昨年になりますが、11月11日(土)にトライアスロンのレース「アイアンマン70.3 マレーシア ランカウイ」に参戦してきました!関西国際空港からクアラルンプール経由で大会が開催されるランカウイ島に入りました。海外でのあるある話のようなことですが、乗ってきた飛行機に自転車が積まれていませんでした(汗)結局、自転車は次の便で到着したのでよかったのですが、それまでランカウイ空港の人に「いつ自転車は届くの?自転車はどのにあるの?」と聞いても「さあね?明日には来ると思うよ?」といった感じで、あっけらかんとしてました(笑)ランカウイ島の気温は25℃~30℃、湿度は80%~90%と蒸し暑く夏の服装で過ごすことができる気候でした。

【スイム1.9㎞ 34分51秒】朝7時過ぎにスイムスタート!第1ブイを曲がるころには前の方の集団(30~40位)に入ることができていたので、人との接触もほとんどなくロープ際をキープして気持ちよく泳ぐことができました。

【バイク90㎞ 2時間47分2秒】バイクスタートして直ぐに上り坂で、坂を超えたらコース上に野生の猿が多数出没(汗)しかし、猿は自転車が風を切るようなスピードで走っていても全くよける気配なし…。日本では経験できない素敵なコース設定でした(笑)その後、アップダウンのコースをクリアしフラットなコースになるとグングンとスピードを上げていきました。しかし、色々とあって90キロ地点で審判に止められてペナルティ(5分間停止)をもらい(泣)その後、ショックで頭の中が真っ白になり、ペナルティをもらったショックと熱中症で自転車に乗りながら何回も嘔吐してしまいました…。そんな感じでフラフラとなんとかバイクフィニッシュまではたどり着きました。

【ラン21.1㎞ 2時間5分41秒】なかなか気分も体も乗らないままフラフラとランスタート。後半15キロ超えてから体が戻ってきたのでそれからはキロ5分を切るペースで最後まで走ることができました。【トータル 5時間40分25秒 86位/580人 年代別13位】目標タイムを大幅に超えてのゴールでした…。レース展開が、良い時もあれば上手くいかない時もあることを分かっているつもりでしたが、やはり上手くいかない時は悔しいです。あらためて当日頑張ることも大事ですが、それよりもレースの日までにどれだけ予定した練習をこなし積み上げ、体調管理が出来ているかが大事なことだと認識できたレースになりました。次のレースは3月のアイアンマン台湾に参戦予定です。気持ちよくゴールを迎えて、6月の五島長崎につなげていきたいと思っています。

【追伸】最終日、ランカウイ空港からクアラルンプール空港、そして関西国際空港へ帰ってきました。荷物が出てくるところで、「もしかして、また届いてないんじゃないの?」と笑いながら荷物を待っていると、今度は自転車だけでなくスーツケースも届いていませんでした(笑)その日は手荷物だけで帰宅し、自転車とスーツケースは3日後に自宅に届いたので良かったのですが、みなさんも海外ではよくあることみたいですので気をつけて飛行機に荷物を預けて下さいね。

 

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JAKEN (じゃけん)

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「JAKEN(じゃけん)」で紹介してもらいました自転車

 

 

JAKEN じゃけん No.172 岡山県北タウン情報誌

THE 逆境 若手リーダーに聴く岡山

山部さんは野球をしていたとお聞きしましたが。

小学校・中学校・高校とずっと野球をしていました。野球が大好きで甲子園に行きたくて、高校は倉敷工業高校へ進学しました。でも、野球部に入って少ししてなんですが、大好きだった野球がすごく嫌になってしまったんです。そして、学校へ行くのも嫌になって16歳の時、高校を辞めてしまいました。

それは驚きですね。学校を辞めてからは?

17歳の時から1年間はとび職をしていましたが、特に欲しいものもなく目標のない日々でした。同じ年代の人が放課後に遊んでいるのを見ると楽しそうで、高校を中退し野球を辞めた事を後悔しました。特に野球に関しては、すごく好きだったのに自分が納得できない感じになって辞めてしまったので、すごく後悔しました。同じ中学校で一緒に野球をしていた友達が、高校2年の時に甲子園に行って投げているのを見て、「2年前までは一緒に野球をしていたのに、今のこの違いはなんだ…。」と愕然としました。このままだといけないと思い、18歳の時に昼間の定時制の高校へ行き直そうと考えました。

ご両親は何か言われましたか?

自分が決めた事だからと、特に辞める時に怒られたりしてないのですが、もう一回高校へ行くとなった時、親父がすごく喜んでくれました。合格発表の時、わざわざ会社を休んで一緒に見に行こうと言ってくれて、合格しているのがわかった時は、自分以上に喜んでくれました。そんな姿を見て、今後は絶対辞めないぞ!と強く思う事ができました。

高校卒業後は?

専門学校へ行き生徒会長を務めました。その時に企業説明会で話を聞いた地元工務店の社長に気に入ってもらえ、卒業後はそこに就職して住宅の営業をしていました。それから2年後、スキルアップのために住宅メーカーに転職しました。住宅メーカーの営業は、基本自分のところの建物商品しか販売できないのですが、お客様からしょっちゅう土地を探して欲しいとか賃貸探して欲しいとか、いろんな話がきていたんです。「俺って何屋だったっけ?」と思ってしまうくらい(笑)。自分も相談されて嫌じゃないし、結構好きでやっていて、そうしていたらどんどん家を売る以外の仕事がくるようになって、住宅営業をしながらやるので時間的に厳しくなってきたんです。それで、不動産屋さんにお願いするんですけど、なかなか思ったようにやってくれないので、それで自分でやった方がいいじゃないかと思うようになって独立することにしました。

独立していかがでしたか?

あまり深く考えず、すぐ行動に移しちゃうタイプなので、もちろん初めはうまくいきませんでした。開業して一年ぐらい経ち、仕事もあまりなくこのままではつぶれると思った時、不動産関係の先輩から競売の入札の仕事をやらないか?と紹介してもらいました。毎月、競売入札の査定や落札後の処理を行いながら、「毎月こんなに払えなくなって競売になる人たちがいるんだ~。」と感じていました。そしてある日、知人から「親が住宅ローンが払えなくて困っているけど、どうにかできないか?」という相談の電話がかかってきました。分からないなりにも何とか対応していると、その知人の親を家を出て行かずに住み続けることができるようにすることができました。その時にこういう仕事もあるんだな…と思いました。それをきっかけに興味を持ち、先輩経営者から任意売却の仕事を専門でしている大阪の会社を紹介してもらい、東京と大阪に3年くらい通っていろいろノウハウを教えてもらいました。

任意売却の仕事って大変そうですね。

そりゃあもう大変ですよ。金融機関との話し合いをしたり、市役所の差し押さえを取ったりと、ややこしくなっているものを交通整理していくのが仕事です。普通の住宅の売買って、売り手と買い手だけだけど、僕たちの仕事はそこに債権者や市役所が絡んでくるわけです。債権者も1つだったり2つ3つだったり、市役所の固定資産税の差し押さえも普通についてますしね。他の不動産屋さんからは「よくあんな、面倒臭いことをやるね?」とよく言われます。本当に面倒臭いからみんなしないんですよね。仕事になりそうだからと任意売却の仕事を始めても、なかなか続いている業者さんは少ないみたいです。初めのうちは、こっちが一生懸命やっていても、なかなか約束を守ってもらえなかったりして大変なことばかりなのですが、経験を積んでいくと、「どうやったら約束を守ってくれるのか?どうやったら信頼関係が築けるのか?」が、少しわかってくるようになりました。やりだして3年くらい経った頃、それまでは「なんでも知ってないといけない」「知ってて当たり前」と思っていたことが、「分からないことを素直に分からないと言える」ようになり、その頃から自信を持って相談者さんに色々な選択肢を提案できるようになってきたように感じます。

仕事をする上で心掛けている事は?

相談者さんが、パンフレットやホームページを見ても自分がどんな現状か確認できていないことが多いと感じます。ですから相談者さんに対しては、ご自身の現状と、1つでも多くの選択肢を提案してあげられるよう、分かりやすく説明するように心掛けています。

プライベートはどのように過ごしていますか?

トライアスロンをしているので、出勤前にも早朝から走ったり泳いだりしています。普段ややこしい仕事をしているので、一回自分の中で整理してリセットするにはとてもいいんです。走っていると前向きに考え仕事に集中できるんです。走りながら悪い事は考えられないように脳はできているらしいですよ。

鏡野町奥津の体験をお願いします。

第1回目のファンライド鏡野に参加させていただきました。岡山で自転車を楽しめる場所を提供してもらえるのは良い事だと思います。疲れを癒す温泉もあるし、これからもファンライドは続けていって欲しいですね。

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