oejbooksのブログ

キリスト以来の危険な男。スピリチュアルテロリストOshoの言葉をはじめとして、Oshoに関連するさまざまな話題や情報を提供


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 今回のOSHO国際瞑想リゾートへのツアーは以下のような日程で実施しました。

 

 http://oshoartunity.com/tour/

 

 今回は、ツアーに参加していただいた感じで、これからOSHO国際瞑想リゾート訪れて見たいという人の参考のために、この日程に沿って、リゾートへの行き方や現在の瞑想リゾートやプネの状況などを説明してみます。

 

 実際のところ、インドってどんなところ? OSHO国際瞑想リゾートってどんなところだろう? って、思っている人の参考にもなるでしょう。

 

 私も今回7年ぶりのインドなので、インドでの状況がいろいろわからないところがありましたが、行って見て、インドの空港を始め、驚きがいっぱいありました。

 

○ツアー日程<14泊15日>

 

1/25(水)正午 成田発 / 夜 ムンバイ到着 、プネーへ移動 ※プネー1泊
1/26(木)OSHOマルティバーシティにて受付 ※ゲストハウス1泊
1/27(金)-1/31(火)「死の中への体験的探求」コース開催5日間   ※宿泊付き4泊コース
2/1(水)~2/6(月)プネーにて滞在 ※ゲストハウス7泊(1/31含む)
2/7(金)プネー発、ムンバイ着
     夜 ムンバイ発 機内泊
2/8(水)午前 成田着

 

○航空便(全日空航空便使用)

行き:1月25日(水)11:15 成田発(NH-829便)~ 18:45 ムンバイ着
帰り:2月7日(金)20:00ムンバイ発(NH-830便)~08:15成田着
※各地よりご参加の方は、成田空港にて集合となります。

 

 

 インドと日本の時差は3時間半あります。

 

 私がインドによく通っていた30年ほど前は、エアーインディアで、飛行機に乗った途端にインドの匂いがして、インド人の目鼻立ちの通った、いかにも美人のステュアデスで、すでにインド気分した。

 

 インドの空港に降り立つと、そこはまさにインド。

 

 土ぼこりにインド特有の糞尿が入り混じったような匂いがあり、空港も使い古したような汚さがあり、まさに異国に来たという趣がありました。

 

 日本の清潔さに慣れた人にとっては異様な風景で、カルチャーショックを受けてインドの空港からそのまま日本に引き返す人たちもいました。

 

 しかし2年前に新しくできたというムンバイの空港はそのようなインドの外気とは全く切り離されて、清潔そのもの。インドの匂いはしません。

 

 全日空で定刻に成田を飛び立ち、日本のスチュワデスのおもてなしを受け、なんと予定よりも40分も早く、夕方6時にはムンバイ(ボンベイ)の空港に到着。

 

 空港の中の窓ガラスから夕日を見ながらイミグレーション(入国審査カウンター)へと私たち17人ほどのグループで向かったのですが、他にほとんど人影がなく、一緒に向かったのは、同じく20人ほどの日本人の団体だけ。

 

 昨年末、インド政府が突然500ルピー札以上の高額紙幣を廃止するという、日本では考えられない暴挙に出て、貨幣経済が大混乱。

 

 旅行者も外貨をインドのルピーに交換できず、交換できても一人5000円だけ、というような状態がほぼ1ヶ月以上続き、観光客も激減したのでしょう。

 

 実は、私の運営している通販ショップではインドのヘナやハーブを扱っていて、ビジネスパートナーもインドでの仕入れや仕事関連で使うための現金をインドのプネのオフィスにしこたま持っていて、突然それらが紙くずに。

 

 でも、その後、銀行に並べば、ある限度額までは紙幣を交換してくれるようになったようですが、結構な損害を受けました。

 

 インドは賄賂や裏金が横行する社会でもあるので、それらの闇のお金を一掃する狙いがあったとか。

 

 私たちも、行く直前までは、インドで現金が手に入るのか? お土産とかの買い物はどうなるのか? などなどの質問がツアー参加者からも寄せられ、その対応にも四苦八苦。

 

 そんなこともあって、観光客は少なかったようで、入国審査もほとんど並ぶことなく通過。

 

 どの空港にもあるような海外のアルコールや化粧品のブランド品のお店を通り抜けてて外に出ると、そこで待っているはずの迎えが来ていない!!

 

 と思ったら、そこはまだ馬鹿でかい空港のホールの中で、外に出るにはさらに数十メートル移動する必要がありました。

 

 通関したら、すぐそこはインドの雑踏の中、という以前のインドの空港の概念を覆す、大きく立派で、清潔な空港がそこにありました。

 

     

   

 

 中国の発展の次はインドだ、と言われていますが、まさにそのことを象徴するようでもありました。

 

 外に出ると、日本の旅行会社で手配してもらった60人は乗れそうな古い大型バスが待機していて、一路OSHO国際瞑想リゾートのあるプネへ。

 

 30年ほど前にツアーを企画していた頃は、ボンベイでインドの名門のタージマハールホテルに1泊してから、翌日4、5台のタクシーを連ねてプネに向かうか、デカンクィーンという特急列車でプネまで行ったものですが、今回は「死の中への体験的探求」コースに参加する必要もあって、寄り道せずにOSHO国際瞑想リゾートから歩いて数分のところにある五つ星ホテルのO(オー)ホテルに直行。

 

 とはいえ、空港を出ると、やっぱりそこはインドでした。

 

 夕方どきで空港を出るとすぐにボンベイの交通渋滞に巻き込まれ、通常は3、4時間で着くところ、6時間の長旅に。

 

 街の様子は相変わらずのインド。

 

  

 

 プネの O - ホテルに着いたのは夜中の12時を回っていました。

 

 ちなみに、タクシーでプネに向かう場合は大体3500ルピーから4000ルピーぐらいが相場のようです。

 

 交換レートは1万円が5000ルピーから5700ルピーなので、日本円で7000円ぐらいというところでしょうか。

 

 マネーチェンジとタクシースタンドは空港の中にあります(のはずです。今回バスを手配していたので確認しませんでしたが、どの空港にもあるはずです)。

 

 1日目の様子はこちら↓

 http://ameblo.jp/oejbooks/entry-12241622266.html

 

 というわけで、次回は、「OSHO国際瞑想リゾートへの旅 2日目」へと続きます。

 

 それでは、素敵な1日を

 

 Have a nice day!

 

 

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 数年前にインドで制作された、OSHOの子供時代から21歳に悟りを得るまでの伝記的な映画が、日本語字幕付きでYouTubeで紹介されているのを見つけました。
 
 それを見つけた友人が、私に知らせてたものですが、とても映像が美しく、詩的なつくりになっています。
 
       
 
  この映画はかなりの場面がOSHOの逸話に基づいて制作されています。
 
 というのは、これまでOSHOが語っていたことの多くの逸話がこの映画に出てきますし、子供時代については、彼の子供時代を語った「ゴールデンチャイルドフッド」という本で語られていることの逸話が多く出てきます。
 
  
   この本は今は絶版になっています。
 
 
 とはいえ、映画ではあるので、もちろん作られている場面も多くあります。
 
 例えば、ババに言われて自分が愛した笛をやめるように言われ、その笛を川に流す場面があります。
 
 OSHOはタンブラを演奏する友人がいて、その友人のタンブラと一緒によく笛を吹いていたそうなんですが、その友人と一緒に大雨の後の川で泳いでいたときに、その友人がその川を渡りきれず、流されて死んでしまったことが「ゴールデンチャイルドフッド」の中で語られています。
 
 それで、彼と一緒でなければ二度と笛を吹かないということで、笛を川に流したことをOSHOは語っています。
 
 その川に溺れた友人に笛をあげたんでしょうね。
 
 とはいえ、映画での笛を川に流す場面は、存在を探求するためには、自分が最も愛するものでさえも、その全てを手放していく必要がある、ということを象徴するような場面で、美しい映像です。
 
 存在の川の流れは、愛するもの全てを大海の海へと運んでいき、最後には大海の海でひとつになるのです。
 
 ちょうどインドのプネにあるOSHO国際瞑想リゾートに滞在しているときにこの映画のことを教えてもらって見たのですが、「死を体験する」というコースに出た後でもあり「存在とともにあること」ということがとても身近に感じられているときでもあったので、そういう意味でも私にとてとても意義のある映画でした。
 
 それでは、素敵な1日を!
 
 Have a nice day!
 

 

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 昨日の早朝、OSHO国際瞑想リゾートから帰ってきました。
 
 個人的には7年ぶりの訪問で、ツアーを企画してグループを連れていったのは25年ぶりぐらいでした。
 
 結局はリゾートにいる間、最初の4日間は、「死の中への体験的探求」(An Experiential Enquiry into Death) with マニーシャ&スディール にグループの人たちと一緒に参加していました。
 
 その間、一切の外部との接触はできず、まさに死のプロセスの体験の中にいました。
 
 もちろんブログなどは書いていられなかったわけですが、その死の体験から復活してからは、ツアー参加者の人たちのお世話を兼ねて、リゾート近くのインドの町中(まちなか)で買い物やインドのレストランを楽しみながら遊び回ったりしながら生を謳歌しました。
 
 かつまたリゾートでの朝6時から7時までのダイナミック瞑想から、そのあと7時半から8時半までの1時間のOSHOのサマーディでの瞑想。
 
 そして夕方は4時15分から5時15分までクンダリーニ瞑想、夜の7時から8時半まではOSHOとのミーティング(大画面でOSHOの講話のビデオを見ながら瞑想する)があるので、それらにも参加しながら、その合間に現実の日常生活にも忙しいという日々を後半は過ごしていました。
 
 ちなみに、サマーディ、というのはこのような部屋です。
 
  
 
 今はサマーディとは呼ばれていませんが(チャンツー「荘子」という名前で呼ばれています)OSHOがボディを離れた後、遺灰が収められたところです。
 
 最初はこの部屋はOSHOの指示でベッドルームとして特別に設計されました。
 
 ところが、OSHOが肉体を離れてからみんなが気づくことになったのですが、実はOSHOはこの時すでに自分が肉体を離れることを知っていて、自分がこの世を去った後瞑想のスペースとして使うように設計されたことは、後になってわかりました。
 
 OSHOはこの部屋ができた時には、それまでの自分の寝室としていた部屋を出てこの部屋にふた晩寝たのですが、すぐにもといた寝室に戻ってしまいました。
 
  
 
 とても不思議な空間で、宇宙船に乗って宇宙に漂い出たような静けさがあります。
 
 イタリアから取り寄せられたという白い大理石で床も壁も敷き詰められ、ガラスの外はジャングルのような木で覆われ、天井は上品かつ豪華なシャンデリアのような光が輝いています。
 
 天井のシャンデアリアはディムライトになっていて、瞑想の時間になると、ゆっくりと暗くなって、静けさの中に入っていきます。
 
 ここでは針一本落ちても聞こえるほどの静寂が支配し、お腹の虫が鳴れば部屋中に響き渡るぐらいです。
 
 咳を1回するだけでも、すぐに外に出るように言われてしまいます。
 
 そんな静けさの中にいて、うっかり唾を飲み込もうとして気管支に入ってしまったことがあります。
 
 その時の苦しさといったら、、、、
 
 咳をすればつまみ出されるし、かといって咳をしないでいるには、その唾が気管支に入っていくのをこらえながら観ているしかありません。
 
 しかし生理作用としては気管支に唾が入り込むと猛烈な咳込みの反射が起こってきます。
 
 その反射の咳込みをこらえつつ、かつ唾がじんわりと気管支に入っていくのを感じるのは、「気管支に唾が入っていたら、どうなるだろう?」という不安まで混じってくるので、気持ちのいいものではありません。
 
 静けさの中に坐るという究極の平安の中にいながら、一瞬のうちに地獄の苦しみを味わうことにもなります。
 
 それはともかく、この部屋に坐っていると、濃密な静けさが手に触れられるように感じられる不思議な空間です。
 
 明日からは、OSHO国際瞑想リゾートでの生活について、少し紹介していきましょう。
 

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