札幌での活動スタート《 自分史[48]》 | オカハセのブログ

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僕は嫁さんの言葉に耳を疑った。

僕「えっ?札幌に行っていいの?」

嫁「問題はこないだのメンバーの誰かのところに居候できるかだよね」

家に帰ると嫁さんは早速この間のバンドのメンバーに電話をかける。まるでマネージャーだ(笑)。

とりあえずそのメンバーのサックス吹きが「10日間くらいなら僕の家に居ていいですよ。その後も何人か居候できる後輩がいるから3〜4ヶ月はなんとかなると思います。その間にアパートをみつけてくれたらいい」とのこと。


因みにこれはまだ嫁さんと離婚すると言うことではないです。このあと一年経たずに離婚することにはなるのですがね…


札幌のメンバーの間では「おい!オカハセさんが札幌に来るらしいよ」と歓迎モードだったようです。
いや《来る》んじゃ無い、故郷に《帰ってくる》だけなんだけどなぁ(笑)。18の時に旅に出るまではジャズは聴くのも苦手な分野だったから札幌のジャズメンからみたら僕はよそ者なんだろう(笑)。

青森〜函館間は船で渡り、函館〜札幌間は夜行バスで行った。嫁さんが渡してくれたお金が入ってる封筒にはメッセージの書いてる紙が入っていた「せっかく知り合った人達とは上手くやってくださいね。楽しくてもあまりはしゃぎ過ぎず喋り過ぎずにね。私も都合が着いたら札幌に顔を出します。では頑張ってね」

札幌駅に着くと、まずアルバイト情報誌を手に入れた。そしてススキノまで歩き(今はどうかわからないのですが、この頃は札幌駅からススキノまでの約2㎞は早朝に開店しているカフェやファーストフードの店はなかったし、夜行バスが到着した時間には地下鉄も走っていなかった)吉野家で朝定食を食べがてら暖をとった(季節は冬)。
アルバイト情報誌のめぼしい仕事欄を付箋を貼りながらお茶を飲んでいると、サックスの「松本君」(仮名)とドラムの「ターニャ」(仮名)が吉野家にはいってきた。「あれ〜オカハセさん!さっき札幌駅のバス降車場所に迎えに行ったんですよ!」と言った。どうやら全く同じ時刻に到着する夜行バスが会社違いで2つあって降車場所が全く別々だったようです。
最初は松本君のところに10日間くらい居候した。その間に色々なライブへ僕を連れて行き松本君は僕を紹介して飛び入りさせた。そのおかげで色々なミュージシャンに、音を出して自己紹介することができた。
小樽市在住で、2人ともサックスを吹く夫婦の家にも遊びに言った。旦那のほうは北海道ではトップクラスのサックス吹きだ。

松本君の家の後の居候先は彼の後輩のギタリスト「杉山」(仮名)のところに決まった。
毎日ずっと一緒に行動している松本君は僕の性格を充分にわかってきたようで、ある日松本君の親友の「小野」(仮名)と3人でコーヒーを飲みに行き、松本君は小野に「オカハセさんが杉山のところにいられなくなったら小野のところに居候させてやってくれないか?」と言った。小野は「俺は全然構わないよ」と言ってくれた。

こうして僕の音楽性を評価してくれたミュージシャン達にはとても好意的に歓迎してもらうことができた。
札幌での活動の出だしは好調だった。





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