引っ越しましたようやく、アメブロを卒業。というかほとんど書いていなかったのですが 一応オフィシャルなブログでもありますし、記録としては残しておきます。 引越し先ははてなダイアリー です。 アメブロも使いやすいといえば使いやすかったですが、なるだけシンプルなところに 移動したかったという前からの想いがありましたので 新年を迎えたこともありますからひとつこれを機会にということです。 今後ともひとつよろしくお願いします
白浜 三段壁 今年も残り少なくなりました。 例によってあまり書くことが出来ませんでしたが、それなりに今年は色々ございました。 南紀白浜に参りましたのは11月半ばでしたからもう一月以上も前のことになります。 通りすがりの観光地でしたが、なかなかの絶景で、しかも自殺の名所とのことですので柵から身を乗り出すと 落ちてしまいそうな気がします。 当然落ちたくはありませんから写真を撮ってさっさと退散。 一年という時間はあっというまに過ぎていきます。 光陰矢のごとし。くれぐれも皆さんご自愛のほど。
立川談志さん 逝去久しぶりの書き込みでこういう話題になってしまいましたが、 少し談志さんのことを書きます。たまたま今日の夕方に報道されたこともあって、あちこちで 談志さんのことが話題になっていることと思います。 youtubeで投稿されたビデオの中に彼の生い立ちが紹介されたものがアップされていました。 その画像が見慣れた風景だったものですから、よく見てみますとうちの近所の風景です。 途中で「この向こうにある教会の前の路地を入ったところにある、井戸のある長屋でオレは生まれたんだよ」という 話が出ていました。その場所というのはうちからほんの数百メートルしか離れていない場所に当たります。 ああ、こんなところで生まれたんだなあと妙に納得しておりました。 上野の鈴本で正月の席で高座の袖で少年のころの談志さんが飴をしゃぶりながら、文楽師匠に「よかちょろ」を注文していたという有名な話がありましたが、小石川から上野まではそれほど遠い距離ではなく、父親か近所の悪童が集まって悪さをしていたのだとついつい想像してしまいます。 もうひとつ、これは談志さんと直接話をしたときのことです。 私が根津にある某医大病院に入院していたときのこと、向いのベッドにやたらと騒々しい老婆が寝ておられたのですが、私も夢うつつでそのベットに見舞いに来ている人の声を聞くとはなく聞いてみると、まさに談志さんの声でした。 「あんたよりオレが先にあの世に行くよ」「いや私が先だよ!」とけんか腰で大声で二人で喚いていました。 ひとしきり大騒ぎをして、「それじゃ オレは帰るからな。早くくたばれよ」なんて毒を吐いて帰ろうとしたところで私とばったり目が合いました。 「談志さんですか?」なんて聞いてみたら「そうだよ!あんたずいぶん若いけど、どこが悪いんだい?」「まあちょいと心臓が悪くて入院してるんですよ」「そうかい、そりゃ大事にしなよ。でもこうして顔を見たところ、すぐに死ぬような顔には見えないけどねえ。まあ養生して早く退院してください」 なんて話をしたことがあります。 それっきり私も病室を変わったりしたものですから、談志さんとおめにかかることはなかったですが、初対面にしては妙にひとなつっこい、柔らかい雰囲気の方だったように思います。 まあ そのときのお年寄りはお母様だったらしく、病院では有名な方のようでした。 あの親あっての談志さんだったのではなかろうかと、思っています。
マンジュシャゲの新芽18日ということで、実質的な彼岸の入りのような一日でした。お参りの方の多さは入りの日並みです。今年は残暑が厳しく、ツクツクボウシがこの時期になっても鳴いている始末ですからマンジュシャゲも彼岸には咲かないのではないかと心配していました。ところが、午後になって庭を見て見ると、しっかり新芽が出ています。この様子ですと、中日にはいつもどおりしっかりと花を咲かす模様です。台風直撃の様子ですが、何とかお彼岸を乗り越えられるような今日の一日でした。
ラダック久しぶりに旅の途中で撮影した写真が出てきたのでUPしてます。なんだかんだといっても、20年以上も前の写真になりました。ラダックに到着した日、お祭りをしていたので早速見物に行ったように思います。山奥の寺でしたが、トラックの荷台に乗って見に行きました。かれこれ半月ほどこの町にはいたのでしょうが、スリリングで楽しいことが多かった街でした。
ひまわり お久しぶりです。 今年は野菜関係は腰痛の為に土壌管理が出来てないお陰で全滅でした。 唯一、崖地に咲いたひまわりだけが目を見張る咲き具合で、ここ数年では最高の出来です。 背丈の最高のもので3~4Mにも及び、幹の太さも直径で5センチほどのものが出来ました。 放射性物質の吸収により土壌汚染物質を99%吸収することが出来るとのことですから、ある意味シンボリックな状況であったように思います。 夏休みにキーボードを掃除したところ、エンターキーの具合が良くありません。ばねが痛んだようです。 慣れないことはすべきではなかったと少し反省中。
7月 季節は廻ってはやくも7月。例年山門施餓鬼の準備に追われている時期です。もちろん今年もご他聞にもれないのですが。 少し前の床の間の生花です。毎週のお稽古で娘たちが活けるものなので、さほど立派なものではないのですが こういう経験が齢を重ねると生きてくるものだと思います。 今夜も暑い夜ですが、クーラーを入れて寝ると必ず風邪を引いてしまいます。 寝苦しいのを覚悟の上で静かに床につくことにします。 にほんブログ村 にほんブログ村