岩瀬昇のエネルギーブログ

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エネルギー関連のトピックス等の解説を通じ、エネルギー問題の理解に役立つ情報を提供します。

 

(カバー写真は、文中引用している「ロイター」原文きじのものです)

 

 週末は「相場報告」を書く必要もなくエネルギー関連ニュースも激減するので、少々心穏やかに過ごすことができる。

 先週末も数時間の遠出散歩に出ることができた。

 

 その一方で、どうにも気になって仕方がないエネルギー関連ニュースがあったので、ああでもない、こうでもないと考え込んでいた。

 極端に言うと、本稿タイトルにあるように「OPECプラス」の未来に暗雲をもたらすかもしれないリスクについてである。

 

 気になったニュースと言うのは「ロイター」が2024年5月10日9:11amに報じている『OPEC月報「OPECプラス産原油」の需要予測に変更=関係筋』(*1)だ。

 OPECが毎月、発表している月報(Monthly Oil Market Report)の中で、これまで「OPEC産原油への需要予測」を発表していたのだが今月から「OPECプラス産原油の需要予測」のみに切り替える方針だ、というのが記事の要点である。

 

 おそらく一般の方には、この記事を読んだだけでは「だから、何?」としか思わないのではないだろうか?

 疑問に思われた方はぜひ記事原文をお読みいただきたい(*2)。

 

 筆者は、OPECプラスで「何か」が起こっていることの現れ、と見ている。

 

 順を追って説明していこう。

 

 まず「OPEC月報」である。

 

 読者の皆さんには、一度通読されることを勧めてきた。どのような構成で書かれているのかを理解すれば、関連報道をより早く、より正確に把握することが可能になり、必要に応じて関連個所だけを読むことができるようになる。

 

 「OPEC月報2024年4月号」(2024年4月12日公表)によると「月報」の構成は次のようになっている(*2)。

これはこれまでと不変だ。

 

 冒頭に、今月の「特集」は「2024年夏季の世界石油需要」だと記されており、以下次のようになっている。

 

 ・石油市場ハイライト

 ・特集

 ・原油価格動向

 ・世界経済

 ・世界石油需要

 ・世界石油供給

 ・製品市場と精製操業

 ・タンカー市場

 ・原油及び製品トレード

 ・商用在庫動向

 ・需給バランス

 

 筆者も通常は「石油市場ハイライト」だけを読み、メモを取っている。その上で、さらに細かいことが知りたい場合は各関係項目に目を通すといった具合だ。

 

 実はこれまでも最後の「需給バランス」の項目が曲者だった。

 

 OPEC月報の関連個所をご紹介しておこう。

 

 かつては次のようになっていた。

 

2024年3月号「OPEC原油への需要」

 

 「相違」(Difference)を「需給バランス」とみなし紹介している「ロイター」記事には、次のように「需要予測」と記されているので、多くの読者は「OPECが予測している需要見通し」と誤解してしまうだろう。

 

〈石油輸出国機構(OPEC)は月報でOPEC産原油の需要予測の公表を廃止し、ロシアなど非加盟産油国も含む「OPECプラス」の枠組みで生産する原油への需要予測に切り替える方針だと、関係筋が明らかにした。〉

 

 だが実態は、ご紹介したデータからも分かるように、3月号までは「世界の需要量予測」から「非OPEC(OPECプラス参加国も含む)の供給量」と「OPECの非在来型石油(NGLなど)」の「合計量」を差し引き、そのバランスを「相違」だとし「OPEC原油への需要量」(Call on OPEC)と呼んでいるだけなのだ。

 つまりOPECが主体的に「予測」している訳ではなく、単なる「計算上の結果」なのである。

 

 ところが4月号からは、OPECのみならずOPECプラスへの需要(相違)に加え、それぞれの生産量データを付記するようになった。

 関連個所は次のようなものだ。

 

2024年4月号「OPEC原油への需要」

 

2024年4月号に始めて掲載された「OPECプラス原油への需要」

 

 したがって「ロイター」記事の要点は、計算を「OPEC原油への需要量」(Call on OPEC)

から「OPECプラス原油への需要量」(Call on OPEC+)に切り替える、と言うことになる。

 

 さらに単なる計算結果を「相違」として示すだけでなく、関係産油国の生産量を掲載するようになり、その差引量を「バランス」として報じている。

 

 では、なぜこれが「重大事」と筆者が判断しているのか、を説明しよう。

 

 1960年創立のOPECには常設の事務局がある。優秀なエコノミストを集め、毎月各種データを分析して「月報」として発表している。

 現在「IEA」(国際エネルギー機関)の事務局長を務めているファテイ・ビロルもかつてOPECのエコノミストだった。

 

 一方、2016年末に結成されたOPECプラスには如何なる常設機関もない。すべてをOPECに依存している。

 

 ところが何と言っても、非OPECの代表は「相手は自分を騙そうとしているに違いないから、こちらから先に騙してやる」(小泉悠先生の名言。弊著『武器としてのエネルギー地政学』2023年1月、ビジネス社参照)ロシアである。

 おそらくウクライナとの「戦争」を理由に、生産や輸出データをきちんと報告していないのだろう。だから2023年6月に合意した協調減産を実行する場合の「2024年の基準量」(*4)についても、ロシアの「9,828mbd」には次のような注釈がついているのだ。

 

*** This level was the required production level for the month of February 2023, as assessed by the average of the secondary sources, and is subject to revision by June 2023 as the country is currently working with the secondary sources to update production figures.

 

 何度も指摘しているようにサウジは、OPECプラスが「組織」として機能し、生産政策についても正式な機関決定を行いたいと考えているのではないだろうか? 何の拘束力もない「自主減産」ではなく、OPECプラスの最高意思決定機関である「OPECおよび非OPEC大臣会合(ONOMM)」で合意する形式を整えたいのだ。

 そのためにはベースとなるデータが共有されなければならない。そこで、前述したように「OPECプラスへの需要」計算のために必要な各国の生産量数値について、仮に「2次ソース」(OPECが認定しているデータ分析数社)であるにしても、OPECプラス加盟国の共通理解として毎月公表したいのではないだろうか。

 

 もし、ロシアが協力しないならば、あるいは協力しているフリをしてチートするならば、2020年3月の時と同じように「目にものを見せてやる」との強硬手段に訴えることもありうるのではないだろうか?

 

 これが筆者の懸念である。

 

 6月1日の次のONOMMが見ものである。

 

 杞憂であればいいのだが。

 

*1 OPEC月報、「OPECプラス産原油」の需要予測に変更=関係筋 | ロイター (reuters.com)

*2 OPEC switches to 'call on OPEC+' in global oil demand outlook, sources say | Reuters

*3 OPEC_MOMR_April_2024 (7).pdf

*4 Production table - 35th ONOMM.pdf (opec.org)