ある日の早朝のことだった。
救急車で運ばれてきた30代後半ぐらいの男性。
路上で倒れて(寝て?)いて
発見者が声をかけても言葉を発せないとのこと。
外傷はなし。
目を開いてキョロキョロあたりを見回すが
何を訊ねても言葉を喋らない。
泥酔か? アルコール臭はなし。
身元は? ポケットに小銭あるだけで身元がわかるものを所持していない。
ホームレス? 服装は最近洗濯したばかりのもののよう。
救急隊員も医師も私も
「この人にいったいナニが起こったの?」と困り果てた。
「ねぇ、私の声は聞こえます?」
男はうなずく。聾唖ではない。口語障害か?
紙とペンを渡して名前を書いてみてというが
ペンが持てない・・・。
「いつもお話できないんですか?」と問うと
クビを横に振る。
自宅の電話番号を知っているかと訊ねると
ウンとうなずくが、書くか言うかしてくれといえば
クビを横に振る。
口を利けないという以外は
特に症状がないため
『元々口語障害のある人が、お金も持たずに家出して行き倒れた』
という推理がなされた。
「じゃあ、警察に身柄を保護してもらうしか・・」と
医師が救急隊員に言った途端、男は暴れだした。
「うぉー!うぉー!」と何かを言おうとしている。
私は男をなだめながら、ここは病院であること、
今、救急で何か処置が必要な状況ではなさそうだということ、
それでいて、名前も自宅もわからないのでは、
これから警察に家を探してもらうしか、病院にはできることがないこと
を説明した。
男は急に、数字らしい言葉を発し始めた。
ハッキリと発音できていないため、かなり聞き取りにくかったが
それでも8桁の数字を聞き取ることができた。
その電話番号をすぐダイヤルした
女性が出た
「こちらは○○病院です。30代後半の男性が運ばれお宅の電話番号を言ったのですが
この男性に心当たりはありますか?」
女性は、驚いたように、夫が昨夜から帰ってないと話した。
「つかぬことをお聞きしますが、ご主人は、お話ができない方でしょうか?」
「えー?まさか、普通にいつも仕事してる人ですよ?」
医師はそれを聞くなり
「大変だ!では、痙攣発作か何か起したんだ!すぐCTを!」とオーダーをした
妻にはすぐ来院するようお願いした。
男は検査しても何の異常もなかった。
点滴をして、膀胱留置カテーテルを入れて尿を排出して
数時間後にようやく普通に喋れるようになった。
男は、家族に内緒の借金があった。
返済のめどが立たなくなり
所持金全て使って、睡眠導入剤「ドリエル」を購入し
100錠ぐらい一気に飲んだ。。と話した。
「ドリエル」は12錠入りで2000円弱だ。
たぶん、2万円も遣ってドリエルを10箱買ったのだ。
もちろん、その後の男の事は、私にはわからない。
ただいえることは一つ。
みなさん。「ドリエル」では死ねませんから!