森鴎外と言えば、「石炭をば早や積み果てつ」(受験勉強のために冒頭を覚えた)の『舞姫』。
高校生の時に読み、明治時代の男たちのプライドの高さったら、もうとんでもない。エリスかわいそう…以外の感想が起こらず、こういう作品が文学の礎になっていて、いまでも多くの人に読まれていることに難癖をつけたくなったことを思い出した。
 
難癖をつけたいと言いながらなぜか家にある森鴎外『青年』。
『文学問答』で日本文学の知識と読書量の少なさに愕然としたところだったので、とりあえず読んでみるか、と思って手に取った。
 
『青年』も、明治時代の男のプライドの高さがバリバリに溢れた一冊。
小説家になろうと田舎から出てきた青年・小泉純一が"都会"に翻弄される物語。
 
純一は田舎が裕福で日々の生活に困らないので、仕事ももたず学校にも通わずとりあえず東京に来た、という社会を舐めきった青年である。
始めは新聞連載をしている文豪のもとへ通い、弟子入りを志願するも軽くあしらわれる。手持ち無沙汰なところに田舎の旧友・瀬戸と偶然再会し、誘われるままに講演会や演劇にちびちびと顔を出す。
 
そこでひときわ派手な格好をした女性・坂井夫人に出会う。坂井夫人は夫を亡くした未亡人で、坂井夫人は純一を気に入りお家にいらっしゃいと誘う。
ここでも誘いを断らずのこのことお家に上がり、あろうことか純一は坂井夫人と肉体関係を持ってしまうのだ…。
 
純一、何やっとんねん!さっさと小説書きなさいよ!都会の賑わいに浮かれ、坂井夫人に貞操を捧げてしまったことに浮かれて純一は自分の思考がそれらでいっぱいになる。
 
物語から察するに純一はそこそこのイケメンであり、坂井夫人のほか出会いには事欠かない。
けれど「初めて」を捧げた坂井夫人に対する意識は別格で、坂井夫人に突然会いに行ったり、しまいには年末年始に箱根まで追いかけてしまうのだ。
 
純一はそこで坂井夫人に「あなたはちょっと遊んであげただけよん」と言わんばかりの振る舞いをされ、翻弄されたと自覚する。
ああ、そうだ小説を書こう、とようやく思い立ち、少し寂しげに東京に戻るのだ…。
 
これらのことが、日本語に仏・英単語を織り交ぜたルー大柴のような調子で語られる。教養ありますよ、と見せつける言葉遣いが鼻につく。無職のくせに格好つけるな!とツッコミつつ、こういう時期もあっても良いのかもね、青年は、と母性が少しくすぐられた。たぶん、純一をイケメン設定にして脳内イメージを膨らませているからだ。うだつの上がらなさ、良いね、ただしイケメンに限る。ってやつだ。
 
坂井夫人には恋愛感情はないと言い訳がましく書きながら、結局欲を抑えきれなかったのね…という結末に、「男って、バカだなぁ」の一言が一番しっくりきた。
そして明治時代の男のプライドの高さを敢えて包み込んで翻弄する坂井夫人のしたたかさには感服した。
 
男のプライドの高さ、裕福であること、容姿が整っていることが大正義の時代をくっきりと表したような一冊だった。
 
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台湾に居た青年。
黙々と淡々と仕事をする青年の姿はとても格好良い。