新・帝王切開物語(1)プロローグ | マーブル先生奮闘記

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マーブル先生の独り言。2024年1月1日の能登半島地震後の復興をお祈り申し上げますとともに、被災された皆様に心よりお見舞い申し上げます。

 産婦人科を取り囲む状況は劇的に変化している。変化の波は医療側と妊婦側の両方から起こり、歩み寄るよりは、むしろ平行線をたどっているようにすらみえる。お産は安全であるという神話は崩れ、国内の至る所で産科的な事件が起り、医療側は危険からのがれるために最大限の安全策を選択しようという傾向が高まりつつある。
 しかし、一方では、少子化という国そのものの存続を危ぶむ状況と相まって、一つ一つの分娩を大切にしようという風潮も高まりつつある。晩婚化による妊娠年齢の高齢化は分娩の安全よりもその最大の合併症の発症の危険度を明らかに増強させている。
 お産の危険からの緊急避難行為としての帝王切開の選択が世界的にも増加の一途をたどり、50%に到達する国も多くなってきている。この様な時代にもう一度「安全なお産は何か」を問うためにも帝王切開の歴史を介してお産について学ぶことは、この時代に生きる女性にとても大切なことであると思われる。この「帝王切開物語」は歴史的な帝王切開事始めの事実を介して「母と子の命の絆」を問う問題への挑戦である。

                   帝王切開物語
      (帝王切開とは子宮を切開して安全に赤ちゃんを取り出す出産法である)

 帝王切開とは、お母さんや赤ちゃんに差し迫る、何らかの危険が迫って、通常の分娩が難しいと判断された時に、赤ちゃんを助けるために、一刻を争って、おなかと子宮を切開して、赤ちゃんを直接取り上げる出産方法のことです。
 「帝王切開」という名前の由来は研究され、いくつの説が報告されています。ドイツ語では帝王切開のことを「Kaiserschnitt(カイザーシュニット)」といいます。Kaiserとは、「分離する」と言う意味のほかに「帝王・皇帝」という意味があり、shinittは「切開する」という意味があるので、「Kaiserschnitt」とは本来はお腹と子宮を切開し赤ちゃんを取り出すという意味でした。  
ところが、ドイツ語から日本語に翻訳する時に分離よりも皇帝(帝王)が選択され、、間違って誤訳されたという説が一般的です。
 紀元前3世紀、古代エジプトの古文書に帝王切開の記録が残っています。そこでは、「帝王切開」を意味する言葉をラテン語で「sectio caesarea」と書かれています。ラテン語の caesareaとは切り刻むという意味ですが、ラテン語からドイツ語に訳される時、「caesarea」を古代ローマの将軍「シーザー」とここでも語訳してしまい、ドイツ語の「Kaiserschnitt」自体も間違っているという説すらあります。
 さて、帝王切開は増え続けています。帝王切開、かつては産婦人科医の「伝家の宝刀」ともいわれ、めったなことでは使用されない出産方法でした。ところが、近年、帝王切開は増加の一途で、厚生労働省統計によると、日本の分娩における帝王切開の割合は、1984年に7.3%であったものが、1990 年には10.0%と年々高まり、2009年には18.4%まで上昇しました。ここ20年で帝王切開率は倍増し、今や日本人の5人に1人は帝王切開で出産する時代になってきました。
 その理由には、晩婚化による高齢出産が増加、不妊治療後の妊娠による多胎妊娠の増加、若年女性の喫煙率の増加のほか、リスクをできるだけとりたくない医師や産婦・家族の心理など、社会的事情の変化などが背景にあると指摘されています。帝王切開の内訳を見ても、緊急帝王切開よりも予定(選択的)帝王切開が増加していることからも明らかです。
 世界的にも帝王切開は増える傾向にあり、隣国の中国や韓国では、その割合は40%をこえもはや50%にせまるまでになってきています。WHOは「正常分娩に対する帝王切開の割合は通常の分娩管理をしていれば15%前後であろう」とし、この値を推奨しているので、帝王切開の増加の原因には、あきらかに社会的、人為的な背景が含まれていると思われます。中国では糖尿病患者や高齢出産の増加という医療的な背景以外に、「スタイルを維持したい」「出産の痛みに耐えられない」「吉日に出産したい」という産婦側の希望による帝王切開が年々増えています。病院側も、帝王切開では正常分娩に比べて収益が増収することから、それを歓迎し、受け入れている現状があります。中国、あれだけの人口のほぼ2人に1人が帝王切開で産まれているのです。驚きの数字です(北京オリンピックの開催日の北京での帝王切開数はすごいものでした)。
 日本での帝王切開の比率は、すでにWHOの推奨基準を超えたものの、それでも他の先進国と比べるとまだ低い値です。帝王切開率の上昇に歯止めがかかっているわけではなく、他国を追随して今後ますます帝王切開が増えてゆく可能性も否定できません。帝王切開は必要な出産方法ではあるものの、社会的な背景から、帝王切開が増えてゆく現状には深い危惧を感ずるのはわたしだけでしょうか。
 こんな背景のもと日本の帝王切開は、いつ、どのようにして初められたのだろう。それでは新しい産科の夜明けのページをひも解いてみましょう。