―遍路直後の春―
連続3周、四国自転車野宿遍路の旅を年末までに終えた私は、年明けから春まで私の尊敬する親分に呼ばれて、人生これ以上あり得ない程、楽しい職場での一冬を過ごし、一旦、広島へ帰るのだが、広島まで帰ってしまうと、長野県や東北地方があまりにも遠くなりすぎる。
そこで、帰る前に1か月ほど、長野の友達に会ったり、あちこちを旅して帰る事にして、遍路にも行くきっかけともなり、一緒に遍路を始めた友達のせっちゃんに最後に会いに行くことにした。
せっちゃんの住んでいる所は、私がいた場所からは、山を1時間ほど下り、幹線道路を20分程走った辺りにある。
私が、長野にいる間は、時々、せっちゃんとも会ってはいるのだが、広島へ帰ると頻繁に会えなくなるのでその前に今一度会っておこうと思ったからだ。
私は、職場で与えられていた1Kの部屋から、全て荷物を出し、車へ積み込むとせっちゃんの家へと向かう。
せっちゃんの住むアパートの下の駐車場へ着くと、車を止め、いつものように部屋へと上がって行く。
私「せっちゃーん。来たよー。」
せっちゃん「あ、開いてんで。上がってー。」
私は、部屋へといつものように入って行くと、せっちゃんが部屋でくつろいでいるので、何の代わり映えもなく、あれこれと話をする。
せっちゃん「ほな、なんか飲むもん買いに行こうや。」
私「いいねえ!」
せっちゃんと私は、近くのスーパーにビールやワイン、惣菜などを買いに行き、戻って来て宴会を始める。
せっちゃん「今年、どやった?」
私「あ、楽しかったよー!」
せっちゃん「この後、真っすぐ広島へ帰んの?」
私「いや、しばらくブラブラしながら帰ろうと思ってるよ。去年、来てたまあちゃんは、今年来てなかったんだけど、帰りに大阪へ寄って会って行こうと思ってる。」
せっちゃん「Noisy、まあちゃん、好っきやなあ!ははは!」
私「だって、まあちゃん、面白すぎだよ。」
まあちゃんは、去年職場で一緒だった大阪出身で身長が160cmくらいのモンチッチのような、何とも言えない面白さを漂わせている私よりは、7歳くらい年下の男の子だ。
去年、知り合って以来、ずっと電話や、時々会ったりすることで繋がっていて、私の大好きな友達の一人だ。
実は、このまあちゃんが、後日私が世界1周旅へと出かけるきっかけになる人なのだが、ふわふわとほんわか淡々と喋っているのに、何故かこの人のいう事は、3分毎にニヤリと笑えるのだ。
私は、ビールを飲みながら話していると、せっちゃんは、赤ワインを開けて、ボトルを抱えるかのようにゴクゴクと飲んでいる。
私「せっちゃん!お洒落な赤ワインが、酔いたんぼうのワンカップみたいに見えるけど、それ、どやねん!ぎゃはははーー!」
せっちゃん「ええねん!わし、お洒落な赤ワイン飲んでんねん!わし、お洒落やな~!ははは!」
私「まあ、そういう事にしとくよ!」
突然、せっちゃんは、何かを思い出したかのようにハッとして私に言う。
せっちゃん「あ!Noisy!そう言えばなあ、Noisyにどうしてもあげたいもんがあんねん。ちょっと待っとってー!」
そう言うと、おもむろに立ち上がり、押入れを開けて何かをあさりだす。
ん?
何だろう?
誕生日でもないのに私にあげたい物って?
せっちゃん「あ!あった!」
すると、直ぐに振り向いて手に持っているものを私にバッと差し出した。
その瞬間、私は、思わず、心の底から本音が叫びとなって飛び出した。
私「えーーーーー!!!絶対、要らないーーーーー!!!」
せっちゃん「なんでやねん!」
私「本気で、絶対に、要らなーーーーーい!!ってか、いるわけないじゃーーーん!」
せっちゃん「ええやん!あげるって!」
私「いらん!って!」
せっちゃん「遠慮せんと!」
私「もーーーー!いらないよーーー!」
せっちゃん「ワシもな、いらんねん。やから、あげるから!ほら!」
そう言って、私に押し付けようとする。
私「ワシもいらんって、私も絶対に要らないよねー!」
せっちゃん「わかれへんやん。いるかもしれへんやろ?」
私「わかるよねえ。しばらく、当分、絶対いらないよねえ。しかも、それ大きくて邪魔だし!」
せっちゃん「ええから!もーーーーーー!!もらってやーーーーー!」
そう言って、せっちゃんは、私にそれを押し付け無理矢理渡そうとしている。
せっちゃんが、私にくれようとしていたのは、歩き遍路の人達が被っている「同行二人」と書かれた菅笠だった。
私達は、その菅笠をお互いの手で押し合いながら、お互いに押し付けあう。
私「じゃあ、せっちゃんが、いるかもしれないから、持ってたら?」
せっちゃん「ワシはなあ、遍路はもう終わったから、いらんねん!やから、あげるから!ほら!」
せっちゃんは、ニヤリとしながら菅笠を押し付ける。
私「私もしばらく歩き遍路をする予定もないし、遍路をやっと終わった所だから、絶対いらないし、それにそれを持っておくのも嵩張るから、邪魔になるし、いるならその時に自分で買うよ!」
せっちゃん「そやろ?嵩張るやろ?やからな、あげるから!」
私「いらんって!」
せっちゃん「折角、あげる言うてんのに。」
せっちゃんは、諦めたのか、私達が座り直した間に菅笠を無造作に置く。
私「でも、せっちゃんも自転車だったし、菅笠はいらないし持ってなかったじゃん。何で持ってんの?」
せっちゃん「あのなあ、最後に観音寺のしゅんちゃんの所で、Noisyと別れたやろ?」
私「うん。」
せっちゃん「で、あそこから一旦広島へ寄るように、松山へ向けて行ってる間にな、あるおばちゃんに会って。で、そのおばちゃんが、あんた菅笠がないからお接待したろう言うて、くれたんや。」
私「お接待じゃあ、断れないけど、でも自転車にはいらないよねえ。」
せっちゃん「そやろ?やから、一応、おばちゃんに断ったんやけど、どうしても持って行け言うから、遍路の最後の最後でこの荷物が増えてしまって。で、もう遍路やないし、菅笠いらんし、大きいから押入れの中で嵩張ってもうて、すっごい困ってんねん。やから、あげるわあ!」
私「だから、いらないって!そうだったんだね。まあ、とりあえず、私は遍路じゃないし、絶対にいらないからね!」
何故か、せっちゃんはニヤリとして菅笠を私の方へ少し押してきたので、私は、菅笠を反対からせっちゃんの方へ押し返した。
私「あ、そう言えば、せっちゃん。壁にかかってるウクレレは飾り?あれ、弾けんの?」
せっちゃん「何を言うてくれてんねん!あれは、飾りちゃうで~!ちゃんと本物や。」
私「じゃあ、せっちゃん、何か弾けるの?」
せっちゃん「どっかの島に行った時にええなあと思って、結構、いいのを買って、しばらく練習したでー。上手じゃないけど、弾けるで!」
私「おお!それじゃあ、弾いてよ!私、歌うから!」
せっちゃん「ええなあ!でもなあ!弾けんねんけどな、Noisyのような歌に合わせては弾かれへんけど、『きらきら星』なら弾けんで!」
私「いいじゃん!きらきら星、歌うよ!」
すると、せっちゃんは、直ぐに立ち上がってウクレレを手に取ると、楽譜も取り出しウクレレを弾ける体制をとる。
せっちゃん「ほな、いくでー!」
私「うん!」
せっちゃん「さんはい!」
私「きーらーきーらー・・・。」
ポロン、ポローン・・・・・・・・・・ポローン・・・・・・ギッ!
せっちゃんの音が止まるので、私もせっちゃんの滅茶苦茶で必死なリズムに合わせて苦し紛れに歌い始める。
私「せっちゃーん!ちょっとー!」
せっちゃん「はははーーー!な!弾けてるやろ?」
私「弾けてるって、曲を弾けてるって意味じゃなくて、音を鳴らせてるっていう意味?」
せっちゃん「ちゃんと、弾いてるやん!もう一回行くでー!さんはい!」
私「きーらー、きっ・・・らー・・・。」
ポロン、ポローン・・・・・ギッ・・・・・ポローン・・・・・・ギッ!
私「ちょっとー!せっちゃん、歌えないよ!ははは!」
せっちゃん「あら?おかしいなあ。弾けるはずやねんけど。あ、そしたら、2番やったら弾けるから!絶対、弾けるから!こっから歌って!」
私「ははは!せっちゃん・・・1番も2番も一緒やって!」
せっちゃん「えーから!はい!せーの!」
私「きーーーーー・・・らっ、き、き、きー・・・らっー・・・。」
ポローーーーン、ポン・・・・・ギッ・・・・・ポローン・・・・・・ギッ!
せっちゃん「ははは!!全然、弾かれへんなあ!」
私「ははは!」
せっちゃん「こんな伴奏じゃあ、Noisy、絶対に歌われへんなあ!ははは!」
私「前は弾けてたんだろうけど、練習してなかったら弾けなくなったんじゃない?」
せっちゃん「いや、前から、こんなもんやで!」
私「せっちゃん、それ・・・弾けたことないじゃん!ははは!」
せっちゃん「ええねん!きらきら星みたいな雰囲気は出とったやろ?」
私「まあねえ。」
すると、せっちゃんは、ウクレレを床に置いて、何故か、遍路の菅笠を私の方へ10㎝程、こっそり押してきたので私も隙を見て、15cm程、せっちゃんの方へ押し返しておいた。
せっちゃんとのこんな楽しい夜も更け、せっちゃんのアパートに泊まり、翌日、支度を整えた私は、広島へと向けて出発する。
下の駐車場まで見送りに来ていたせっちゃんに、運転席の窓を開けて最後の別れの挨拶だ。
私「それじゃあ、また私の事だから、その内、長野にいるよって電話すると思うから。」
せっちゃん「そやな!ほな、広島まで気を付けて帰ってや!」
私「うん!ありがとう!」
せっちゃん「大阪で、まあちゃんにもよろしくな!」
私「わかったー!じゃあ、またねー!」
せっちゃん「またなー!」
私は、車を走らせ始め、せっちゃんと別れた寂しさもありつつ、これから広島までの長い運転を思うと、気も引き締まる。
しばらく走ると高速道路のインターチェンジが出て来て、高速道路へと入って行く。
後続車を確認しようと、ふとバックミラーに目をやると、私は、ギョッとしてしまった!
ミラーに写りこんでいたのは、後部座席に無造作に置かれた、遍路の菅笠だった・・・。
「ちょっとーーーーー!せっちゃん!要らないって言ったじゃーーーーーーーん!」
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