“ルイビ豚” というダジャレの申し開き ── あるいは、「ソーセージとサルシッチャ」。 | げたにれの “日日是言語学”

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やたらにコトバにコーデーする、げたのにれのや、ごまめのつぶやきです。

   ルイ・ヴィトン
    ルイ・ヴィトン  Louis Vuitton




〓先々週 (11/14 放送) の 「ぐるぐるナインティナイン」 “ゴチになります! 9” でゲス。


〓舞台は、銀座8丁目、創作イタリア料理の “AURUM” (オーラム)。今年の春に JEWEL BOX GINZA の11階にオープン。


“aurum” はラテン語で [ ' アウルム ]、すなわち、「黄金」 (gold) のことです。「オーラム」 は英語読み。
〓現代イタリア語では、au 「アウ」 が 「オー」 となり、語末の -m は落ち、変化語尾の -u がゆるんで -o となるため、


   oro [ ' ɔ:ro ] [ ' オーロ ] 「黄金」。現代イタリア語


ですね。


〓フィレンツェなどで使われるトスカーナ方言では、広い ò と狭い ó を区別しますが、1音節目の o が広いのは au に由来するからで、語末の o が狭いのは u に由来するからです。つまり、


   同じ “1” であっても、1.4 を四捨したものと、0.5 を五入したものはちがう


ということです。イタリア標準語の e, o に広狭があるのは、もとになったラテン語に原因があるのです。


〓ところででゲスね、イタリア語で、「トマト」 を


   pomodoro [ ポモ ' ドーロ ]、もしくは
   pomidoro [ ポミ ' ドーロ ]


と言いますが、これは 「黄金の果実」 という意味です。もともと、その色合い、輝き、形などから、pomo d'amore [ ' ポーモ ダ ' モーレ ] 「愛の果実」 と呼ばれていましたが、のちに、音が似ていて、同じく華やかな意味合いの pomo d'oro [ ' ポーモ ' ドーロ ] 「黄金の果実」 に変じました。それが一語になり、pomodoro 「ポモドーロ」 です。


〓ロマンス語 (ラテン語の末裔の言語群) 世界では、ナワトル語 (アステカ王国の言語。現在でも 150万人弱が使う) の


   tomatl [ ト ' マートゥ ] [ to ' ma:tɬ ]


からスペイン語に入った tomate [ ト ' マーテ ] の系統の単語を使うのが普通です。


〓トマトは地中海沿岸の気候でよく育ったため、スペインで17世紀初頭から食用として栽培が始まり、17世紀末には、すでにナポリで 「トマトを使った料理」 の載ったレシピ本が出版されています。ナポリは、16~17世紀を通じて、スペインの派遣した総督が支配する属州であったことが影響しているでしょう。


〓ところが、どういうわけか、ヨーロッパでは、イタリア語圏のみが tomate 系の単語を使わないのです。




   【 ナワトル語~スペイン語を起源とするグループ 】

   tomatl [ ト ' マートゥ ] ナワトル語
    ↓
   tomate [ ト ' マーテ ] スペイン語
   -------------------------------------------------------------
   tomate アラゴン語、アストゥリア語、バスク語、ガリシア語、レオン語
   tomate [ ト ' マッティ ] ポルトガル語
   tomate [ ト ' マーチ ] ブラジル・ポルトガル語
   tomàquet [ トゥ ' マーカット ] カタルーニャ語
     ※ tomata [ トゥ ' マータ ]、tomaca [ トゥ ' マーカ ] という言い方もあり、おそらく、 [ t ][ k ] が入れ換わったものだろう。
      tomate → tomata → tomaca → tomàquet-et は指小辞。
   tomaca [ トゥ ' マーカ ] バレンシア語
   tomate [ ト ' マット ] フランス語
   tomata [ ト ' マータ ] オクシタン語 (フランス)、ロマンシュ語 (スイス)
   tomată [ ト ' マータ ] ルーマニア語
   tamata [ タ ' マータ ] 標準サルデーニャ語
   tomata [ ト ' マータ ] カリャリ・サルデーニャ語
   --------------------------------------------------------------
   Tomate [ ト ' マーテ ] ドイツ語
   tomaat [ ト ' マート ] オランダ語
   tomat スウェーデン語
   tomat [ ト ' メート ] デンマーク語
   tomato [ タ ' メイトウ ] 英語
   tomaatti [ ' トマーッティ ] フィンランド語
   tomat [ ト ' マット ] エストニア語




   【 スペイン語 → トルコ語を経たグループ 】

   domates [ ド ' マテス、ドマ ' テス ] トルコ語
   domate アルバニア語
   домат domat ブルガリア語
   ντоμάτα domata [ ド ' マータ ] 現代ギリシャ語




   【 イタリア語圏でありながら、スペイン語系統のグループ 】


   tomata [ ト ' マータ ] ジェノヴァ語 (イタリア方言)
   tomàtes [ ト ' マーテス ] ミラノ語 [西ロンバルド語] (イタリア方言)
   tomàtica [ ト ' マーティカ ] ピエモンテ語 (イタリア方言)




   【 イタリア独特の語形を使うグループ 】


   pomodoro [ ポモ ' ドーロ ] 標準イタリア語 (フィレンツェ音)
   -------------------------------------------------------------
   pamdór [ パム ' ドール ] エミリア・ロマーニャ語 (イタリア方言)
   pandor [ パン ' ドール ] モデナ語 (イタリア方言)
   pomdor [ ポム ' ドール ] フェラーラ語、レッジョ・エミリア語 (イタリア方言)
   pom d'òr [ ポム ' ドール ] マントヴァ語 (イタリア方言)
   pomidoro [ ポミ ' ドーロ ] トリエステ語 (イタリア方言)
   pommidoro [ ポンミ ' ドーロ? ] マルケ語 (イタリア方言)
   pommodoro [ ポンモ ' ドーロ ] ローマ語 (イタリア方言)
   pomodoro [ ポモ ' ドーロ ] フリウリ語、ラディン語、パルマ語 (イタリア方言)
   pondór [ ポン ' ドール ] ブレッシャ語 (イタリア方言)
   pumador' [ プマ ' ドール ] ヴィエステ語 (イタリア方言)
   pumadoru [ プマ ' ドールゥ ] シチリア語 (イタリア方言)
   pumaroru [ プマ ' ロールゥ ] カターニア語 (イタリア方言 <シチリア島>)
   pummarola [ プンマ ' ローら ] ナポリ語 (イタリア方言)
   pundôr [ プン ' ドール ] ボローニャ語 (イタリア方言)




   【 イタリア語形を使うスラヴ語グループ 】


   помидор pomidor [ パミ ' ドール ] ロシア語
   помідор pomidor [ ポミ ' ドール ] ウクライナ語
   памідор pamidor [ パミ ' ドール ] ベラルーシ語
   pomidor [ ポ ' ミドル ] ポーランド語




   【 イタリア語形とスペイン語形の混交したグループ 】


   pomàta [ ポ ' マータ ] ベルガモ語 (イタリア語方言)
   pumata [ プ ' マータ ] コルシカ語




〓北イタリアのフランスに近い、ピエモンテ語、ミラノ語、ジェノヴァ語では tomate 系の語を使うので、おそらく、pomodoro はフィレンツェ標準語を中心としてイタリア語圏に広まったものでしょう。





〓イタリア語には、di, da という、どちらも日本語に訳すと 「~から」 になってしまう前置詞があります。これらは、ラテン語の


   di [ ディ ] イタリア語 ← dē [ デー ] ラテン語
       ※ 長い e は、イタリア語では長さの代償として、狭い母音 i になる

   da [ ダ ] イタリア語 ← dē ab [ デーアブ ] ラテン語
       ※ Leonardo da Vinci da である



に由来します。は、「~から下へ、~から向こうへ」 という “離れて行く方向性” をあらわすのが基本で、さらに 「~出身の、~に起源を持つ」 という “由来” や “素材”、“理由” などをあらわします。
〓いっぽう、ab は 「~から」 という “動作の起点から離れること” をあらわしました。この ab は、英語の of, off と同源です。

〓イタリア語では、de ab の縮約形が da となって現れた8世紀に ab は姿を消しました。


〓イタリア語が格変化を失い、「~の」 という所属・所有をあらわす “属格” が失われたため、現代イタリア語では、di が 「属格の代用」 になっています。英語の of、ドイツ語の von、フランス語の de に相当します。

〓素材を言い表す前置詞としては、現代イタリア語でもラテン語同様に di を使います。


di, da が母音で始まる単語の前で、慣用的に d' となる場合があります。d'oro 「ドーロ=金製の」、d'argento 「ダルヂェント=銀製の」 などはこれに当たります。
〓なので、



   pomo di oro [ ' ポーモ ディ ' オーロ ] 「黄金の果実」
     ↓
   pomo d'oro [ ' ポーモ ' ドーロ ]
     ↓
   pomodoro [ ポモ ' ドーロ ] イタリア標準語形



となります。

〓とっとっと、ショッパナからミチクサを食いながらトラックを一周しちゃった……





  【 “サルシッチャ” と “ソーセージ” 】



〓ええっと、桑田投手が言うところの “岡本さん” こと “岡村さん” が頼んだメニューに、


   ルイビ豚のサルシッチャ


というのがありました。「ぷぷぷぷっ!」 と吹き出したヒトもいるんでは……


〓「サルシッチャ」 というのは、英語で言う sausage [ ' sɔ:sɪdʒ ] 「ソーセージ」 のイタリア語形です。“イタリア語形” というのは、「語源が同じ」 だからです。


〓ラテン語で 「塩」 は、


   sāl [ ' サーる ] 「塩」。ラテン語


です。しかし、属格は salis [ ' サりス ] なので、この単語は、


   sal- 語根 / sali- 語幹


となります。これら語根・語幹に を付けると、


   saliō, salō [ ' サりオー、' サろー ] 「塩漬けにする」。ラテン語


という動詞ができます。これの完了分詞が、


   saltus [ ' サるトゥス ] 「塩漬けにした」。ラテン語。※英語の salted


です。
〓この語の t が、おそらく、前後の s に引きずられて s に転訛すると、


   salsus [ ' サるスス ] 「塩漬けにした」。ラテン語


ができあがります。
〓この完了分詞の女性形を名詞化すると、


   salsa [ ' サるサ ] 「塩漬けから出た水」。俗ラテン語


となります。女性形なのは、


   aqua [ ' アクワ ] 「水」。ラテン語。女性名詞。


が省略されているからです。aqua salsa の略です。おそらく、「しょっつる」 とか 「ナンプラー」 のような魚醤を指したんではないでしょうか。ラテン語には、


   salsāmentum [ サるサー ' メントゥム ] 「塩漬けにした魚から出た汁」


という単語も見えます。また、これを調味料として garum [ ' ガルム ] とも呼んでいます。


〓近世以降、ヨーロッパで料理法が進化して、このコトバ salsa が、いわゆる、“ソース” の意味に横スベリしたものでしょう。

〓スペイン語では、ご存じのとおり、ラテン語そのままに salsa 「サルサ」 と言っています。フランス語でも、11世紀の初出では、


   salse [ ' サるス ] 11世紀のフランス語


でした。その意味は、


   (1) <形容詞> (海水が)塩からい。
   (2) <形容詞> 塩味の。
   (3) <女性名詞> 塩気、塩水、海水。
   (4) <女性名詞> Sauce。


というものでした。(4) は日本語にせず、そのまま “Sauce” としておきました。


〓ところで、フランス語では、s の前の l は、母音化して u になるので、


   saulse, sauce [ ' ソーるス、' ソース ] 14世紀末のフランス語
      ※ saulse は、単に古い綴りを引きずっているだけかもしれない


となり、15世紀には、完全に sauce 「ソース」 となります。


s → c という綴り換えは、sause とすると、発音が 「ソーズ」 [ ' so:z ] になってしまうからです。フランス語では母音間の s が有声化したため、さまざまな事情で [ s ] 音が保存された s については [ s ] の音をあらわすために c もしくは ss に綴り換えねばなりません。
〓英語の sauce はフランス語の借用だということが綴りからわかります。



〓いっぽう、ラテン語に戻りまして、salsus 「塩漬けの」 に -īcius [ ~' イーキウス ] 「~の性質を持った」 (英語では -ic として借用されている) という形容詞語尾を付けると、


   salsīcius [ サる ' スィーキウス ] 「塩を含んだ」。ラテン語


というような単語ができます。これの中性形の複数


   salsīcia [ サる ' スィーキア ] 「塩を含んだ物」。ラテン語


が名詞化されて、


   saucice [ ソ ' スィス ] 「ソーセージ」。13世紀のフランス語


となります。現代フランス語では、saucisse と綴り換えていますが、発音は同じ。16世紀に現れた saucisson [ ソスィ ' ソん ] 「大きなソーセージ」 という指大辞からの逆成的な綴りかもしれません。



〓いっぽう、イタリア語では、salsīcia 「サルスィーキア」 の語末の -cia 「~キア」 が硬口蓋化を起こしました。「キ」 が 「チ」 になるような変化が起こったんですね。


   salsiccia [ サる ' スィッチャ ] 「ソーセージ」。イタリア語


〓これで 「サルシッチャ」 というイタリア語のできあがりです。



〓いっぽう、ノルマンディーのフランス語では、


   saussiche [ ソ ' スィッチ ] 古ノルマン方言


でした。英国を征服したノルマン人 (ノルマンディーに定住したヴァイキング) のフランス語です。
〓中期英語 (1100~1500) には、


   sausige [ ' ソースィヂ ]
   sausiche [ ' ソースィチ ]


の2通りの綴りがあります。


〓英語を含むゲルマン語は、歴史的にアクセントを語頭に移動してきました。ですから、本来語のアクセントは 「語幹の第1音節」 にあります。そして、借用したフランス語彙についてもアクセントを語頭に移動してしまいます。
〓すると、語末の音節 -siche は無アクセントになります。さらに、英語では、アクセントのない語末の音節の [ -tʃ ] を有声化するクセがあります。たとえば、ロンドンには、


   Greenwich [ 'ɡrɛnɪdʒ / 'ɡrɪnɪdʒ ] [ グ ' レニッヂ / グ ' リニッヂ ]


という地名がありますネ。これを 「グレニッチ」 と発音するのは “ヨソ者” です。 -ch は有声化するのです。


〓同じデンで、


   「ソースィチ」 → 「ソースィヂ」


です。中期英語には、「キャベツ」 に4通りの綴りがあり、


   caboche, cabache [ ' キャバッチ ]
   caboge, cabage [ ' キャバッヂ ]


という2通りの発音を示しています。
〓語源から言うなら、


   caboche [ カ ' ボッチ ] フランス語の古ノルマン方言
    ↓
   cabbage [ ' kæbɪdʒ ] [ ' キャビヂ ] 現代英語


という変化です。つまり、語末の -che が有声化した単語が残ったのです。


〓これで、「サルシッチャ」 が 「ソーセージ」 と同じ単語である、ということがわかったでしょう。以上まとめますと、このようになります。



   sal [ ' サーる ] 「塩」。ラテン語
    ↓
   salo [ ' サろー ] 「塩漬けにする」。ラテン語
    ↓
   salsus [ ' サるスス ] 「塩漬けにした」。ラテン語
    ↓
   salsicius [ サる ' スィーキウス ] 「塩を含んだ」。ラテン語
    ↓
   salsicia [ サる ' スィーキア ] 「塩を含んだもの」。ラテン語
    ↓
    ↓→ salsiccia [ サる ' スィッチャ ] 「ソーセージ」。イタリア語
    ↓
    ↓→ saucice [ ソ ' スィス ] 「ソーセージ」。古フランス語
    ↓   ↓
    ↓  saucisse [ ソ ' スィッス ] 「ソーセージ」。現代フランス語
    ↓
   saussiche [ ソ ' スィッチ ] 「ソーセージ」。古ノルマン・フランス語
    ↓
   sausige [ ' ソースィヂ ] 中期英語
    ↓
   sausage  現代英語






  【 “ルイビ豚” 】



〓アッシが、初めて “ルイビ豚” というコトバを聞いたのは、


   2007年3月11日 テレビ東京 (12ch) 放送
    「ドライブ A GO! GO!」
      出演 = 阿藤快、彦摩呂、眞鍋かをり


でした。富士宮 (ふじのみや) の名物を食い歩くというテーマで、なんと言っても、この3人ですから、ものすごいハイテンションでした。


〓それでですね、クダンの


   ルイビ豚 (るいびとん)


という豚肉が、この番組に登場しているのです。


〓静岡県 富士宮市 (ふじのみやし) に設立された、日本初の豚人工授精センター 「富士農場サービス」 の創設者、桑原康 (くわはら やすし) さんという獣医さんが、


   L Landrace ランドレース種
   Y Yorkshire (中)ヨークシャー種
   B Berkshire バークシャー種


という3つの豚種をかけ合わせてつくり出したのが、


   LYB豚


なんだそうです。
LYB を 「ルイビ」 と読むんですね。ヘンな読み方と思いますよね。でも、アタシなんかは、ロシア語ふうの読み方だな、なんと思いました。

LYB っていうのは、ダジャレをねらってムリヤリ略したな! と思うかもしれませんが、あんがい、そうでもないんです。というのは、現在、一般的な豚の種は、


   LWD豚


っていうんですよ。たぶん、「ルード豚」 とは読まないとは思いますが。


〓この LWD というのは、


   L Landrace ランドレース種
   W Large White Yorkshire 大ヨークシャー種
   D Duroc デュロック種



をかけ合わせたものなんだそうです。知らなかったでしょ。アタシら食うてるんですよ、LWD


〓養豚業界では、こういうふうにかけ合わせた種の頭文字を組み合わせて、新しい品種を呼ぶのが習慣らしいのです。それと、文字の順番も関係があるようで、


   (L×W)×D
   (L×Y)×B


というぐあいに、最初の2品種を交配したのちに、最後の品種を交配する、ということで、LYB という文字の並びじたいも 「奇をてらったもの」 ではないんですね。


〓ヨークシャー、バークシャーというのは、英国の地名ですが、デュロックというのは、米国起源の豚種です。もちろん、この豚も、もとをただせば英国から来ているワケではありますが。

〓ニューヨーク州のサラトガ郡ミルトン Milton, Saratoga County に住んでいた、アイザック・フリンク Isaac Frink というヒトが、1823年、赤い雄豚を譲り受けました。
〓フリンクというヒトは、「トロッティング・レース」 trotting race、つまり、カンタンな二輪の馬車を引く馬による競馬 ── ヨーロッパなんぞで行われている昔風の競馬 ── の優秀な競走馬を持っていて、その名前が 「デュロック」 Duroc だったんだそうです。
〓そして、この競走馬の名前を、豚種の名前にしたそうです。しかし、馬の名前 「デュロック」 が何に由来するのか、それは 「?」 です。


〓もっとも、ふつう Duroc といったら、それはフランス系の姓で、



   de [ ドゥ ] 「~出身の」
    +
   le Roc [ る ' ロック ] 「岩、岩壁」
    ↓
   du Roc [ デュ ' ロック ]
     ↓
   Duroc [ デュ ' ロック ]



のことです。「周囲を断崖のようにして守りを固めた要塞都市」 の出身者、という意味です。


〓ランドレース Landrace というのも地名ではありません。デンマークでつくられた種ですが、これはデンマーク語で、


   land 「田舎」
    +
   race 「種 (シュ)」
    ↓
   landrace 「田舎の種」



という意味です。
〓「まるで英語じゃないか」 と思うかもしれません。それもそのはず。古い時代のデンマーク語は、ブリテン島の “英語” という言語の 「原料となった言語」 の1つなのです。


〓日本語では、ナンの疑いもなく 「ランドレース」 と言っていますが、英語には、


   [ ' lɑn(d) , rɑ:sə ] [ ' らン(ド) , ラーサ  ] デンマーク語式の発音
   [ ' lænd , reɪs ] [ ' らンド , レイス ] それを英語化した発音


の2通りがあります。





   ブランド豚


  【 ルイ・ヴィトン 】



〓本家の Louis Vuitton も説明しときましょうか。日本人は、「ルイビトン」 とか 「ビトン」 と発音しますが、本来は、


   Louis Vuitton [ るイヴュイ ' トん ] [ lwivɥi ' tɔ̃ ]


と発音します。

〓正確にカタカナで書くと 「ルイ・ヴュイトン」 ですね。もっとも、実際の発音は、「ヴイトん」 と 「ヴュイトん」 の中間くらいです。


〓1990年代に、ロシア版ヴォーグが刊行されたばかりのころ、Louis Vuitton


   Луи Выттон Lui Vytton [ る ' イ ヴィッ ' トン ]


と表記しているのを見て、大いに感心した覚えがあります。


〓フランス語とロシア語の音声がわかっていないとオモシロクないハナシなんですが、フランス語の -ui- をロシア語の -ы- にする、というのは、チョイとした 「コロンブスのタマゴ」 なんです。学者なら迷わず Вюиттон Vjuitton と転写するところですから。


〓しかし、キリール文字で書かれたのを見て Louis Vuitton がクレームをつけたのかもしれません。その後、


   “ルイ・ヴィトン” をキリール文字で表記したものは二度と見なくなった


のです。というより、ロシアで出版されている ELLE, Vogue のたぐいの雑誌では、


   西側の有名ブランドの表記は 100%ラテン文字


です。キリール文字によるロシア語文の中でも、ブランド名のところだけは、 “Hermès”, “Louis Vuitton” のように、取って付けたように表記されます。




〓「ルイ・ヴィトン」 Louis Vuitton というのは、創業者である 「トランク製造職人」 の名前です。はるか昔の19世紀の人 (1821-1892) です。


Louis 「ルイ」 という男子名は、フランスでは珍しくありません。ゲルマン語起源で、ドイツ語の Ludwig 「ルートヴィヒ」 の d だの g だのが落ちてしまった語形です。語末の -s は、古フランス語にあった 「単数主格の語尾 -s」 です。名前は呼びかけによく使われるため、他の名詞の -s が消失したのちも、民衆の口グセで、よく使われる一部の名前にのみ -s が残ったものでしょう。


-s を残すフランス人男子名には、次のようなものがあります。


   Charles 「シャルル」 ←→ 独 Karl, Carl 「カルル」
   Georges 「ジョルジュ」 ←→ 独 Georg 「ゲ(ー)オルク」、 英 George 「ジョージ」


〓ところで、カンジンの Vuitton のほうも実は、ゲルマン語起源です。ことによると先祖はフランク族かもしれません。


〓現代では、稀ですが、ドイツ人の男子名に、


   Wido [ ' ヴィード ]


というのがあります。本来は、


   Widukind [ ' ヴィードゥキント ]


などという Widu~ という名前の略称 (愛称) です。これは、ゲルマン祖語の


   *widu-z, *widu  [ ウィドゥ(ズ) ] 「木材」 wood、「木」 tree


に由来します。
〓英語の wood は、まさに、この単語の末裔です。ドイツ語 (高地ドイツ語) では、この単語は消失してしまい Holz [ ' ホるツ ] に取って代わられました。

〓ガリア (フランス) を征服したフランク族 (ゲルマン人) は、ゲルマン語の固有名詞をフランスに持ち込んだのですが、ガリア人 (フランス人) は [ w ] という子音を不得意にしていたので、これを [ gw ] にしてしまいました。


   英 William 「ウィリアム」 ←→ 仏 Guillaume 「ギヨーム」



〓そのため、Wido 「ウィード」 という名前を、ガリア人 (フランス人) は、


   Guido [ グ ' イード ]


のように口マネしたのです。これが、今日、イタリア人の男子名によく使われる Guido 「グイード」 です。


〓フランスでは、語中・語末の子音・母音は、どんどん擦り切れて落ちて行きます。そのため、現代フランス語では、


   Guido [ グ ' イード ]
    ↓
   Guy [ ' ギー ]


となっています。Guy Laroche 「ギ・ラロッシュ」 の名前は、この “ギー” ですね。


〓ところで、スイスと国境を接する 「フランシュ=コンテ地域」 Franche-Comté ではゲルマン語の Wi- に対して、ガリア的な Gui- 「グイ」 ではなく、ゲルマン語に近い Vui- 「ヴィ」 で受けた語形が見られます。



   Wido [ ' ウィード ] ゲルマン人の名前
    ↓
   Guido [ グ ' イード ] ガリアの標準的な借用形



   Vuite [ ヴイト ] フランシュ=コンテの借用形
    ↓
    ↓←← -on 「指小辞」 をつくる接尾辞。小さいもの (息子) を表す
    ↓
   Vuit(t)on 「ウィード、グイードの息子」



〓とまあ、こんなぐあいです。標準的なガリア (フランス) の借用形では、


   Guit(t)on [ ギ ' トん ] 「ギトン」


が対応します。イタリア語形なら、Guidone 「グイドーネ」、Guidoni 「グイドーニ」 です。



〓ルイ・ヴィトンの出身地を調べてみると、案にたがわず、これが、


   フランシュ=コンテ地域の 「ジュラ県」 le departement du Jura 内の
   アンシェ Anchay という小村のはずれにある
   「シャブイヤの水車」 le moulin à eau de Chabouilla


で生まれたというんです。この水車小屋は、今では廃墟になっているそうです。




   フランシュコンテ1  フランシュコンテ2
   フランシュ=コンテ地域




   アンシェ
   アンシェ Anchay の位置