ、岡山城
本丸の副次的な役割を担う二之丸を設けました。
旧榊原病院、岡山市民会館、山陽放送会館等は、石山城、
岡山城往時の面影を残す石垣の上に建設されています。
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