ブログ再開します
テーマ:世界自然遺産関係何度もこう書きながら、やはり、遠くで恋しく島を思うだけではモチベーションは上がらず、仕事としてやるのなら、継続こそ力!とか理屈では思うものの、どうしてもテンションは上がらず、ずっと放置のままでした。
少しずつ、再開します。
そのきっかけは、いうまでもなく東日本大震災です。
私の住んでいる地域は横浜港に近く、ハザードマップでも液状化が記されている地域です。
震度5強でした。
あれから2ヶ月が過ぎ、3月11日以前の世界にはもはや戻れないことを日本人は自覚しています。
与えられるものを享受し、さらには「足りない」とわめき、少しの手間を惜しんで「これは便利」というものに飛びつき、エネルギーを消費していた時代には、もう戻れません。
これからの日本の復興は、3月11日以前と同じ世界に戻るのでは無く、新しい次元に至る以外にないと思います。
地震災害は地球が生きている証であり、防ぐことはできません。
専門家の多くが「日本は江戸時代以来の地震活動期に突入した」と解釈している以上、数年から20年は、繰り返しおそってくる地震を受け入れ、地震と共に生きていくしかないのだと思います。私は関東で生まれ育ち、地震に遭う回数は西日本の人と比べて多かったと思いますが「慣れ」なんてなく、地震のたびに、子どもの頃から怖がって泣いていました。今もそうです。だからこんなこと、考えたくないけど、でも、自然の現象ですから、しょうがないともいえます。
だけど、原発は別です。
恐ろしいことに、内心は「原発反対」であった私も、反対運動を熱心にやってきたわけはなく、遠巻きにしているだけでした。
反対しても、どうせつぶされるさ……どっかでそう思っていたかもしれません。
そうした無関心のツケを、これほどの大きさで払わされるとは!
未だ収束の糸口さえ見えず、唯一の被爆国でありながら、大気と海に多大な放射能をまき散らすことになってしまったのは、もちろん国策として原発を牽引してきた勢力のせいではあるけれど、それを黙ってみていた私たち一人一人の責任でもあるのではないでしょうか。
こんな状態のまま、次の世代に「あとはよろしく」と託して死んでいくなんて、あまりに無責任すぎます。次の世代とともに、やれる限りの復興に力を尽くさなければこれからの日本が余りに不幸すぎます。
自然に対して謙虚であれ。
かつて日本人が持っていた謙虚さをもう一度取り戻し、不必要な電気は使わず、
少しの手間はエネルギーをつかわずに人力で。
これは、日本が今後「あんな大変な災害の後、日本は本当に素晴らしい国になったね」といわれるかもしれない、大きなターニングポイントにするしかないのではないでしょうか?
また、一個人としては、人生の終わりについてあらためて考えるきっかけにもなりました。
もう、「いつか」と、先送りにするのはやめようと決心しました。
自分のテーマである小笠原。
あれも書きたい、あれについても書きたい、そしてこれも……「いつか、書こう」。
もうそういう先送りはできない、まったなしの状況なのだと思っています。
次にいつ、何が起こるか分からない。
だったら、やれるだけのことを「今」やりはじめなくてはもう時間がない。
ということで、ブログ再開の一番大きな理由はこれです。
住んでいる間、思っていてもいえないこと、かけないことたくさんありました。
人間関係が一番大きな理由でしたが、それでもなおかつ、
「あのとき、それをいわなかったことを後で後悔しないか?」と
自分に問いかけると、やはり「だめ、いわなかったら後悔する」という結論しかありません。
ですから、1年住んだ中で感じたこと、見たことのなかで一番シビアなことに言及していく決心をしました。
具体的には、世界遺産に向けて行われた外来種除去事業についてです。
それを取り巻く人の気持ちについて、今後書いていきます。
一番書かなければと今思っているのは「アカギ除去」です。
薬剤を注入して行われているこの事業について、もう一度考えてみたい。
今は住民では無いけれど、20年以上島に関わってきたものとして、やはり言及したい。
……そう思っています。
今日のブログはそうした決意表明です。










