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2016-05-26 15:16:50

気が付けば・・・⑱

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気が付けば・・・⑰   続き




全日本キックボクシング連盟がスパークし、消滅し、



NOMANの膝もスパークし、格闘技界から消滅しそうな状況でしたが、



Krushは継続的に行われており、



NOMAN氏は怪我が完治したと同時に、2011年1月9日に行われた、「Krush初代王座決定トーナメント ~Round.2~」のオープニングファイトにて、



怪我からの復帰戦、そしてKrush初参戦が決定したのであります。



NOMAN氏は今後、Krushで頑張って行こうと決めたのです。



するとどうでしょう・・・



今まで指導者を信じず、適当に何となく人生を過ごしてた田舎者の男性が、



ジムや指導者を信じ、Krushを信じて戦ったら、



丁度4年後にKrush.65㎏のベルトを巻き、



高校生の時に憧れて見ていたK-1にも出場しとるやないか・・・







気が付けば・・・10年。


地道に一つの事を地味に頑張ってたら、


嫌な事や苦しい事の方が圧倒的に多いけど、


良い事もときどきあるんだなぁ



のまを






もう長すぎるので終わり。



ご清聴ありがとうございました。


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2016-05-21 01:10:35

気がつけば・・・⑰

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気か付けば・・・16 続き

ついに新しいジム、DTSジムに移籍してからの復帰戦当日。


NOMAN氏と同じ、ムエタイスタイルをベースにした翔センチャイジム選手との一戦。


翔選手は実力者であり、苦戦も視野に入れ、いざゴング。。。


予想通り、苦戦し、延長判定になり、


得意の判定勝利。


2009年6月21日「全日本キック 小林聡プロデュース「野良犬電撃作戦2009」

○【4R判定3-0】翔太(S.V.G.)




ギリギリの戦いで、明確に勝ったと言えませんが、復帰戦を勝利で勝利する事に成功し、


NOMAN氏を拾って頂いた全日本キックボクシング連盟を信じて、


更に頑張って行こうとした翌日・・・


全国各地にいる数少ない身内から数件のメールや電話連絡が・・・


NOMAN氏が所属している団体がテレビのニュースに出てたよと・・・


事件が発生したのであります。


無駄な情報発信が原因で不利益を被る可能性も上がってしまうので、どんな事件が発生したかは、このネット社会という特性を生かし、自分の手で情報を入手頂けるように願います。


NOMAN氏が復帰戦3日前総書記問題を25ペリカという少額の金銭で完全解決し、


12歳から感情を失い、25歳まで人を信じて生きておらず、様々な失敗を繰り返し、このままでは人クソ人間コンテストにエントリーされてしまうような人間になってりまうと初めて気付き・・・


復帰戦も無事に勝利で飾り、ここを信じてやって行こうと決意した全日本キックボクシング連盟が消滅してしまったのであります。


これはもう、、、図画工作とでもいいましょうか・・・・


通称:ズコー。。。としか言いようがナッシングなのです。


ジム移籍 → お母さん助けて詐欺 → 25ペリカ支払い →復帰 → 翌日に所属団体消滅


こんな素晴らしきタイミングがるでしょうか。。。


占いを信じず、詐欺だとバカにしているNOMAN氏は大殺界を疑いました。


これからNOMAN氏はどうなってしまうのか・・・


路頭に迷うそうになりながらも、試合後間もなく練習を再開し、一カ月程度経ったところ・・・


いつもの様にミットを蹴り、足を折り畳み相手のお腹にスネを乗せるディフェンスをした瞬間、


プチッと膝からメロディーが奏でられ、骨折の痛みを超える、初めて味わうオシャレな激痛が膝に起きたのであります。


もう、地面を足に付けるだけでも死にそうになるくらい激痛になり、


診断の結果、半月板損傷からの靭帯損傷というプレゼントを頂き、


半月板縫合手術が確定してしまったのであります。


ジム移籍 → お母さん助けて詐欺 → 25ペリカ → 復帰 → 翌日に所属団体消滅 → ヒザスパーク → 手術 ←New


あれだけ占いは詐欺だ、嘘だ、心理学だとバカにして来た自分が、大殺界である事を自信から確信に進化したのであります。


日頃の行いが悪い為か、悪い事が度重なるのであります。


NOMANは2009年12月末、手術を行い、病院の先生からは早い人や外人さんなんかは手術した翌日に歩いて帰るなどと言っており、その気でおりましたが、


手術終了後、全身麻酔から起きたその瞬間から始まる寝返りも出来ない程の激痛にポコチンにハメ込まれた管・・・


これは完全に手術ミスを犯されたと確信し、翌日に帰るつもりが、約10日間の入院となってしまったのであります。


退院するも、手術失敗したのではないかと思うくらいの激痛・・・NOMANは本当に治らなかったら引退も決意するくらいの激痛に耐えながら帰宅し、


当時、NOMANは住んでるだけでモテるのではないかと勘違いしていた中目黒のマンションへ帰宅したのです。


帰宅後、2日間くらい家から出ず、やや痛みにもなれコンビニにでも行こうとし、


マンションから脱出し、コンビニに行く事に成功したのであります。


お目当の食材や雑誌等を買い、マンションへと歩を進めたのでありますが、


マンションが目の前に近づいて来たその時、異変に気付いたのであります。


なんと、山手通り沿いのマンション前に停めていたバイク、通称:NOMAN号が失踪しているのです。


下記の写真を見て頂いたらどれだけ愛していたか一目で分る様に、我が子の様に愛していたバイクが失踪しているのです。










末端価格70万弱もする上記記載のビックスクーターを2年ローンで購入し、まだローンが数ヶ月残っているのにもかかわらず手術し入院している間に、綺麗さっぱり窃盗団に盗まれているのです。


泣きっ面に蜂とはまさにこの事でしょうか・・・


ジム移籍 → お母さん助けて詐欺 → 25ペリカ → 復帰 → 翌日に所属団体消滅 → ヒザスパーク → 手術   →愛車盗難 ←New


もう本当に大殺界というかデスループなのです。


警察なんて被害届を受け付けるだけで本気では動いてはくれません。


ある程度歩ける様になり、NOMAN氏は我が子の様に愛した愛車を探しました・・・


中国や東南アジアに輸出されたのか、それともバラバラにされてパーツごとに売り飛ばされてしまったのか・・・


完全に希望を失い、もうそんな無駄な予想しか出来ないのであります。


そんな事件が多く発生した2009年も終わり、


手術から約1年、、、


NOMAN氏はついに怪我が完治し、全日本キックボクシングが消滅しても継続していたKrushに参戦が決まり、


2011年1月9日(日)「Krush初代王座決定トーナメント ~Round.2~」のオープニングファイトにて本格的に復帰する事に成功したのであります。



~続いてしまいます~








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2016-05-16 15:41:27

気が付けば・・・⑯

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気が付けば・・・⑮ 続き



本当に無駄で何の意味もないこのブログを読んで頂いている格闘技関係者の皆様も、、、




俺のジムはもっと酷かった、昔はもっと酷かった、私のジムでは支援者から頂いた激励賞を会長に抜かれていた、暖房を付けたら会長にプラスチックバットでフルスイングでシバかれたなどなど、多数の声が東西南北から聞こえて来そうですが、




皆、、、心の中にしまい込んでしまっている人が殆どだと思われるのですが、




NOMAN氏は雇い主側や経営者側の意見を全く盛り込まず、プレーヤー側の一方的な個人的な感情を空気を読まずに、暗殺されるリスクを抱えながらネット世界に発信してしまったのであります。。。




キックボクシングを始めて総書記時代の経験を多数書いて参りましたが、



事実、この10年間のキックボクシング生活の中で、NOMAN氏が経験した事よりももっと酷い経験をした事のある人も何人も存在している事を知り、まだまだレベルが低く、どの世界にも同じですが上には上がいると思い知らされたのです。




更に読者の皆様の中には、NOMAN氏はゆとりだ、甘い、死ね、デブ、ブスと言いたくて仕方のない人も多くいると推定され、若干名ですがNOMANの顔に生まれたら自殺願望を抱いてしまう人もいると確認されており、




NOMAN氏を社会的に抹殺したい、貶めたい、揚げ足を取りたくて仕方のない人は、どうか攻撃するのをお控えするようにお願い申し上げます。




結局言いたい事は何か、、、





同情を誘う時は金を貰いなさいと、小学生の時にドラマで学んだのですが、




NOMAN氏は苦労した事をアピールし、同情するなら金を頂きたいのですと言いたいわけではなく、





第二のキックボクシング人生をスタートする為、この失敗を生かす為に自己分析をし、ある事に気づいたのであります。




お気づきの人も多数おられるかもしれませんが、NOMAN氏は中学時代から時代を先取り、マラソンや陸上競技を始め、キックボクシングを始めた総書記時代まで、師や監督などを信じていない事が明らかなのであります。




NOMAN氏は中学生の頃、日教組の影響かは不明ですが、担任の由美先生が普段から世の中は男女平等であると主張しており、



ある時、女性が由美先生に怒られている時に、明らかに男子と女子の怒り方が違うと指摘し、



男女平等を叫んでいた担任の由美先生を怒らせてしまい、放課後に職員室に呼ばれ、内容は覚えておりませんが1時間程度説教され、涙した事が原因か、




NOMAN氏は中学一年生で感情を失い、大人に心を開かず、無表情になり、ポーカーフェイスになってしまった事はあまり知られていませんが、




思い起こせば、その頃から、大人を信じる事が出来ず、尾崎豊を聴き始め、絵に描いたような尾崎豊コースを歩み、




中学からキックボクシング総書記時代まで師を信じず、多数の失敗を繰り返し、




恐らく、人生の中で何度も言われているであろう師匠を信じる事の大切さを恥ずかしながら、この失敗で25歳前後に初めて気づき、実感したのであります。





自身の問題点もわかり改善の足掛かりのオマケ付きでこれでようやくこじれていた総書記問題が復帰戦3日前に25ペリカで事実上解決し、





VS翔センチャイジムにて復帰戦に臨む事になったのであります。






もう読者も自分自身も飽き、ペンも止まっていると確信していますが・・・






~続くのです~

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2016-05-07 10:29:57

気が付けば・・・⑮

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皆さんのSNS更新頻度が明らかに激減し、社会全体がSNSに飽きていると明らかにわかる中、わたしは何故こんな個人情報をシリーズ化し頻繁にネット世界に発信しているのか意味が分からず、改めて後悔しているので、


もうこれは、 このブログを読んでしまっている人にも時間の無駄だったと後悔させてやろうかと考えています。


そんな話はさて置きたくないのですが、NOMAN氏は総書記から課せられた最後の授業なのか、架空請求なのかお母さん助けて詐欺なのか、NOMAN氏は、この課題をクリアしようと行動を開始しました。


NOMAN氏は総書記が古い人間は辞めさすとの発言からケンカ別れだと思い、もうJMC横浜ジムとは関係ないと認識し、総書記の場合は辞める際にまた戻ってくると発言したと妄想し、または契約書に記載している為、選手の保有権を主張していたのでありますが、


NOMAN氏にも至らぬ点は多々あるし、自分が100%間違っていない事をしていると思っておらず、総書記の立場に立てば、挨拶もなしに移籍しやがってと、いい気はしないのは確かだとは思われますが、あの頃は若さと勢いに任せ、マイペンライ精神とでも言いましょうか…あの時はそんな気持ちで行動してたのは確かなのであります。


しかし、お互いの主張をぶつけ合っても解決できません!!


争点は契約書一点に絞られるのであります。


はっきり言って、あの頃は契約書の内容なんて特に気にせずハンコを押してしまっていたし、ケンカ別れで若さと勢いに任せての行動なので、こりゃ分が悪いかもと思いながら契約書を確認し、


総書記に怒られた時に『だからお前は友達少ないんだよ。』といわれる程、友達が少なかったNOMAN氏は、


数少ないお友達や、ジム関係の皆様、しっかりとした大人達に意見を求めさせて頂いたのであります。


色々と相談していると、あくまでも噂でありますが、伝説の興業、RIDE ON TIMEの失敗等で多額の負債を抱えた等の噂があり、お金を取れる所から取ろうとしているのではないかなど予想したりしたのです。


そして、学力が中学生2年生くらいで止まってしまっているNOMAN氏は当時、東京大学の女学生にちょっかいを出しており、


その女学生の協力の元、知り合いであった東京大学出身の弁護士に協力を求め、書類を見せ、内容を確認して貰った結果、


契約期間は平成20年2月1日~平成21年2月2日となっており、契約期間は過ぎ、法的に支払う義務はなしという結論に達し、


業界には業界のルールがあったりするのかもしれませんが、


筋道とケジメをつけていないNOMAN氏は総書記を相手にせず、若さとマイペンライ精神を駆使し、


伝家の宝刀、完全シカト作戦を遂行したのでありますが、


相手にしなくていいと色んな人に言われても、試合をするなら訴訟を起こす書いてあるし、あの男ならやりかねないなという思いもあり、ちょっと裁判になったら面倒だなと感じたのは確かなのでありますが、


シカト作戦を信じてやりきったのであります。


しかしながら、この様に様々な人達に協力して頂き、もしかしたら総書記は社会の厳しさや、人の温かさ、人間一人では生きていけず、様々な人がいて自分は成り立っているんだと教えようと、この課題を与えて頂いたのではないかと感じ、


なんてオシャレな人間なんだと感動したのであります。


復帰に向け、総書記が仕掛けたお母さん助けて詐欺も自己解決にてクリアし、練習も減量も順調に進み、


あとは体重の微調整等の最終調整に入った試合三日前、、、、






事件です。


NOMAN氏が最終調整へとジムに入り、DTSジムに練習を始めようとした時、、、、




よう、野間!!』   と・・・聞いた事のある声が・・・



なんと、、、スーツに赤いネクタイを召された総書記が登場したのであります。


なんと、なんと、NOMAN氏(野間氏)がジムに来るのを待ち、離れた所からずっと見張っておりNOMAN氏の登場とともにDTSジムに乗り込んで来たのであります。


いや・・・もしかしたら上空からパラシュートで降りて来たのかもしれません。



お母さん助けて詐欺ならば受け子役の登場であります。


こりゃ面倒な事になってしまったのであります。


乗り込んで来られたので、もう完全シカト作戦は通用しません。


スーツにオールバックの男性がいきなり乗り込んでジムの皆さんに迷惑もかかると言う事で、


ジムの目の前にある喫茶店でジム代表とともに話し合う事に。。。


内容証明の中で150ペリカを要求してはいましたが、今回は105ペリカを要求され、



NOMAN氏はもしかしたら不備を働けば罰金になるかもとか金銭的に縛られていた洗脳も解け、総書記に対して全く臆する事なくなった為、


話し合いの中で、法的に支払う義務はないですから、裁判するなら全然してもいいですよなどと強気に出たりしたのであります。


するとどうでしょう?移籍金なのか違約金なのか、、、その価格はどんどんディスカウントされていき、


最終的には25ペリカでどうだ?と総書記が提案してきたのであります。


150ペリカから25ペリカ?


かなりディスカウントされているのです。


150ペリカから25ペリカって、こりゃお前・・・閉店間際のバーゲンセールか?  



いや、、、違うか。。。



お前はトーカ堂の北社長か!!



やはり完全に着地点を見失っているので先に進みますが、


1ペリカも絶対に支払わないと心に誓っていたのでありますが、


NOMAN氏は瀬戸内海で育った優しい心が存在し、今まで育てて貰った恩はあるなと感じてはいた為か、


今まで育った恩と、これで面倒な対応や問題が綺麗さっぱり解決するならと思えば25ペリカは安いもんだと思い、



詐欺師の常とう手段である不安を煽り、お得感や安心感を持たせる作戦に引っかかってしまい・・・


25ペリカを支払う事で合意し、喧嘩をしていた総書記と和解したのであります。


これで、ようやく全ての問題が解決し、NOMAN氏は無事にDTSジムでの第二のキックボクサー人生がスタートしたのであります。





~まだ続くと思いますか??~


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2016-05-04 18:10:23

気が付けば・・・⑭

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気が付けば・・・13   続き



NOMAN氏は太平洋の波に揺られ、エンドレスで続く時化に、こりゃ船がひっくり返って沈没するのではないかと言う思いもしながら、





キックボクシング業界への復帰を決意し、NOMAN氏は行動を開始したのであります。



2009年になり、NOMAN氏はJMC横浜ジムが後足で砂をかけて脱退した、全日本キックボクシング連盟のマッチメーカーであった現KrushプロデューサーM田氏に相談に行き、



JMC横浜ジムを辞めた経緯を説明し、復帰したいとの意思を伝えたら、快く迎えて下さったのであります。



まさに、捨てる神あれば拾う神ありという事でしょうか・・・?  



いや、、、愛がない故に美しい……美しさがない故に……愛がある!まさに……聖人だけが持てる矛盾!!  



とでも言いましょうか・・・実際の意味はよくわからないのですがそんな感じなのであります。



M田氏と相談した結果、現在NOMAN氏が所属しているDTSジム へ入る事になったのであります。



所属ジムも決まり、もしかしたら住むだけでモテるのではないかと思われた三軒茶屋に家を構え、DTSジム がある江東区へバイクで通い、試合に向けて練習を開始したのであります。



そして、2009年6月21日、「全日本キック 小林聡プロデュース「野良犬電撃作戦2009」でvs翔センチャイジム にて復帰戦が決まったのであります。



試合一カ月前くらいにネット等で発表され、NOMAN氏はやる気に満ち溢れ、練習を頑張っていたのであります。



す、するとどうでしょう?



2009年6月7日・・・愛媛県は伯方島に実在するオカンから連絡が・・・



総書記から試合をするなら訴訟を起こすとの趣旨を書いたお便り(内容証明)が実家のオカン宛に届いたよと報告があったのです。


 

NOMAN氏は内容を確認する為すぐさま、お便り(内容証明)を実家から取り寄せ中身を確認したのであります。



内容を確認すると…



ーーーーーーーーーーーー

野間オカン様

                              平成21年6月6日

拝啓


 ますますご健勝の事とお慶び申し上げます。突然お手紙を差し上げるご無礼をお許し下さい。


ーーーーーー     省略     ーーーーーー


2008年8月にJMC横浜ジムを一時辞めて、ご実家のお仕事の手伝いの為、船舶の免許をを取得することで、一年ほど帰郷すると聞いておりました。そんな野間一暢氏ですが、2009年2月より他のジムでキックボクシング選手活動をしておりました。また、2009年6月21日の全日本キックボクシング連盟主催大会に出場する事にもなっております。しかしながら弊社は野間一暢氏と選手契約をしていることから、他のジムに移籍する際には、移籍金を支払う事を契約に謳っております。


ーーーーーー     省略     ーーーーーー


現在も話し合いをして頂けない状態が続いております。その事から今の状態のままですと、弊社は野間一暢氏に対して訴訟を起こす事になります。弊社が訴訟を起こす事の理由を書きに書き出させて頂きます。


◯訴訟理由


1、全くの素人の状態から選手要員として育成してきた。

2、内弟子と言う形で、過剰人員でありながら、ジムスタッフとして給料を支払ってきた。

3、タイのムエタイトレーナーを招聘して選手育成の為に付けていた。

4、2008年2月タイ遠征に弊社負担で遠征をしている。

5、2008年7月の試合をまったくの相談もなく怪我の為と10日程前に急にキャンセルする。

6、急なキャンセルの為に対戦相手を韓国から急遽招聘して経費が掛かっている。

7、一時JMC横浜ジムを辞める際に、選手を続ける場合にはJMC横浜ジムでお世話になると野間一暢氏が話している。

※この事で弊社の選手保有権が発生している。

8、選手契約の書面で、移籍をする際には話し合いをする事と移籍金を支払う事を伝えており、野間一暢氏も了承している。



ーーーーーー     省略     ーーーーーー



業界には業界のルールがある事に対して、筋道とケジメを付けていない野間一暢氏には弊社としましては断固訴訟を起こす所存であります。

また、訴訟を起こしてから裁判中に和解を求められたとしても、移籍金・違約金・弊社が掛かった弁護士費用を支払って頂かない限りは、和解をしない事も併せてご連絡させて頂きます。



野間一暢氏に対する訴訟内容は下記になります。


○ 訴訟内容


1、 移籍金 : 金50ペリカの請求

2、 違約金 : 金100ペリカの請求(1試合行う事に違約金が上がります。)

3、 キックボクシング選手活動停止の請求



しかしながら、2009年6月19日(金曜)12:00までに移籍金(金50ペリカ)の支払い

(※振込可能/振込先:横浜銀行・◯見支店(普) ○○○○ 株式会社ジャパ◯・ムエ◯イ・センタ◯ 代表取締役 総書記)及び、移籍を認めて欲しい事の話し合いをされた場合には、訴訟を起こす事を取りやめさせて頂きます。今回の件に関して、是非ご家族でお話をされる事を要望致します。ここに書面をもってご連絡させて頂きますことを、ご了承お願い申し上げます。

 
敬具



ーーーーーーーーーーーーーー



お母さん助けて詐欺の一種なのでしょうか?


合計150ペリカを支払うように書かれ、選手の地位や権利向上を叫んでいた人間がキックボクシング選手活動の停止を求めて来たのです。


一部無駄な文章は省略しておりますが、このような総書記が空挺団時代に編み出した罠なのか技なのか、架空請求なのか、詐欺師が使いそうな文言や内容でA4用紙2枚のお便り(内容証明)が届いたのであります。



確かに、総書記からしてみれば、今まで育てた人間が移籍して試合する事はいい気はしない事が確かだと思われるのですが、



NOMAN氏からしてみれば、てっきりケンカ別れのつもりで、俺はやはり過剰人員だったんだとか、過剰人員なのに練習させて貰えなかったりとか色々突っ込み所が満載なのであります。



まず最初に古い人間を辞めさすと言い出し、ケンカになって辞めている事を忘れているのでしょうか?



ケンカし、辞める際、今後どうするんだと聞かれた際に、とりあえずキックボクシングは辞めて実家に帰って船舶免許を取りますと伝え、まぁ先の事はどうなるか自分でもわからないし、もしかしたらキックボクシングをするかもしれないですねと言ったのを思い出したのです。



それが、何故か総書記と言うフィルターを通過すると訴訟理由⑦の、『一時JMC横浜ジムを辞める際に、選手を続ける場合にはJMC横浜ジムでお世話になると野間一暢氏が話している。』と進化し、この事で弊社の選手保有権が発生するとなっているのです。



一言も一時的に辞め、1年程という期間も、JMC横浜ジムに戻って来てお世話になるなんて言っていないし、状況的に見てもつじつまが合わないのです。



逆に言っていないとなれば、選手の保有権は発生しなかったのか…?




総書記の伝家の宝刀、口約束という事なのか…



しかし、これを証明するものもなく、今までの経験上、全日本キックボクシング連盟を脱退する時に、選手の待遇等がよくなる、タイ遠征のファイトマネーが数十万貰えると発言してからファイトマネーが10000円になったりする事を考えれば、



恐らく、クラスや学校に1人はいる、自分がミスを犯したり、間違った事を正されても、折れない心を持ち、自分を正当化し、何を言っても聞く耳を持たない人なんだなと文章を見て感じたのであります。



いや、まてよ?そうじゃないかもしれないな。



はは~ん。さては、社会経験の少ないNOMANに対して、様々な経験をさせ、社会の波に飲まれないようにと総書記から最後の授業をしてくれているんだと理解し、



なんて、オシャレな人間で教育熱心なお方なんだと感動したのであります。



~~続く~~

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2016-04-26 09:58:32

気が付けば・・・⑬

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気が付けば・・・⑫    ~続き~




何と総書記が手塩にかけてなのか、小塩にかけてなのかどちらかわかりませんが、一番期待していたD輝氏がキックボクシングもジムも辞めると総書記に宣言したという情報が、休養中のNOMAN氏に飛び込んで来たのだ・・・



泰国ラジャダムナンスタジアムのチャンピオンも近いと言われていたD輝氏が革命を起こしたのだ。。。



手塩か小塩にかけていたD輝氏の革命はわたくしNOMAN氏も全く予想していなかったのであります。



当時のJMC横浜ジムで強戦士のD輝氏がいなくなると言う事はどういう事か・・・



動物園で例えると園からゴリラがいなくなったと同じくらいスカスカ感があるのです。



いや、キテレツ大百科で例えると勉三さんがいなくなったと同じくらい重要な事でしょうか・・・



要するにJMC横浜ジムで推していたS藤氏とD輝氏が短期間に二人ともジムを辞め引退してしまったのであります。。。



こりゃ大変な事になったとしばらくビクビクし様子を見ていると、、、



ジム関係者から衝撃の言葉がNOMAN氏に伝えられたのであります。



ジム関係者から総書記が 『古い人間はもう辞めさせる。』 と言っているとNOMAN氏に伝えてくれたのであります。



この総書記のコメントを見てどう思いますか?『古い人間は辞めさせる。』  は?そんな事言ってるから影になるんですよ。陽になれないんですよ。



あれ?なんか違うな・・・あっ間違えた・・・これNOMAN氏が2014年のKrush-65kgトーナメントで有名な選手に負けた時にtwitterで負けて言い訳をしている男性がいるとリンクを張られて拡散された言葉だった。。。



『古い人間は辞めさせる。』 は? ほなNOMAN氏はあれかい? 携帯電話買った時に強制的に会員登録されるアプリみたいな存在だったんかい!!



いや、、、違うか、、、NOMAN氏はあれか?通販番組でお目当ての商品を買う時に、無駄についてくる抱き合わせ商品みたいモノだったんかい!!



もう、完全に着地点を見失っているので次に進みますが、



『古い人間は辞めさせる。』と総書記から出た言葉の真意はわからいですが、少なくともNOMAN氏のEARを通過し、脳内に到達したら、



要するに今までの言動や行動で考えるのであれば、D輝氏がいなくなったら付属品みたいな弱戦士達であるNOMAN氏はいらないはボケカス死ねという事だろうなとNOMAN氏は理解したのであります。



NOMAN氏はこの総書記から頂いたありがたいお言葉に納得がいかず、完全に総書記を崇拝していた気持ちがゼロになったと言うかマイナスになり、罰金や懲罰等を恐れず、そんな事言うのであればこっちから辞めてやるとケンカ腰で総書記のいる事務所へ乗り込んだのであります。



事務所に乗り込み、NOMAN氏はジム関係者から古い人間は辞めさせると言っていると聞いたのですがどう言う事ですかと問いただしたのです。



NOMAN氏は溜まりにたまった思いを総書記にぶつけ、D輝氏が辞めるにしても、そんな古い人間は辞めさせると言う発言はどうやったら出て来るのか理解できないとか、



以前に総書記の機嫌を損ね怒られた時、『だからお前友達がいないんだよ!』 と、明らかにNOMAN氏より友達の少ない総書記言われたくなかった等を今まで言い返せなかった事を何個か伝え、



色々と議論やケンカをし、結局NOMAN氏はこんなジムではキックボクシングをやりたくないし、こんなブラック企業みたいな所ではややりたくないわボケという結論に至り、NOMAN氏は脱北に成功したのであります。



そんな出来事があり、NOMAN氏はこのまま引退しようと考え、生活は荒れ、酒、女、たばこ、ギャンブルに溺れ、この時期に何故か一瞬だけ競輪選手 を目指してしまった時期もありました。



しかし、このままでは廃人かクソ人間やホームレスになってしまうという危機感から、NOMAN氏は内航海運業界へ飛び込んだのであります。



何故、内航海運業界なのか・・・?と思われる方もいると思われますが、この海運業界と言うのは、



衣食住は無料、酒が飲み放題、全国の港に女をこさえる事ができ、年収1000万円も夢ではないと言われているのがこの海運業界なのです。



内航海運とは


海運ナビ


内航.com



NOMAN氏は海技士免許を取得し、これでバラ色の人生がスタートし、全国の港に女を作るべく、先輩達と夜の港町に繰り出しては酒、女、ギャンブルの生活が再びスタートしてしまったのであります。





しかしそんなバラ色の楽しい人生も、途中からまだ違うのではないかと感じ始め・・・



NOMAN氏はキックボクシングで感じたスリルをもう一度感じたいという事を、太平洋や瀬戸内海の波に揺られながら思ったのであります。



わたくしNOMAN氏は引退も考えたのですが、やはりまだキックボクシングをやろうと考え、行動を開始したのであります。



NOMAN、キックボクシング復活するってよ。





~もう少しだけ続く~



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2016-04-23 17:57:03

気が付けば・・・⑫

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気が付けば・・・⑪  ~続き~




記念すべき第一回目のRIDE ON TIMEが終わり、すぐさま二回目のRIDE ON TIMEの興業が2か月後の2008年7月にやると発表されたのだ。



NOMAN氏に用意された相手は、現在、○ARGE○ジムの代表代行になられたS原Y介選手に決定したのであります。

S原選手はNOMAN氏より実力もキャリアもあり、こりゃマズイ事になったと、やはりタイで経験したように金玉の裏がフナムシ・・・いや、今回は金玉がヒザラ貝の様になってしまったのであります。


※イメージ図 (ヒザラ貝



NOMAN氏はこの大一番に勝利すべく、練習を重ね頑張ろうとした所、、、



何とタイミングのいいことに、腰がスパークし逃げ出す理由を作製したのであります。。



元々猫背のNOMAN氏は腰痛持ちではあったのですが、こりゃちょっとヤバいかもと病院へいき、診断を受けると・・・



椎間板ヘルニアの疑いありと診断を受けたのです。



NOMAN氏はこの試合をどうするか迷いましたが、



勇気を振り絞り、総書記に言いました。



ややサボり気味なのは隠し、椎間板ヘルニアなので欠場させて下さいと・・・



少し怒られましたが診断書を提出し・・・なんとか欠場する事に成功したのです。



NOMAN氏は裏方に回り、RIDE ON TIMEのお手伝いをする事になったのでありますが、



第二回目のRIDE ON TIMEは波乱が多く待ち受けていたのであります。



下記記載の情報を見て頂ければわかるようにメインイベントは素晴らしいカードが組まれており、



▼ダブルメインイベント(第2試合) 国際戦67kg契約 WBCムエタイルール 3分5R
デンタイ・シンマナサック(タイ/WBCムエタイ世界スーパーライト級王者)
VS
D輝(日本/JMC横浜/元WBCムエタイ世界ウェルター級3位・ラジャダムナンスタジアム認定ウェルター級9位)

▼ダブルメインイベント(第1試合) 国際戦62kg契約 WBCムエタイルール 3分5R
ゲーオ・フェアテックス(タイ/WBCムエタイ世界スーパーフェザー級王者)
VS
リアム・ハリソン(イギリス/WBCムエタイ世界ライト級10位・WMC世界ムエタイライト級王者)



現在K-1で大活躍しているゲーオ選手にヨーロッパの実力者リアム・ハリソン選手との熱い一戦にWBCムエタイチャンピオンのデンタイ選手に筋肉バカのD輝氏との一戦!!



間違いなく世界トップレベルの素晴らしいカードが何とRIDE ON TIMEで見れるのだ。。。



わたくしNOMAN氏もこのダブルメインイベント楽しみにしていたのでありますが、



リアム・ハリソン選手が日本の空港に到着後、すぐに帰国すると言うイリュージョンをやってのけたのであります。

※バウトレビュー



何があったのか未だによくわからないのですが、これはファイトマネー1万円事件の罰が当たったのではないかと推定されるのであります。



しかしながら、興業は開催され、色々とトラブルを起こしながらも興業を終えたのであります。



興業が終わり、NOMAN氏は椎間板ヘルニアの為、怪我の回復の為、練習は行わず、ジムには全く行かず日々を過ごしたのであります。



そこで事件が起きたのです。



なんと総書記が手塩にかけてか小塩にかけて育ててきた期待の星、D輝氏がジムを辞めると言い始めたのです。



総書記はウチはホンモノ路線で行くと宣言し、



筋肉バカのD輝紙は、100戦以上経験しタイのスタジアムでチャンピオンになっているまさに百戦錬磨のタイ人や現役バリバリのホンモノのムエタイチャンピオンと対戦した結果、第2回目のRIDE ON TIMEでD輝は気がついたら5連敗をしてしまったのだ。




D輝、ジム辞めるってよ



~続く~

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2016-04-20 17:44:26

気が付けば・・・⑪

テーマ:ブログ
気が付けば・・・⑩  ~続き~




ファイトマネーが当初言っていた金額と大きく異なり、1万円と言う小学生のお年玉よりも低いのではないかと想定できたのであります。




総書記がパラシュート部隊時に訓練していたのではないかと思われるトラップにハマってしまい、こりゃ完全に一本取られてしまったのであります。




ムエタイの殿堂、ラジャダムナンスタジアムで試合ができ、遠征費等を考えればファイトマネーが出るだけマシだと思うしかナッシングなのです。




要するに、5戦5敗という結果にスポンサーが撤収し、ファイトマネーが払えなくなったと言う事で、




そこで総書記から頂けたお言葉が 『お前らが全員負けるから悪いんだよ。』 と言う事なのです。




プロは結果が全て・・・。だとは思われますが、一言スマン!!スポンサーが撤収したからファイトマネー今回は払えないと言ってくれれば少しは違ったと思われるのでありますが、





給料明細を見るまでお楽しみ、黒ひげ一発告知という技を使われ、ありがたい事にビックリさせる御茶目な一面も見せて頂けたのです。






総書記から放たれる言葉には力があり、総書記から放たれる言葉で希望を感じた事はなく、信頼関係を破壊する言葉しか言われた記憶がなく、言葉とは非常に重要な要素だと学ばせて下さったのであります。



結局何も言い返す事は出来ないのでありますが、




NOMAN氏達は待遇やファイトマネーがよくなると言う口約束の恐ろしさを知り、社会の厳しさを教えて下さったのも総書記なのであります。




この出来事がきっかけでNOMAN氏は総書記に対して不信感しかなくなったのであります。




しかしながら安い賃金に、ミスをしたり逆らったりしたらもしかしたら罰金かもしれないと言う事なので、




お金という鎖で自分たちは縛られており、自分の考えや、意見など出来ない状態が続いてはいたものの、この辺りからNOMAN氏はこのままではダメだと考え、





ロッカー事件などを起こすなど、崩壊へ一歩づつ近づいていたのです。





この様な経験から、試合でリングへ入場する際には、NOMANの主張を代弁して頂けているアーティストのお力を借り、試合を見に来てくれる皆様だけでもいいから世の中金が全てなんだと分かって頂きたいが為に、入場時に主張し試合をしていると言っても過言ではなく、やはりNOMAN氏の遺言だったりもするかもしれません。




ファイトマネー1万円事件後、国内の自粛期間を経て、総書記が自主興行であるRIDE ON TIME というイベントを開催される事が決定したのであります。




は?RIDE ON TIME ?




わたくしNOMAN氏にとっては、あの入場曲事件がありながらの、ここに来てイベント名をRIDE ON TIME にしてきたのです。




読者の皆様はこのイベント名を何とも思わないと思われますが、NOMAN氏は入場曲事件 を経験している為、もうギャグでやっているしか思えないのであります。




RIDE ON TIMEの意味をネットで検索すると、『時の流れに乗る』や、『時流に乗れ』みないな感じなのですが、全く時の流れに乗れていないのではないかと思っていたのです。




時代の波に乗っているのか疑問が残る中、第一回目の興業が開催されたのであります。



「RIDE ON TIME」
2008年5月6日(火・祝)東京・ディファ有明
開場13:00 開始14:00



▼第5試合 ライト級 3分5R WBCムエタイルール
○NOMAN(JMC横浜)61.2kg
判定 3-0 ※50-46、50-47、50-46
●S木 敦(尚武会/元・日本ライト級5位)60.8kg









今までの事件を考えれば、何も事件性はなく、興業は成功した風に終えたのであります。




しかし、崩壊がもう2ヵ月後の2008年7月に来るとは・・・・誰も感じていなかったのであります。






うまいはなしには

やっぱり

うらがあり

このことばをつくったひとは

すごいんだなぁ



のまを





~続く~


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2016-04-16 00:46:40

気が付けば・・・⑩

テーマ:ブログ

気が付けば・・・⑨ ~続き~




こりゃビックリ・・・



当時、業界では勢いのあった全日本キックボクシング連盟の脱退すると宣言されたのであります。



これまた私達にとって初めての出来事であり、



総書記からは、今よりファイトマネーや地位も上がるし、様々な面で今より好条件が整っているバラ色な格闘家生活が待っているかのような甘言を繰り返されながらも、



内弟子達に全日本キックに残ってもいいし、総書記が主導するバラ色の格闘家生活をする方に来てもいいと選択肢を与えて下さったのであります。



今考えれば、ここが格闘技人生のターニングポイントであったのでありますが、当時の私達は、



団体から脱退するという事がどんな事か理解することもせず、マイペンライ精神とでもいいましょうか・・・



単純に、他のジムに移籍したり、気軽に通える範囲のジムもなく、将軍様が製作してくれたサノンコーチがいる練習環境を変える勇気もなく、



当時ジムは鎖国状態で内弟子達の出稽古は禁止であり、元々友達は少なくて有名なNOMANですが、当然他のジムの選手達とご飯に行ったりする友好的な人は当時いるはずもなく、



業界等に携わっている、しっかりとした大人達など、誰にもアドバイスを聞くことすらせず、



総書記から時より見せるパラシュート部隊が戦争に行きそうな表情も見せながら繰り出される甘言に誘われ、



この状況をしっかり理解せず、この大事な選択をする時なのに、マイペンライ精神と言いましょうか・・・要するに今更移籍しても色々と面倒な事も多いだろうと、バラ色の格闘家人生を選択したのであります。



全日本キックボクシング連盟を脱退したJMC横浜ジムは、国内での活動をしばらくの間、自粛する事になりながらも、



これから始まる素晴らしい格闘家人生を心を躍らせながら内弟子生活を過ごすのであります。




しかし、国内ではしばらく自粛することでありましたが、試合間隔も明けないようにと、グレーゾーンである海外での遠征をすると言う事を総書記が言いだし、



海外遠征にもなると数日間は日本にいないくなるという事なので、内弟子を辞め、外で働き始めたNOMAN氏にとっては、仕事の関係上、海外遠征は悩み所ではあったのでありますが、



ファイトマネーもそれなりに高く好条件を整っていたので海外遠征へ行く事に決め、



総書記からは『うちは本物路線、ムエタイの頂点を目指す』  を合言葉に



ムエタイの本場、タイランドで試合をする事が決定したのです。



2008年2月 微笑みの国タイランドへ乗り込むことに成功し、



ジャパン・ムエタイ・センター横浜ジム 設立5周年記念タイ遠征試合と称しタイ・バンコク:ラジャダムナンスタジアムにて



日本vs泰国 5対5マッチが開催されたのでありますが、



タイ人選手の強さや技術力の高さなどはサノンコーチやタイ人内弟子のチャイと一緒に練習すればレベルの高さは嫌でもわかっており、



NOMAN氏は、こりゃもしかしたら殺されるかもしれないと金玉がフナムシの背中みたいになってしまっていたのであります。



※イメージ図



今回のタイ遠征は、第一部と第二部と別れており、NOMAN氏の試合は第二部の3試合目であり、



5人いるJMC横浜ジムの選手のなかで最後に試合する事になったのであります。



NOMAN氏は初めての当日計量に、61.2㎏のライト級から階級を上げ63㎏契約での試合だったのでありますが、



計量当日の朝500gくらいオーバーで、タイは暑いし、計量までもし落ちてなかったら走って落とせばいいやと計量会場に行き、いざ計量したらやはり300gオーバーなのです。



NOMAN氏は走らなければならぬと覚悟したその時、明らかに63.0㎏からオーバーしているのに何故か計量をクリアしたのであります。



確認した所、63㎏契約で聞いていたはずが63.5㎏契約に変更されていたのです。



これが噂のマイペンライ精神か・・・と一歩大人の階段を上ったのであります。



昼に第一部の選手が試合すると言う事で、少し休憩をした後、試合を観戦しに行き、



NOMAN氏は不安が倍増する結果を目の当たりにしてしまったのであります。



~【第一部】~


▼第2試合 68.50kg契約 3分5R
○ウイタヤーノーイ・シットクゥオンイム(タイ/ラジャダムナンSライト級6位)
判定3-0 ※三者とも49-48
●D輝(JMC横浜/元ラジャダムナン・ウェルター級10位)



第3試合 70kg契約 3分5R(インターバル2分)
○ランボー・パンヤーティップ(タイ国/ラジャダムナンSウェルター級3位)
●泰輝(タイ/JMC横浜ジム/元ラジャダムナンSライト級10位・現Sウェルター級)
判定3-0
※当初対戦が予定されていたアピデット・ソー・ポットニー(タイ/ラジャダムナンSライト級4位)は負傷欠場


▼第5試合 70kg契約 3分5R
○ヨードクンポン・ソー・モンコンデット(タイ/Sウェルター級)
判定3-0
●T田一也(JMC横浜/Sウェルター級)



上記を見て頂ければわかるように3連敗なのであります。



期待のD輝氏はローを効かし、日本の判定であれば確実に勝っている様な試合だったのにもかかわらず、ムエタイでは負けになってしまう戦いだったのであります。



タイ人の内弟子であるチャイ、通称:泰輝ですら実力差を見せられ敗戦なのです。



T田氏の試合内容は良く覚えていませんが、



これは本当に本物が来てしまっているではないかとNOMAN氏は悟り、



やはり金玉がフナムシの背中の様な形になりながら会場入りし、



第二部の試合が始まったのであります。



第二部のトップバッターは、どこかのジムから移籍してきたジムを辞めたプロサボり師ではないS藤氏が務め、




~【第二部】~


▼第2試合 62kg契約 3分5R
○ヨードモラコット・ギャットトー・ボー・ウボン(タイ/ライト級)
TKO 4R1分27秒 ※ヒザ蹴りの連打
●S藤 琉(JMC横浜/ライト級)


首相撲での実力差がハッキリし、ポイント差が開きギャンブルにならないという判断で試合がストップしてしまったのであります。



怒涛の四連敗をやってのけたJMC横浜ジム勢。。。



5連敗を避けなければならない最後の砦に金玉がフナムシの背中の様になってしまっているNOMANしか残されてナッシングなのです。



対戦相手の年齢は若干16歳ではあるが、現役バリバリのムエタイ戦士であり、タイの大地で日焼けし黒光りしており、白く光っているNOMAN氏より明らかに強そうで身体もデカいのであります。



そんなビビっている精神状態でいざ試合。



▼第3試合 63kg契約 3分5R
○ロムパーユ・ギャットパーディン(タイ/ライト級)
KO 2R0分53秒 ※顔面への左ヒザ蹴り
●NOMAN(JMC横浜/ライト級)


タイでの試合は初めてというNOMANはあきらかに動揺していた。その心理状態を見て取ったのかロムパーユはパンチで圧力を掛け、組み付いては首相撲に持ち込もうとする。NOMANはプレッシャーを受けるとまっすぐ後ろに下がってしまい、下半身のバランスも悪く足がもつれて何度も転倒してしまう。


 タイ人の猛攻はNOMANに気持ちを落ち着ける暇を与えず、2R、パンチのラッシュを受けたNOMANはマットに沈んだ。控え室に戻った負け犬NOMANは「何よりもまず、自分に負けてしまいました」と反省しきりだった。


※引用 GBR



解説されているように、ムエタイの1Rは様子見と聞いていたNOMAN氏は、1R目から倒しにくるタイ人の中でも黒い戦士に、まさに動揺し、地に足ついていない状態で、試合があっという間に終わってしまったのだ。



NOMAN氏は初めてダウンし、初めてKO負けし格闘技の怖さが初めてわかったのであります。


敗戦し、控室へ帰る道でのギャンブラーからNOMANへ向けられた冷たい目・・・


あれはヒョードルの目より冷たかった事をハッキリ覚えているのです。



試合後のインタビューを受けた総書記、、、



JMC横浜ジムの総書記は『5周年に5連敗。笑うしかないですね。でも絶対ここから這い上がってやりますよ』と再起を誓っていた。


笑うしかないのではなく、NOMAN氏は怒りしかないのです。



うちは本物路線で行くと言われても、本物はD輝氏しかおらず、



まだ日本で5.6戦しか経験していないキックボクシング歴3年程度のNOMAN氏に、いきなり本場の本物を当ててしまったら、惨殺されるに決まっているのであります。



しかし、本物を体感できるという素晴らしい経験だけは残ったのであります。



初めての敗戦で心に傷を負いながら帰国し、傷心で生活し、



やようやくファイトマネーの支払日になり、



これは風俗産業が傷心のNOMAN氏を救ってくれると確信し、



心機一転するがベストだと判断したのです。



明細と現金を、総書記が出現するジムへ取りに行き、



給料明細を見ると…




なんとビックリ…ファイトマネーが1万円という記載が。。。



最初に言っていたファイトマネーとは大きく異なっており、これは何かの間違いだと総書記に問い合わせると…



総書記   『お前ら全員負けたんだから仕方ないだろ?』



と、やはりパラシュート部隊が戦争に行きそうな顔で明らかにキレ気味に仰るのです。



さすがにこの空気感はマズイと悟り、わたくしNOMANは何も言い返せなかったのであります。



さすがに、1万円のファイトマネーでは女性の心を奪うどころか、




試合の為に仕事も休み、マッサージ代や銭湯代がファイトマネーを大きく超えてしまっているのです。



地位やファイトマネーが上がるどころか全てにおいて大きく下回り、何だか言われてたのと違うし、思ってたの違うのです。



残念、、、こりゃ、一本取られましたわい。



これがブラック企業の厳しさかと大人の階段をまた一歩登ったのです。



~たぶん続く~







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2016-04-07 11:04:33

気が付けば・・・⑨

テーマ:ブログ
桜も満開になり、花びらも散り始めた今日この頃、わたくしNOMANは資金難によりブログ更新ペースに支障をきたしている事をお知らせしておきます。


このブログを読んで頂いている人の中には、NOMANが大嫌いだ!!とか墓穴を掘ったり、失敗を犯かさないかと常に監視、拡散する事で、


ネットパトロール隊や様々な人から袋叩きに遭って業界等から干されて欲しいと思っている悪質な人間も多数おられると予想しておりますが、


安心して下さい。もう、いつ干されても良いメンタルで日々過ごしております。



気が付けば・・・⑧   ~続き~



そんなどうでもいい話はさておき、


何と、手塩にかけていたS藤氏がキックボクシング業界から撤収してしまう事件が発生してしまい、


内弟子内でもどうなるのか、辞めると言ってもすぐ復帰するのではないかとか様々な予想がされる中、


S藤氏はキレイさっぱりキックボクシング業界から撤収し、関西地方の有名な大学へ社会人枠という裏技で入学をし、業界を去ってしまったのです。


プロサボり師のS藤氏がキックボクシング業界から撤収するという事件に発展した少し前から、


今はなきJMC横浜ジムでは、入場曲事件 で優秀なコーチが撤退したり、タイ人トレーナーのサノン氏が微笑みの国タイランドから招聘されたり


※左)サノン氏  ※右)S藤氏


同じビル内に事務所兼タイ人トレーナーの寮が出来たり、


D輝が強すぎてNOMAN達じゃ手に負えないとの事で、サノントレーナーと同じタイランドのジムから、


若干17歳であるタイ人の内弟子のチャイを招聘したりと、JMC横浜ジム内において様々な変化が起きていたのであります。


通称:泰輝(総書記命名)
後のラジャダムナンスタジアム ミドル級チャンピオンになる男性です。




そんな様々な変化が発生する中、わたくしNOMANも、元々箱根駅伝を目指して神奈川大学へ入学したしていたので、完全に大学に通う目的を失っており、


中学1年生より学力が停止しているのが原因で、勉学にもついて行けず、内弟子として朝から晩までのミット持ちでの労働に、



横浜に自宅が実在していた横浜市神奈川区にある白楽駅から2時間弱かかる神奈川大学平塚キャンパスへの通学はNOMAN氏には通学する事からハードルが高く、


基本的に、学校嫌いの子供らで、風が吹いたら遅刻して、雨が降ったらお休みという、ハメハメハ大王の歌詞を意識して大学生生活を送っており、


1年生では38単位、2年生では20単位、3年生では7単位と絵に描いた様に取得単位が減っていき、大学4年生で学業から逃げ出し、中退という親不孝な事をやってのけたのであります。


学生時代、親からの仕送りがある恵まれた環境にいたので、内弟子の給料でなんとか生活は出来ておりましたが、


大学中退後、仕送りはストップし、JMC横浜ジムでの度重なる罰金等により、生活も危うくなるという現象が発生してしまい、


NOMANは総書記に生活が出来ないから外で働かせてくれと申し出たのであります。


総書記は怒っており、下積みの時だから仕方ないと、NOMAN氏の財政や生活を無視した理想論を語りだし、


NOMAN氏は考えました。



生活出来ないけど、人に迷惑を掛けたり借金をしながらするキックボクシングなのか、


自立して生活出来た上でのキックボクシングなのかを天秤にかけた所、


その時の結論は自立した上でのキックボクシングだったのであります。


結局、理想論を語られても、金銭的な事や将来的な責任を取るのは自分であり、総書記の元での内弟子をしていたら、上手いように使われて何も残らないとその時は思い、

総書記から事務所に住めばいいだろ?とか言われても、そこまでの情熱はなく、総書記が事務所の家賃収入が欲しいだけではないかと思いながら逃走する事に成功したのであります。


なんか一丁前な事を何となく書いていますが、


本当は貯金も出来ず、辛い、痛い、キツイ思いをして平均的な生活も出来ず気軽に風俗等に行けない安い給料で内弟子として都合よく使われるのが嫌で、丁度いい理由が出来たから今がチャンスと内弟子から逃げ出した事は秘密にしていたのであります。




NOMAN氏がそんな素晴らしき思考をしている状況の中、タイ人トレーナーとタイ人ファイターがジムにいると言う、この日本にいながらムエタイの本場、タイランドに近い素晴らしい環境を総書記が製作して下さったのであります。


しかもタイ人には珍しいクソ真面目なトレーナーのサノン氏…

わたくしNOMAN氏は、総書記が用意して下さったサノンコーチのタイ式トレーニングで、立ち技に必要な基礎や色んな引き出し土台をこの時期に制作したと言っても過言ではありません。

大きな事件もなく、充実したトレーニングに実力もそれなりについてきた時、

ある日、いつも業務終了後に行われるミーティング的なモノの中で突然総書記が言いだしたのです。



総書記  『うちのジムは所属していた全日本キックボクシング連盟を脱退します。』



・・・・



うちのジム、全日本キックやめるってよ。。。

~続く~




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