毎年、年の瀬に開いている会がある。
参加者の都合に合わせ、24日もしくは25日のどちらかで行なっているその会は、今年は25日の開催となった。
遡ること2013年のクリスマスイブかクリスマスに、小川が後輩のONYという男にカレーを作らせたことに端を発する。
これまでの歴史
ONYの手料理を楽しむこの恒例行事には、恒例の儀式があった。
ONYが料理の最中に小川が突然包丁を奪い、それをONYの首元に突きつけてびびらす、というものだ。
ONYを虐げることが、料理の下ごしらえにもなっているかのようだった。
汝よ、美味しい料理を作らせるならまず虐げよ。
小川が仕掛けてくることはわかっているものの、いつ訪れるかわからない。たいていONYが料理に集中している隙をついてくるため、ONYもいたく驚く。
体をのけぞらせ、のけぞらせたらのけぞらせた分、小川は包丁で間合いを詰めて逃がさない。
時にはフェンシングのような動きでONYをもてあそぶ。
ONYも刺されまいと機敏によけるが、それが余計に小川を刺激し、気づくと小川はONYを追いかけまわし、こうなるとONYは防戦一方、逃げるしかなくなる。
逃げ惑いながらONYの口から出てくる命乞いがこれまた秀逸だった。
ある時は「万が一があります! 万が一があります!」
またある時は「親に電話だけさせてください!」
またある時は、何も言わずに「ひと思いにお願いします」という表情。
またある時は、悔しそうな顔をして「小川さん、俺まだ生きたいです!」と無念を滲ませた言葉。
またある時は、何もかも諦めた、悟りを開いたかのような表情。
言葉で、顔で、小川を大笑いさせ、面白さで乗り越えてきた。
虐げと宴の時間があまりにも楽しく、小川は翌2014年もおかわりし、誰かに共有してほしくなった3回目、2015年度の集いからは倉持くんという青年が加わった。
6回目となる2018年も無事、3人は集まることができた。
まさか6回目を迎えるなどと当時は小川もONYも、夢にも思わなかった。
せいぜい5回くらいだろう、と。さすがにこんな会をやるどころではなくなってるだろうし、と。
倉持くんも、まさか参加回数が4回を数えようとは思わなかったはずだ。人生は甘くなかった。
上等だ、人生。こうなったら10回目までやろう。そんな気概さえ生まれてきている。
その一方で、小川はある不安を抱えていた。
ONYの言うように、万が一の事故ではない。
ONYに返り討ちに遭うことに怯えているわけでもない。
この集いは、世間のクリスマスとは異なった様相を呈し、虐げられし者を包丁片手に追い回す儀式をし、そのあと食事を楽しむ会だ。
それが去年から様子を変えた。
2017年の集いでは、小川はなぜかONYを追い回さなかった。
それどころか、包丁を突きつけたりもしない。
2017年はいよいよONYを殺っちまうのでは、と不安を覚えていたほどだったが、ただただ穏やかにバーボンウィスキーを飲みながらONYが作る料理を待ち、倉持くんと談笑しながら一品一品味わうだけだった。
気力が失せてきたのだろうか。
今まではずっと小川の家で行なっていたが、部屋を片付けたり、ゴミを処分したりが面倒になり、2017年からONYの家でやることにした。
(2017年の集いより、無事元気な姿で料理をすべて作り終え、酒を楽しむONY)
2018年も同様だった。ONYを虐げる衝動にまったくかられなかった。
(2018年の集いより、穏やかに過ごした三人)
年齢のせいだろうか。
振り返ると、異変が起きた昨年はちょうど40歳になった年だった。
丸くなってしまったというやつか。
あれほど目をらんらんとさせながら包丁を首に突きつけ、追いかけまわしていたのがウソのように穏やかだった。
つい2年前まではあんなにはしゃいでいたのに、あんなに楽しかったのに。
病院で一度診てもらおったほうがいいかもしれない、と小川は思った。
「先生、なんだか最近、刃物を持って人を追い回す気が起きなくて……」
先生は何と言うだろうか。
「じゃあ自然に治ったのかもしれないですね」
「本当ならもっと早く来て欲しかったですね、でもよかったですね、治って」
もしかしたら、そもそも何らかの疾患を抱えた状態で、それが影を潜めたのだろうか。
しかしその可能性は少ないと小川は考えている。
小川はかねてより、先にレジで飲み物やフードを購入するタイプの喫茶店でホットドリンクを注文すると、他の客の横や後ろを通り過ぎざまに熱々のそれをぶっかけたくなった。
この衝動は未だにあるのだ。
ファミレスのドリンクバーでも、ホットドリンクを注いで席に戻るときも今までどおりうずく。健在だ。
だから丸くなったというのは考えづらい。
では、虐げられのプロとも言えるONYを目の前にしてテンションが上がらない原因はなんだ?
1年後、2019年の集いではどうなっているのだろうか?
熱々の飲み物を脳天にぶっかけたいという欲求が減退したら、そのときは病院に行こう。
小川は今日もレジでホットコーヒーを注文し、誰にもぶっかけずに席へついた。