かばん
にゃんく
新幹線の乗り場には待ち人が既に十数名並んでいる。子供連れの若い母親。還暦を過ぎたとおぼしき夫婦。スーツを着た二十代の男……などなど。
GW前の平日の宵ともなれば、当然といえば当然なのかもしれない。
目当ての新幹線がやって来るまでには、まだ間があった。僕の前に並んでいた女――特徴のない女だ。何の変哲もない、誰が見てもごく普通の主婦だ。高価なアクセサリーを身に付けているわけでもなく、かといって、みすぼらしい身なりをしているわけでもない――が、こちらの緊張を解きほぐすような柔らかい声で、
「ちょっとこの荷物、見ていてくださらない? 忘れ物しちゃったのよ。すぐに戻って来るから」
そのように僕に頼んできた。
僕はごく自然な流れで、頷いた。
「ちょっとの間」なら、あえて申し出を断ることもないように思った。
それは茶色の鞄だった。
僕の前――女が並んでいた場所に――それはひとつぽつねんと置かれてある。
僕は周りを見回してみた。
そのようなありふれた鞄に注意を払っている者は誰ひとりいなかった。
ボストンバッグ。いい具合に膨らんでいる。これ以上、何も入らない、というくらいパンパンなわけではない。かといって、何も入っていない虚さというわけでもない。八割方詰まっている、といったところ。
ブランドもののバッグじゃない。
何処のメーカーかも分からない、ごく普通の、安物の革製のバッグだ。使い込まれていて、ところどころ色褪せてすらいる。
僕は周りを見回してみた。
まだ女は戻って来ない。
「ちょっと」という割には、なかなか女は帰って来ない。
その時間的経過は、すでに僕の中では、「ちょっと」という範疇から微妙にはみ出していた。
でも目くじらを立てなくてもいい。今この瞬間、「あら、ごめんなさいね。助かったわあ」という女の愛想のいい声を聴いたなら、笑顔で「どう致しまして」と僕は言えるだろうから。
でも、ついに新幹線が到着するベルが鳴り出してしまった。
ルルルルルルルル。
鞄はそこにある。
自らの存在を主張するように、まるで大昔からそこにあるかのように、大きくデンと構えている。
さすがに周りの待ち人たちも、ちらちらと鞄の存在に気まずい視線を投げかけはじめてしまった。
鳥のような尖った鼻の先で、新幹線が風を切ってホームに滑り込んで来て、止まった。
乗客たちが、鞄の後ろに立っている僕を邪魔そうに回り込みながら(中には舌打ちをする者までいた)、新幹線の乗車口から次々と乗り込んで行く。
女はまだ来ない。
どうしたと言うのか?
新幹線の窓から、乗客たちの色とりどりの顔が、ぼくを物珍しそうに眺めているような気がした。
「君、乗らないでいいのですか? 君、乗らないでいいのですか?」 車掌がそう言っているように聞こえた。
実際には、車掌はそんなことは言っていなかったのかもしれない。ただ、「間もなく扉が閉まります」的なことを言っていただけなのかもしれない。でもその時の僕には、そういうふうに聞こえたのだ。
ついに新幹線のドアーは、音を立てて閉まった。ぷしゅう。
僕は指定席の新幹線に乗り過ごしてしまった。
女と女が残したこの鞄のために。
別段、指定席には座れなくとも、自由席の車両に乗ることはできる――この混み具合では座れるかどうかは分からないが――。
女は遅れてやって来るに違いない。
僕はそのような希望的観測に縋って女を待ち続けた。
茶色のボストンバッグを手に提げながら、僕は乗客たちが並んでいる列から十歩離れた位置に移動して女を待っていた。元いた列に、女が戻って来ないか、視線を五秒ごとに投げかけながら。
僕はまるで結婚式に花嫁がやって来ない新郎のような気分で、ただ女の到来をやきもきしながら待ち続けていた。
しかし、一時間経ち、二時間待っても、女は戻ってきやしなかった。
僕はしょんぼり項垂れて、鞄を手に提げて、駅員のいる改札に鞄を届けるために歩き出した。
かばんが、ずしりと来た。嫌な重さだ。まるでいのちひとつ運んでいるようだ。
おかしいな? さっきまで、こんな重さじゃなかった筈なのに……
僕は訝しく思い、鞄を指でつついてみた。それは妙にやわらかだった。弾力があり、かといって、ふにゃふにゃというわけでもなく、適度に筋肉が引き締まった柔らかさなのだ。
あと三十メートルほど行けば、駅員がいる改札に辿り着くという段になって、僕は待て待てとはやる自分を立ち止まらせた。このまま駅員にこの鞄を引き渡し、中を開けてみて、とんでもないものが出て来たら、どうするのか? そのような不安が僕を襲ったのである。
僕は鞄のチャックをつまみ、ゆっくりと、しかし、ほんのちょっぴりだけ、それを開いてみた。途端に、強烈な血の臭いが、鼻先をぶった。
僕は慌ててチャックを元に戻した。
しかし今や、家路を急ぐサラリーマンや、酔客たち、夜の仕事をしているとおぼしき女たち、それら通り過ぎて行く周囲の人間たちの足が、この危険で異様な臭いのためにいっせいに立ち止まってしまっていた。
ちょっと待って。これは僕の鞄じゃない。
僕は彼らにそのように説明を試みることを考えたが、どんなにうまく説明しても彼らが納得してくれるようには思えなかった。
そこで僕はステップを踏むことにした。ステージ上で、観客達を前に、ダンサーが踊っているように。胸を張り、得意げな顔つきで。タンタンタタタン。タンタンタタタン。
まるで何事も起こらなかったかのように、軽やかなステップを踏んだ。
すこし、躓いた。足がもつれた。もともと運動神経は良いほうではないのだ。
無数の観客たちは、しらけた表情で、再びおのおのの行く先に顔を向けて立ち去りはじめた。
ふう。額から、いっせいに生暖かい汗が噴き出してくるようだった。
いったいこの鞄の中には、何が入っているのか?
あらためて外見を点検してみると、どうして今まで気付かなかったのだろう、かばんは奇妙な具合に膨らんでいる。まるでバラバラに切断された手や足が、収まりきらずに革を突き破ろうとしているかのようだ。
僕は目の前が、真っ白になったような気がした。
はじめから、あの女はかばんを取りに戻って来るつもりなどなかったのだ。
そう考えると、今まさに、あらぬ罪が、僕に押しつけられようとしているように思えた。
正真正銘、無実の僕に。
いくら僕が身の潔白を主張したとしても、かばんの中に詰め込まれた、途方もない罪深さを前にして、いったい誰が僕の弁解に耳を傾けてくれるというのだろうか?
僕は居ても立ってもいられない気持ちだった。
できるだけ遠く、可能な限り速く、このかばんから遠ざからなければならない。
僕は牛歩でその場を立ち去ろうとしていた。
公衆電話で話している、知らない若い女性が、不審げにじっとこちらを見ている姿が視界のはしっこに映っていた。
それでも僕は懸命に牛歩のランナーになってその場から離れようとしていた。夢の中を泳ぐように。鮭が川の流れに逆らって上流へ向かうように。
やっとのことで新幹線のホームに戻ると、ちょうどタイミング良く新幹線が滑り込んできた。鷹のように、翼を広げて、僕に救いの手を差し伸べてきた。
追っ手から逃れる気持ちで、僕はその懐にもぐり込んだ。
僕は乗り口の近くに、扉に向かって立っていた。
扉の窓からは、後方に飛び去っていく景色が見えはじめた。
知らないうちに、新幹線は音も立てずに、滑走していた。
かばんの中には、百年分の不幸がぎっしり詰まっている、と僕は思った。
それは決して許されることのない罪だ。
開けた瞬間に、僕の人生を地獄に叩き落とすだろう。
けれども、それは誰かが開けなければならないし、かばんというのは誰かに開けられなければ気がすまないのだ。
たまたま開けさせられたのが、僕だったというだけの話だ。
新幹線の自由席は満席だった。
扉の窓の外には、小さな景色が現れては瞬時に消え去っている。
ぐんぐんぐんぐん遠ざかって行く。何もかもから遠ざかって行く。唯一の汚点から、逃げて行く。世界を吹き飛ばす爆弾から。異臭を放つ腐乱死体から。死刑を宣告する死に神から。
街を超え、野を越え、山を越え。
空には、輝かしいばかりの星々だけが瞬いている。
僕はあの女のことを恨んでいた。なんて途方もない罪を僕に押しつけるのかと。でも、外の景色を眺めていると、そのような考えも形を変え、女を許してもいい気分になっていた。すこし気分に余裕ができていたのだ。だって、あの女だって、きっと誰かから押しつけられたに違いないから。あの身に覚えのない罪を、突然知らない誰かから、背負わされてしまったのだろうから。女も生きるのに必死だったのだ。謂われのない不幸は、誰もが、誰かに押しつけたくなるものなのだ。
その時、僕はふと思い出していた。
狭いアパートで孤独死をした継母のことだ。
僕はあの義母を許さなかった。
義母は連れ子である自分の息子には無限の愛を注ぎ、血の繋がりのない僕を虫ケラのように扱った。
父は中年の女と何処かへ出奔し、結局、義母は父から捨てられた。
そういう状況になった後、僕に対する義母の態度は一変した。
猫かわいがりしていた自分の息子は、とんでもない悪人へと成長し、義母は僕を頼らざるを得なくなったのだ。
思えば、かわいそうな人だった。
暑い夏の日に義母は死んだ。
義母の胃の中には、ほとんど何も残っていなかったそうだ。
躯もガリガリに痩せて、そんな義母の躯中に蛆虫がびっしり湧いていたそうだ。
僕は警察署に行き、遺体を確認させられた時、義母の顔を一瞬見ただけで、「もう、いいです」と警察官に言って顔をそむけた。
僕は義母がこんな形で死んでから、ようやく彼女を許す気持ちになれた。
車内に、異臭を放つ浮浪者が紛れ込んでいた。
浮浪者は車両の向こう側の端っこの通路に立っているのに、臭いはここまで漂って来るのだ。
誰もが不愉快な視線を交わし合っている。
僕も思わず自分の鼻をつまんでしまった。
しばらくすると、小便がしたくなってきた。
けれどもトイレに行くには、その臭い浮浪者の隣を通り過ぎなければならない。後ろにトイレはない。あるのは浮浪者の向こうのトイレだけだ。
僕は仕方なく、大きく息を吸って、できるだけ浮浪者の近くで息を吸わないように工夫して、通路を進んで行った。
僕は浮浪者の隣をすり抜けようとした時、
「お前はいつも逃げてきた。お前の罪は、めぐりめぐって、大きくなって帰ってくるだろう。お前は、それから、逃げ切れはしない」
そう浮浪者が囁く声が耳に入った。
僕がぎょっとして浮浪者を見ると、白い髭に覆われた初老の浮浪者は、既にあらぬ方向に顔をそむけている。
僕がトイレで用をすまして出て来ると、浮浪者はいなくなっていた。あの強烈な臭いですら、今や跡形もなく消えていた。
僕は不思議な思いで元のデッキへ戻ると、同じく立っていたサラリーマンふうの男性に尋ねた。「あの浮浪者、何処へ行きました?」
男性はうろんげな顔をして、首をかしげ、
「さあ、知りませんよ」
と言うと、関わり合いになりたくないとばかりに目をそらした。
僕はあの浮浪者は何だったんだろうと思った。
駅にも着いていないのに、いなくなるなんて。
僕は頭の中で、あの浮浪者が囁いた言葉を何度も反芻していた。浮浪者は、鞄を置き去りにした僕のことを言っていたのだ。
そう考えると、いてもたってもいられなくなってきた。
新幹線が駅に到着するまでの間が、永遠のように感じられた。
目的の駅ではなかったけれど、新幹線が停車した時、僕は逆方向に向かうホームに走った。そして、逆戻りする新幹線がやって来るtと、それにとび乗った。
行ったり来たりしている僕を、車掌や、乗客たち全員が、訝しげに見つめているような気がした。
僕は彼らから目をそらして、ひたすら窓の外を眺め続けた。時間の流れがひどくのろくなったように思えた。
ようやくあの駅に戻って来ると、僕はかばんを置き去りにしたあの場所へ向かった。既にかばんが開封されていて、中から飛び出した不幸の固まりに、周囲の人間が愕きの人だかりを作っているのではないかという最悪の可能性が、脳裏をよぎった。けれども予期に反して、あの場所は先程と同じく閑散としていた。公衆電話が目に飛び込んで来た。中で話していた女は既にいなくなっていた。
僕は周囲を見回した。もう一度、見回した。でも、どうしたことか、あのかばんが、なくなっているのだ。
僕は拍子抜けする思いで、通りがかりの人間に訊いてみた。「僕のかばん、知りませんか」と。通りがかりの人は、忙しそうに、首を横に振って、立ち去った。
僕はその場に立て膝をついて、天井を仰いだ。
僕は涙していた。許されることのない罪を犯した犯罪者が、寛大な神に感謝を捧げるように。
いかがでしたか? 小説「かばん」は?
この作品は、ぼくが2013年8月ころ、書きあげたものです。
「果てしなく暗い闇と黄金にかがやく満月の物語」という長編ファンタジーを書きあげたあとの作品になります。
「果てしなく・・・」は一年以上かかって書いたもので、書き上げた後はほんとうにヘトヘトでした。それからしばらく休んで、肩のちからを抜いて書いた作品が、この「かばん」です。
ところどころ、幼稚ともとれる表現が見られるかもしれませんが、それがある種のパワーというか、勢いになっているように思います。また、自分のなかでは、それほど気に入った作品でもなかったのですが、読んでもらうと評判はなぜか良かった作品でもあります。
率直なご感想をいただけると、うれしいです。
それは決して許されることのない罪だ。
開けた瞬間に、僕の人生を地獄に叩き落とすだろう。
けれども、それは誰かが開けなければならないし、かばんというのは誰かに開けられなければ気がすまないのだ。
たまたま開けさせられたのが、僕だったというだけの話だ。
新幹線の自由席は満席だった。
扉の窓の外には、小さな景色が現れては瞬時に消え去っている。
ぐんぐんぐんぐん遠ざかって行く。何もかもから遠ざかって行く。唯一の汚点から、逃げて行く。世界を吹き飛ばす爆弾から。異臭を放つ腐乱死体から。死刑を宣告する死に神から。
街を超え、野を越え、山を越え。
空には、輝かしいばかりの星々だけが瞬いている。
僕はあの女のことを恨んでいた。なんて途方もない罪を僕に押しつけるのかと。でも、外の景色を眺めていると、そのような考えも形を変え、女を許してもいい気分になっていた。すこし気分に余裕ができていたのだ。だって、あの女だって、きっと誰かから押しつけられたに違いないから。あの身に覚えのない罪を、突然知らない誰かから、背負わされてしまったのだろうから。女も生きるのに必死だったのだ。謂われのない不幸は、誰もが、誰かに押しつけたくなるものなのだ。
その時、僕はふと思い出していた。
狭いアパートで孤独死をした継母のことだ。
僕はあの義母を許さなかった。
義母は連れ子である自分の息子には無限の愛を注ぎ、血の繋がりのない僕を虫ケラのように扱った。
父は中年の女と何処かへ出奔し、結局、義母は父から捨てられた。
そういう状況になった後、僕に対する義母の態度は一変した。
猫かわいがりしていた自分の息子は、とんでもない悪人へと成長し、義母は僕を頼らざるを得なくなったのだ。
思えば、かわいそうな人だった。
暑い夏の日に義母は死んだ。
義母の胃の中には、ほとんど何も残っていなかったそうだ。
躯もガリガリに痩せて、そんな義母の躯中に蛆虫がびっしり湧いていたそうだ。
僕は警察署に行き、遺体を確認させられた時、義母の顔を一瞬見ただけで、「もう、いいです」と警察官に言って顔をそむけた。
僕は義母がこんな形で死んでから、ようやく彼女を許す気持ちになれた。
車内に、異臭を放つ浮浪者が紛れ込んでいた。
浮浪者は車両の向こう側の端っこの通路に立っているのに、臭いはここまで漂って来るのだ。
誰もが不愉快な視線を交わし合っている。
僕も思わず自分の鼻をつまんでしまった。
しばらくすると、小便がしたくなってきた。
けれどもトイレに行くには、その臭い浮浪者の隣を通り過ぎなければならない。後ろにトイレはない。あるのは浮浪者の向こうのトイレだけだ。
僕は仕方なく、大きく息を吸って、できるだけ浮浪者の近くで息を吸わないように工夫して、通路を進んで行った。
僕は浮浪者の隣をすり抜けようとした時、
「お前はいつも逃げてきた。お前の罪は、めぐりめぐって、大きくなって帰ってくるだろう。お前は、それから、逃げ切れはしない」
そう浮浪者が囁く声が耳に入った。
僕がぎょっとして浮浪者を見ると、白い髭に覆われた初老の浮浪者は、既にあらぬ方向に顔をそむけている。
僕がトイレで用をすまして出て来ると、浮浪者はいなくなっていた。あの強烈な臭いですら、今や跡形もなく消えていた。
僕は不思議な思いで元のデッキへ戻ると、同じく立っていたサラリーマンふうの男性に尋ねた。「あの浮浪者、何処へ行きました?」
男性はうろんげな顔をして、首をかしげ、
「さあ、知りませんよ」
と言うと、関わり合いになりたくないとばかりに目をそらした。
僕はあの浮浪者は何だったんだろうと思った。
駅にも着いていないのに、いなくなるなんて。
僕は頭の中で、あの浮浪者が囁いた言葉を何度も反芻していた。浮浪者は、鞄を置き去りにした僕のことを言っていたのだ。
そう考えると、いてもたってもいられなくなってきた。
新幹線が駅に到着するまでの間が、永遠のように感じられた。
目的の駅ではなかったけれど、新幹線が停車した時、僕は逆方向に向かうホームに走った。そして、逆戻りする新幹線がやって来るtと、それにとび乗った。
行ったり来たりしている僕を、車掌や、乗客たち全員が、訝しげに見つめているような気がした。
僕は彼らから目をそらして、ひたすら窓の外を眺め続けた。時間の流れがひどくのろくなったように思えた。
ようやくあの駅に戻って来ると、僕はかばんを置き去りにしたあの場所へ向かった。既にかばんが開封されていて、中から飛び出した不幸の固まりに、周囲の人間が愕きの人だかりを作っているのではないかという最悪の可能性が、脳裏をよぎった。けれども予期に反して、あの場所は先程と同じく閑散としていた。公衆電話が目に飛び込んで来た。中で話していた女は既にいなくなっていた。
僕は周囲を見回した。もう一度、見回した。でも、どうしたことか、あのかばんが、なくなっているのだ。
僕は拍子抜けする思いで、通りがかりの人間に訊いてみた。「僕のかばん、知りませんか」と。通りがかりの人は、忙しそうに、首を横に振って、立ち去った。
僕はその場に立て膝をついて、天井を仰いだ。
僕は涙していた。許されることのない罪を犯した犯罪者が、寛大な神に感謝を捧げるように。
(了)
いかがでしたか? 小説「かばん」は?
この作品は、ぼくが2013年8月ころ、書きあげたものです。
「果てしなく暗い闇と黄金にかがやく満月の物語」という長編ファンタジーを書きあげたあとの作品になります。
「果てしなく・・・」は一年以上かかって書いたもので、書き上げた後はほんとうにヘトヘトでした。それからしばらく休んで、肩のちからを抜いて書いた作品が、この「かばん」です。
ところどころ、幼稚ともとれる表現が見られるかもしれませんが、それがある種のパワーというか、勢いになっているように思います。また、自分のなかでは、それほど気に入った作品でもなかったのですが、読んでもらうと評判はなぜか良かった作品でもあります。
率直なご感想をいただけると、うれしいです。
にゃんく