小川康弘のブログ 「主人公・小川康弘」

日々を小説で書いてみてます。


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名曲か否かを問われたら、小川はその曲を元気いっぱい「名曲です!」と答えるだろう。太田裕美さんの『木綿のハンカチーフ』といえば、誰の心にも名曲として刻まれている、日本が誇るスタンダードナンバーだ。

歌詞は、カップルであろう若い男女の往復書簡で進んでいく。青年が恋人を故郷に残し、一人都会へと旅立つ場面からこの曲は始まる。






 

(青年はおそらく新幹線で東京へ向かったと思われる)



一番では、都会で君への贈り物を探すよと言う青年に、彼女は「なんにもいらないから都会の絵の具に染まらないで帰ってきてほしい」という旨を伝える。



二番では、逢えなくなって半年が過ぎ、都会で流行っている指輪を贈ろうとする青年に、彼女は「たとえ星のダイヤであろうと海に眠る真珠であろうと、あなたのキスよりきらめくものはない」と答えた。



三番では、社会に揉まれ、たくましくなった凛々しいスーツ姿の僕を見てくれと、写真を送ろうとする青年に、彼女は「草に寝転ぶあなたが好きだった。木枯らしのビル街、からだに気をつけてね」と恋人の体調を気遣った。



小川は、なんて素敵な女性なのだろうと思った。こんないい子はそうそういない。この歌に出てくる青年は幸せ者だ。



しかし、最後の四番で二人に異変が起こる。

青年が「君を忘れて変わっていく僕を許してくれ。毎日愉快に過ごしている。僕は帰れない」と別れを切り出したのだ。



小川は、てめえそりゃあねえだろと思った。もういっぺん言ってみろ、と。


もうこのバカ男に君からガツンと言ってやってくれよ、ガツンと。



ところが、彼女は「最後のわがままに、涙拭く木綿のハンカチーフをください」とねだるだけだった。



「どんだけいい子なんだよ!」



彼女はどこまでも健気だった。本当にあいつのことが好きだったんだなと感じた。

小川は胸を打たれた。世の中にこんないい子いるんだな、と。3番まで聴いた時点でかなりいい子だとは思っていたけど、ここまでいい子だったとは思わなかった。



こんないい子にここまで悲しい思いをさせるなんて、この男をぶん殴ってやりたい。この歌に登場して、身勝手なこいつを説教してやりたい。そういう流れの5番を作ってほしいくらいだった。





月日は流れ、小川も都会の荒波に揉まれた。人の汚い面、ずるい面を目の当たりにし、心も薄汚れていったのだろう。ある日、ふと気づいた。



「あーーーーー! なんてこったーーーーー!」



小川は長年思いもしなかったことに気づいてしまった。



「そっか、この子、あいつとキスしてんだ……」



小川は今更ながら、二人がAまでいっていることに気づいた。



「なんだよ!キスしてんじゃねえかよ!」



なんで気づかなかったんだろう。歌詞にちゃんと書いてあるではないか。


小川は大きなショックを受けた。過去の話だし、小川だってキスぐらいでガタガタ言いたくはない。なのに、なかなか現実を受け入れることができなかった。



キスくらいいいじゃないかと言い聞かせるが、あの子のあまりのいい子ぶりにそういうことをする女性じゃないと認識してしまい、イメージと現実とのギャップに苦しんだ。

何かの間違いかもしれないと思い、ちゃんと歌詞を確認した。

ふむふむ。あなたのキスほど云々、とある。

どう考えてもクロだった。

しかも、星のダイヤや海に眠る真珠よりもきらめくはずはないわと言わしめている。



「これは一度や二度じゃねえぞ。なんなら彼女のほうから何度もおねだりしているに違いない」



考えたらわかる話だ。年頃の男女なのだ。好奇心も旺盛な時期だ。

歌詞では半年逢えていないとなっているが、さすがにどこかのタイミングで男は里帰りしているはずだ。もしくは彼女のほうが都会に遊びに行って会っている可能性もある。想いを募るだけ募らせた状態で再会しようものならそりゃあ、だ。



「これもう完全にCまでいってんな!」



小川は、今まで健気で一途で貞淑な女性だと思っていたこのヒロインが急にけがらわしく思えてきた。

「ふざけんじゃねえよ!なんなんだよ!」

今頃、あばずれたあの子は誰かの腕の中で眠っているのだろう。それでいて、別の男の夢を見ているに違いない。

危うく騙されるところだったぜと、都会で大事な何かを失くした小川がつぶやいた。


それぐらい小川はこの歌が好きで、よく口ずさんではカラオケでも歌ったものだ。これからもそれは変わらない。

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小川はゴールデンウィーク中、実家があるアメリカ合衆国カリフォルニア州モーガンヒル市の姉妹都市の喫茶店で、床屋をテーマにした物語の原稿チェックをしていた。

主人公が子供の頃に床屋デビューした店舗の主人と対峙するシーンに触発を受け、3年も前にてめえで書いておきながら今更ながら「あ、自分の初めての床屋に行ってみたい」と高ぶってしまった。


実家から車で20分ほど走らせれば、以前住んでいた隣の青梅市の住居近くまで行くことができる。その床屋はそこから程近い。そんな状況が小川にひらめきを与えたのかもしれない。


電話で存在&営業確認をし、緊張しながら向かった。ヘアーサロンクボタに着くと、小川はなぜか一旦通り過ぎた。






「どうしよう、緊張するなあ」


話が弾まなかったらどうしよう。どのタイミングで素性を明かそうか。素性を明かさないパターンでいこうか。でもそれは何のためにだ?

あんまりウロウロするのはやばい。小川は思い切って入口の扉を開けた。



「いらっしゃい」


白髪のダンディーな男性が出迎えてくれた。久保田さんのおじさんだ。


うおー、当時のおじさんの30年後って感じがする!


小川の記憶では鼻下に立派なひげを蓄えていたのだが、ツルッツルだった。入口の正面に小部屋があり、そこでファミコンをやらせてもらっていたのだが、それっぽい部屋があった。目に飛び込むものいちいちに、心ひそかに感嘆した。


小川はそんな気持ちを微塵も出さず、素知らぬ顔で一通りの接客を受けた。

ゴールデンウィークを絡めた世間話などしていると、おじさんが、



「散歩の途中か何かなの?」


と聞いてきた。


「ここに来たのがですか?」
「そう」


小川くらいの年端の客は珍しいそうだ。小川は、今だなと思った。


「実は……」



かくかくしかじかと、初めての床屋に行ってみたくなって訪問したことを伝えた。そこから自分の名前を明かし、お子さんと今井小で同級生だったことを伝えた。ちなみに保育園は今寺保育園であることを伝えると、「うちのもそうだよ」と、保育園も一緒だったことが判明した。小川の記憶でもそんな気がしていたが、小学校からだった線も捨てきれなかった。



(お遊戯会終演後っぽい。なんかよくわかんない役を射止めた小川(写真前列左端)。この中に久保田さんのお子さんがいるはず。)



「そっか、あの小川さんのとこのか」

「そうなんですよ。おじさん昔ヒゲ生やしてませんでしたっけ?」

「生やしてた」

「やっぱり! あと、あっちの部屋でファミコンやらせてもらったことも覚えてます」

「おー」

などなど、盛り上がった。(と、小川は思っている。)
久保田さんとこの同級生は、現在、店の裏に住んでいて、今は子供と映画を観に立川へ行っているという。会えず残念だ。せっかくだったので会いたかった。小川は、ふと聞いてしまった。


「同窓会とかやってそうですか?」



おじさんのハサミが止まった。

同窓会とかやってそうですか―――



呼ばれていたらこんな聞き方をしない。呼ばれていない人間の物言いだ。


おじさんは窓の外を見つめ、「ちょっとわかんないなあ」と答えた。小川は、ああこれやってんなと思った。

小川を思いやってとぼけたのか、本当にわからないのか、どちらのようにも見える。小川はそれ以上聞かなかった。
保育園時代と小学校のときの、一番懐かしい人たちは今どうしているのか? 達者でやってくれているといいな。

そんなことを思っていると、髪を切り終わって顔剃りのタイミングに移り、おじさんは次のお客さんのカットに移動してしまった。

そこで現れたのがおばさんだった。顔剃りはおばさんが担当のようだ。


「おばさんも面影ありますね~!」

「そう?」



おばさんはそう言うと、当時とは比べ物にならないほど茂った小川の顔を丁寧に剃ってくれた。「私はこの顔、面影どころか見覚えないなあ」そんなことを思わせながら剃らせてしまったかもしれない。

顔剃りが終わるとドライヤーで髪を乾かし、セットしてくれた。顔剃りの最中は危ないが、今ならしゃべれる。

小川とおばさんは昔話や近況などに花を咲かせ、おしゃべりを楽しんだ。(と、小川は思っている。)





「また来ますね!」


そう伝え、小川は会計を済ませた。30年ぶりに払う料金は、すっかり大人になっていた。


帰り際、おばさんが「これ持ってって」と小川を引き留めた。渡してくれたのは、なぜかBOXティッシュだった。とりあえず小川は嬉しそうにお礼を言っておいた。




















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小川はゴールデンウィークの後半、アメリカはカリフォルニア州にあるモーガンヒル市の姉妹都市にバカンスで訪れていた。その町は時差がほとんどなく、人は東京都西多摩郡瑞穂町と呼んだ。そこには小川の実家があった。




小川の仕事は、打ち合わせや会議などをのぞけばどこでもできる。ネット環境が整っていてパソコンさえあればこっちのもんだった。バカンスとは名ばかりで、日中から夜遅くまでずっと喫茶店で仕事をしていた。寝に実家へ帰っていたようなもんだった。



このときに抱えていた仕事のひとつに、床屋をテーマに書いた物語の原稿チェックがあった。主人公が幼い頃に通った、自身初の床屋に関するくだりを読み返していたときだった。

小川はふと思い立った。




「そうだ、せっかく実家に帰って来てるんだし、初めての床屋に行ってみよう」



小川の初めての床屋は、瑞穂町に住む前に暮らしていた隣の青梅市にあった。たしか保育園の年長か小学校に入りたてくらいの頃に、小川は頭髪的親離れを果たした。小学校の同級生のお父さんがやっている理容室だった。




(初めて床屋で髪を切った記念の一枚)



だが時はゴールデンウィークだ。人によっては10連休という、夢のような金字塔を打ち立てている者も少なくない。




「さすがに休みかな」



そもそも、もう店をたたんでしまっているかもしれない。なんせ39歳の子を持つ親だ。年齢もおそらく60代から70代だろう。立ちっぱなしの大変な仕事をまだやっているだろうか。



まずは確認だ。小川はネットで「久保田理容室 青梅」で検索した。ホームページは存在しなかったが、組合か何かの一覧の中に引っかかった。そこは「ヘアーサロンクボタ」だった。住所を見るとおそらくここだ。小川はずっと店名を間違えて記憶していたことに気づいた。


次は電話で直接確認だ。だが、いざアクションを起こそうとすると戸惑いが生じ、そわそわしてきた。




「やっぱやめようかな。緊張するし。それに2週間くらい前に髪切ったばっかなんだよな」



しかしだ。せっかくだ。思い切ってかけてみた。プルルと、電話を発信したときおなじみの音が流れる。


「はい」


年配の男性の声が聞こえてきた。うわっ、出た! やべえどうしよう……ん? 名乗らないぞ?


「あ、もしもし、久保田理容室さんでしょうか?」


あっ、いっけね、ヘアーサロンクボタだった!


「……」


あれ? 違うとこにかけちゃったか。小川は間違い電話をしてしまったかもしれないことへの動揺で、店名の間違いが完全に抜けた。


「すいません、久保田理容室さんじゃなk

「そうです」


食い気味で答えが返ってきた。『か』と打とうとしてkのあとにaを打つ前に返答があった、そんなニュアンスとテンポだ。

久保田さんは、本当はヘアーサロンクボタなのに、久保田理容室なのかと聞かれ、そうですと言ってくれた。確かにほぼ同じ意味ではある。ヘアーサロンクボタを和訳したら久保田理容室だ。


「今日やってます?」

「やってますよ」

「あ、じゃあ、伺うかもしれません」

「はい」

「失礼しまーす」

「はーい」


小川は電話を切った。うおー、やっていたよー。営業している状態が日常である感じだった。現役バリバリっぽかった。




小川はデビューを飾った床屋へ30年ぶりに向かった。最後に切ったのは、青梅市を引っ越す9歳以来だ。







(青梅市から瑞穂町に引っ越し、この学校へ転校。母校を通り過ぎながらヘアーサロンクボタへ向かう車中から撮影)








つづく






















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5月に入って最初の月曜日だった。夕方、小川は仕事を切り上げて帰宅すると、礼服に着替え、黒いネクタイを締めて荷物を黒いカバンに入れ替えた。



一息つく間もなく家をあとにし、足早に駅へと向かった。新宿で京王新線に乗り換え、幡ヶ谷で下車した。昔、隣の笹塚に10年以上住んでいたので、この街もわりとなじみが深い。久しぶりに降り立った幡ヶ谷の街は、幾分か変化していた。


小川はこの街にある斎場へと歩みを進めた。前田家のお通夜が執り行われるエリアへ向かうと、小川は仰天した。



「とんでもない数の人が前健さんとのお別れに来てるなあ」



受付を済ませ、お焼香の列に並ぶため最後尾を目指した。なかなかたどり着けない。前健さんの人柄が偲ばれてならなかった。



小川は若手芸人だった頃、よくライブで前健さんと一緒になった。小川の相方だった川島くんは前健さんのストライクゾーンだったようでよく可愛がってくれた。


いつだったか、お笑いのライブハウスとして活気づき始めたシアターDという劇場が入っているビルのエレベーターに小川、川島くん、前健さんの3人で乗ったときだった。扉が閉まった瞬間に前健さんは川島くんをあっという間にコーナーへ追い詰めるとそのまま川島くんの胸を揉みしだきだした。




「うぅ……」



川島くんは苦渋の表情を見せ、歯を食いしばって先輩からの凌辱に耐えていた。ボクシングをやっていた川島くんなら、前健さんの一人や二人、軽くぶっ飛ばせるはずだ。それでも無抵抗を貫き、体を献上していた。お笑いの世界は厳しいんだなと、小川は二人を眺めながら思った。次は自分の番かもしれない、と小川は体をこわばらせたが、前健さんは小川のことは全然タイプではなく、そういうのはなかった。



その日のさらに12年ほど前、小川が大学を卒業して一年目だったろうか、小川と川島くんのコンビ「耳なり」が所属していた事務所、トゥインクル・コーポレーションが主催した演劇のような舞台が下北沢であった。


芸人がネタを披露する場面があり、トゥインクルの芸人のほかケイダッシュステージからもゲストで何組か来てくれた記憶がある。たしか二日間行われ、一日目のゲストがはなわくんで、二日目のゲストが前健さんだった気がする。


前健さんと耳なりの出演回が同じ日で、出番終わりで前健さんが「お茶しようよ」と誘ってくれた。

前健さんに付いていくとドトールへ入っていった。当時の下北沢にはまだ駅前にドトールがあった。


このミルクレープ、大好きなんだあ」


そう言っておいしそうに、ちょっとかわいく食べていたのを小川は今でも覚えている。フォークで一口サイズにすくい千切り、口の中へ運んで唇を閉じ、フォークをゆっくり口の外へと滑らす。女性のような味わい方をしていた。前健さんは飲み物と一緒にミルクレープを注文した。

飲み物は何を飲んでいたか覚えていない。おそらく、ミルクティーとかカフェラテとかその辺だろう。川島くんも来たかは覚えていない。が、前健さんの川島くんへの眼差しを考えるとおそらく誘われているはずで、一緒にいたと思う。

何を話したかもまったく覚えていないが、ただ、なんか知んないけど1617年も前のこのミルクレープ大好き発言とおいしそうに食べている姿を小川は覚えていた。



前健さんがブレイクしてからは一緒になる機会が減り、小川と川島くんがコンビを解散するとほとんど会わなくなった。なのでそれほど多くの時間を過ごしたわけではなかったが、前健さんの早すぎる訃報はかなりショックだった。



小川よりも長い時間をともにし、一緒に戦ってきた仲間の方たちの悲しみはいかばかりだろう。



ここ最近は電源席が豊富にあるサンマルクカフェやコメダ珈琲に行くことが多かった小川だが、この日はドトールを選んだ。

レジでミルクレープを注文した。





ドトールのミルクレープを食べるのは久しぶりだ。




「ああ、うめえなあ」



優しかった先輩を思い出しながら、その人が愛した味を噛みしめた。飲み物は、自分が飲みたいものを飲んでいる。







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今日、小川はヒゲを剃った。うん、指触りはなめらかでツルツルして気持ちいい。剃りたてのこの時が、小川が一番美しい状態だ。だが小川が綺麗でいられる時間は短い。生きている以上、ヒゲもまた育っていく。数時間後にはざらつき始め、刻一刻と小汚さへと向かっていく。




ひげを剃るのが面倒くさくて、ついつい伸ばしてしまう。小汚ねえツラをぶらさげて街を歩き、人と会い、時に真面目な話をする。ところがどんなに真摯に生きようと、小汚いヒゲというのは社会不適合者を演出し、日本の足を引っ張っている輩が図々しくも表通りをぶらついているという印象を与え、無駄メシ食ってぐうたら過ごし屁でもこいて寝てんだろと思わせる。普通に過ごしているだけで、低い評価を受けてしまう。あと何をやっても爽やかじゃない。



そりゃあたまには剃る。自分なりに精一杯きれいに剃る。多少の清潔感は出るが、黒々としたその部分が青々となるだけだ。最低でも焼け石に水、最高でも焼け石に水。と言ったところだ。


生やしてもクソ、剃ってもクソだ。ロクなもんじゃない。カビが生えていると揶揄する輩さえいる。



(遊びに来てくれた愛猫家芸人・山本偉地位くんが撮影)




(こちらも山本くんがとらえた一枚)


この2枚の写真も、本来ならもっと微笑ましいはずだ。なのになぜか? 写真としての点数が低い。可愛い子猫の写真であるにも関わらず汚らしい。明らかに減点対象となるものが写っている。それは小川だ。やはり小川の口の周りに生い茂るヒゲが足を引っ張っている。



ヒゲを剃る時間も決して短くはない。小川の場合、10分は見ないといけなく、生涯でヒゲ剃りに割かれる時間は膨大だ。

カミソリやシェービングジェルにかかる費用も、塵も積もればでバカにならない。

面倒くさく、重い腰をあげる必要があるヒゲ剃りは、かなりのストレスを伴う。

すすぎに使う水も限りある資源だ。


ヒゲ脱毛の費用は安くないが、長い目でみたとき、いったいどちらが経済的損失が大きいだろう。

もしかしたらエステに行かないほうが損かもしれない。



だが小川は踏ん切りをつけられなかった。ヒゲが薄くなったら俺が俺でなくなるんじゃないか。これは俺のアイデンティティでもある。あと、手の甲がかゆい時にアゴに生えている無精ひげでかくと気持ちいいし楽なんだよな。



小川は決断できないでいた。


そうこうしているうちに、ヒゲがさっきよりちょっとだけ成長を遂げた


ヒゲを植物と考える見方もあるが、光合成が行われて酸素を作り出せばまだしも、観葉植物としての機能もないどころか周囲を不愉快な気分にいざなうわけで、世の中にとって微塵も役立たない。


遺伝子的に見ると、父から譲り受けた多くの支持者を抱える地盤とも言えるかもしれないが、これだったら手放したい。


小川は今、美への欲求の高まりを感じている。

いざ、ビューティー!

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一年前の44日、小川は待ち合わせの場所で顔に緊張の色を浮かべながら立っていた。小川の顔は緊張の色を浮かべていようが何しようが犬に似ている。犬種でいえばパグ、フレンチブルドッグの系統だ。まるで正体が犬であることがバレないか肝を冷やしているかのようだった。


小川は犬みたいな顔のくせに、これから2匹の猫の里親のご縁をもらうことになっていた。



保健所に収容された子猫をボランティアさんが引き取り、里親を募集していたのを小川が見つけたのがきっかけだ。性別はオスとメスで、母親は違う。オスは生後一週間で、メスは生後2週間だった。

ボランティアさんの家に着き、猫が保護されている部屋へと通された。初めて見る生まれて間もない子猫のあまりの小ささに、小川は面食らった。自力ではとてもじゃないが生きていけない状態を見て、ブルいにブルッた。


(ボランティアさんに抱かれる小町(写真左・メス・生後2週間)と原点(写真右・オス・生後1週間)

「自力で生きろ? バカ言ってんじゃねえ!」と怒っているかのよう。)


部屋を常に暖かい状態にし、ミルクを16回、4時間おきにあげなければならない。排泄も自分ではできないため、お世話しないといけない。生まれたばかりの子猫は体が弱く、病気になりやすいという。乳飲み猫の成長するスピードは人間の16倍だと聞かされた。例えば、ちょっと様子がおかしいなと感じてひと晩様子を見て次の日病院へ連れて行こうとする。これが命取りになる。

1日様子をみることは、この猫たちにとっては16日間放ったらかされたと同じだ。この2匹が生きるも死ぬも小川次第となる。




「俺はとんでもないことをしようとしているのかもしれない……」


帰りの電車、小川は何度も子猫が眠る猫用キャリーバッグの中をのぞいては、

「マジか……」

と緊張した。



「引き取ってきちゃったよ……もうあとには引けねえよう……」



暴風雨レベルの臆病風に吹かれた小川だったが、腹をくくった。
目の前にいるのは運よく生きる道を歩めた奇跡の命だ。
そんな猫たちと縁することができたんだお前は。この2匹に猫をまっとうしてほしい。幸せな一生を送ってほしい。そのお手伝いをお前がさせてもらうんだ。立ち上がれ、犬みたいな顔した者よ!
ここまできて何を迷っているのだ、目ェ離れし者よ! ひげ濃き男よ! 


その日から子猫との楽しき格闘が始まった。



覚悟はしていたが、4時間おきのミルクは戦いだった。お湯を沸かし、適温まで温めてミルクを作る。2匹分だ。それを飲ませ、飲んだミルクの量を記録し、トイレのお世話をする。具体的に何をするのかというと、ティッシュを股間にあてがって揺らすように擦って刺激してあげるのだ。そうするとじんわりと温かくなっていく。猫のおしっこがティッシュにしみわたっていく。トイレのお世話が終わると、体重を計って記録する。そうこうしていると30分くらい過ぎている。

哺乳瓶をきれいに洗って干し、ようやくひとだんらくがつく。



「次は4時間後だから、○○時だな」





あっという間に次がやってくる。4時間後といっても、ミルクの準備もあるうえに、終わったあとの片づけを入れたらあと3時間ちょいしかない。これを16回繰り返す。その間に仕事をし、仮眠を取る。食事をし、風呂に入る、などなど、人間としての日常が組み込まれる。




小川もずっと家に居られるわけではない。

一通りの世話をして打ち合わせに行き、終わって急いで一度帰宅。一通りの世話をやってまた出発して4時間以内に次の打ち合わせを済ませてまた帰宅する。休むまもなく一連の世話をしてまた家を出る。
頭と体は常にボーっとしていた。



約1か月、まともに寝ることがない日々を送ったが、幸せな時間だった。



ミルクを飲んでくれるだけで嬉しく、おしっこやうんちをするとこれまた嬉しかった。手についても汚いと思ったことなど一度もない。1年経った今、ようやく汚ねえなと感じるようになったほどだ。くっせえな、と客観的に嗅げるようになった。




猫との暮らしは小川の家に多くの来客をもたらした。花の都大東京、生まれて間もない乳飲み猫に触れられる機会などそうそうない。猫好きたちが家に遊びに来てくれた。




(猫好き芸人・しろたてるひささんと生後2週間くらいになった原点)


(22歳の頃からお世話になっている先輩・たなべ勝也さん。「ちっちぇー!」を連発)




1年が経ち、今、2匹はパッと見すくすくと育っている。元気に走り回っているから、ちゃんと元気なのだろう。2匹とも仲が良い。




(最近の2匹)



今もなおペロペロしたくなるほど可愛くて仕方のない猫たちだが、これだけはやめてほしいなと思うことが小川にはあった。


メスの小町が、小川の大事にしているものをかじることだ。

ひとつはパソコンのアダプターのコード部分。

危うく噛み千切られそうになったが早めに気づくことができ、ギリギリのところで防げた。

あと猫の自動トイレの本体とコンセントをつなくケーブル。こっちは帰宅するとすでに噛み千切られていて、本体が屍のように電源OFFになっていた。



オスの原点に至っては小川そのものをかじってくる。

甘噛みの域を超え、全力で食いちぎろうとしてくる。成長するにしたがって、あごの力も増していく。

噛んでくる部位がまたやっかいだった。

首筋、アキレス腱。


テレビで野生の動物のドキュメンタリーを見ていたとき、肉食動物が獲物に対して真っ先に噛みついていた部分だ。

そこを攻撃すれば相手の動きを止めることができ、逃げる力をも奪える。あとは自分のペースで食べるだけとなる。


これを飼い主にやってくる。十分にご飯は与えている。しかもわりといいやつをだ。しかし、原点の狩猟本能が彼を突き動かすのだろう。

猫科の動物に眠る恐ろしいまでの忠実な遺伝子に小川は驚いた。

下手したら、寝ている間に原点に噛み殺されている可能性がある。


不思議なもので猫と暮らす日々は、そんな小川の気持ちに変化をもたらせた。

これまでは「噛まれると痛いし嫌だな」だった。今は違う。

俺がもし原点に噛み殺されたりして死に見舞われたら、発見されるまで俺を食べて生き延びてほしい。どうぞ俺を食べてくれ。

そんな心境になった。



小川の最近の関心は、「俺、美味しいかな」「俺、栄養あるかな」だ。

あと「俺、日持ちいいかな」だ。





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一年前の今頃だ。小川は沼津へ旅行に行った。移動手段は福田哲平という男の車だ。メンバーは福田と小川のほかに、小川の元相方・川島の姿があった。沼津に行くことが決まった際、車の乗員人数に余裕があったので福田がいろいろな友達を誘った。片っ端から声をかけてみたもののみんなダメで、唯一誘いに乗ってきたのが川島だった。まさか元相方と泊りがけの旅行をする日が来ようとは小川は思いもしなかった。






(どうしても横になってしまう3人の写真)



車内でのポジションは福田が運転手、小川が助手席、川島が後部座席独り占めというスタイルで進んでいった。

小川が助手席で、お菓子などを福田に食べさせてやったりした。

「はい、あーん」

「あーん」

ここまでは小川も楽しめるレベルだ。だが、ここから先で二人の価値観にズレが生じる。

福田は小川から施しを受けると、そのまま小川の指を舐めてこようとした。小川はこれがダメだった。

「うわっ、気持ち悪りな!」

「いいじゃねえかよ!」

指ぐらいいいだろと福田はぐずった。口答えする小川に、

「そこが一番おいしいんだよ!」

とも言ってきた。

しばらくの間、小川の指を舐めたい福田と指舐めはNGの小川は問答を続けた。福田は小川の手に負えるレベルではなかった。頑なに拒む小川に、福田も諦めざるを得なかった。




(パーキングエリアにて、福田の「あーん」に応えているところ)


行は沼津へ向かう途中、御殿場のアウトレットに寄った。福田が財布を買いたいんだそうだ。小川と川島は福田のためにだだっ広い敷地を歩き回り、付き合ってやった。他にも福田が履くズボンとスニーカーがあまりにも小汚かったため、こちらも新調させた。

川島も店を回っているうちに腕時計を欲しくなってしまい、予定になかった買い物をしていた。

深海魚を食べられる店に着くとラストオーダーが終わった直後だった。でもまあ、まだ数分過ぎただけだしイケるだろう。

店内には食事をしているお客もかなりいて、これから出てくる料理もあるようで厨房は活気があった。


「東京から深海魚食べたくて来たんですけど……ダメですか?」

こういうときほど、この3人が相手に与える印象は力を発揮する。どこか頼りない感じ。なんか知んないけど、なんとかしてあげたくなる感じ。

3人の見た目と雰囲気は、困ってる人を見ると力を貸したくなる人を得意とする。俺たちの見た目がひとつになったとき、相手の頑なになった心を動かし、不可能を可能にすることができるんだ。自分たちを信じて小川は食い下がった。

「すぐ注文しますんで。ね?」

「うん」

そう言って3人は店員を見つめた。すぐ返事が来た。

「すいません、お受けできかねます」

この人は困ってる人を見ても冷静に判断できるタイプのようだった。明日のランチに来てくださいと、とどめを刺された。

仕方なく近くの繁華街らしき場所まで移動し、居酒屋で夕食をとり、スーパー銭湯みたいなところで一泊した。

翌日、ようやく深海魚にありつけた。



(深海魚丼)



(深海魚鍋)


たいして美味くもなく、こんなもんを食べるために沼津まで来て、お預けを食らって夜が明けるのを待っていたのかと若干の後悔を感じながら一行は沼津を後にし、長野県へと移動した。目的は松本市にある四柱神社だった。

いつだったか、テレビでゲッターズ飯田さんが密着されていたので観ていると、飯田さんが四柱神社へ参拝していた。なんでも、占ってきた金持ちの多くがこの神社に参拝していたという。

「これは行くっきゃない」

沼津から遠いし帰りも大変だよ、と渋る福田を言いくるめ、今回のコースに追加された。


移動の車中、川島からある報告を受けて小川は驚いた。川島の元カノが四柱神社に来るという。松本に住んでいるという。


「い、いつの間に連絡してたんだ!?」


どうやら車中でたびたび勃発する、小川と福田が指を舐めさせろ舐めさせないでもめているときに、川島は元カノと連絡をとっていたのだ。知らないうちに男としての圧倒的な差がついてしまった気がした。元相方と旅行中に元カノと会う。なかなかロマンティックじゃないかと小川は感心した。

四柱神社では、行くのを一番渋っていた福田のお祈りの長尺にびびった。行きたがってなかったくせにどんだけ願ってんだよ、と思っていると、そこへ川島の元カノが現れた。小川と川島の大学の後輩でもあり、その子が18歳の頃から知っている。何年振りだろうか。小さな男の子を連れ、すっかりお母さんになっていた。




(右から小川、川島、川島の元カノ&息子)


元カノの子供をあやす川島を見たとき、小川は何とも表現し難い、初めて味わう感情を抱いた。


福田も沼津・長野旅行の様子をブログに書いている。


福田くんのブログ


急な誘いで連れて来られた川島も、腕時計を買ったり、元カノと会ったりと楽しんだようでよかった。


2015年はその後も仕事や旅行で各地を巡り、北は埼玉・奥武蔵から南は台湾までと、かなり南に偏った11ヶ所を訪れた。(そのうち6ヶ所がエレキコミックのやついさんと一緒)


その勢いはまだ続き、2016年に入ってからも旅づいている。

早速1月にやついさんとの沖縄旅行から始まり、エレ片コントライブ「コントの人10」のロケで新潟のスキー場、「コントの人10」大阪公演と3ヶ所を旅している。(3ヶ所とも全部やついさんと一緒)

エレ片の地方公演も残すところ3/21(月・祝)の仙台公演と3/27(日)の名古屋公演(14時・18時の2回)だけとなった。

ラーメンズ片桐さんとエレキコミックの3人だけによるコントライブは今回の「コントの人10」で一旦最後となる。ぜひ地元の人も、そして離れた場所に住んでいる人も足を運んでいただきたいと小川は思った。旅は最高だ、


コントの人10 特設ページ




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小川は2015年を振り返っていた。2016年はとっくに2ヶ月が過ぎ、3月も下旬を迎えようとしている


「去年は一回もブログを書かなかったな」


見返してみると、最新の記事は2014年のクリスマスの様子を綴ったブログで止まっている。後輩のONY(オニー)と二年連続でクリスマスを過ごしたことが書かれており、小川がONYの首元に包丁を突き付けている写真と共に詳細が記されていた。


「まさか三年連続になろうとはなー」


小川は2015年のクリスマスもONYと過ごしていた。

だがこの年はいつもと違う。24歳の青年、倉持くんがいた。

倉持くんはONYの大ファンだった。

一時期ONYは毎日ギャグをYouTubeにアップしていたものの誰も見ていないような状態のなか、倉持くんは一人何度も再生して楽しむほど熱狂している。

それだけではない。

ONYの男性のシンボル、通称ぽこちんは見る者すべてを仰天させるほどでかい。みんな見たがってキリがないため、エージェントを通して110円で見せている。それにも5倍から10倍の料金を払おうとする青年だった。



そんな倉持くんをお招きし、2015年のクリスマスパーティーは行われた。

例年通り、駅で集合してそのままスーパーへ行き、食材と酒を買った。店内のウロウロは今年は3人なのでカップル感はない。三角関係を疑うほど深読みしてくる者もいない。小川の家に到着するとONYが料理に取り掛かる。

下ごしらえの流れで、ONYの手から包丁が離れるときがある。それを見た小川は今年も居ても立っても居られなくなり、サッと奪い去るようにつかんだ。

ONYが「しまった」という表情を浮かべた。

と同時に、包丁が喉元に突き付けられた。





「小川さん、俺、生きたいです……俺、まだ生きたいです」


目の前のガス台ではフライパンの上で肉がバチバチと油を跳ね上がらせながら焼かれている。高熱の油が小川の手に付こうものなら大変だ。熱さにおののいてそのままONYをぶっ刺しかねない。ONYだって生きたいかもしれないが、小川だって道を踏み外したくない。両者の思惑と利害が一致し、小川はケタケタ笑いながら包丁をONYに返した。

ONYが作った料理は今年も絶品だった。三人はONYの手作り料理に舌鼓を打ちながら、酒を飲み、テレビを観たりした。





ひとしきり食べ終わると、三人は小川が考案したオリジナルゲームに興じた。

小川は日頃の感謝を込めて二人に何かクリスマスプレゼントをあげようと考えた。一番喜ばれるのはお金だろうという結論に至った。

しかし普通にただあげても生々しい。そこで考えたのが「現金つまみ獲りゲーム」だった。大量の小銭を用意し、制限時間3秒で人差し指と中指だけでつまめた分だけゲットできるというものだ。

結果は倉持くんが820円を獲得。ONY500円玉をかき集めているうちに時間オーバーで0円。欲をかくとロクなことがない。愚かで哀れな男だ。

2015年はいろいろあり、もっと他に書くことがあったはずだ。にも関わらず小川はまず始めにクリスマスについて触れてしまった。


「またONYのことを書いちゃったな」

これで4記事連続でONYが登場してしまった。

次に書くブログには何が書かれるのだろうか。またONYのことなのだろうか。それは小川にもわからなかった。

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 去年があまりにも楽しすぎたのがいけない。2014年が12月に入ると、小川はある男の今年のクリスマスのスケジュールを押さえた。その男とはこのブログに時折登場し、小川に虐げられてばかりいる後輩ONY(オニー)だ。

 2013年、クリスマスイブだったかクリスマスだったか忘れたがそのどっちかだった。
「今晩カレーが大量にできちゃうけどどうする?」
 小川に突然誘われたにも関わらず、何の予定もなく暇だったONYは小川の家にやってきた。当初、小川は日頃の虐げのお返しにONYにカレーを振舞おうと考えていたが、ONYを見たら虐げたくなってきてしまい、結局ONYに作らせた。すると、カレーを作っているONYを見ていたら虐げ足りなくなってきて、小川は包丁を奪い、ONYの首元に突きつけた。ONYには予期せぬ展開だったらしく、絵に描いたように身動きが取れなくなって、立ったまま腰を抜かしたかのようだった。小川も小川で、人に包丁をしかも首元に突きつけるのは初めてで言いようのない高揚感が体を巡った。
「小川さん、万が一があります……万が一がありますんで……」
 本当にONYはいい返しをしてくる。小川は爆笑してしまった。怯えた目で刃先に注意を払っている。ちっとも刃をしまわない小川に、ONYは首元に包丁をつきつけられながら絞り出した。
「小川さん……親に電話させてください……」
 死ぬ前に一言、感謝の思いを告げたいのだと言う。予期せぬ言葉にまた爆笑が弾ける。よじれるほど笑うと人は無防備になる。その隙をついてONYは逃げようとした。
「待てこのやろう!」
 小川は包丁を手にONYを追い回した。事故の確率は格段にあがるとONYは、
「万が一があります! 万が一があります!」
 と、語気を強めて逃げ惑った。

 楽しいクリスマスだった。このときの楽しさを小川は忘れられないでいたのだ。
 
 あれから一年が過ぎ、再びクリスマスがやってきた。小川の中でクリスマスとは、虐げられし者を家屋に閉じ込め、刃物を手に追い回す儀式となった。





 2014年のクリスマスも、虐げられし者を去年と同様に虐げ、美味しい料理を作らせた。実に愉快な夜だった。スーパーでの買い出しからすでに愉快でならなかった。
「ONY、今日は万引きすんなよな!」
 わりとデカめの声で言うため、周囲にも明確に伝わる。ONYの万引きしそうな見た目も相まって、あながち嘘に聞こえない。
「本当にそう思われるんでやめてくださいっ」
ONYは小声で叫ぶように小川を諌めた。
 
 小川は2015年のクリスマスが今からもう楽しみでならない。

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 案の定、その山は人でごった返していた。今年最後の三連休の最終日、小川と後輩のONYは高尾山口の駅に降り立ち、まず絶句した。

「この中に、誰でもいいから殺したい、とか考えている奴がいたら最悪だな」

 あまりの人の多さに小川はONYにつぶやいた。人ごみから逃れることも今回の目的のひとつであるにも関わらず、そんな人間がいなかったとしてもこれでは自ら人の波に飲まれにいったようなものだ。

 救いだったのは、高尾山に訪れている人たちが皆、一様に楽しそうで幸せそうだったことだ。天気も晴天に恵まれ、心地のいい気候に小川も次第に気持ちが上向いていった。



 そんななか、ひとりだけ浮かない顔を浮かべている男がいた。小川の傍らにいる後輩のONYだった。見ると、両耳にイヤホンが差し込まれている。そのコードをたどると、小川のスマホにつながっていた。ONYは小川のスマホにダウンロードされている音楽を聴かされていた。

「ONY、今日はこの曲をエンドレスで聴きながら登山ね」

 ONYに選択権はない。受け入れるしかなかった。何を聴かせていたかというと、友川かずきの「トドを殺すな」と「死にぞこないの唄」の二曲だった。これをONYに延々と聴かせながら登らせた。

 小川はついついONYを虐げてしまう節があり、この日もまた同様であった。

 


 えぐるような歌詞、聴く人を選ぶ声と歌い方にONYは精神的にやられていった。どうやら友川かずきはONYには合わなかったようだ。


 ひとしきりONYの消耗を楽しむと、小川は友川かずきの歌から開放してやった。次は肉体的にダメージを与える番だ。
「ONY、俺、この肉まん買うからちょっと待ってて」

 そう言うと小川は道中にある店で熱々の肉まんを買った。持っているのもやっとの熱さだった。そんな肉まんをONYに持たせた。しかし、ONYの手の皮は熱いのか、平然としていた。

「あ、俺、大丈夫ですね」

 小川のスイッチが入った。小川は肉まんを持つONYの手を自分の手で包み、徐々に力を込めて握っていった。ゆっくりと肉まんが潰れていく。つまり、ONYの指先は、肉まんの餡の、一番の熱を持つ芯の部分に近づいていく。あれ? なんだよ、意外といけるんだなと小川が思ったその時だった。

「熱いっっっ!!」

 ONYの断末魔が高尾山の山中に轟いた。よっぽどの熱さでなければ出ないであろう声量だった。中の餡は相当熱かったようだ。小川からこの日一番の爆笑が漏れた。

 数多いる登山客の中で、こんなことをやっているのはこの二人だけだった。

 


 ONYは今回のパワースポット巡りでも、恒例の昼飯じゃんけんで敗北を喫し、おやつじゃんけんでも負け続け、帰りに小川から金を借りていた。






 虐げ疲れた小川は帰り道、昨年の高尾山登山を思い出していた。昨年の同じ時期にもONYと高尾山へ登ったのだが、昨年はその晩、エレキコミックのやついさんから小川に入籍の連絡が入った。

「今年も誰かから入籍の連絡が来るかな? もしかしたら今年は相方の今立さんだったりして」

 

 なーんちゃって、と思いながらも、連絡などの通知を知らせるスマホの点滅をちょいちょい気にかけ、夜を過ごした。

 結局、誰からも入籍の連絡はなかった。連絡自体、特になかった。



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