乙女、御神楽を奉納 バイ 伊勢神宮
……私どもとしましては、今現在、願望というものがないのでございます。
幼い頃は、腺病質でありましたのに、おかげさまで、今では毎日、健やかに過ごさせていただいております。
まあ、年頃というのでございましょうか。
肩や首筋などが凝ったり、頭痛に見舞われることも、ときとしてございます。
でも、それは一過性のものでございます。
温かいおじやなど頂いて、水分をたくさんとり、頭っからすっぽり布団を被って1~2日、横になっていますと、すぐ良くなります。
商売ですか? はあ、ぼちぼち……なんとかやっております。
家内安全か? とのお尋ねではございますが、おかげさまで、家におります時に、危険な物質が頭上から落ちてくることはないため、ヘルメットを被ることなく、また、槍や火の手が追ってくることがないため、防具に身を包むことなく過ごさせていただいております。
え? 足元、でございますか。はい、おかげさまで、ミドリ安全靴を履くこともなく、素足ですごさせていただいております。
ああ。最近は、冷えますので、あの、分厚い、もこもこ靴下というのでございましょうかね。
分厚い靴下を愛用しております。
ええと、なんのお話でしたかしら。
そうそう。願意はあるか、とのお尋ねでしたか。
ということで、私どもには、今現在、願意というものがないのでございます。
おかげさまで……。
……ということを電車の中でずっと反芻していた。
昨年十月初旬のことである。
伊勢参宮の際に「今年はご遷宮の年。御垣内参拝も良いが、ぜひぜひ御神楽を奉納しようぜよ」と一大決心をした乙女は、貯めていた500円玉貯金を銀行に持参し、新札に代えた。
1万円札1枚と2000円札2枚と1000円札1枚……。
(2000円札は沖縄・守礼門が記載されているため、神ごとにはよく利用させてもらう)
占めて1万5000円。
商売はぼちぼちだが、働きのあまり芳しくない身にとっては、所謂「大枚はたいた金額」である。
大枚をはたくだけにそれに応じた願意を伝えたのか? とお聞きあそばすな。
左様に考えるのは愚の骨頂。
「大枚はたいて」ご奉納したからといって、見返りを求めてはいけない。
そもそも、昔から、「神ごと」には、ケチケチしてはいけないというのが、吾ら日本人が祖先から伝えられた教訓である。
とある神社の神主さんが、お供えのお神酒を上等のものから三等へと変えたところ、参拝客が減った。あるいは云々……という話は宮負氏も『奇談』に著しておられる。
「願意」とは、いわば、個人の願い事である。
「商売繁盛」「家内安全」。
よく、神社の絵馬などでも、斯様な願意を目にすることがある。
しかし、願う前に神社に願うほど己は努力したのか、今一度、振り返って欲しい。
神頼みだけして、己はふんぞり返っているようではどうもいただけない。
国家安泰、国体護持など国家のことを神に祈るのは見上げた姿勢だが、己個人が努力すれば成せるほどの願意を神々に願うのは如何なものか。
己が現在、貧乏なのも商売がうまく回らないのもすべて努力が足りないせいなのである。
それを棚に挙げて、神々に願いを叶えて欲しいなどとほざくのは笑止千万、である。
……とここまで、偉そうに良い子ぶって記載してきたのだが……。
実のところ、自身の欲望は果てしがない、果てしない己の欲望に振り回され、事を仕損じる、ということを経験上、痛感しているため、あ・え・て、「天下国家安泰」以外は願わないのである。
(実は昔昔。午前中のレースで万馬券(はっきり言う。二十万馬券だ。100円買った)を当てた後、自分には神が見方していると勘違いした結果、午後のレースに所謂「大枚をはたき」挙句、全廃。電車賃もすっかりすってしまい、ボロボロになって、歩いて帰宅したことがあるのだ。
その間、これを当てればすし屋に行ける、これを当てれば、いいべべ着れる、これを当てれば……と妄想は膨らんだ。膨らんだ挙句の、このザマである)
(欲望は膨らみ、文章も長くなりそうなので、御神楽奉納の詳細については②で紹介する)
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