
(武蔵白石~大川間、1982年)
最後の営業運転をしていたのは南武支線のクモハ11形200番代とクハ16形0番代、そして大川支線のクモハ12形50番代で、いずれも旧モハ31系の車両でした。
[1979(昭和54)年]
クモハ11形200番代はモハ31系の制御電動車モハ31形を1953(昭和28)年の形式称号改正でモハ11形200番代に改番し、さらに1959(昭和34)年の形式称号改正でクモハ11形200番代と再改番したものです。

(浜川崎・1979年)
これは自分が初めて乗車した17m級旧国であるクモハ11222。元はモハ31058です
クハ16形0番代もモハ31系の制御車クハ38を改番したものです。

(尻手・1979年)
このクハ16003は元クハ38007です。なお、南武支線のクモハ11+クハ16は武蔵中原電車区に所属。
南武支線の車両は、1980(昭和55)年に101系に置き換えられてしまいましたので、この乗車が最初で最後となりました。
一方、クモハ12形50番代は1959(昭和34)年に鶴見線での単行運転用としてクモハ11形200番代6両を改造したものです。

(武蔵白石駅・1979年)
写真はクモハ12052で元モハ11210です。当時はクモハ12052とクモハ12053の2両が弁天橋電車区(南テシ)所属して大川支線で運用されていました。この写真を撮ったのはクモハ11、クハ16と同じ1979(昭和54)年なのですが、大川支線は日中の列車本数が少なかったため時間が合わずに乗車できませんでした。
ちなみにこの急カーブしたホームのため、20m級の電車が入線することができず、大川支線用にクモハ12が生き残っていたのは有名な話です。
[1982(昭和57)年]
そんなクモハ12に乗車する機会を得たのは1982(昭和57)年のことでした。

(大川駅・1982年)
この頃、川崎市内では大川支線のクモハ12の他にも、クモハ12が運転されていました。それは武蔵中原電車区所属のクモハ12016です。

クモハ12016はモハ31時代に両運転台化されてモハ33系に編入されたモハ34037を形式称号改正で改番したものです。ちなみにクモハ12形0番代はこのグループの他にモハ34形を改番したグループと、モハ11形200番代を改造したグループに分ける事ができますが、旧モハ31と旧モハ11形200番代は経緯が違うだけではなく、改造内容も若干異なるようです。
このクモハ12016は職員輸送用として鶴見~新鶴見間を走っていましたが、1984(昭和59)年に廃車になっています。
それから国鉄大船工場の敷地内にはクモハ12051がたむろしていました。

(大船工場・1982年)
旧モハ11201を両運転台化したクモハ12051は、1982(昭和57)年当時は大船電車区所属で、
おそらく大船工場での入れ換えに使用されていたのではないかと思います。でもこの頃はクモハ73が入れ換えに従事していましたので、ずっと放置されているのか、色もあせ放題でした。
クモハ12051が廃車となったのは1985(昭和60)年のことです。
17m級旧国は牽引車や配給車、救援車などの事業用車にも多数改造されました。牽引車や配給車は首都圏でも見た記憶はあるのですが、写真を撮る機会には恵まれませんでした。というわけで初めて撮影した救援車がこのクモエ21006です。

(中野電車区・1982年)
クモエ21006はクモハ11203を1968(昭和43)年に改造したもので、チェーンブロックのレールを出すための巨大な開口部を側面に持っています。この車両は1984(昭和59)年に廃車となりました。
初めて撮影した配給車はこのクモル23050。傾斜した前面窓が特徴的ですね。

(豊橋機関区・1982年)
元を辿ると1952(昭和27)年に木造車を鋼体化改造したモニ13027。厳密にはモハ50系モニ53の増備車ですが、モニ13027は形式称号改正を先取りして登場したそうです。1961(昭和36)年に車体中央を無蓋構造に改造してクモル23050となりました。改造以後も一貫して豊橋機関区に配置され、1984(昭和59)年に廃車となっています。
[1983(昭和58)年]
クモル23050の種車となったクモニ13も、クモル23050と同じ豊橋機関区に所属して飯田線で晩年を過ごしていました。

(辰野・1983年6月)
最後の活躍をしていたのはクモニ13025と写真のクモニ13026。両車とも飯田線の旧国の最後を飾りました。
また豊橋機関区には救援車クモエ21009が配置されていました。

(伊那松島機関区・1983年6月)
実際には伊那松島機関区に常駐していましたが、1984(昭和59)年に廃車されました。
このように17m級電車のほとんどが1984(昭和59)年までに廃車となりました。
[2009(平成21)年]
鶴見線のクモハ12は1985(昭和60)年から日中や閑散時間帯に、鶴見線全線で運用されたこともありましたが、1996(平成8)年に武蔵白石駅のホームを撤去して103系を入線可能としたため、クモハ12は引退。現在はクモハ12052が東京総合車両センターに保管されています。

(東京総合車両センター・2009年8月22日)
クモハ12052は一般公開の時には見ることができますが、いつまでもきれいな状態を保っていて欲しいともいます。
ところで、このような感じで淘汰されていったと思った17m級旧型国電なのですが、その後、自分の知らないところで結構生き残っていたことを知って驚きました。これは次回お話しします。