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聖モニカ幼稚園

2012-02-15 16:38:34
テーマ:ブログ

アイビーの独り言
祈りと共に流される涙「涙の聖女モニカ」



週日の説教(聖モニカの記念日)
金 大烈 神父 2010年8月27日(金) 


《涙の聖女モニカ -子どもの為に流す涙の祈り-》


さあ、今日は聖モニカの祝い日ですが、聖女モニカといえば、思い浮かぶのは『涙』ですね。彼女を言い表す時、「涙の聖女モニカ」と言います。その涙は、大聖人であり神学者である息子アウグスチヌスのための涙です。
この世の中に、息子・娘のために涙を流さない母がいるでしょうか。いくら立派で評判のよい子どもを持っていても、親の心、特に母の心は、安心より不安に陥る場合がほとんどではありませんか。つまり、涙を流すしかないのが、母親の立場だと思います。
では、この世の中のほとんどの母親が、たくさんの涙を流しているのにもかかわらず、なぜ聖女モニカだけを「涙の聖女」と呼ぶのでしょうか。息子が回心して聖人になったからでしょうか。いいえ違います。それは、その涙が必ず祈りと共に流された涙だからです。涙と共に祈る母の心を想像してみてください。それは真実でしょう。「自分の存在は無くなっても、この子が生かされれば最高」という切なる願いを持っているのでしょう。
さあ、皆様はどうですか。お子さんのために、涙を流しながら祈ったことが何回くらいありますか。きっと心配ばかりしていて、「なぜこのようになってしまったのか」とくよくよ考えてばかりいるのではないでしょうか。「あなたがくださったこの子どもの命をどうか最後までお守りください。」と祈り、感謝の涙、回心の涙、誓いの涙を流しながら、息子、娘のために祈った経験はどのくらいありますか。
いつか申し上げたことがあると思うのですが、『子ども』という存在は、母にとっては十字架です。死ぬときまで十字架になります。カトリック信者である私達は、その十字架の意味をよく知っているのですが、本当に感謝の心でそれを負っているでしょうか。子ども達のためになぜ泣いているのか考えてみますと、振り返ってみなければならないことが結構あると思います。親と子の関係は、神様がくださった絆です。神様が結び合わせてくださった、この世の中で一番強い絆です。ある意味では、夫婦の絆より強い絆でしょう。子どものために、祈りながら流す涙は、ある意味で一番価値のある涙ではないかと思います。祈りの内に、泣き虫になってください。それがなかったら、『お母さん』といいながらも、お母さんではありません。
ありがとうございました。




アイビーの独り言
Love&Peaceコンサート 聖モニカ幼稚園




広島市西区井口鈴が台にある 【聖モニカ幼稚園】(鈴木道子園長)でLove&Peace コンサートがありました。

年少組、年中組、年長組の可愛い園児のみなさんの合唱や合奏のコンサートでした。


♪みんなおなじ いきているから

ひとりにひとつずつ たいせつないのち♪


♪ふたつのてのひら ほほにあてれば

つたわるぬくもり まあるいいのち♪



アイビーの独り言
ひとりにひとつずつ たいせつないのち

発表会でシャムの踊りを 貴光左2人目



年中さんたちの可愛いお口から響き渡る歌声の大きかったこと!!

《生きてるっていいなぁ》

貴光にもこんな日があった。

明日も、明後日も生きると思っていた。

発表会で可愛く踊る貴光を見て涙が溢れたあの頃。

明日も、明後日も生きると思っていた。

でも・・・4歳だった年中さんの貴光はその後17年しか生きられなかった・・・・・

聖モニカ幼稚園のお母さん方の涙を見た時、【涙の聖女モニカ】を思いました。



アイビーの独り言
母は我が子のために祈りの涙を流す




今日はそんな美しい涙を流された聖モニカ幼稚園の【Love & Peaceコンサート】の第2部で、マサくんのコンサートと私の講演をさせていただきました。

講演の前に一人のお母さんが私に声をかけてくださいました。

彼女は年長組の長男と2歳の次男のお母さんでした。

「私も神戸大学卒なんですよ。震災の時4回生でした。当日は神戸にいなくて・・・・・」

あの日助かったからこうして親となり、子どもを抱きしめることができたのですね。


「お子さまをしっかり抱きしめられる幸せを噛みしめてくださいね。」

「ありがとうございます。大切に育みます。」


講演が終わってホールを出る時、「本当にありがとうございました。今日のお話を心にしっかり刻んで子ども達と向き合います。長男が親愛なる母上様のCDが欲しいと言うんですよ。いただいて帰ります。」と言ってくださいました。

握手をしてお別れしましたが、その手の温かかったこと。


皆さんが《まあるいいのち》をしっかり温めてくださいますように・・・・・。



アイビーの独り言
「まあるいいのち」 photo by T. Naito

17歳の岡 直弥くんへの想い

2012-02-13 19:08:42
テーマ:ブログ


アイビーの独り言
直弥くんマサくんへの想いの深さを・・・・

デザイン斎藤裕行氏(グラフィックデザイナー)



来る3月31日(土)開催となった、クロマティック ハーモニカ コンサートへの強い想いと経緯について綴ってみます。



アイビーの独り言

昨年12月19日リハーサル中の直弥くん




【クロマティックハーモニカ奏者 岡 直弥くんとの出会い】


《親愛なる母上様》 という書き出しで始まる手紙は、私の一人息子・貴光が大学入学時、長年住み慣れた故郷広島を出て巣立ちの時に、母親である私に宛てて書いてくれた手紙です。

息子が小学校3年生の時に彼の祖母に当たる私の義母が倒れ、寝たきりの状態になりました。現在のようにショートステイという制度もない時代でしたから、自宅で24時間の介護が始まったのです。

当然介護は私の役割でした。小学生の貴光は家に身動きできない弱い人がいることで、家族旅行もキャンプなどの家族での楽しみなど、すべて我慢してくれました。

弱者に優しい子供に成長してくれました。そんな息子の成長を見て密かに決意したのです。《愚痴は言うまい》 《明るく暮らそう》 と。

しかし、頑張り過ぎて体はボロボロになっていました。肝臓や膵臓に負担がかかり、体中に湿疹ができそれが痒く膿がたまり、背中から両腕に至り衣服にくっついて剥がれなくなるような状態でした。それでも頑張る姿を貴光は見てくれていたのでしょう。随分私を助けてくれました。やがて夫が転勤で家を出ることになり、貴光も大学入学と同時に家を出ることになりました。その頃、福祉制度が整いはじめショートステイで、介護をお休みでき時間が取れるようになりました。義母は施設でのリハビリも受けベッドに起き上がり、トイレまで歩行できるようになりました。

しかし、母親が一人で介護をするのは大変だということが解っている貴光は悩んでいたようです。《一人で祖母を介護しなければならなくなるお袋を励ましてやる方法はないものか?お知恵があったら拝借したい》という手紙を高校3年生の時友人に書いていました。亡くなって半年後にその高校時代の友人が知らせてくれて判りました。



アイビーの独り言
幼い頃から我慢できる子でした。貴光5歳



そういう経緯の元で書いてくれた《親愛なる母上様》の手紙は、私を励ますためのものだったのですが、この手紙を貰って僅か1年9ヶ月後に、貴光は世界平和への貢献という大志を果たせぬまま天国へ逝ってしまいました。




アイビーの独り言
コンサート前リハーサル中の直弥と勝利




遺書となってしまったこの手紙が縁を結んでくれて2008年1月に作曲家のマサくんと出会い今日に至っています。

直弥くんが中学3年生の時に、マサくんは直弥くんを紹介され出会いました。

当時マサくんは、直弥くんのすばらしさを私に話してくれました。

その後直弥くんが16歳の時に私は出会いの機会をいただき、彼のハーモニカを聴くことができたのです。

そして昨年12月19日にマサくんと直弥くんのコンサートが大阪府四条畷市で催された時、私は聴きに行きました。

囁くように・・・・・

語るように・・・・・

風のように・・・・・

大地の叫びのように・・・・・

自由に表現できる直弥くんのハーモニカの音色に魅了された私は、その場で決意しました。



アイビーの独り言
3月31日コンサートチラシの裏面




《直弥くんを広島に呼んでマサくんとのジョイントでコンサートを開きたい!!》

これまでの私を知る方々には信じられないことだったでしょう。

《目標を持ちそれに向かう》《夢を持つ》という私の姿勢に。


一人息子の死は、私から生きる気力を奪いました。

ただ自然の流れに漂っていただけの心の折れた抜け殻のような人間でしたから・・・・・

そんな私が出会いを重ねて生きるうちに、従来の元気な自分を取り戻して来つつあるのです。



アイビーの独り言
きっときっと素晴らしいコンサートになるよ

photo by T. Naito



阪神淡路大震災から今年17年目を迎えました。

貴光が亡くなって17年という長く空虚な時間が横たわっていたのですが、私は彼の死から一歩も前に進んでいませんでした。時が止まったままだからです。

《時が止まるということ》は以前このブログでも書きましたが、今でも17年前の《我が子の死の瞬間》は私の隣に居座っています。記憶は新しいまま薄れることがないのです。

いつも今のことですから、《あれから17年》と言われても、《17年》という時間の長さが測れないのです。



アイビーの独り言
17年という歳月が育てた直弥くん




そんな状態の私が、昨年12月19日に直弥くんと再会したのです。

16歳の時出会った彼が僅か1年で随分成長していました。

良くよく考えてみれば、貴光が魂の年齢を重ねる歳月と直弥くんがこの世に生まれて、重ねる年齢が同じだということに気づきました。


私は、17年という時間の重みを直弥くんの成長で見ることになり、その一瞬一瞬を心の中でなぞりました。

何という長い時間だったことか・・・・・

生きていればどれ程の成長をしていたことか・・・・・

無念も更に募りました。


貴重な時間を生きることができなかった若者たち。

その人たちの魂となった時間を紡ぐためにも、岡直弥くんの成長をずっと見続け、応援したい。

そして貴光の手紙に曲をつけ出会ってくれたマサくんと二人を応援できるジョイントコンサートを広島で企画することにしたのです。



アイビーの独り言
温かい愛を両翼に孕み飛び立つトビ

photo by T. Naito



しかし、私は規模の大きなコンサートを企画するなど全く経験がなく、不安でいっぱいでした。

そこで私の想いをお話し相談したのが、NPO法人HPS国際ボランティアの常務理事をされている内藤さんだったのです。お若い頃から学会運営で多くのイベントも手がけられている方で、私が前を向いて夢を持つためならお手伝いしましょうと、早速行動してくださいました。その結果この度はHPS国際ボランティア(理事長・佐藤広枝さん)が主催になって《第24回広島市民平和の集い》のイベントとして企画していただくことになったのです。


頼りになる先輩方がしっかり支えてくださり、私は元気いっぱいに翼を羽ばたかせ学習もさせていただいています。



アイビーの独り言
温かく見守る姿の美しさphoto by T. Naito





この度の会場もHPS国際ボランティアのお陰で、平和公園にある広島平和記念資料館地下メモリアルホールを押さえていただきました。

312名収容のすてきな会場です。

この会場が満席になりますよう、皆さまのご参加を心から願っています。


昨年の原発事故で放射能汚染の脅威に晒されておられるフクシマの方々と心をつなぐために、ここヒロシマへ避難されている方々を数十名ご招待させていただきたいと思っています。また収益金の一部を震災復興支援金として寄付させていただきます。




アイビーの独り言
出会いが強い絆に photo by T. Naito




あれから17年・・・・・

17歳の岡直弥くんの演奏会を、広島で開催させていただくことに感謝の念でいっぱいです。

皆さまと会場でお会いできますように・・・・・

そして心の触れ合いから強い絆を結べますように・・・・・

どうぞよろしくお願いいたします。











できました!!

2012-02-10 22:49:05
テーマ:ブログ


アイビーの独り言
斎藤裕行さんデザインのチラシです





第24回広島市民平和の集い

~あれから1年・響け東日本へ愛のハーモニー~


チラシが完成しました。

デザインしてくださったグラフィックデザイナーの斎藤裕行さんが、お忙しい中にも関わらず早く美しく仕上げてくださったおかげです。ありがとうございました。


2012年3月31日(土)

開演・・14:00 (開場・・13:30)


会場・・広島平和記念資料館地下メモリアルホール

    (所在地・・中区中島町1-2 平和公園内)


入場料・・999円(小学生以下は無料)

※収益金の一部を東日本大震災復興支援金として寄付させていただきます。



【第一部 講話】

被爆体験「廃墟の街で見たもの」

 平和の語り部 中西 厳


【第二部 コンサート】

岡 直弥(クロマティックハーモニカ)

奥野 勝利(キーボード・ヴォーカル)


(司会)糸永 直美(広島テレビ・アナウンサー)


●主催・NPO法人HPS国際ボランティア 

●協賛・広島被爆者援護会 

●後援・広島市 ・ 公益財団法人広島平和文化センター


■お問い合せ先 090-6840-7943(内藤・加藤)



アイビーの独り言
チラシ裏面にはプロフィールを載せました


《命の授業》~熱い想い言の葉にのせ

2012-02-09 21:21:00
テーマ:ブログ


アイビーの独り言
時を忘れて会える人 photo by T. Naito

(花時計)



泉のように湧き出る豊かな心と、それを表す生きた言葉に包まれて、私はここ広島で 《命の授業》 の腰塚勇人さんと、すばらしい時間を共有させていただきました。


昨年11月27日の夕刻。

前ぶれもなく突然私の前に現われてくださった腰塚さん。

感動のサプライズに心が奮えて止まらなかったあの日から約2ヶ月後の今日、またまた突然お電話いただき、お会いできることになりました。

腰塚さんって思ったら直ぐ行動される方なんですよ。



アイビーの独り言
明日は知れない人生にphoto by T. Naito




スキー事故で全身麻痺になられて10年目の今年。懸命のリハビリで歩行ができ身体の自由を取り戻されました。しかし、一度壊れた器は完全に元には戻りません。

まだ右半身には麻痺が残っているのです。

以前の腰塚さんは運動神経抜群の体育教師でしたから、今の動きに馴れるまでの心の葛藤ははかり知ることができませんが、そんなことを微塵も感じさせない彼の精神性の高さに心から尊敬の念を抱きました。

何不自由なく身体を動かせる私たちでもできない 《思ったらまずその人に会いに行く》 

この精神の源流にあるものは、やはり 《明日は何が起こるか分からない》 あのスキー事故のように。



アイビーの独り言
メールではなく大切な場所へ飛ぶ

 (アオサギ) photo by T. Naito



《大切な人の大切な時に先ずその人の所へ行く。私は必ずそうするのです。電話でもメールでもなく、その人に会って告げることを信条にして生きているのですよ。でも誰にでもという訳にはいかないけどね。》 と真剣なやさしい眼差しを注いでくださいました。



アイビーの独り言
大切な人を想う心 photo by T. Naito





なんと気高く優しくたおやかな、しかも強く逞しい精神の持ち主なのでしょう。 

そんな彼から 《大切な人》 の中の一人に入れていただいたことを、大変光栄に思うと同時にこうしてお出会いいただいたことを心から感謝しました。

「腰塚さん!!生きているってこんなすてきな時間に遭遇できるのですね!!」 

そう伝えながら涙が溢れて止みませんでした。



アイビーの独り言

生きていることの素晴らしさ(瀬戸内の夜明け)

photo by T. Naito




私がお手紙と一緒にお贈りしたマサくんのCD 《親愛なる母上様》 をご家族や事務所のスタッフの方々と聴いてくださっているそうです。


マサくんの曲は真っ直ぐ人の心に入ってくる。詞もいいし声もいい。とお褒めの言葉もいただきました。

《♪ああ・・・ご飯たべて、歯みがきして今日も一日頑張る・・・・・♪》 という 【太陽の子供】 は腰塚さんの一人息子、快くんの朝のテーマソングとなっているそうです。


午前10時過ぎに市内のホテルへお迎えに行き、午後4時に広島駅までお送りするまでの約6時間、腰塚さんとじっくりお話させていただくことができました。




アイビーの独り言
手に手をとり生きる photo by T. Naito




その間、《赤い屋根》→《お好み焼き薫風》→《自然派レストラン・アグリ》 と3箇所を廻りました。それぞれのお店のオーナーである大切な友人を彼に紹介したかったのです。



アイビーの独り言
突然たくさんの天からのお手紙が届き


アイビーの独り言
雪舞う天空の城 赤い屋根で・・・・・



私の聖地である喫茶店 《赤い屋根》 については車中でゆっくり説明しました。

腰塚さんはとても楽しみにしてくださいました。《今年の天は筆まめね。雪は天からのお手紙なのよ》 というママの言葉に、私は孤独から救われました。そのことを彼に語り、赤い屋根の付近まで近づくと突然雪が舞い降りてきました。

窓辺の椅子に坐り眼下に広がる市街を見下ろしながら雪が舞い降りてゆく光景には、なかなか出合うことができないのに、腰塚さんには最初の訪問で出合っていただけたことに、深い感動をおぼえました。 

ママの感性や生き方に腰塚さんも感銘を受けてくださいました。

《大切にしたい》と思うものが一緒だと喜んでいただけました。



アイビーの独り言
赤い屋根の窓辺で語り合った至福の時




そしてお昼を、広島のお好み焼き 《薫風》 へご案内しました。

実はこのお店の店主である、示芳(しほ)さんは 《命の授業》 のブログ読者で、腰塚さんを尊敬している女性なのです。

彼女もまた人生観がとても似ていて初心を忘れることのないよう常に学びの姿勢を崩さない方なのです。お店を開店するにあたり、商売をする前に人としてありたいと願う人なのです。だからコストが割高になる素材にこだわり、誇りをもって取り組んでいるのです。大勢の一見さんより少数でもいいリピーターを望む方なのです。

そんな彼女の焼くお好み焼きを腰塚さんに召し上がっていただきたくてご一緒しました。腰塚さんをとても尊敬している彼女へサプライズプレゼントもしたかったのです。店内に入った瞬間の示芳さんの顔が忘れられません。



アイビーの独り言

濃い時間が流れたかけがえのない空間
アイビーの独り言
こだわりの食材で丁寧に焼くお好み焼き



最後は自然派レストラン・アグリへお連れしました。

お好み焼きでお腹がいっぱいだったのでお食事はできませんでしたが、コーヒーとスコーンのセットをいただきました。千晴ママも腰塚さんに会えてとても感激してくださいました。ママも素材にこだわり食育に力を入れている方で、商売の前に人でありたい方なのです。

こうして小さくても心を感じる広島のお店やその店主に会っていただくと、広島がグンと親しくなり、足を運んでくださる回数が増えるのではないかと思うのです。

心を馳せる街には、心を馳せる《人》がいる。

そんな広島として腰塚さんには温かいイメージを抱いて帰っていただきたかったのです。



アイビーの独り言
自然派レストラン・アグリでのひととき



今日は雪まで大歓迎してくれて本当に嬉しい一日でした。

腰塚さん楽しく充実感いっぱいの時間を本当にありがとうございました。

また明日から同じ方向を向いて一緒に歩んでくださいね。



立派に生きたね!!

2012-02-08 22:15:37
テーマ:ブログ


アイビーの独り言
此岸と彼岸の架け橋 photo by T. Naito




私と同い年の親戚の者が亡くなり、私の妹と一緒にお別れに行って参りました。

10年前に脳梗塞で倒れ半身不随になり、懸命に生きておりました。

それから6年後に乳がんを発症。皮膚がん、骨肉腫と蝕まれ亡くなったのですが、家族の話では《痛い》とか《辛い》という言葉は一切吐かなかったそうです。


10年前脳梗塞で倒れてから、家族以外のお見舞いは一切お断り。

家族にも写真は撮らせない。



アイビーの独り言
美しい思い出を箱に詰めたまま旅立ち




私が彼女と最後に会った頃の遺影が微笑んでいました。

だから私にはこの遺影が《今》の彼女として心に刻まれたままでお別れとなりました。彼女には3人の息子がいます。今日数十年振りに彼らと会って思いました。


彼女は立派な人生を見事に生き抜いた。と。


母親として凜と生きた背中を子ども達に見せて、次走者の彼らにきちんとバトンタッチして旅立ったのですから。


逝くのは少し早かったと皆は言いますが、私には立派な人生だったと心から羨ましく思えました。



アイビーの独り言
時代を受け継いで飛ぶphoto by T. Naito




他者に対して最も大きな教えを与えられるのは 《死》 を迎えた時だと思います。

無言の教え程貴い教えはありません。彼女は次代を担う子ども達に人生最高の学びの場を与えて逝けたのです。



アイビーの独り言
子ども達へ  photo by T. Naito




私もそうあることを願っていましたが、息子に教えられることになってしまって・・・・・

逆縁の辛さに潰れそうな時もありますが息子の教えを無にしないためにも、それを生かして精一杯生きることを改めて心に誓った日でした。


ゆり子さん!!

あなたの人生立派でした。

ありがとう。


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