去年、絵探しの旅のパリ初日のこと、訪ねるべき骨董店や古書店をプロットした地図を片手に持って、朝の7時にはホテルを出て街をうろつき始めた。2月のことだったからまだ薄暗かった。
もちろんそんな早朝から店が開いているはずもなく、ここも閉まってる、あそこも閉まってるって、地図の印の場所を一まわりしてもまだ9時台だった。朝から早足で歩くものだから結構な距離を歩いたんだ。それで疲れちゃって、1日の残りをシャキッと過ごせなかった。
このせっかちは、なにかやらなくちゃならないことがあると、加速度的に悪化する。
今回の旅は、小指の不自由さもあって、とにかくゆっくり心を落ち着けて行動するって心に決めている。
「また指を強く打つようなことがあると、治療が台無しですよ」
そう言われているからね。
つまりこの小指に装着してある器具は、ここ10年くらい直さなくちゃ直さなくちゃって思っている自分の「せっかち」を克服するための、「せっかち矯正ギプス」でもあるってワケ。
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昨日の朝のこと……
朝6時半ころに目覚めたんだけど、「あわてるな、あわてるな」って呪文を唱えながら7時までベッドにいた。
心してゆっくり起き上がり、味わうようにトイレに行き、慈しむようにシャワーを浴び、これ以上ゆっくり動いたら身体のバランスが崩れるよって程の動きで着替えをし、どうかネットにサクサクつながりませんようにって思いながらメールのチェックをし、今日やるべきことを無駄に何回も繰り返し思い浮かべ、それでもまだ早いので持参した小さなハサミでヒゲの形を整えたりして、そしてホテルを出た。
8時半。
街は霧雨で空気がヒンヤリする。日曜日のせいか人通りが少ない。
ホテルの入り口の前で立ち止まってそう確認し、這いずるように街を歩き、数軒のカフェのプチ・デジュネ(モーニング)の値段をじっくりと見比べ、比較的良さそうなカフェに入ってクロワッサンとエスプレッソのセット3.9ユーロを注文した。
なるべくゆっくりと持って来てくれますようにと念じていたのだけど、望みは叶えられずに朝食はすぐに運ばれて来た。ボクは札で5ユーロ支払い、別に釣り銭はあわてなくてもいいよとウエイターの兄ちゃんにテレパシーを送ったのだけど、あっと言うまにレシートと1.1ユーロの釣り銭を持って来た。
ここであわてて食べ始めちゃいけない。
パリーのカフェのプチ・デジュネをゆっくりと楽しまなくちゃね。
ボクはまだ何にも口をつけてないよ。
この時、9時ちょうど。
カバンからゆっくりと手帳を取り出した。今日やらなくちゃならないことは3つ。さて、どの順番でこなして行けばいいんだろうと考えた。
ゆっくりと地図を広げた。そしてあと一呼吸したら、一口だけエスプレッソを飲もう。そう考えた。
いい感じだ。ナイスだね。トレボンだ。それでいい。いつもこう心を落ち着けていなくちゃいけないんだ。気ぜわしなく動いちゃいけないんだ。そう思うと、少しだけ満足を感じた。
9時5分。
ボクが満足に浸っているときのクロワッサンとエスプレッソがこれ。向こうにレシートとコインが見えるでしょ。

その時、ウエイターの兄ちゃんがやって来て「メルシー・ボークー」って言ってレシートとコインを持って行っちゃった。
わぉ!ちゃうよ!チップじゃないよ!多すぎるだろ!
って心の中で思ったさ。
でも、あわてて動くなって命令と、反応して然るべき額のチップを与えろって命令とが頭のなかでバッティングして、結局なんにもできなかった。
しまったな。小銭は早くしまっておくべきだった。
【今日の教訓】
銭に関しては、素早く動け!
【そして今日の小指】
並べてみると、食べ物っぽくない?

