こんばんは。ノーレミの伊織です。

先日は新大久保clubVOICEでライブでした。
出演者様、観に来てくれた人、たまたま観てくれた人。ありがとうございました。


対バンの ばんどないれんあい の こめいちゃん がステキなブログを書いていたので筆をとってみましたが、気の利いた事を言えなそうで撃沈してます。
ってかブログだけじゃなくて良い歌だし良いメンバーさんたちだし。別にお世辞じゃなくて。本人にも言ったけど連チャンのためちゃんと聴けなかったのが悲しい。

そうそう、続き。
そうだなぁ、当日思っていた事、伝えたかった事書こうかと思います。

1 セットリストを変えたこと
2 深呼吸でのMCについて
3 いつになっても叶わないこと

1 セットリストを変えたこと
一ヶ月前までのセットリスト
ユメノツヅキ
十三月ノ雨
深呼吸
線香花火
永遠〜experience〜
でした。実は10月末に私のワガママで2曲目の十三月ノ雨を 過ぎ去りずここに残る過処 に変更した。

これには私的に深い訳がある。

時は10月末、私は毎年地元のあるお祭りで友達と出店を出している。そこで今年思いがけない出会いがあった。
小学校3年生の時の担任が買いに来たのである。話しかけ当時の話をした。実に20年ぶりくらいか。20年も会わなきゃ人を変える。
私達の商品を手に取り食べるのかと思いきやおもむろに彼はカメラと「額縁」を取り出した。
彼は亡くなった奥様と商品を記念に写真を撮っていた。
奥様の話を伺った。うまく話せなかった気がする。
話を終わらせてFacebookの交換の約束をしてさよならした。
次の日Facebookでつながった。彼の歴史を訪ねてみると奥様がなくなってから、思い出の地を思い出の物と額縁で写真を撮っている投稿ばっかだった。
秩父のあの花の聖地で絵馬に書き込みをしていた「奥様が大好きなめんまに天国で会えますように」って。
きっとまだ奥様と旅をする。そろそろ遊びたいけどね^_^笑 って言ったのはきっと強がりだ。時間とか知り合いは過去にするだろうけど関係ないからね。
そんな事からこの曲を歌うべきだと思った。歌いたかった。
歳を取るにつれて人への感情移入が増していってる。
12月からボランティアしにいく。これはまた今度。

2 深呼吸でのMCについて
ライブハウスは夢がぶつかり合うとこだと思う。それはその通り。今回伝えきれなかったのは「友達の風俗嬢がホストと結婚するのが夢」という部分での話。
その話の部分で少し笑い声が聞こえた。それが悔しいとかでなくて、人には色々な捉え方があるから私の思いを残しておこうかなと。
そんな難しい事じゃなくて単に「人の事を体を張ってまで愛せる、好きになる」それって素敵な事だなって思うの。
それが叶うとか叶わないとか損してるとか騙されてるとかはその先の話で、確かに相談されてもどかしい気持ちにもなるけど、素敵だなって思うの。
前に違う人に「え、そんなに綺麗なもんじゃないよ」って言われたこともあるけど、きっとそれも答えだ。

3 いつになっても叶わないこと
今回のライブ、いや、これまでのライブ達成感は少しあるものの、家帰って反省するとやりきれなかったと毎回感じる。
どんな演出、どんなMC、どんな感想をもらっても届けられてない思いがある。
本当に伝えたい言葉、それの思いを表現しきれてない。そう感じる。 ホリエモンがいつか言ってた「ツイッターは140字でどこまで伝えられるかを楽しむツールだ」と。
私で言えばライブの30分でそれを実現しない限り小学生の演奏会に限りなく近い形で終わってしまう。

んじゃどこまで?と言われると答えはない気がしてならない。もしかしたらそういう思いを楽しむのもライブなのかもしれない。

もう一つ絶対に叶わないのは「あの時との距離」時は進むもので逆らえない。ユメノツヅキを夢みて生きていく。
本当はまだ夢の中だけじゃなく会いたい人もいる。

でもライブをしている時のこと、私はよく「音の中を波を泳ぐ」って言うんだけど。
ライブしている時だけプールに入ったときと同じ感覚なんだよね。上、見てぼーっとしてる感じ。ふわふわ泳いで。目をつむると揺れる。その時だけあの時に戻れて歌詞の言葉を誰ぞやに伝えて、感謝を伝える。文句も言う。大泣きする。こんなになったよって伝える。

長くなりました。
そうだ、バンドしてる意味もう一つあった。
いつもふざけてる私が何言ってもみんな笑うから、唯一本当に思っていることを伝えられる最終手段だった。

思いは古より心深くに その分距離は遙か遠く。

その思いを伝えるのに協力してくれているメンバー
(でも、なんで一緒にいてくれてるんだろうって思うときもあるけど、それはそれでまだいいのかもね。)
同じ時代をともに生きる仲間
繰り返す生命の果で僕らまた巡りあえるよね。



線香花火、聴いてみてよ。