村上信夫 オフィシャルブログ ことばの種まき

元NHKエグゼクティブアナウンサー、村上信夫のオフィシャルブログです。

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ギタリスト、村治佳織さん。

12年ぶりの対談だった。

長期療養に入ったと聞いたとき、案じることばをブログに書いた。

12年前、迷いのない強い意志を持った人だという印象があったので、

この難局も切り抜けるに違いないと確信していた。

復帰したと聞いたので、対談を申し入れたが、

慎重な姿勢を取る事務所の方針で3度断られた。

今回の試練が、彼女をどう変えたのか聞きたかった。

何より、元気になった彼女に会いたかった。

手紙を書き、電話もして、想いを伝えた。

誠意が通じたのか、ようやく対談のGOサインが出た。

 

久しぶりに会った佳織さんは、やわらかい人になっていた。

だからと言って、以前がカチンコチンの人だったというわけではない。

より、やわらかくなっていたのだ。

いい意味で力が抜けて、楽に生きている感じがした。

休養に入る前は、ぎっしり詰まったスケジュールを全力でこなしていた。

ギターを演奏する時も、全力で弾いていた。

それが、休養後は、無理のないスケジュールで、

ギターを弾かない日も作っているうちに、自然と力みが消えていった。

5年ぶりのCDアルバム『ラプソディー ジャパン』は、ふるさとがサブテーマだが、

気負いのない演奏が、逆に望郷の念を高める。

 

長年、姉のように慕う吉永小百合さんと旅に出たり、プールに行ったりした。

復活の島、長崎県五島列島に「希望」を感じた。

京都の染織家、志村ふくみさんの「命を染める」仕事も目の当たりにした。

休養中に、伴侶も得た。

試練は、様々な変化をもたらしてくれた。

演奏も、物腰も、ことばも、やわらかくなっていた。

 

月刊「清流」3月号での対談記事、ご期待を!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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ことば磨き塾の学生版では、何回か取り組んできた△探し。

大人の塾では、初めて試みた(11月22日の名古屋塾で)。

テーマは、「夫婦は一生添い遂げるべきか」。

微妙なテーマだが、意見が2つに分かれた。

〇×の対立だけで終わればディベートだが、

互いの意見をくみ取りながら、△つまり融和点を探すのが、

△探しのコミュニケーション。

 

「破局一歩手前だが(笑)、一生添い遂げる」

「完璧に嫌いなところがないなんてありえない。

だから、嫌いなところも認めて一生添い遂げる」

「離婚調停していると、縁は本人の思いだけのこと」

「ダメとわかったら、若い人は早く別れたほうがいい」

〇×意見がでたところで、△探しをしていく。

「夫婦になるなら覚悟が必要」と独身女性。

「ありがとうとおかげさまが足りないから離婚になる」と反省の弁。

「家族は人間磨き塾」と主体的意見。

「いい夫になろう。いい妻になろう。いい子どもになろうなんて考えない。

家族は子育ち妻育ち夫育ちの場」と建設的意見。

 

言いっぱなしでないのが、△探し。

否定批評しないのが△探し。

時に笑いを交えながら、微妙な問題なのに、和やかに話しあった。

もちろん結論を出すものではないが、

「ことば」を選んで「ことば」を意識して話すことも、佳き「ことば磨き」になる。

 

 

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永六輔さんの尽きない話を、さだまさしさんが聴講生として聴く。

永さんの話は、

何度聴いても聴き足りない、汲めども汲めども尽きぬ泉のよう。

教養の高さ、話題の量の豊富さ、幅の広さ、深い洞察力、表現の面白さに、

いつもワクワクする。

さださんに言わせると、

永さんは「好奇心という名のたくさんの紐を腰にぶらさげていた人」。

なかでも変な人や変なことが大好き。

永さんだけが知り得る知識や知見を後世に伝えるべく、

最初で最後の公式対談を、一冊の本にまとめた。

2人の蘊蓄の宝庫だ。

 

永六輔は、「永六輔」というひとつのジャンル。

放送作家、作詞家、ラジオパーソナリティ、歌手、ベストセラー作家・・・。

一つには収まりきらない。

多芸多才だが、特に詩人としてのすごさに、さださんは感じいる。

歌は、いわば生鮮食品。ことばが傷むのは早く、すぐ古びる。

だが、永さんの歌は、時が経っても全然古びない。

わかりやすいことばで深い世界を描いている。

 

永さんの話が面白いのには、理由が2つある。

一つは「愚痴を言わない」。

パーキンソンのキーパーソンと言って、辛い病気も笑いに変えた。

もう一つは「ひけらかさない」。

自慢をしている永さんを見たことがない。

自分の出した本の宣伝をすることを佳しとしなかった。

 

永さんがいたころの早稲田大学には、綺羅星のごとく人材がいた。

俳句研究会に大橋巨泉、短歌研究会に寺山修司、落語研究会に小沢昭一、

野坂昭如や五木寛之もいた。そして中村八大も大隈講堂でピアノコンサートを開いていた。

永さんの行動力と好奇心に吸い寄せられて、人が集まる。

さださんは、「永さんはターミナル」という。

 

永六輔は、右も左も上も下もない人。

何かに傾倒することも、一つの主義主張に与することもない。

だが、絶対に譲れない「正義感」は強かった。

憲法もたった一行。世界でいちばん短い憲法にしたらと提案していた。

その条文とは「二度と飢えた子どもの顔は見たくない」。

 

さださんは、永さんから受け取ったバトンを、しっかり握りしめている。

他人に渡すには、まだ重すぎる。

受け取ったバトンの何たるかが、まだわかっていないから。

いま、ようやく永さんの生き方をトレースしているところだという。

残された我々は、みんな同じ気持ちだと思う。

 

永六輔という人が、この世からいなくなったということは、一つの文化の消滅だ。

だが、永さんの遺したことばを伝えることを通して、開かれる扉もあるはずだ。

さださんの思いに、同感だ。

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