ぬくぬくのひとりごと

ぬくぬくのひとりごと

無職自由業のワタクシが、映画やドラマや社会に向かっていろいろ言います。

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戦争が終わって。平和な時代が戻り。入兆も復活。

惣吉も復員。40前になったかをる。

 

惣吉は今もかをるを愛していると言いますが、かをるは応えないまま…

ここでドラマは終わりました。

 

惣吉が亡くなって5年も待たず梅木と再婚。

もしも、あの時にお腹に宿っていた子が順調に育っていたら

惣吉の忘れ形見を育てるという責任から、吉武家を離れることはなかったと思います。

そうすれば、惣吉の生還を心から喜べました。

歯車の狂いは、あの流産からかもしれません。

しかも、再婚して。梅木の子供を産んだ直後に惣吉が戻ってくるんですから

平穏にかをるが幸せでいた時間も少ないです。

「本当に心から梅木を愛せているの?」と思わずにはいられないのですが

惣吉を失った心の隙間を埋めてくれたお醤油の守り手である梅木には

感謝と尊敬があって。それを愛としていたのでしょうね。

 

かをるは、本当の本当の本心を惣吉に語ったことはありませんでした。

惣吉としては、真ん中が抜けた浦島太郎ですから、かをるへの愛に変化はありません。

突然、人の妻になって戸惑うだけです。

なぜ? なぜ? なぜ? です。

 

番組終了後。

かわらず惣吉はかをるを愛して。何かと支えたはずです。

善吉と英一郎の関係も良いのです。

吉武一家と入兆は提携関係を結び、ビジネスとして足並みを揃えます。

吉武家は網元から、船主と業種を改め株式会社化し、

吉武海運の社長には善吉がなります。

惣吉は語学堪能で海外経験も長いことから貿易業のヨシタケトレーディングの社長となります。

 

英一郎の目指す世界の醤油は、ヨシタケトレーディングの看板商品となります。

かをるは昭和の子育てをしながら、ビジネス面で惣吉との距離を詰めていきます。

父親を亡くした昭和にとっても、惣吉は父親代り。

かをるは理解できる年頃になった昭和に

「惣吉おじさんとお母さんは、夫婦だったのよ」と話します。すべてを理解した、昭和に背中を押され

40歳目前に惣吉とかをるは結婚。高齢出産ながら女の子を生みます。

潮来の思い出から、名前は潮(うしお)

「あの時に失った子が、戻ってきてくれたんですね」

 

株式会社IRICHOと、株式会社ヨシタケトレーディングと、吉武海運株式会社はグループ会社となり

千葉県の名門企業となりました。

 

ってどうかな?

こんにちわ。

すっかり昭和のドラマにはまって。

「澪つくし」で描かれなかった惣吉さんとかをるさんの未来の話を書くって

予告しておきながら…

 

いざ書くとなったらちぉんと書きたくなって。

2人の時系列。

何年生まれとか、何年に結婚したとか。調べたくなって。

それが面倒になって、ご無沙汰になってしまいました。

女学校時代に大正天皇が崩御されて、キャビキャビしていて

怒られたシーンがあったなと思ってます。

だから終戦は30代後半だったのですよね。かをるさんは。

惣吉さんは5歳か、そのくらい上だった。

 

なぁんて思い出しつつ、情報を下さる方がいると助かります。

 

 

 

 

 

ご無沙汰しています。

ピグライフのパソコン版がなくなって。タブレットでできるようになってから

とんとログインしない人になってしまいました。

フォローしてくれている皆さん、ごめんなさい。

お友達申請くださっている方、見落としたりはしていないでしょうか?

 

大昔も昼のドラマにはまって、それについて語ったりしていましたが。

今回はまった澪つくし。

昭和60年のドラマの再放送で。リアルタイムでもドはまりしていたんですが

やっぱり良かった。

いま50代の監察医マリコさんになっている沢口靖子さんのフレッシュな姿に感動です。

SNSでの書き込みをみていて、澪つくしのこと書かなきゃ!!!!

という気分になったので、久々にログインしました。

 

このブログのお客様で見た人はいますか?

令和には見られないピュアな恋の話です。

今からでもぜひ見てほしい。

BSでの再放送は終わってしまいましたが

見る手段はいろいろとあります。

 

簡単言うと、お話は対象の終わりから昭和の初め。

銚子の女学校に通う古川かをるが物語の主人公で

この役を演じているのが沢口靖子さん。当時

東宝シンデレラに選ばれて、武田鉄矢さん主演の映画『刑事物語』でデビューしたばかり。

まだ高校出たての18歳です。

演技はほぼ素人レベル。それが、どんどん女優になっていく

そんな過程を見ることもできます。

相手役は早稲田の野球部出身の川野太郎さん。

ぶっきらぼうだけど、熱い心を持った漁師を演じます。

昔のNHK朝ドラと言えば新人女優の登竜門。

最近はすでに売れている戸田恵梨香さんや、広瀬すずさんなどが出ていますが

昔はド新人が主人公とともに、成長するのが醍醐味でした。

 

当時の私は川野太郎さんにはまってしまい、しばらく太郎ロスになりました。

今もちょっとなってます。

なので、自分の中で解決させるために勝手に澪つくしのその後の話をここに書いてみます。

今日はその宣伝でーす。

 

 

 

先日の『82年生まれのキムジヨン』の感想の記事にも書きましたけど。

わたし、この作品の主人公に共感するものは何一つありません。

映画制作にあたり特集されたNHKの番組で、今を生きるジヨンぽい

女性たちへのインタビューなんぞ見ましたけど、

(前の記事にも書きましたけど)いけ好かない女たちが多かったです。

 

あぁ~一見、偏見に満ちているような書き方。

途中で怒らないで、最後まで読んでね。

 

そもそも私はオジサン脳なのかもしれません。

と言っても「女は引っ込んでろ」の考え方ではなくて

合理的に物理的に建設的な脳です。

例えば「妊娠出産をしたら大きなプロジェクトから外された」

とか、ディスカッションしてるテレビ見ましたけど。

小さな子供がいる人に任せられる仕事ではありません。

「クライアントが来いって言ってるから、今から札幌行って」

と言われたら、対応できなくてはいけない。これが社会。

「子供に熱があるので、会議遅れます」

なんて言うような人は会議には呼べない。と、私は思う。

そんなの女だけ損じゃない?

という意見があります。だけど、

男尊女卑とか男女差別ではなくて女に子宮があるから仕方ない。

母乳で育てるなら、断乳までは子供のそばにいないと。

仕事のために断乳を早めるなんて、良い母親とは言えない。

子供に犠牲を強いるなよ。って思います。

子供が赤ちゃんでいる時間は短くて。その間に母親から得るものって

甚大なのに。

ベビーシッターとか他人からの「お世話」にかえてよいものでしょうか。

 

そもそも私は、【大きな仕事】と子育ては掛け持ちできるような代物

ではないと思ってます。

子育ては大きな仕事だから専業であるべき。

ただね。ここでジヨンに立ち返ると

 

立派な大学を出て、自慢できるスキルがあって。

能力に自信がある人は、家庭に入ったらとたんに

空虚感にさいなまれるのかもしれない。

子供の笑顔とか、お金にかえられない報酬を得ているのに

お金を稼ぐという具体性から離れ、目に見える【結果】がなくなると

不安になるのかもしれない。

「私は馬鹿なの。なんの能力もないの」って笑っていえる人は

そんな不安も持たずに明るく楽しく子育てに打ち込めるのかもしれない。

 

私自身、出産適齢期に

出産をして社会から数年離れるという事が恐ろしくて

出来なかったので。私の辞書に結婚出産はまったくなくて。

男らしく(戸籍上の性別は女ですけど)生きてきました。

 

結局、そんな私は『アリとキリギリス』でいうキリギリスで

年老いた時、看取ってくれる子供もなく。

自分を埋葬できるだけのお金を残すよう努力して、

最期を迎えます。しかし

出産をしなかった自分の人生をまったく後悔していませんし。

自分を介護させる人材を作っておくための子育てという発想もないし。

自分の親に対しても、

自分のやりたいことを親のために犠牲にして介護するという

考えもない、冷たい人間です。

 

こんな人間だからキムジヨンを題材にディスカッションしてる番組は

本当に不快でした。

 

あぁ。なんか書いてみてスッキリしたけど炎上怖い。

 

 

 

 

 

コンユ愛。

またまた、私は映画を見るためにだけ韓国に平気でいっちゃいます。

しかし、映画の公開日がなかなか決まらない。

早く決めてくれよ~。

9月末。ようやく10月公開が決まったものの日にちは出ない。

日付がないまま、ポスターが公開されます。

それでも、私は愛の力で決めちまいました。

10月公開と出た日、飛行機押さえちまいました。

勇気。それはコンユ愛。

言い訳みたいに、決めたことは

東京から大阪に帰省するついでに。韓国を経由しちまおう。

LCCで大阪に帰るにも成田は遠い。

ピーチに乗れば羽田から行ける。

しかも、当日中に仁川から関空に行けるじゃないか。ほっほー。

新幹線よりちょっと出す程度で行けます。

韓国5000円ぐらいの気持ち。

映画ダメでもいいさ。KANUだけ買って来ればいいさ。

そして、ドキドキ。

映画公開の日が決定しました。10月23日。

OH!!!!!!!

私が韓国に行く日でーす。

コンユ、配慮してくれたのぉ~ こまうぉよ~

奇跡ですねっ。韓国に行くときはだいたいそうです。奇跡満載。

 

でもね。スタートはちょっと躓き~。

まず、10/22の深夜に羽田到着。だがしかーし。

飛行機遅延。ピーチのホームページを見ると、なんとなんと

私の便の飛ぶ時間にやっと仁川をでた。つまりあと2時間は来ない。

スタートから2時間遅れ。

4時に韓国ついて、仮眠しようと思っていたのに。

12時から1時間ゴロゴロ。

飛行機で1時間うつらうつら。

韓国付いたらもう朝で寝れない。

私はほぼ寝ないままに韓国の朝を迎えたのでした。

 

仁川空港のサウナで仮眠して。顔洗って。

さっぱり映画見ようと思ってたのに。荷物もってトイレに洗顔。

こっちもいっぱい。あっちもいっぱい。仁川の南北だか東西をさまよう。

待ち合わせを約束していた韓国人チングからメールが来ました。

「もう空港ついたよ」

持ってきたパンを食べるイスもあいてない。

顏ガサガサ。

慌ててパンを食べ、韓国入国~。

チングのプランであさイチか昼イチの映画鑑賞を聞かれましたが

ランチ後だと間違いなく寝てしまうので空港内の劇場に入りました。

おそらく、韓国で封切後イチニを争う最初の上映だと思います。

感想は別日のブログをご覧ください。

 

やはり、日帰りは辛いです。とはいえ、せっかくのチングとの再会。

普通は明洞とか、弘大とか。いろんなとこに行くんでしょうけど

私の希望は「KANU買いたい」それだけです。

それと、大好きなお気に入りのハブラシがロッテマートにしかないので

ロッテマート希望で。

なんと金浦空港に移動して。モール内散策。

まさかのwエアポート。

レストラン街でチープな地元OLのようなランチを食べ、コーヒーと

ハブラシを買う(しかし、希望のハブラシは売ってなかった)

そして、仁川に戻りチェックイン可能時刻まで空港でおしゃべり。

 

ここで大切なポイント。

大手エアラインだと、羽田に預けた荷物を最終目的地関西空港まで

預けることが可能なので、韓国ではミニカバンのみでよいですが

LCCのピーチの場合、それができません。

しかも、関空到着後は終電までの時間綱渡りになるため

私は帰国便の荷物は預けない選択をしました。

そのため、液体を買うことができず。チングがプレゼントしてくれた

高級美白化粧水を返品せざるを得なくなりました。

ちんぐ、みあね。

お昼にお腹いっぱいになりすぎて、晩御飯も結局ちんぐとはせず。

出国手続き後に、空港売店でサンドイッチを買うという

パンで始まりパンで終わった韓国。

10時間足らずの滞在は睡魔との闘いでした。