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観戦者の立場から興味深いということも確かにありますが、同じ競技に取り組む者の端くれとしても、高いレベルでやってる競技者・指導者がどう考え、何をしてきたのかから、学ぶべき点がないか探ることは、楽しい作業でもあります。
確かに、高校・大学・実業団の陸上部に属するような、マラソン・長距離走の競技者と、私も含む、大半の市民ランナーとの間には、実質、別競技に取り組んでいると言ってもいいような、実力差の断絶があります。
一流ランナーがどんなトレーニングをしている(いた)かを知ったとしても、同じトレーニングをこなす能力すら持たないのが、大半の市民ランナーです。
ただ、何を学び取って、自分自身にどう活かすかは、たとえ市民ランナー向けに特化したノウハウのようなものであったとしても、一流ランナーのエピソードから、自分に活かすことができるヒントを発掘するかのような態度で臨まないと、大して身につくものでもないと思うのです。
わかりやすいかどうか、納得できるかどうかよりも、重要なのは、自分自身で取り組んでみた結果がプラスになるかならないかですからね。
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なかなか、考えていることが文章にうまくまとまらないですけど、近頃はライフハック的なものが幅を利かせすぎではないかと思ってます。
ノウハウ本や自己啓発本のようなものを読んでいる人がいると、私より少し上ぐらいまでの世代の人なら、「地道な努力を継続することを避け、安易な小手先の対応で、成長せずに低迷している現況をひっくり返そうと目論んでいるのではないか」といったような、あまりポジティブな評価はされない風潮があったのではないかという気がします。ことによったら、「だから、いつまでたっても、うだつが上がらないんではないか」とまで評されかねないような。
それが、特に最近は、いかに上を目指すかというよりは、いかに効率よくやっていくか、そのために具体的に何をしたらよいかの情報を、熱心に探求している人が、よく勉強している人と評されているような、そんな風潮すらあるような気がしてます。
学問とは何かといった、あまり大上段に構えたような話をしても仕方がないのですけど、基礎的な部分か重要な部分から優先して学習して、全体の20%を確実にすれば、試験で出題される中の80%は抑えられるといった、パレートの法則に基づいたような対応をするのが賢いやり方といったようなことになりがちではないでしょうか。
しかし、それは学問ではなく、受験対策にすぎないものでしょう。
学問というのは、先人の築いた成果を100%とするなら、110%とか120%とかにしていく営みなんではないでしょうか(101%か100.1%か、あるいは、上昇幅はそれ以下かもしれませんけど)。
時間が無限ではない以上は、わざわざ効率を落とすことが望まれるわけではありませんが、努力に要する労力が、得られる成果に対して割に合わないといったような理由だけで省略するというのは、受験生でもやってることだけをやってる学者みたいなものでしょう。
次世代に引き継がせることを前提に、時間が有限であることをひとまず横に置くような取り組みすらすることがあるのが、本来の学問ではないでしょうか。
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そんなわけで(?)、この本も、市民ランナーには、ただエンタテイメントとして楽しめるだけで、役に立つものではないとか、むしろ素人が変な所で感化されてしまいかねないから有害だとか、そんな結論を下してしまうのは早計かもしれませんぞ。