「ジェロ」、「ジェローム」、「ジェロニモ」、「ジローラモ」 と 「ヒエロニムス」 ―― 前編。 | げたにれの “日日是言語学”

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やたらにコトバにコーデーする、げたのにれのや、ごまめのつぶやきです。

   jero



〓ええと、ジェロくんです。その芸名は、あきらかに、


   Jerome [ dʒə'roʊm ] [ ヂャ ' ロウム ] 「ジェローム」


に由来するものです。しかし、これがトーゼンだと思っちゃいけまへん。英語における、 Jerome の略称 (愛称) は、


   Jerry [ 'dʒeri ] [ ' ヂェリィ ] 「ジェリー」
     ※ r が2つになるのは 「ジーリィ」 と読ませないため


がフツーだからです。ためしに jero で検索してみれば、ヒットする情報が、ほとんど、 JERO のものだとわかります。


〓もちろん、略称・愛称なんぞというのは個人の勝手ですから、 Jero (あるいは Jerro) を名乗る Jerome さんもいます。固有名詞については、万国共通、「これが正しく、これはマチガイ」 という規範は存在しないのです。
〓「明奈」 (あきな) という名前の女性が、“アッキーナ” を名乗ろうと、“アキちゃん” を名乗ろうと、“キナコ” を名乗ろうと、正しいとか正しくないという問題じゃないですよね。


〓でも、一般的に言えば、 Jerome 「ジェローム」 の略称は Jerry です。あるいは、発音は同じで Jerri, Jerrie と綴られる場合もあります。




   トムとジェリー


  【 “トムとジェリー” 】


〓この Jerry 「ジェリー」 というのは、 “Tom and Jerry” 『トムとジェリー』 の Jerry と同じ名前でもあります。ネズミ mouse のジェリーです。


〓この “Tom and Jerry” の Tom 「トム」 は、ロシアンブルー Russian Blue という種類のネコらしい。「トム」 という名前は、“オス猫” を指す英語の一般的な呼び名 tomcat 「トムキャット」 から来ています。

tom は男子名 Tom の流用で、本来は、「雄の」 という意味の形容詞です。しかし、どうしたものか、


   a tom cat (a tomcat) オス猫
   a tom turkey   オスの七面鳥


以外では、あまり使われません。
〓多くの場合、 tom だけでも 「オス猫」 を意味します。


Jerry 「ジェリー」 のほうは、なぜ、「ジェリー」 なのかハッキリしません。 Jerry の本名は、決まっているわけではないんですが、ネットでは、


   Gerald [ 'dʒerəɫd ] [ ' ヂェラるド ] ジェラルド


としているものを見受けます。つまり、英語圏では、 Jerry というと Gerald という名前がまっさきに思い浮かぶんでしょう。


〓米国の男子名の統計で見ると、現在、 Gerald も Jerome も 「米国の男子名の番付」 の 500位台で、 Jerome のほうが、若干、下位に位置するだけです。そして、この2つの名前より、


   Jeremy [ 'dʒerəmi ] [ ' ヂェラミィ ] ジェレミー


という名前のほうが、よっぽど使用頻度が高いのです。


Gerald, Jerome という名前は、まったく同じように 1930年ころに人気のピークを迎え、現在に至るまで一貫してなだらかな勾配 (こうばい) を描いて順位を下げています。いっぽう、 Jeremy という名前は 1970年台に、突如、全米26位に躍り出て以来、漸減 (ぜんげん) を続けながらも常に 100位台をキープしています。


〓しかし、社会通年としては、 Jerry = Gerald というイメージのほうが、まだ強いんでしょう。もっとも、『トムとジェリー』 の Jerry という名前は 1940年代に名付けられたもので、当時、 Jeremy という名前は、はる~か下の 1000位のあたりにいました。



〓ところでですね、英語圏で、ふだん、 Jerry を名乗っているヒトの本名は、


   Jeremy, Gerald, Jerome, Jerry   (省略形そのものが本名の場合)


の場合があるんですが、どういうものか、逆に、 Gerald の愛称には、 Gerry, Jerry 2種類の綴りがあります。どちらも発音は 「ジェリー」 ですが、ヒトによって、どちらを綴るかが決まっているようです。たとえば、


   Gerry Mulligan 「ジェリー・マリガン」 (← Gerald Mulligan) ジャズ・サックス奏者
   Jerry Springer 「ジェリー・スプリンガー」 (← Gerald Springer) TVパーソナリティ


というぐあいです。

〓また、 Gerry を姓として名乗っているヒトの場合は、これまた、発音がちがい、


   Gerry [ 'ɡɛᵊri ] [ ' ゲァリィ ] 「ゲリー」
      Elbridge Gerry 「エルブリッジ・ゲリー」 米国の政治家


となります。まったく、固有名詞というのはヤヤコシイですなあ。




  -o に終わる愛称 】


〓ハナシをぐわっと戻します。 Jero は Jerome の略称 (愛称) としてはフツーではない、というところまででしたね。


〓マジシャンの 「セロ」 の場合もそうですが、外国人が日本で名乗る名前は、


   -o に終わるのがよい


というエンターテイメント業界のノウハウがあるのかもしれません。「セロ」 の本名は、


   Cyril Takayama [ 'sirəɫ ˌtɑkə'jɑ:mə ] [ ' スィラる , タカ ' ヤーマ ]


です。しかし、英語で Cyril の略称 (愛称) を Cero, Cyro, Sero などとすることはありません。実際、米国で彼が 「セロ」 のタグイの名前で呼ばれることはなく、あくまで、「シリル・タカヤマ」 です。


〓「セロ」 のお母さんは、モロッコ系フランス人 (以前、“ジダン”、“沢尻エリカ” の項目でも、この系統の出自の人たちについて書きました) だということで、「セロ」 というのは、あるいは、フランス語の略称 (愛称) かもしれません。


   Cyril, Cyrille [ si'riɫ ] [ スィ ' リる ] フランス人男子名
     → Cyro, Ciro [ si'ʁo ] [ スィ ' ロ ] フランス語の略称


〓お母さんがこの名前で呼ぶのかもね……



〓現代英語には、 -o で略称 (愛称) をつくるという習慣がありません。しかし、古い時代、そう、まだ、ローマ帝国があったような時代のゲルマン語には、 -o で男子の略称 (愛称) をつくる習慣があったようです。


〓現代ドイツ語でも、名前の略称 (愛称) に化石的に -o に終わる語形が残っています。


   Ado [ ' アードォ ] 「アード」
     ← Adolf [ ' アードるフ ] (古形 Adalwolf 「アダルウォルフ」)
   Hugo [ ' フーゴォ ] 「フーゴ」
     ← Hugbald [ ' フークバるト ]、 Hugbert [ ' フークベルト ]


〓古い時代の -o に終わる略称 (愛称) は、現代語では -o を失っているのが普通です。


   Godafrid [ ' ゴダフリッド ] 古期高地ドイツ語形
    ↓   Gottfried [ ' ゴットフリート ] 現代ドイツ語形
    ↓
   Godo [ ' ゴド ] 古期高地ドイツ語の略称 (愛称)
    ↓
   Göde [ ' ゲーデ ] 中期高地ドイツ語形。現代低地ドイツ語に残る
    ↓
   Götz [ ' ゲッツ ] [ 'ɡœts ] 現代ドイツ語の略称 (愛称)


〓これは、ゲルマン語の n-語幹名詞 というものと、まったく同じ変化をたどっています。たとえば、


   *χanōn [ はノーン ] ゲルマン祖語
    ↓
   hano [ ' ハノ ] 古期高地ドイツ語
    ↓
   hane [ ' ハネ ] 中期高地ドイツ語
    ↓
   Hahn [ ' ハーン ] 現代ドイツ語。「オンドリ」
      ※英語の hen 「メンドリ」 (!) に当たる


〓つまり、中期高地ドイツ語で、アクセントのない語末の -o が弱化して -e となり、現代ドイツ語では、さらにそれが弱化して脱落してしまったものです。


Godo のほうは、中期高地ドイツ語の段階で、語末の -e に引きずられて、語根の母音 o がウムラウトを起こしています。そののち、 -e は消失してしまったので、


   Godo  Götz


というふうに、古い時代の語形と、現代の語形を並べると、“不可解なウムラウト” が起こっているように見えるのです。


〓現代語でも、 Godo という語形は一般的ではないにしても、まったく使わないわけではありません。 Godo と Götz という語形が併存している状況は、たとえて言うなら、


   海で 「オウムガイ」 と 「イカ、タコ」 が共生している状況


に似ています。


〓この -o は、ドイツ語では、生産性 (造語力) を失って、化石的に残っているのに対し、英語では、まったく見られません。ただ、


   doggo [ ' ドゴウ ] 「じっと隠れて」。1893年初出 (キプリング)
   kiddo [ ' キドウ ] =kid。1896年初出
   ammo [ ' アモウ ] ammunition 「弾薬」 の略。1917年初出
   weirdo [ ' ウィアドウ ] 「奇人、危ないヤツ」。1970年代から
   sicko [ ' スィコウ ] 「変質者、狂人」。1977年初出
   wacko [ ' ワコウ ] 「頭のおかしいヤツ」。1977年初出
   ――――――――――――――――――――
   Speedo [ ス ' ピードウ ] 「スピード」。1928年から
   Jell-O [ ' ヂェろウ ] 「ジェロ」。1934年から


といったタグイの 「造語力を持つ接尾辞 -o」 が、19世紀末から見られます。1930年 (昭和5年) ころは、シャレた造語法だったのか、いくつかの商標の例が見られます。


〓この -o は由来が不明ですが、19世紀末に現れたところから、とうてい、8~10世紀の -o と関係があるとは思えません。普通名詞の場合、1970年代から、俗語で、極端な卑称に使われる例が見えます。




   ジェロニモ

  【 「ジェロニモ」 登場 】


JERO の本名は、


   Jerome Charles White, Jr.
      ジェローム・チャールズ・ホワイト・ジュニア


だそうです。 “, Jr.” の意味は、このあいだ、“インディ・ジョーンズ” のところで説明しましたね。おそらく、オヤジさんも Jerome Charles White なんでしょう。あるいは、単に、 Jerome White が共通なのかもしれません。


〓英語の Jerome という名前は、そもそも、フランス語を借用したものです。


   Jérôme [ ʒe'ʁo:m ] [ ジェ ' ローム ] ジェローム


〓英語の Jerome という単語が第2音節にアクセントを持つのは、フランス語の発音を踏襲しているからです。フランス語の 「ジェローム」 という単語の綴りには、ナニやら飾りがいろいろ付いています。


   Jé- [ ʒe- ] 「ジェ」


に付いているのは 「アクサンテーギュ」 “鋭アクセント記号” というものです。フランス語では、これがないと、


   Jerôme [ ʒ(ə)'ʁo:m ] [ ジュ ' ローム ]


というぐあいに e をアイマイ母音に読んでしまいます。


   -rôme


の o に付いているのは 「アクサン・シルコンフレクス」 “曲アクセント記号” と言うものです。「曲がるアクセント」 というのは、フランス語では実態のない空疎 (くうそ) な名称です。


〓本来は、ギリシャ語の長母音に付く


     ᾶ ῆ ῖ ῦ ῶ


といったアクセント記号を指します。


〓このタイプのアクセントは、2拍の長母音のアタマの1拍目が高く、2拍目が低くなる、というもので、「高」 から 「低」 へと下降する 右矢印右下矢印 ので、「曲がるアクセント」 ととなえます。


〓フランス語では、これを別の目的に流用しました。


   そのあとの文字が脱落していること


をあらわすのです。


   château [ シャ ' ト ] ─ castle [ ' キャスる ] <英語> 「城」
   fenêtre [ フ ' ネトル ] ― fenestra [ フェ ' ネストラ ] <ラテン語> 「窓」
   Bent [ ブノ ' ワ ] ― Benedictus [ ベネ ' ディクトゥス ] <ラテン語> 男子名


〓前二者は、 s が脱落したことを示しています。最後の例 Benedictus なんぞスゴイです。 -edic- -oî- となっているんです。


〓では、 Jérôme の -ô- のあとで、どんな音が脱落しているかというと、


   Jéronime  -ni- が落ちている


のです。現代フランスでも、ごくまれに Jéronime [ ジェロ ' ニンム ] の名前を持つヒトがいるようです。 -e に終わるために、男女の区別なく使われ、どちらかというと、若干、女性のほうが多いかもしれません。


-e に終わるフランス語の名前に 「男女の区別」 がない場合が多い理由は、


   【 男子名の語尾の歴史的変化 】
   ラテン語 -us → 俗ラテン語 -o → フランス語 -e


   【 女子名の語尾の歴史的変化 】
   ラテン語・俗ラテン語 -a → フランス語 -e


という変化のすえ、ラテン語における -us / -a の対立が失われ -e に合流してしまったからです。


〓ところで、この 「ジェロニーム」 という名前を聞いて、


   「ジェロニモ」


というコトバを思い出したヒトもいるんではないでしょうか。ウルトラマンの怪獣にも “ジェロニモン” がいたし、キン肉マンの超人にも “ジェロニモ” がいましたが、とりあえず、そちらではありません。(ウルトラマン、キン肉マンの影響で、“ジェロニモ” を酋長だとか、チェロキー族だとか、思い違いしているヒトが多いようでゲス)


〓「ジェロニモ」 というのは、ネイティヴ・アメリカン (ハリウッド映画で言う “インディアン”) 「アパッチ族」 Apache [ ə'pætʃi ] [ ア ' パチィ ] のなかの “チリカワ・アパッチ” Chiricahua Apache の戦士の名前です。


〓1851年 (嘉永4年)、男たちが町へ商取引に行っているあいだに、ハノス Janos に設営していたジェロニモたちのキャンプを 400人のメキシコ兵が襲いました。このとき、ジェロニモの母親、妻、3人の子どもたちがすべて殺され、それを機に、ジェロニモはメキシコ軍への復讐をちかう戦士になったと言われています。


〓当時のチリカワ・アパッチ族の居住域は、現在の米国のニューメキシコ州、アリゾナ州、および、メキシコのソノラ州、チワワ州の4州の境界が交わる、ちょうど中心のあたりにありました。


〓もとメキシコ領だったテキサスは、1836年 (天保7年) にメキシコから独立していましたが、1845年、アメリカ合衆国がこれを併合したのをキッカケに、翌 1846年、米墨戦争 (べいぼくせんそう。“墨” は “墨西哥” <メキシコ> の略) が勃発しました。


〓しかし、1848年 (嘉永元年)、メキシコが敗北し、現在のニューメキシコ州西南の一隅と、アリゾナ州の南端部を残し、メキシコは北米東部のすべての領地を米国に割譲 (かつじょう) することになりました。

〓そのため、ジェロニモたちの居住域は、米国―メキシコの国境にまたがる地域になってしまったのでした。メキシコ軍に襲撃されたときのキャンプのあったハノス Janos は、メキシコ領の側にあります。
〓チリカワ・アパッチ族の故郷の地へのスペイン人の入植は 17世紀後半から始まり、それと同時に、アパッチ族による襲撃も繰り返されていました。「ジェロニモ」 の悲劇は、そういう状況下で起こったものでした。


〓「ジェロニモ」 というのは、メキシコ兵による呼び名を英語式に発音したものです。本来のアパッチ語による呼び名は、


   Goyaałé [ ɡo˨ ja:˨ ɮe˦ ] [ ゴ_ ヤー_ じぇ¯ ] 「ゴヤージェ」
     ※ ˦  は高く発音する音節。
     ※ ˨  は低く発音する音節。
     ※ [ ɮ ] は、舌の位置を [ l ] と同じにして、舌の両脇から 「ジー」 という
      摩擦音を出す子音。モンゴル語の л l もこの音。日本人の耳には、
      「ジャジジュジェジョ」 に聞こえる。
     ※チベット語の lh、すなわち Lhasa 「ラサ」 の Lh や、ウェールズ語の ll
      すなわち Llwyd (英綴 Lloyd) の Ll は、 [ ɮ ] に対応する無声子音 [ ɬ ]
      [ l ] の舌の位置で、「シー」 という音を出すと得られる音。


だと言います。意味は 「アクビをする者」。

〓この単語の構成や、綴りの正誤を確かめようとしましたが、ネットでもアパッチ語に関する資料はきわめて乏しく、裏付けはできませんでした。


〓チリカワ・アパッチとは異なる Western Apache に属する、ホワイト・マウンテン・アパッチ族 White Mountain Apache のアパッチ語 (アリゾナ州ホワイトリヴァー Whiteriver のアパッチ語) の文字および音声データがネットにあり、それによると、「ジェロニモ」 のアパッチ語名は、次のようになっています。


   Goyą́ą́lé [ ɡo˨ jã:˦ le˦ ] [ ゴ_ ヤーんˉ れˉ ] 「ゴヤーンレ」
     ※ ą́ は、鼻母音であることをあらわすカギ (下) と、高く発音することを
      あらわすアクセント記号 (上) が、 a の上下に同時に付いた文字。


〓両方言には、


   a の鼻音化」 ←→ l の摩擦音化」


という、たがいに排他的な特徴があり、「どちらかの特徴が、失われた本来の特徴の代償」 なのかもしれません。

〓米国のアングロサクソンにとって、 [ ɮ ] という子音はよほど難解だったらしく、


   -thl-


と写しています。おそらく、当時は、


   Goyathlay [ ɡə'jɑðleɪ ] [ ゴ ' ヤずれイ ]


とでも発音していたんではないでしょうか。ネット上に、いろいろな発音が示されていますが、言語学的に 「?」 な説が多いです。

〓アパッチ語の ł [ ɮ ] を米国人が苦しまぎれに -thl- で写したのは、スペイン人が、インカ語の [ ɬ ] [ ɮ ] の無声音) を発音できなくて、 -tl- で写したのに酷似した現象でひじょうに興味深い。


〓メキシコ軍に対する復讐を始めた 「ゴヤージェ」 は、ナイフ一丁を持って銃弾の雨をかいくぐり、これをメキシコ兵に突き立ててまわったそうです。メキシコ兵は 「ゴヤージェ」 を多いに恐れ、


   Gerónimo [ xe'ɾo:nimo ] [ へ ' ローニモ ]


と呼びました。現在のスペイン語では、 Jerónimo というのが正しい綴りですし、また、語源的に言っても Jerónimo という綴りが正当で、 Gerónimo という綴りに出番はないのですが、ネットで調べると、現代でも Gerónimo という綴りは、相当な割合で使われています。


   Jerónimo  ── 398,000件
   Gerónimo  ──  57,900件
      ※ Google Mexico 国内限定で検索


〓ラテン語の i であらわされていた子音 [ j ] (イ) は、ガリア (フランス) やイベリア半島 (スペイン、ポルトガル) では、摩擦音化して [ ʒ ] (ジュ) になりました。そして、この子音と、 g [ ɡ ] (グ) が i, e の前で硬口蓋化した [ ʒ ] (ジュ) が同音になってしまい、スペイン語の話者は、 [ ʒ ] 音を j で書くべきなのか、 g で書くべきなのか迷うハメにおちいっていたのでした。

〓これは、日本語の場合の


   「いなづま」 なのか 「いなずま」 なのか、
   「こぢんまり」 なのか 「こじんまり」 なのか、


というのと同質の問題です。

〓スペイン語では、さらに、 [ ʒ ] 音 (ジュ音) そのものが、 [ ʃ ] (シュ) と無声化してしまい、 x [ ks ] の訛った音 [ ʃ ] とも同音になりました。本来、 J, G, X で綴られていた音が同じになってしまい、三つドモエで混乱をきたしました。

〓さらに、この [ ʃ ] 音 (シュ音) は、 [ x ] (ふ) という音になります。現代スペイン語の j の音です。現代スペイン語では、これら3つの源流を持つ子音は、通常、 j で統一して綴られます。
Gerónimo は、 J と G を取り違えた民衆の綴りです。


〓「ゴヤージェ」 が活躍した当時、メキシコ軍の守護聖人は 「聖ヒエローニュムス」 (San Jerónimo) だったと言います。(裏付けはなし) アパッチの 「ゴヤージェ」 にナイフを突き立てられることを恐れて、戦闘中に 「聖ヒエローニュムス」 に加護を願ったことから、「ゴヤージェ」 のアダ名が Gerónimo 「ヘローニモ」 になったと言います。


〓ジェロニモは、数で圧倒するメキシコ軍、米軍を相手に 35年間も戦い続け、何度、捕らえられてもそのたびに脱出を繰り返し、米国でも伝説となり、 Geronimo の名をとどろかせました。1886年 (明治9年)、57歳のときに、彼は、とうとう、米軍に捕らえられました。


〓ジェロニモとその仲間たちは、フロリダ、アラバマ、オクラホマと米軍の施設を転々と移送され、そのあいだに多くの仲間が結核などで死んだといいます。ジェロニモじしんは、“インディアン” を取り締まるための米軍の斥候 (せっこう) として働いていたようです。

〓晩年のジェロニモは、米国の有名人となり、1904年 (明治37年)、75歳のときに、ルイジアナ州セントルイスでおこなわれた勧業博覧会 Purchase Expo に現れて、みやげ物や彼自身の写真を売っていたといいます。また、翌 1905年のシオドア・ルーズヴェルト大統領就任パレードにも、ジェロニモは参加していました。

〓1909年 (明治42年) 2月17日、80歳を前にして、ジェロニモは、最後に送られたオクラホマのフォート・シル Fort Sill で亡くなりました。米国の著名人になったとは言え、彼は、とうとう最後まで、故郷に戻ることを許されませんでした。



〓英語で、バンジージャンプなど、高いところから飛び降りるときに、


   Geronimo! [ dʒə'rɑnəˌmoʊ ] [ ヂャ ' ラナ , モウ ]


と声を発するのは、このジェロニモに由来すると言います。


〓 1940年 (昭和15年) 8月6日、ジョージア州フォート・ベニングで、試験的に編成された 39名の志願者からなる、米軍初のパラシュート部隊の降下実験がおこなわれました。当時の情勢としては、まだ、日米は開戦に至っていなかったものの (真珠湾攻撃は翌年末)、この2ヶ月前、パリが陥落し、6月14日にドイツ軍が入城していました。


〓テスト降下の前夜、志願メンバーの一員であった、オーブリー・エバーハード Aubrey Eberhardt 君 ── 当時24歳 ── は、3人の仲間とともに、空調のきいた基地内の映画館で、 “Geronimo” (1939。監督 ポール・スローン Paul Sloane、主演 プレストン・フォスター Preston Foster) という西部劇映画を見たあと、帰りに寄ったバーで、酒を飲みながら翌日のことを話し合っていました。
〓やせてヒョロリと背が高かったオーブリー君は、仲間の1人から、「オマエなんか震えあがって、口も利けなくなるぞ」 とクサされたそうです。すると、オーブリー君、


   「あんなんコワないわ。なんなら、降下するあいだじゅう、
    “ジェロニモー!” って叫んでみせようか」


ってなことを請け合ったんだそうです。


    【 映画 “Geronimo” のスチル 】

   ジェロニモ1  

   プレストン・フォスター Preston Foster、 エレン・ドルー Ellen Drew、 ウィリアム・ヘンリー William Henry


   ジェロニモ3

   ジェロニモを演じたのは、チェロキー族出身ではないかと伝えられる “ハリウッド俳優”

   チーフ・サンダークラウド Chief ThundercloudChief というのは、単なる芸名。


〓翌日のテスト降下で、オーブリー君は約束どおり、「ジェロニモー!」 と叫びながら、ダグラス B-18 爆撃機からダイビングしました。すると、続くメンバーたちも、それをマネして、次々に 「ジェロニモー!」 と叫びながら飛び出していったそうです。


〓2ヶ月後、米軍初の “第501落下傘大隊” the 501st Parachute Infantry Battalion が編成され、その標語 motto は “Geronimo” となりました。ポリシーが 「ジェロニモ精神」 ってことですね。

〓米国陸軍の空挺師団 (くうていしだん) が、初めて、実戦に出たのは、1944年 (昭和19年) 6月6日、いわゆる、Dデー “D-Day” 


   ノルマンディー上陸作戦 Operation Overlord


でした。
〓この日の早朝、『シェルブールの雨傘』 で知られるフランスの都市シェルブールを突端にいただくコタンタン半島 Le Cotentin の5ヶ所の海岸から、英米カナダの5つの歩兵師団が上陸を決行しました。

〓最大の被害を出したオマハ・ビーチの米第1歩兵師団には、「ライフ」 “Life” の契約カメラマン、ロバート・キャパが同行取材しており、彼の残した写真が、今でも、戦場のようすを生々しく伝えています。



〓実は、この上陸作戦に先立ち、海岸に配備されたドイツ軍を後方から攪乱するため、英米の3つの空挺師団がノルマンディーに降下しました。そのうちの、第101空挺師団 the 101st Airborne Division に配属された “第501落下傘大隊” こそ、「ジェロニモ」 をモットーにいただく、あの部隊でした。彼らは、Dデーの朝も、「ジェロニモ!」 と叫びながら、ドイツ軍の待つノルマンディーへと降下していったと言います。


     あじさい 後日に UP する後編に続きます。

         http://ameblo.jp/nirenoya/entry-10128822404.html