oejbooksのブログ

キリスト以来の危険な男。スピリチュアルテロリストOshoの言葉をはじめとして、Oshoに関連するさまざまな話題や情報を提供


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<近刊「インナーラビリンス」著者のナルタンさんの出版記念講演会のご案内>
http://oshoartunity.com/oauclub/nartan_event.html

OEJ Books近刊「インナーラビリンス」著者のナルタンさんの出版記念講演会が6月25日土曜日、神保町の「書泉グランデ」にて開催されます。
http://oshoartunity.com/oauclub/nartan_event.html

ナルタンは日本人でも最も早い時期にOshoに出会い、身近でOshoの通訳などをしながら、Oshoから直接瞑想の指導を受けていました。

今回の「インナーラビリンス」ではそのときの体験を赤裸々に語っています。

ナルタンは長らく表の舞台からは遠ざかっていましたが、今回久しぶりに人前に姿を現し、その体験を語っていただきます。

今回の講演のテーマは「自分ということ」

「インナーラビリンス」を読んだ方も、まだ読まれていない方も、ぜひお越しください。

今回の講演は30名の少人数での講演になります。
講演チケットは書泉グランデの4Fの書籍売り場にて整理券を無料配布しています。
https://www.shosen.co.jp/event/35829/

書泉グランデへの電話にても予約を受け付けています。

みなさんのお越しをお待ちしています。

OEJ Books
江谷 信壽
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私たちは、たえずどこかを放浪している旅人のようなものです。

自分の居場所を求めて放浪したり、

何か新しい出会いを求めて旅したり、

どこか新しい場所に行きたくて旅行をしたり、

何か美味しいものを探し求めて海外に旅行する人もいます。

何か新しい経験を求めて旅することもあるでしょう。

自分が誰かを知りたくて、いろんな人に教えを請うために旅する人もいます。

新しい可能性を求めて旅することもあるでしょう。

私たちはこの短い人生の中で、どこから来て、どこへ行こうとしているのでしょうか?

自由とはあなたが開花することだ
あなたの蓮華が朝日に照らされて開くことだ

そしてそれが起こらないかぎり
充足、達成―ー
わが家に帰ったときに感じる平安を見いだすことはできない

人は誰であれ
内側にわが家を持っている

あなたはどこに行く必要もない
今いる場所にとどまり
あるがままの自分でいるためには
行くことをやめなければならない

ただ在りなさい
そしてその在ることのまったき静寂のなかに
存在のすべての神秘が隠されている


ゴールド•ナゲッツ」 by OSHO

私たちは自由を求めて旅をします。

自分の可能性が開花することを求めて旅をします。

何かの充足を求めて、何かを達成するために旅をします。

そしてわが家を求めて旅をします。

しかしここで逆説が生じます。

旅をすればするほど、わが家から遠ざかるというのです。

自分が本当に求めているものはなんなのか?

この人生の中で、自分は本当には何を求めて、どこにいこうとしているのだろうか?

足を止めて、そういうことを考えてみてもいいかもしれません。

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「習慣は人間生活の最大の道案内である」

「最初に人が習慣をつくり、それから習慣が人を作る」

というぐらいに習慣を形成することは人生の中でも大切なことだと考えられています。

マザー・テレサも次のような有名な言葉があります。

思考に気をつけなさい、それはいつか言葉になるから。
言葉に気をつけなさい、それはいつか行動になるから。
行動に気をつけなさい、それはいつか習慣になるから。
習慣に気をつけなさい、それはいつか性格になるから。
性格に気をつけなさい、それはいつか運命になるから。

しかし、覚醒、という視点から見ると、習慣はまた別の意味を持ってきます。

習慣の世界では、すべてが繰り返しだ
覚醒の世界に繰り返しはない


ゴールド•ナゲッツ」 by OSHO

習慣とは、長い間繰り返し行ううちに、そうするのがきまりのようになって、無意識化したものです。

例えば、早寝早起きの習慣とか歯磨きの習慣とか。

人間の行動の9割は無意識によってなされているとも言われています。

習慣になってしまえば、考える必要がないので楽です。

車の運転も、最初はひとつひとつの動作を意識的にする必要があるので、集中力が必要で、1時間も運転すればグッタリとなってしまいます。

しかし運転に慣れて習慣となってしまえば、全ての操作は無意識でなされてしまうので、人と話しながらでも、考え事をしながらでも、ラジオを聴きながらでも、運転についてはほとんど意識しなくても自動的にできるようになります。

ですから、良い習慣をつけるということはその人の人生を左右するほど大切なものです。

ただし、習慣の別の側面として、無意識化してしまったものは、意識からは見えなくなります。そして、それを変えることが難しくなります。

自動的に物事が繰り返されて、心ここに在らずの状態でも、ものごとがなされてしまうようになります。

覚醒というのは、それとは全く異なった状態です。

覚醒とは意識が目覚めている状態で、全面的に気づきがある状態です。

その瞬間瞬間に目覚めていることで、その瞬間瞬間が新鮮で、初めてのものであり、その瞬間瞬間に応答できる状態のことをいいます。

その覚醒のもとでは、その瞬間瞬間が驚きに満ちたものであり、習慣的な惰性となって、無意識に行うことはなくなります。

世にいわゆる覚者というのは、そのような覚醒の意識をもって生きることができる人のことです。

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