聖モニカ幼稚園
祈りと共に流される涙「涙の聖女モニカ」
週日の説教(聖モニカの記念日)
金 大烈 神父 2010年8月27日(金)
《涙の聖女モニカ -子どもの為に流す涙の祈り-》
さあ、今日は聖モニカの祝い日ですが、聖女モニカといえば、思い浮かぶのは『涙』ですね。彼女を言い表す時、「涙の聖女モニカ」と言います。その涙は、大聖人であり神学者である息子アウグスチヌスのための涙です。
この世の中に、息子・娘のために涙を流さない母がいるでしょうか。いくら立派で評判のよい子どもを持っていても、親の心、特に母の心は、安心より不安に陥る場合がほとんどではありませんか。つまり、涙を流すしかないのが、母親の立場だと思います。
では、この世の中のほとんどの母親が、たくさんの涙を流しているのにもかかわらず、なぜ聖女モニカだけを「涙の聖女」と呼ぶのでしょうか。息子が回心して聖人になったからでしょうか。いいえ違います。それは、その涙が必ず祈りと共に流された涙だからです。涙と共に祈る母の心を想像してみてください。それは真実でしょう。「自分の存在は無くなっても、この子が生かされれば最高」という切なる願いを持っているのでしょう。
さあ、皆様はどうですか。お子さんのために、涙を流しながら祈ったことが何回くらいありますか。きっと心配ばかりしていて、「なぜこのようになってしまったのか」とくよくよ考えてばかりいるのではないでしょうか。「あなたがくださったこの子どもの命をどうか最後までお守りください。」と祈り、感謝の涙、回心の涙、誓いの涙を流しながら、息子、娘のために祈った経験はどのくらいありますか。
いつか申し上げたことがあると思うのですが、『子ども』という存在は、母にとっては十字架です。死ぬときまで十字架になります。カトリック信者である私達は、その十字架の意味をよく知っているのですが、本当に感謝の心でそれを負っているでしょうか。子ども達のためになぜ泣いているのか考えてみますと、振り返ってみなければならないことが結構あると思います。親と子の関係は、神様がくださった絆です。神様が結び合わせてくださった、この世の中で一番強い絆です。ある意味では、夫婦の絆より強い絆でしょう。子どものために、祈りながら流す涙は、ある意味で一番価値のある涙ではないかと思います。祈りの内に、泣き虫になってください。それがなかったら、『お母さん』といいながらも、お母さんではありません。
ありがとうございました。
広島市西区井口鈴が台にある 【聖モニカ幼稚園】(鈴木道子園長)でLove&Peace コンサートがありました。
年少組、年中組、年長組の可愛い園児のみなさんの合唱や合奏のコンサートでした。
♪みんなおなじ いきているから
ひとりにひとつずつ たいせつないのち♪
♪ふたつのてのひら ほほにあてれば
つたわるぬくもり まあるいいのち♪
発表会でシャムの踊りを 貴光左2人目
年中さんたちの可愛いお口から響き渡る歌声の大きかったこと!!
《生きてるっていいなぁ》
貴光にもこんな日があった。
明日も、明後日も生きると思っていた。
発表会で可愛く踊る貴光を見て涙が溢れたあの頃。
明日も、明後日も生きると思っていた。
でも・・・4歳だった年中さんの貴光はその後17年しか生きられなかった・・・・・
聖モニカ幼稚園のお母さん方の涙を見た時、【涙の聖女モニカ】を思いました。
今日はそんな美しい涙を流された聖モニカ幼稚園の【Love & Peaceコンサート】の第2部で、マサくんのコンサートと私の講演をさせていただきました。
講演の前に一人のお母さんが私に声をかけてくださいました。
彼女は年長組の長男と2歳の次男のお母さんでした。
「私も神戸大学卒なんですよ。震災の時4回生でした。当日は神戸にいなくて・・・・・」
あの日助かったからこうして親となり、子どもを抱きしめることができたのですね。
「お子さまをしっかり抱きしめられる幸せを噛みしめてくださいね。」
「ありがとうございます。大切に育みます。」
講演が終わってホールを出る時、「本当にありがとうございました。今日のお話を心にしっかり刻んで子ども達と向き合います。長男が親愛なる母上様のCDが欲しいと言うんですよ。いただいて帰ります。」と言ってくださいました。
握手をしてお別れしましたが、その手の温かかったこと。
皆さんが《まあるいいのち》をしっかり温めてくださいますように・・・・・。
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