
北アフリカの地中海に面した国アルジェリアの首都アルジェから、
南に850kmほど行ったところに、エル・ゴレア(El Golea)というオアシスの街がある。
ボクがその街にたどり着いたのは、遠い昔の6月10日のこと。
バスを乗り継ぎ、途中ガルダイア(Ghardaia)という街で2泊し、
アルジェの街を出てから4日目の午後だった。
「砂漠の昼間は暑いけれど、夜は氷点下くらいまで気温が下がるんですよね。
日較差が大きいのが内陸の砂漠の特徴だって、中学の地学で習いましたよね」
なんてことを、同行のT氏と話していたのだけれど、
そんな知識が全くウソだったことにはガルダイアの1泊目で気付いちゃった。
確かに冬の間は --- 冬というネーミングが適切ならばだけれど --- それは正しいらしい。
ところが夏の気候は、昼間はひたすら暑く灼熱地獄で、
夜は風も無くなり締め付けられるような暑さなのだ。
そんなところまで行こうとしたのは、サハラ砂漠を一度見てみたかったから。
サハラ砂漠と言ってもアトラス山脈に近い北の方は、
粒の大きめの「礫(れき)」でできた「礫砂漠」で、
エル・ゴレアの辺りまで南下しないと、ボクのイメージする砂漠には出会えない。
ガルダイアからエル・ゴレアまでの間に見ることのできた砂漠は、
まさにイメージ通りのオレンジ色の砂漠だった。

細かい砂はサラサラで、熱されていてアツアツで、
年中吹く風ため、砂でできた丘は年に数kmも移動するという。
「とうとう、来ましたね」
バスを降りて、エル・ゴレアの街に降り立った。
サハラ砂漠の入り口に位置するオアシスの街には、18万本の椰子の木があるという。
その日のエル・ゴレアの気温は、最高39.5度、最低26.7度。
標高400mの高台に位置する街のおかげで、それでも少しは過ごしやすいらしい。
*****
同行のTさんは、
ボクより10歳ほど年上の、日本に3年程帰っていないと言う放浪の土木技術者で、
当時バックパッカーにとって旅のバイブルであった「地球の歩き方」の、
会員向けの情報誌のコピーを持っていた。
この街にもボクらが泊まれそうな安宿が何軒かあると書いてあるのだけど、
酷暑のこの季節に観光客などなく、安宿は全て営業休止中なのだ。
ただ一つだけ街で営業しているホテルは街一番の高級ホテルで、
その情報誌によると、
バスルーム付きの部屋に、
ローカル料理とフレンチを食べさせるレストランと、
プールまで付いている、
近代的なホテルとのことであった。
宿泊料をおそるおそるフロントで尋ねると、
正規のレートで1人5,000円くらい。
わっ!高っ!
と言っても、他に泊まるところが無いのなら仕方がないし、
ボクらは、モロッコから直接アルジェリアに入ろうとして1度失敗していて、
でもその時に、モロッコの両替商からかなり安くアルジェリアの通貨を手に入れていた。
「ムシュー・ジャポネ ただ一つ、ご了解頂きたいのですが...
お部屋は用意できるのですが、残念なことに部屋の水道は使えないのです」
って、フロントマンは言うけど、
今までだって部屋に水が出るようなホテルに泊まってきてたわけじゃないから、
「ノン・プロブレーム」ってなもんです。
久しぶりの、ちゃんとしたホテル。
部屋に水は来てないけれど、フロントの隣には「こぎれいなレストラン」
そしてフロントの向かいには「砂漠の強い陽射しにキラキラと光るプール」
そしてプールサイドには7~8名程の「金髪美人」
これから始まるリラックスの数日間を期待しながら、
アルジェからの4日間の旅で疲れていたボクたちは、
レストランで食事をし、調子に乗ってワインのボトルを空け、
そして部屋に戻りすぐさま眠りにつきました。
*****
数時間ほどして目が覚めると、口がぱさぱさに乾いてる。
いつもなら、ミネラルウォーターを買って夜中の喉の渇きに備えるのだけれど、
大きなホテルに泊まっているという安心感から、それを怠ったんだな。
しかも、久しぶりに酒を飲んだため喉の渇きがはやい。
最初の内は、唾液を貯めてそれをゆっくり飲み込み、我慢していたのだけれど、
だんだんと我慢できなくなって来て、
ベッドの上に上半身を起こし、喉の渇きをどうしたら良いのかと思案していた。
「喉、渇いたよね」
隣のT氏も起きていた。
どうしたら水を飲めるのだろうか?
フロントに電話をしてみる。 誰も出ない。
ミネラルウォーターの自動販売機? ないない。
「なつむぎ君さぁ。プールがあったじゃない?」
「えっ!プールの水を飲むんですか?」
「ちがうって。プールに水があるってことは、水道がそこまで来てるってことだよ」
「あ、確かに。でもガイドブックに、ここの街の水道の水は飲めないって書いてありますよ。
下痢がひどいって」
「だからさ、飲むんじゃないんだよ。口の中を湿らせるだけだって」
「湿らせるだけなら、大丈夫ですかぁ」
ちょっとだけ逡巡したものの、
結局2人はコップを持って、プールサイドまで行ってみることにした。
*****
部屋を出ると開放的な廊下に出る。
外気に触れると、部屋の中よりかは幾分か爽快な気分になった。
廊下をぐるりと回ってレストランの横を通って、
フロントの前の扉からプールに出ることもできるけど、
ボクらは廊下から直接庭に出て、建物の外側を回ってプールの横に抜けた。
深夜にコップ片手に徘徊しているのを、ホテルの従業員に見られたくなかったからね。
オアシスの街の夜は、昼間よりは楽だとはいっても重く押しつけるような暑さがある。
昼間には感じることができた風がぴたりと止んでいた。
ホテルを囲む椰子の林の黒い影が少し不気味だけれど、
空には、東京では見たこともないような多くの星が輝いていた。
そして、コップを片手に進む東洋人2人。
*****
プールサイドには、ビールやジュースを出す簡単なバーがあって、
その近くの地面近くに水道の蛇口が1つあった。
「なつむぎくん。飲んじゃだめなんだからね」
「Tさん、わかってますよ。湿らすだけですよ。口に入れてはき出すだけです」
2人はコップに水を注ぎ、口に含み、しばし口の中を潤して、そしてはき出す。
「結構、冷たいんだね」
「そうですね」
そして、もう一度。
今度は、のどの少し置くまで入れて、ガラガラとうがいをして、はき出す。
「空がキレイだね」
「そうですね。砂漠の夜っていいもんですね」
そして、さらに一度。
これが最後。もう一度のどの奥と、口の中全体を湿らせたら、そうしたら部屋に戻ろうと思って、
コップの水を口のなかに流し込む。
ガラガラ、ガラガラ...
もう少しのどの奥まで湿らせたいと思い、のどを少し緩めると、
液体が少し、すーっと食道を伝い身体の中へと入っていく。
そっかぁ。
のどが渇いたと言っても、乾いていたのはのどだけじゃないんだな。
食道も、胃も、水分が欲しくて待っていたんだ。
ちょっとの水だけで、身体がとてもみずみずしくなる気がする。
もうちょっとなら大丈夫かな...
もう少しなら...
そう思ってTさんを見ると、
彼は喉仏を上下させながら、ゴクゴクと水を飲んでいた。
「あ、Tさん」
すぐ、ボクもコップの残りの水を飲み干したもの。
美味すぎです!
*****
翌朝。ボクらの腹がどうなっていたのかについて、
そして、プールサイドの金髪美人は何者かについては、また後日。
清潔で美味しい水が簡単に手に入るということは、とても幸せで、とても大切なのだということを、
観光客の目でちょっとだけ知ったというお話です。
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