また海に、お母さんとなら

2016年8月25日05時00分 朝日
 


 羽田空港から飛行機で55分。南の海上287キロ、黒潮の中に浮かぶひょうたん形の島が視界に入ってきた。伊豆諸島・八丈島。8月3日からの5泊6日、待ちに待ったキャンプがここで開かれる。

 参加したのは福島県内に住む小学2年から高校2年までの男女18人。ほとんどは親が福祉施設で働き、なかなか地元を離れて遊べない子どもたちだ。親が一緒に参加することもできる。

 少しでも放射線から逃れて精神的にリフレッシュしてほしいと、京都府の精神科医・高木俊介さんらが2012年に始めた「福八キャンプ」。今回参加したうちの5人は、5年連続で参加している。今年は最後の夏。もともと5年を区切りにする予定だった。

 青い海を前に、一同が目を細める。残された自然の風景は福島と変わらないが、福島は東京電力福島第一原発事故で遊泳禁止区域が残り、まだ自由に海で遊べない子が多い。津波の記憶が消えない大人もいる。

 保養所の朝7時。子どもたちが4人部屋から食堂に元気に集まってくる。みんなで囲む朝食の準備と片付けは、全部共同作業だ。最初は緊張気味だった初参加組も、1日経てばすっかり八丈の空気になじむ。

 磯辺で貝を集めたり、海に潜って魚を捕まえたり。その後は、全員集合してのスイカ割りが始まった。

 「右だよ、右」

 「行きすぎ! もう一歩、カニ歩きで、左」

 せみしぐれをかき消すように笑い声が飛ぶ。5人目でようやく割れると、歓声が上がった。

     *

 「泳いでる魚が見えるよ。すっごいきれい」

 足ひれをつけ、水中眼鏡をかけた相馬市の中学2年、西原朱莉(あかり)さん(13)が息せき切って言った。

 「ほんとにきれい」

 双子の妹、可莉(かりん)さん(13)も目を見開いた。

 八丈島から約4キロ離れた無人島。キャンプに参加するのは、2人とも今年が3回目だ。澄んだ青い海に、頭からドボンとつかった瞬間、「ああ、八丈に来たな」と全身で実感する。

 姉妹は東日本大震災後、一度も福島の海に入っていない。母、敦子さん(38)の実家がある福島県新地町の海は穏やかで、一年中楽しめる場所だった。家族でよく、釣りに出かけた。生活の中に、海が溶け込んでいた。

 福八キャンプに参加するまでは、水遊びがしたいときは、プールに行ったり畑で水をかけ合ったり。大好きな海で遊べないのが苦痛だった。

 第一原発から31キロ離れた福島県南相馬市。精神障害者らの福祉施設を運営するNPO法人「あさがお」が敦子さんの職場だ。原発事故後、周辺にある障害者施設のうち4割以上が運営を一時期休止した。行き場を失った障害者が「あさがお」の施設に集中し、利用者は震災前の3倍に膨らんだ。

 姉妹が小学6年だった夏。施設の代表の西みよ子さん(63)が敦子さんに、子どもと一緒にキャンプに参加してはどうかと提案した。「少しでもリフレッシュしてもらえたら」

 敦子さんの心中は複雑だった。新地町の実家は津波に流され、知り合いも亡くした。海は嫌いじゃないけれど、嫌だ。なぜ海に囲まれた離島に行かなければいけないの? 海に行くことがリフレッシュになるの?

 それでも敦子さんは朱莉さんと可莉さんに声をかけてみた。

 「八丈島で保養キャンプがあるんだって。海で泳げるみたいだけど、朱莉、可莉、どう? 行きたい?」

 2人は二つ返事で答えた。

 「うん。お母さんと一緒なら行きたい」

     *

 最初の夏、子どもが無邪気に泳ぐ姿がまぶしくて、敦子さんは涙が出た。子どもに背中を押されるように、震災後初めて、自分も足まで海につかってみた。

 それから2年が経ち、2人は大きくなったと思う。姉妹げんかをして、大人の部屋に告げ口しにくる回数は減った。内向的な性格ながら、ボランティアにも積極的に話しかけるようになった。

 「可莉、みんなとあっちに行ってみようか」。朱莉さんが声をかけ、2人の姿がどんどん遠くなっていく。周りにいた友達も一緒になり、水中での鬼ごっこが始まった。水しぶきが上がり、日に焼けた顔が光って見える。

 全力で遊び、笑顔が絶えない子どもたちを見ると、今も涙が頬を伝う。敦子さんは言った。「ここに来ると、海は怖いものじゃないんだと思える。私からは色々持って行っちゃったけど、子どもたちからは何も奪っていない」

 (川口敦子)  ■寄付減・支援者疲弊… 保養キャンプ、継続苦しく 「原発事故の関心低下」指摘も

 原発事故から5年半。福島の親子にリフレッシュしてもらおうと全国の市民団体が企画した保養キャンプが、壁に直面している。資金難や人材不足で活動をやめる団体も出る一方、必要としている福島の人々はいまも決して少なくない。

 保養キャンプに関する情報発信や相談活動をしている民間団体「リフレッシュサポート」(事務局・東京都豊島区)と「311受入全国協議会」(同・甲府市)は共同で保養の実態調査を実施し、7月に結果を発表した。保養を受け入れている全国の234団体にアンケートし、107団体から回答を得た。

 結果によると、昨年10月までの1年間で受け入れた人は延べ9千人強に上った。日程を決めて様々なスケジュールを組んでいる「プログラム型」と、主に施設だけ用意していつでも受け入れる「滞在施設型」がほぼ半々だった。ただ、資金の限界で、プログラム型の保養は先着や抽選といった制限があり、応募者のうち3割程度の人は参加できていない。

 受け入れの課題について尋ねた質問では「活動の資金不足」が28団体と最も多く、「原発事故や支援に対する関心の低下」も18団体が挙げた。団体の収入は7割が寄付金で、助成金が15%、参加者の参加費が4%だった。多くの団体で寄付金収入は年々減少傾向にあるなか、リフレッシュサポートの疋田香澄代表は「支援者も疲弊している。行政からの支援が求められている」と話す。

 保養に詳しい札幌学院大学の小内純子教授(社会情報学部)は「安心して思い切り遊べる環境は、身体的にも精神的にもプラスになる。自分たちのことが忘れられていないと参加者が勇気づけられる意味も大きい」とし、支援を続ける必要があると指摘する。

 ◇福島の子どもたちを放射線から守ろうと八丈島(東京都)で開かれてきた「福八子どもキャンププロジェクト」。出会いを通じて成長する子どもたちの姿を、全4回で紹介します。