「あっ、犬だ」


ぬくまちくんがそう言って飛び出した。
電柱に繋がれた茶色くて大きな犬は飛び掛ったぬくまちくんに尻尾を振っている。
ぬくまちくんは動物がすきだ。
動物も、ぬくまちくんがすきだ。
ぬくまちくんの少し細い指に撫でられると、
動物達は気持ち良さそうに毛を揺らす。
傍で見ていると、まるでその指先から命の源が生み出されているように感じるのだ。
それくらい、穏やかで、優しい手つきをしている。

ただ、一つだけ、言うと。

ぬくまちくんは、動物からの愛され方を間違えてた。




「あいたーーー!」


案の定、叫ぶぬくまちくん。
がぶり、と嬉しそうに、ぬくまちくんの足に食らいつく犬。
昔、うちで飼っていた犬が、くまのぬいぐるみでこんな風に遊んでいたことを思い出した。
尻尾を振りながら噛み付く犬、
痛がりながらも、けして怒ったりしないぬくまちくん。
この愛の形を、なんていう言葉に喩えようか悩んだ。
けどやめた。
わたしとぬくまちくんだって、そうだからだ。
ぬくまちくんの周りは、いつだって言葉を持たない。
ぬくまちくんが持てる様な言葉が、まだこの世に存在していない。
だからやめた。


「ふー。ふー。」
ようやく開放された足に息を吹きかけては、自分の手でそれを撫でている。
また、命の源を生み出している。
「ありゃりゃ。ぬくまちくん、また穴が開いちゃったね」
いつもこうだから、ぬくまちくんのズボンはすそがボロボロだ。
「穴が開いたんじゃないよ」
でも、ぬくまちくんは穴の開いてボロボロのズボンを履き続けるのだ。
「歴史が増えたんだ」
穴の開いたズボンだけじゃない。
泥だらけの靴、絵の具だらけのTシャツ(絵の具で何をしているかは私は知らない)
掃ったら、繕ったら、洗ったら落ちる汚れを、ぬくまちくんは拭わない。
それが服で、それこそが靴だからだと彼は言う。
「僕は自分の歴史を愛したいだけだよ」
ああ、この愛の形をなんて言おう。



その日、家に帰ったら、私は真っ先にモカシンについた犬の毛をガムテープでとった。
「お前の思う通りにはいかないぜ、ぬくまちくん」
なんて笑いながら。

ああ、この愛の形をなんて言おう。