oejbooksのブログ

キリスト以来の危険な男。スピリチュアルテロリストOshoの言葉をはじめとして、Oshoに関連するさまざまな話題や情報を提供


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過去生があるかないかという議論はさておいても、仮説として過去生があると仮定するのは意味があるように思います。

 

過去世がある、ということは来世もあるということです。

 

唯物論者で、「この物質がすべてで、この肉体がなくなれば全てがなくなる」ならいいですが、もし死んだ後、さらに続きがあったとしたら、ちょっと慌てふためくことになりそうです。

 

でも、Oshoがわざわざ過去生について語っているのには、理由があることです。

 

それは、スピリチュアルな成長の上で、個人が自分の過去生について知ることができれば、今生では以前に中断したところから探求を再開できるからです。

 

それによって、今生の探求において相当のエネルギーを節約できることになります。

 

彼は次のように語ります。

 

 

だから、わずかながら私が自分の過去生について話して聞かせたのは、それになんらかの価値があるからでも、あなた方に私のことを知ってもらうためでもない。

 

この話をしたのは、あなた方が自分自身をかえりみて、自分の過去生を探ってみようと思いたてば、という気持ちからにすぎない。

 

自分自身の過去生を知った瞬間、そこにはスピリチュアルな革命と進化が起こるだろう。

 

そうすれば、あなたは前回の生で立ち止まった地点から出発することができるのだ。

 

さもなければ、無限の生の中で迷子になって、どこにもたどり着くまい。

 

そこには繰り返しがあるばかりだろう。

 

Osho    Dimentions Beyound the Known 

 

9月になって、日が暮れるのが早くなりましたね。

 

もう夜はコオロギの声でいっぱいです。

 

1日があっという間です。

 

このように、あっという間に人生も過ぎ去ってしまいます。

 

今日の1日は、充実した1日でしたか?

 

生き長らえることはできても、死という考えに打たれれば、あなたは震え出す。しかし、もし何にも執着がなければ、死はこの瞬間に来ることもできるし、あなたはそれを喜んで迎え入れるだろう。あなたは完全に行く用意ができている。そのような人の前では、死は打ち負かされる。

    「死について 41の答え」Osho

 

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あの世とこの世、というと現実をかけ離れたことのように思われますが、いろいろ文献を読んでいると、あの世の状態というのは、眠っているときの状態に似ているようです。

 

眠るというのは死の状態に似ているということがよく語られています。

 

さらに、それを推し進めて考えると、起きているときがこの世の人生で、眠っているときがあの世の人生というふうにも類推して考えられそうです。そして、眠っている間に見る夢というのはあの世の出来事です。

 

夢というのも研究すると面白くて、夢にはいくつもの機能と現象がありますが、それについて書くと横道に入ってしまうのでそこまでは踏み込みませんが、ある人は眠っているときに幽体離脱して活動している人もいますし、あの世に行っていたりもするようです。

 

それはともかく、人は眠ることで命の源に還るので、起きたときにはまたリフレッシュして起きているときの活動のエネルギーを得ることができるわけです。

 

人は生まれて、また死に帰っていくわけですが、眠っているときにも、命の源に還っているという意味で、死と同じです。

 

ですから、眠るプロセスに目覚めることができれば、死ぬプロセスにも目覚めていることができるのではないか、という仮説に基づいて、眠っていくプロセスや眠っている間にも気づいていることができるように、ということを一時期試していた時期がありました。

 

それはOshoが、完全に覚醒した仏陀のような人は眠っているときにも気づいていることができるということを話していたので、自分でもそれができるかを試してみたかったからです。

 

色々面白い経験はありましたが、完全に眠ってしまっているときに目覚めていることはできないようなので、諦めました。なので、やっぱり死ぬときには無意識に落ちちゃうんだろうなと思います。

 

しかし、Oshoのような人にはそれができるようです。

 

そのOshoは、肉体を持っているときと肉体を持っていないとき(過去生)の時間の相違について、次のように話しています。

 

それはだいたい次のようなものだといえる。

 

 しばらくのあいだ、私は眠って夢を見る。その夢のなかで、何年もの時がたったと思っている。と、そのうちあなたが私を起こして、私がうとうとしていたことを教えてくれる。

 

… 夢のなかでは、数年間という長さを一瞬のうちに見れるのだ。夢のなかの時間尺度はこの現実とはちがう。もし、夢からさめてもいつ眠り込んだか知るてだてがなかったら、どれぐらい眠ったのか決めるのは困難だろう。

 

それは時計でしかわからない。たとえば、眠る前は12時で、今起きてみるとまだ12時1分にしかなっていないというぐあいだ。

 

さもなければ、脇に誰かいなければわからない。他に知る方法がないのだ。つまり、こういう方法ではじめて、700年という時間の経過を確定できたわけだ。

   Dimentions Beyound the Known

 

そういうわけで、前回お話ししたように、彼は他の人の過去生の時間を図ることで、自分の前回の過去生が700年前のことだということを知ったようです。

 

それにしても、Oshoはなぜ、次に生まれてくるのに700年もかかったのか?

 

それについては、またの機会に。

 

こういうOshoの話を聞いていると、あの世の話も、ますます現実味を帯びてきます。

 

この世だけの人生という時間軸でこの人生を見るのと、過去生ということも視野に入れてこの人生を見るのとでは、生きることの意義や考え方も変わってくるように思います。

 

それでは今日も、素敵な1日を!

 

 

 

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リバーシング(再誕生)という呼吸のテクニックがあります。

 

ブレスセラピー(ブレスワーク)という呼吸を使ったセラピーの一種です。

 

過呼吸に似た独特な呼吸をすることで、変性意識を作り出します。

 

そのセッションでは感情のカタルシスや深い瞑想状態を体験したり、神秘体験があったりします。

 

その中の経験の一つとして、子供時代の記憶や感情が浮上したり、出産時の体験にまで記憶が遡ったり、さらに遡って、生まれる前の胎内の時の記憶や過去生にまで記憶が遡ることがあります。

 

ブレスワークとは異なりますが、退行催眠による過去生への退行の記録がブライアン L ワイス博士によってなされたのが「前世療法」ですが、ブレスセッションでは、そのような退行催眠がなくとも、自然とそのような意識状態を体験したりもします。




呼吸は単に身体に酸素を取り入れるだけではなく、宇宙や体内に偏在しているプラーナや気、エネルギーとも関連しています。

感情とも深く関連していて、自分の感情をコントロールするために自分の呼吸をコントロールしていたりもします。

自分を感じなくしている人は、呼吸が浅くなっています。

ブレスワークでは、意識的に呼吸をしていくことで、そのような感情のブロックを解放したり、身体に蓄積されている身体の緊張を解放することができたりもします。

 

 

OSHOのダイナミック瞑想での第一ステージや第二ステージでの呼吸とカタルシスなどは、意図的にそのようなプロセスを促進する効果があります。



ブレスワークを始めた最初のころ、身体や感情のエネルギーのブロックや緊張があるときは、手足や顔がしびれたり、手足が勝手に動いたり、痙攣したりします。また、幼少期の記憶や感情が蘇って来たり、過去の体験の中で十分に感じ取られることなく無意識に抑圧されてきた感情の解放が起こったりと、結構いろんな現象が起きたりします。

何度か続けているうちに、それらの滞っていたエネルギーが流れるようになり、表面的な層の解放を通り抜けていくに従って、深いリラクゼーションが起こり、さらに深い瞑想の意識へと入りやすくなっていきます。

意識がどこまでも広がっていき、宇宙と一体になったような体験や体がなくなってしまったように感じたり、呼吸が止まって死んでしまったような安らかな状態にいつまでも止まっているような感覚を味わったり、人によって様々な体験をします。

ある意味、吸う息は生を象徴し、吐く息は死を象徴します。そしてその吸う息と吐く息のギャップには、生でも死でもない、生まれることも死ぬこともない、瞑想のスペースがあります。

それがただ観ていることが起こっているという体験であったりもします。

ブレスワークの面白いところは、ただ意識的に、ある特定の呼吸をしていくだけで、その人にとって必要なことや体験が起こっていくことです。

なぜこういうことを話したかというと、普通の瞑想をしていない状態でも、呼吸のテクニックによって引き起こされる変性意識状態では、死や再誕生の体験があったり、退行催眠などの無意識に深く働きかけるワークでもそのような体験が起こるという可能性を知っていただきたかったからです。

そして、深い瞑想の中でも、やはり同じような体験をしたりもします。

そして、さらに悟りを得た完全な覚醒した意識状態では、そのような死や再誕生ということについても、意識的に目覚めていることができるという可能性があるということです。

しかし、普通の意識状態では、死は無意識の中で起こります。死んでいく人は死を体験することはできず、死んだときには無意識になってしまいます。

それは私たちが眠るときに無意識になってしまうのと同じです。死は眠りに似ていますが、さらに深い体験です。

そのような死の体験に醒めていることができるには、深い瞑想の中で、自分の肉体が意識とは別々だということを看過することができて初めて可能になります。

 

Oshoはその体験について、次のように語っています。

 

ひとりのブッダ(覚者)にはインサイダーの視界がきくのだ。仏陀のような人が生まれるとき、彼は完全に醒めて生まれてくる。仏陀のような人が子宮にいるとき、彼は醒めている

この生において、死の瞬間に無意識におちいることなく、完全に目覚めたまま死ぬことができれば、、、あなたは完全に意識を保ち続ける。

 死のあらゆる段階を全て目の当たりにする。一歩一歩、その足音を聞きながら、しかも完全に覚めていて、肉体が死んでいくこと、マインドが消え失せていくことを見ている。

それでもなおかつ、あなたは完全に覚めているのだ。。。すると突然、あなたは自分が肉体の中にはおらず、意識は肉体を離れてしまっていることに気づく。死んだ体はそこにあって、あなたはその肉体のまわりを浮遊しているのだ。

もし自分が死んでいく間も覚めていることができたなら、それはもう誕生の一部、その一側面にほかならない。もしこの側面について醒めていたならば、自分が受胎されるところにも醒めていられるだろう。

あなたはひと組みのカップルが愛を交わしているまわりを浮かび漂って、完全に醒めている。そして、完全に醒めたまま子宮の中にいる。その子供は、何が起こっているのか完全に醒めたまま受胎される。

母親の胎内で過ごす9ヶ月も、あなたは醒めているだろう。あなたが醒めているだけじゃない。仏陀のような子どもが胎内にいると、母親の質まで変わってくる。彼女は以前よりももっと醒める。。。母親は、たちまち意識が変化するのを感じるだろう。」

        Yoga: The Alpha and the Omega  Vol.4

 

瞑想を深めていくことによって、死や誕生にも意識的になっていくことが可能になります。

 

それは、単に1時間や2時間毎日瞑想することによって得られるものではなく、24時間を瞑想にしていくことによって、だんだんと可能になっていきます。

 

瞑想によって突然悟りを得て、そのようになるということはもちろんありますし、それがこれまでの王道の瞑想のやり方でした。

 

しかし、現代のように忙しい時代になっては、そのような瞑想の時間も忍耐も無くなってしまっているのが現代人です。

 

でも、瞑想というのは唯一人間だけができるものでもあります。

 

いろんな悩みも人間だけがありますが、その悩みに対して仏陀が私たちに伝えてくれた究極の処方箋が瞑想でもあります。

 

そういう意味で、人間として生きる上で不可欠なものが瞑想です。

 

忙しい現代人にもできる瞑想について興味のある方はこちらをご覧ください。↑

 

それでは、今日も素敵な1日を!

 

Love

 

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