余傑の「温家宝本」に書いてあること
あの「兄弟」の余華が公安当局に捕まった! と驚いていたら、余華でなく余傑だった。ただ連行された「容疑」を聞いて、もう一回驚いた。共同通信は記事に書いていないが、余傑は今、「中国影帝温家宝(中国一の名優~温家宝)」というタイトルの温家宝本を書いている。公安が国家政権転覆扇動容疑の対象にしているのは、この温家宝本なのだという。
北京大学卒の余傑は今年36歳。「火と氷」「香草山」といった作品で知られる作家だが、今はむしろ民主活動家・人権活動家(彼は洗礼を受けたキリスト教徒だ)として認識されている。日本にも関心が深く、「百年中日関係沈思録」(香港三聨書店)といった著書もある。
香港の明報が転載した余傑のツイ―ト(をさらに転載した台湾の中央広播電台)によれば、公安部一局(国内安全保衛局)の朱という名の職員が4日、自宅から余傑を連れ出し、4時間にわたって温家宝本を香港で出版しないよう脅したという。
「温家宝は一般市民ではない」と朱を名乗る職員は余傑に警告した。そして「彼の批判は国家の安全を脅かし、国家の利益を損ねる。厳重な刑事責任を負わねばならない」「あんたと同じような言論活動を続けた劉暁波は11年食らった」と彼を脅し上げた。
BBCに対し、余傑は公安の脅しによって出版計画を変更することはない、と答えている。余傑にそのつもりがなくても、出版社がどうか分からない。ただそれにつけても気になるのは、温家宝本の中身だ。
中央広播電台によれば、初稿は4月に完成しており、「温家宝神話はどのようにして作られたか」「温家宝とネチズンの交流を客観的に評価する」といった内容が含まれるらしい。「温家宝幻想を抱いている内外の人々の眼を覚まさせる」のが狙いだという。
実はこの温家宝本、おそらく同一とみられる内容の記事をほぼネットで見ることができる。アップしているのは博訊網。「温家宝神話はどのようにして作られたか」も「温家宝とネチズンの交流を客観的に評価する」も、同一タイトルの記事が存在する。
「(温家宝の)庶民への親しげな態度は作為的で、自然なものではない。選挙で選ばれる西側国家の政治家が民衆に親しげな態度を取るのは彼らの本能。しかし共産党の指導者は前任者からの指名あるいは密室での推薦で決まる。民衆に選挙権はない。だから、その親しげな態度は彼らの演技なのである」
「北京に陳情に来た庶民は、温総理はいい人だ、地方の役人が悪いだけだ、もし温総理がわしの無実の罪を知ったら、きっと何とかしてくれる。ただ惜しいかな、忙しい温首相は『国事に力を尽くして死ぬまでやめない』人なので、『楊乃武と小白菜』(清末の有名な冤罪事件)式の悲劇は処理しきれないのだ……と言う。(中略)温家宝の演技をよろこぶ民衆は、学者の言葉を借りれば『類人子』(心が成熟していない、理性のかけた人間)である」
温家宝には実は妻の汚職情報や、それが原因の離婚情報といったネガティブな側面もある。だがメディアが怒涛のごとく垂れ流し続ける「人民の総理」というイメージが、そのネガティブ情報をすべて打ち消している。
上述の2本の記事を見る限り、今回の余傑の本には具体的なスキャンダルはなさそうだ。あくまで「評論」の範囲である。無視してもよさそうなものだが、公安部が過敏に反応するのは、いったん中央批判を許すと、中共統治の正統性そのものがなし崩し的に崩壊する怖れがあるからだ。
「彼の批判は国家の安全を脅かし、国家の利益を損ねる」という朱という名の公安警察官の言葉は、まさにその意味で正しい。