■IAEA元事務次長「防止策、東電20年間放置 人災だ」 | 原発事故は東電が招いた人災

■IAEA元事務次長「防止策、東電20年間放置 人災だ」

IAEAの事務次長を務めたスイスの原子力工学専門家ブルーノ・ペロードは「福島原発事故は東電の尊大さが招いた東電型事故だ」とお怒りです。ペロードの言うところの東電が無視した助言は下記の通りです。

■IAEAが対応が必要と指摘されたのに東電が無視したこと
 *原子炉格納容器の強化
 *原子炉建屋の強化
 *水源や電源の多様化
 *水素爆発を防ぐための水素再結合器の設置
 *排気口に放射性物質を吸収するフィルターの設置

■東電がIAEAにやると約束したのにしなかったこと
 *自然災害対策を強化する

ついでに、
■東電がやった、やっていること
 *コスト削減のため非常用安全装置の取り外し
 *マスコミ、政治家、学者、官僚、地元民の買収、懐柔または嫌がらせ
 *事故の隠蔽
 *(1日納期が遅れれば1億円の損害と)下請けへの手抜き強要
 *内部告発した技術者への恫喝
 *原発止めた知事を奸計めぐらせて政治的に抹殺
 *労組と組んで請負労働者の使い捨て
 *外国人労働者の違法雇用
 *放射の拡散…キリガナイ

これが人災でなければ何が人災になるのかと、「太陽が黄色かった」と人を殺しても、悪いのは太陽で不可抗力だと? 「大乗の救済」とサリン撒くのも、病んだ社会を救うためには仕方が無かったと?

ということで、検察はコイツらを、とっとと逮捕しろってばさってことで、続く。。。次のエントリーの「原発事故調 骨抜き構想 経済省が提示、首相が拒否」へ

■IAEA元事務次長「防止策、東電20年間放置 人災だ」


http://sankei.jp.msn.com/world/news/110611/erp11061120200006-n1.htm


【ロンドン=木村正人】1993~99年に国際原子力機関(IAEA)の事務次長を務めたスイスの原子力工学専門家ブルーノ・ペロード氏が産経新聞のインタビューに応じ、福島第1原子力発電所事故について「東京電力は少なくとも20年前に電源や水源の多様化、原子炉格納容器と建屋の強化、水素爆発を防ぐための水素再結合器の設置などを助言されていたのに耳を貸さなかった」と述べ、「天災というより東電が招いた人災だ」と批判した。

日本政府は7日、事故に関する調査報告書をIAEAに提出、防止策の強化を列挙したが、氏の証言で主要な防止策は20年前に指摘されていたことが判明し、東電の不作為が改めて浮き彫りになった。

氏は「事故後の対応より事故前に東電が対策を怠ってきたことが深刻だ」と述べ、福島第1原発が運転していた米ゼネラル・エレクトリック(GE)製の沸騰水型原子炉マーク1型については、1970年代から水素ガス爆発の危険性が議論されていたと指摘した。

スイスの電力会社もマーク1型を採用したが、格納容器を二重にするなど強度不足を補ったという。当時スイスで原発コンサルティング会社を経営していた氏は改良作業を担当し、1992年ごろ、同じマーク1型を使用している東電に対して、格納容器や建屋の強化を助言した。

このほか、水源や電源の多様化▽水素ガス爆発を防ぐため水素を酸素と結合させて水に戻す水素再結合器を建屋内に設置▽排気口に放射性物質を吸収するフィルターを設置-するよう提案した。しかし、東電は「GEは何も言ってこないので、マーク1型を改良する必要はない」と説明し、氏がIAEAの事務次長になってからもこうした対策を取らなかったという。

一方、2007年のIAEA会合で、福島県内の原発について地震や津波の被害が予想されるのに対策が十分でないと指摘した際、東電側は「自然災害対策を強化する」と約束した。

しかし、東日本大震災で東電が送電線用の溝を設けるなど基本的な津波対策を怠っていたことが判明。氏は「臨時の送電線を敷いて原発への電力供給を回復するまでに1週間以上を要したことはとても理解できない」と指摘し、「チェルノブイリ原発事故はソ連型事故だったが、福島原発事故は世界に目を向けなかった東電の尊大さが招いた東電型事故だ」と言い切った。


■"Homeless people, minors and unskilled foreign workers in disaster central Fukushima"
http://www.allvoices.com/contributed-news/8543475/content/75096508

■福島原発の作業員被ばくを放置するな 5月28日 東京新聞
http://www.tokyo-np.co.jp/article/tokuho/list/CK2011052802000034.html

昭和女子大学の木下武男特任教授によると東電では1960年代に請負化が進んだ。かつては社員が電柱で作業したが、「感電死などの労災が問題とされたため」という原発についても労働組合が「被ばくが多い場所は請負にしてほしい」と要求、労使一体となって危険な作業を請負化させた。