アイビーの独り言

加藤りつこのブログ


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不意に眼と合う・・・あの時の眼だ    (ヒメジョオンとベニシジミ)      撮影  内藤達郎       




雨上がりの庭に屈みこんで  夏草を抜く  不意に  ヒメジョオンの

眼と合う・・・・・あの時の眼だ


 観音小学校の片隅に  崩れ落ちたままの廃墟があった  かつては

講堂だったと聞いたが  そこで何があったのか  教えてくれる者は誰も

いなかった  空洞になった建物のいたる所から  折れ曲がった鉄骨が

 ぶら下がったり地中から突き出したりしていた  瓦礫の間から  か細い

草の足が  あちこち立ち上がっていた


 残骸の中から溶けたガラス玉を拾い集めて  時々ふうっと降りてくる

青い光に透かしてみたり  土に穴を掘り底に埋めてガラス板をかぶせ 

秘密の宝物にした

 セルロイドのキューピー人形  マッチ箱の箪笥・・・・・少しずつ運んで

くる日もくる日もそこで過ごした

 どこからか風が吹き寄せて  白い花たちがいっせいに頭を揺らしながら踊ったーーームジュンニミチテイタ  ワタシノヨウネン (校庭では  マネキン人形のように積み上げられた死体が焼かれた  両親を焼いた中学生もいたんだと聞いたのは  つい最近のことだ)




 命を死守していた種子たち        (ヒメジョオン)           撮影  内藤達郎





 陽が沈むと一日はきっぱりと終わり  闇が家々を覆い隠した  父が下の弟を背負い  母は上の弟の手を引いて  わずかな明かりを頼りに  私の前を歩いていた  下の弟が  リルリル  どこにいるのかリル・・・・・歌い始めると

  父たちは大声で  誰かリルを知らないか  声を揃えて歌った  私は石鹸がコトコト鳴る金盥(かなだらい)を抱きかかえて  必死でついていった


 転ばないように  まっすぐ歩かなければ  ちゃんと一人で歩かなくては・・・・・窓から仄かに漏れる光に  いつのまにか莟(つぼみ)を一杯付けた小さな白い花たちが  すくっと浮かび上がった  私は黙って肩を並べ  歩いていった

 太陽が凍りついた  あの受難の瞬間にも  命を死守していた種子たち




【火の文字】

2013年8月6日初版発行

著者       井野口慧子

編集・発行者  鈴木比佐雄

発行所      (株)コールサック社


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すばらしき星・地球よ悠久の時を・・・ (1月17日神戸三宮にて)        撮影  崎川







明日(あした)戦争がはじまる

                     宮尾節子(詩人)


まいにち

満員電車に乗って

人を人とも

思わなくなった



インターネットの

掲示板のカキコミで

心を心とも

思わなくなった



虐待死や

自殺のひんぱつに

命を命と

思わなくなった



じゅんび

ばっちりだ



戦争を戦争と

思わなくなるために

いよいよ

明日(あした)戦争がはじまる





小さな命みつめて    (ベニシジミとヒメジヨン)           撮影  内藤達郎







詩人・宮尾節子さんは、2014年7月2日 自作の詩【明日(あした)戦争がはじまる】 の著作権を放棄するとツィッターで明かした。


「みなさんの拡散や引用がなければ、このように読まれることはなかった詩です。ありがとうございました。どうぞ、ご自由にお使いください。願わくば平和のために・・・・・。」 と理由を話している。


2007年に書かれたこの詩を、2014年1月ツィッターへ投稿された。


私は、今初めてこの詩に出会い、心に響くものがあったので、ここに記録しておきたいと思いアップしました。






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人々の祈りの如く咲く大輪の花    タイサンボク         撮影  内藤達郎







 広島県内の合唱団で構成した 「広島平和と希望の合唱団」 とエリザベト音楽大室内合唱団が昨年3月末、被爆70年に向けて国連合唱団と米ニューヨークで演奏会を開いた。

一緒に合唱するオリジナル曲の詞を選考したご縁で、同行した。


 国連本部と聖ヨセフ教会では地元の合唱団との演奏もあり、両日とも長い練習が見事に結集して情熱あふれる素晴らしい歌声が会場に響き渡った。


 最後に歌われたのがジョン・レノンの 「イマジン」。

全員がキャンドルを持ち、大人も子供も、人権や宗教も超えて歌詞そのものの世界がそこで実現していた。

一人一人が輝いて会場が一つになったひとときだった。




一人ひとりが輝いて       クサハナビ       撮影 内藤達郎








 コンサートに駆け付けてくださったニューヨークの友人の中に、ミヨコ・ウンノ・ディヴィーという人がいる。ニューヨーク初の日本人証券キャリアウーマン。

在米50年で美術にも造詣が深い。

東日本大震災直後の2011年6月には、三菱一号館美術館(東京)などで、ご夫妻が集めたジャポニズムの美術工芸品180点あまりの記念の展覧会があった。 ジョン&ミヨコ・ウンノ・ディヴィーコレクションである。


 その後、夫のジョン・パトリックさんが他界。 13年には大きな悲しみの中で、夫妻で収集した倉敷市出身の画家 犬飼恭平について 「肖像画家 犬飼恭平~ある異教徒の告白」(吉備人出版) を執筆、出版された。


 さて、公演が無事終わり、帰国前日メトロポリタン美術館などの観光後、一行を離れて1人タクシーに乗った。

夕方、ブロードウェー近くで再び合流することにしたのだ。


 私は7年ぶりに、ミヨコさんの住むマンハッタンのダコタハウスを訪れた。

ジョン・レノンの住まいであり、オノ・ヨーコさんが今も住む。 暗殺から30年以上たつのに、建物前のその場所には4~5人の旅行者がたたずみ、写真を撮っていた。





ひたすら祈る世界中の人々の涙のように   スノードロップ








 米国に住むミヨコさんの妹さんも加わった幸せな時間は瞬く間に過ぎた。 帰り際にミヨコさんが 「イマジンのモザイクの横に、セントラルパークで春になると初めて開く白い花が今咲いているのよ」 と言われた。


 ダコタハウスのすぐ前に、ヨーコさんたちが設置されたストロベリーフィールズと呼ばれる追悼広場がある。 白とグレーの石のモザイクの真ん中にIMAGINE という文字がはめ込まれていて、今でも多くの人がそこで 「イマジン」 を歌うという。


傍らに群生していた花は、スノードロップ、別名 春待草だった。 「毎年この花から春が始まるの」 とミヨコさん。




IMAGINE すべての人々が世界を分かち合っていると   ヤブガラシ   撮影 内藤達郎







 旅の間ニューヨークは真冬のような寒さだった。 時々粉雪が舞い、肌を刺す烈風の空の下、水仙でもスミレでもなくスノードロップー雪のしずくが、ひっそり肩を寄せ合い純白の花をつけている。

ますます危うくなるこの地球で、ひたすら祈っている世界中の人々の涙のようだ。


♪想像してごらん・・・僕らの上にはただ空があるだけ・・・国などない・・・

 殺す理由も死ぬ理由もない・・・宗教もない・・・欲望も飢えもない世界・・・

 皆がただ平和に生きているー。



2015年5月30日 中国新聞 【想】 寄稿  詩人・井野口慧子

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第3回けん玉教室 全校生徒23名参加。表情が和らぎ楽しそう❤ 嬉しい報告です。








広島と福島を結ぶ会  代表 加藤りつこ 様


 いつもお世話になっています。

本日3回目のけん玉教室を実施いたしました。


いわき市、須賀川市、からの遠路にもかかわらず、

今回もお二人の講師の先生にお越しいただきました。

テストが終わったばかりとあって、生徒たちも笑顔で生き生きと参加していました。 ありがとうございました。


最近の大雨で、広島県のみなさまにも被害にあわれた方々がいらっしゃるとうかがっております。

被害にあわれた皆様が、一日でも早く、平穏な生活を取り戻せるようお祈り申し上げます。


事務担当 山木屋中学校 教頭 安田雄生 





向かって左が吉村さん。右が山木さん。高速で2時間の距離を通ってくださっています。







3回目のけん玉教室を実施された山木屋中学校の教頭先生からメールが届きました。

今年の4月から、毎月一回、日本けん玉協会の有段者である、山木弘行さんと、ご友人の吉村さんがけん玉講師として、山木屋中学校の全校生徒23名をご指導くださっています。

先日6月29日に、3回目のけん玉教室を開いてくださいました。


この企画は、「広島と福島を結ぶ会」 が、福島支援の一環として取り組んでいる交流事業です。




2014年11月山木屋中学校 校庭は除染作業員の車で埋まり校舎は生気を失って。 撮影・延和聰







山木屋中学校は、原発事故により地域全体が避難し、学校も移転しました。

しかし、住民の多くは県外や他の地域に避難された方々が多く、山木屋中学校の生徒も激減しました。

当時から川俣町立川俣中学校の4階を間借りして授業を再開され現在に至っています。

そのため年々生徒数は減り、今年度は全校生徒数が23名になったとのことでした。




間借りしている学校の通用口が山木屋中学校の玄関。生徒と先生が手彫りで作ったプレートに胸が詰まる。 2014年11月       撮影・延和聰








生徒たちは間借りしているという遠慮から、グランドを使うのも避けるようになり、人数が足りなくてクラブ活動もできないため、外で走り回って遊ぶこともしなくなったと、先生方は心配されていました。


そんな事情を聞いて、教室でもできるスポーツをと、考えてくださった村田均整の村田先生が、広島県廿日市市発祥のけん玉をご寄付くださいました。

一昨年、生徒たちは休憩時間には、インターネットで技を学びながらけん玉の練習をしていたそうですが、やはり我流では難しく、けん玉はそのまま教室の隅に追いやられていたそうです。




被爆アオギリも見事に花を咲かせています。福島の子供たちも必ず見事に咲いてくれるでしょう。     撮影  内藤達郎






それでは、折角いただいた村田先生のご厚意が無になると、私たちメンバー全員で話し合っていた時に出会いをいただいた、けん玉協会広島支部の有段者の方のお口添えで、福島県の会員の方に出会うことができました。


毎月1回、生徒たちにけん玉の基礎から教えていただいて、有段者の技を目の前で見ることができれば、彼らの気持ちも変わるのではないかと、話し合い、講師への謝礼は、「広島と福島を結ぶ会」 が援助させていただくことを学校側へ打診してみました。

校長先生はじめ、諸先生方も大変喜んでくださり、今日に至っています。




被爆アオギリの花がたくましく咲きました。                    撮影  内藤達郎







先日、講師の山木さんに電話してお話を聞かせていただきましたが、生徒たちの表情に変化が表れてきたそうです。

最初は、お客さんのように表情が硬かったけど、今は目標を掲げて練習に励む者。

楽しみながら練習する者。

それぞれの顔に余裕の笑顔が見られるようになり上達してきました。


という嬉しい感想をいただきました。

頑張れ!! 山木屋中学校の子供たち!!

私たちは、広島から皆さんの体力づくりを応援しています。

皆さんの笑顔を応援しています。

皆さんの喜びは、私たちの喜びです。








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【瀬川泰代 左手のピアノ ”祈望” コンサート】


日時 ; 2016年8月6日(土) 13:00開演 (12:30開場)

会場 ; 広島市南区民文化センター スタジオ

     (広島市南区比治山本町 16-27 TEL082-251-4120)


入場料  大人2,000円(当日2,500円) 

      学生 1,000円 (中・高・大)

      小学生以下無料




http://hiroshima-fukushima.com/event/  (ホームページ)


http://hiroshima-fukushima.com/registration/indexkibouconcert.html  (チケット申し込み)


チケットのお申込みやお問い合わせはお電話でも結構です。

090-6840-7943 (加藤)

080-4553-3612 (小田)




深い悲しみを昇華して                (原爆死没者慰霊碑)               撮影  内藤達郎

  





8月6日 広島は被爆71年目の慰霊の日。

あの日、深い悲しみに包まれた広島が多くの貴い愛に支えられ緑深く美しい街に蘇りました。


5年前、福島は原発事故で人々は故郷を失い、過去も未来も失いました。

2年前、広島の大規模土砂災害で、人々は故郷を追われ今も苦しみの日々を強いられています。

そして、2ヶ月前、熊本大地震で自宅を失くし今も避難生活を強いられている人々は、先日の豪雨でさらに苦難を強いられています。




忘れない 「愛」 と 「心」                  (クチナシ)                    撮影   内藤達郎







大きなことはできませんが、私たちには【愛】があります。 忘れない【心】があります。

悲しみを知っている広島から、福島~熊本へ大きな虹をかけようと、『広島と福島を結ぶ会』 の発案で、チャリティーコンサートを開催することになりました。


左手のピアニスト 瀬川泰代さん

詩人(朗読)    井野口慧子さん

アルトサックス   小田聡さん(広島と福島を結ぶ会メンバー)



出演を快く引き受けてくださった、瀬川泰代さん、井野口慧子さん、小田聡さんも、深い悲しみを心に抱いて生きてこられた方々なのです。






左手のピアニスト      瀬川泰代さん







瀬川泰代さんは3歳の頃からピアノを習い、将来はピアニストになりたいと頑張っていましたが、念願の音楽大学へ入学した直後、右手が思うように動かなくなりました。

「局所性ジストニアという不治の病です」 と医師からの残酷な宣告。

前途ある若者の夢と希望は一瞬にして打ち砕かれてしまいました。

絶望の淵を彷徨い途方に暮れる毎日でしたが、恩師の助言により、左手のピアノ曲の存在を知りました。

暗闇で見た一条の光明。 左手だけでも演奏できる。 

大変困難な道ではありますが、泰代さんにとっては希望の光となりました。

伴奏とメロディーを片手で同時に弾くという難しい奏法に挑戦し、努力に努力を重ねて今日に至っています。

今は、オーストリアのグラーツへ留学し研鑽を積んでいます。

国際コンクールにも挑戦し、上位入賞を数多く果たしています。

【失ったものに執着し憂うことより、今残されたものを大切に生かし前進する】 

泰代さんの純朴で溢れんばかりの笑顔の向こう側には、こんな壮絶な過去がありました。

彼女の演奏を聴かれた方々は、皆さん元気を取り戻しておられます。







詩人    井野口慧子さん(絵本と詩の朗読)






詩人の井野口慧子(いのくち けいこ)さんも、1981年6月14日に、当時11歳9ヶ月だった長女の美樹ちゃんを亡くされました。

文学少女で、本は勿論、音楽、絵画、手芸と大好きなものがたくさんあった可愛い女の子でした。

文章を綴ることが大好きで、たくさんの作品を遺しています。 絵も大好きだった美樹ちゃんは自作の絵本も数多く遺しています。

命あるものすべてを慈しむ優しい心の持ち主でもありました。

そんな未来ある大切な我が子を突然亡くされた井野口さんだからこそ表現できる詩やエッセイに、慟哭の闇に前途を失った私は、救われ続けてきました。

また、井野口さんの朗読は、言葉の行間に潜む微かな情感をも救い上げて表現されます。

その朗読にも、私の心の奥に閉じてある深い悲しみを溶かす力があります。

瀬川泰代さんのピアノの音色と井野口慧子さんの朗読のコラボから何が生まれるか楽しみです。






深い眼差しと愛に満ちた心で演奏するサックスの音色に癒されて        小田聡さん(広島と福島を結ぶ会メンバー)






アルトサックス演奏の小田聡(おだ さとる)さんも、彼が28歳の時、社会人2年目だった弟を事故で亡くしています。

若い時に兄弟を亡くすことも、悲しみは深く心の傷になります。

その上に親の悲嘆に暮れる姿を見ながら生きることも大変辛いものがあります。

彼の悲しみを抱える人々を想う気持が滲み出る深い眼差しは、そんな過去を背負って生きる人だからこその貴い愛なのです。





この度のコンサートの収益金は全額、福島、広島、熊本の被災地支援に活用させていただきます。

傷ついてもなおやさしく豊かに生きる3名のアーティストの皆さんも、この企画にご賛同くださいました。


【傷ついた人たち】 から 【傷ついた人たち】 へ、いのちの虹をかけることができますように。

すばらしいコンサートになると思います。


また、当日会場へ福島県伊達郡川俣町と福島市からお二人の被災者をご招待します。

会場にお運びいただいた皆さまと、やさしさ溢れる時間と空間を共有させていただけますように。

どうぞよろしくお願いいたします。



 





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