以前から、何度か記事にしていますが、ついにカルテ開示請求の手続きをしました。

とても迷いましたが、どうしても自分の体のことが知りたいし、もはや病院の先生に詳しく説明を受けることは無理な状況だと判断しました。


主治医が転勤された今になって、カルテ開示請求をするのは、少し後ろめたさのようなものも感じそうで躊躇していました。

病院全体にカルテ開示は悪という空気が流れていそうで、主治医がいないときにそんなことをするのは、陰口をたたくような、何とも嫌な行為ではないのかと不安でした。


その一方で、カルテ開示請求を考え出したのは、決して感情的なことではなく、考え抜いたうえでの決断だったのに、ここで辞めたら、やっぱりまめのすることは感情的で、トラブルを起こすに過ぎないと先生方に思われるのも嫌でした。


もう一度、落ち着いて考えました。

どうして、カルテ開示がしたいのか?


一番は、自分の乳がんの経過が知りたい。

全てが、ちぐはぐになってしまった経過だったけれど、経過を歩いて自分もちゃんと考えて対処したという実感を味わいたい。


二番目は、摘出したがんの病理検査結果などについてちゃんと知りたい。

知ってどうするのと思うかもしれませんが、私の体の一部です。

がんは憎いものかもしれませんが、明らかに見える大きさになって5年間も育てた私は、自分のがん細胞を急に憎らしいものとは思えません。

変な話、急に嫌いになったらがん細胞がかわいそうだし、反撃されそうな気がします。


3番目に、対側乳房のことを知りたい。

すでに、CTとPETで集積がある乳房のことをきちんと知りたいです。

医師ではないので、判断も治療も自分ではできません。

良性という言葉を100%信じて疑うこともしなかった結果、5年間もがんを育てたという結果に対して後悔がうっすらと残っています。

今は、もう、後悔という気持ちに対して痛くもかゆくも全然ありません。

でも、後悔の傷跡は残っています。

もし、今度対側乳房ががんになったときに、10年後だろうが、20年後だろうが、どうしてきちんと説明を受けなかったのか、また同じことを繰り返してって後悔しまくることが目に見えています。

その時は、本当に後悔から立ち直ることはできない気がして怖いのです。


もう一つは、自分のがんは見落としではないと確信を持ちたいのです。

自分では見落としではなくがんの特徴だと思っていますが、5年間も経過観察したので周りのみんなから見落としじゃないの?と言われます。

それが、とっても嫌なんです!

だから、みんなにこういう特徴だから仕方ないんだよって説明できるようになりたいです。



やっぱりカルテ開示請求がしたいと思いました。

自分の気持ちに素直に行動しようと思いました。


そして、今は、主治医が半年検診、1年検診での私の発言をどのように記載されているのか、どのように次の医師に申し送りをしているのかもとても関心を持っています。

これについては、恐らく傷つくようなこともあるだろうと覚悟を決めています。

もし、そんなことがあってもそれが事実なので受け入れる覚悟はできています。


だから思い切って手続きをすることにしました。