〓1996年4月、東中野 (東京) にある、ミニシアター系の映画館 “BOX東中野” ── 現在は、経営母体が変わったようで “ポレポレ東中野” になっている ── で、
『ナヌムの家』
“나눔의집” na-num-e cip [ ナヌメ チッ(プ) ]
나눔 nanum 「分けること」→「分かち合い」
의 e 「~の」
집 cip 「家」
というドキュメンタリー映画が一般公開されました。
〓その初日、右翼がスクリーンに向かって消火器を噴射するという事件がありました。その後も、BOX東中野は上映を続けたようなので、スクリーンを交換する必要があったのかどうか、そこんところはアッシもあずかり知らないところで。
〓“BOX東中野” という映画館は、劇場が小さいにもかかわらず、音響・スクリーンは大劇場並のものを備えた 「ミニシアターの中でも、かなりの変わりダネ」 の映画館でした。“居抜き” のまま “ポレポレ東中野” になっているんで、設備は今でも体験することができます。スクリーンが大きいので、あまり前に座るとテーヘンでげすよ。
〓1998年6月6日には、『南京1937』 ── 中国語題、同じ ── を上映していた、横浜 (京浜急行 黄金町駅) の “シネマ・ベティ” で、やはり、右翼がスクリーンをカッターナイフで切り裂くという事件がありました。アッシは、“シネマ・ベティ” には行ったことがありませんが、“ぴあ” なんぞを見ていると、
「ああ、この映画見たかったんだがなあ、シネマ・ベティは遠すぎるなあ」
ということが、よくあります。
〓映画館のスクリーンというのは、チョイとキズがついているだけでも、そこがハイライト部分になったときに、いちじるしく目立ちます。おそらく、切られたスクリーンは、そこを縫い合わせて、“ハイ、もとどおり” というワケにはいかないでしょう。
〓劇場用スクリーンがいくらするのか?なんて、ふだん、アッシらは考えもしませんが、都内のワリと小規模なミニシアターのスクリーンのサイズで、おそらく、
200万円とか、300万円とか
するんではないか、と思います。
〓今回の 『靖国 YASUKUNI』 の上映中止の理由として、
「近隣の劇場や商業施設などに迷惑が及ぶ可能性がある」
としていますが、やはり、映画館の支配人ならば、“シネマ・ベティ” の事件がすぐに脳裏をかすめるハズです。持ち物検査をしたとしても、カッター1つならば、どうとでも隠すことができるでしょう。
〓日本ペンクラブが、
「自由な表現の狭まりを深く憂慮し、関係者の猛省をうながす」
「面倒を恐れて自発的に場所の提供を渋る雰囲気がまん延している。
公共言論空間を守る決意を訴えたい」
という声明を発表したそうですが、いったい “関係者” というのは誰を指すんでしょう。映画館を指すのなら 「おかどちがい」 という気がします。
〓確かに、大阪 “第七藝術劇場”、京都 “京都シネマ”、あるいは、松本でも上映するところがあり、それは、“ありがたい” ことです。
〓しかし、
ミニシアターなんてのは、たいていの映画が、
土日でも、入りが、毎回、5割を超えることがなく、
あきらかにそこそこの売り上げでかろうじてやっている
ハズなんですよ。
〓儲からないのを前提に、インディペンデント系の映画や、海外の珍しい映画を上映し続けることじたい、すでに、
公開の場のない映画に、上映のチャンスをあたえている
という “表現の自由に貢献している行為” なのに、「関係者の猛省をうながす」 とはねえ……
〓アッシは、ミニシアター系の映画館には、ずいぶん、お世話になっていますが、
ペンクラブには、これまで、ナンの恩恵も受けていませんねえ
どうしたことでしょう。
数百万円の被害を覚悟で “言論の自由を守れ”
とねえ……
〓1993年、“日本で最初に公開されたイラン映画” 『友だちのうちはどこ?』 は、上映してくれる映画館が見つかりませんでした。当時は、まだ、変造テレホンカードや麻薬の密売をするイラン人のニュースが生々しいころで、
イラン映画を公開して、何か起こったら困る
と、どの映画館も考えたようです。
〓けっきょく、京橋の 「銀座テアトル西友」 (現 銀座テアトルシネマ) が受け入れることになり、フタをあけてみたら、イラン人などまったく現れず、日本人の客しか来なかった、という結果になりました。
〓イランの名匠 アッバース・キヤロースタミー (アッバス・キアロスタミ) を最初に上映した映画館という栄誉は 「銀座テアトル西友」 のものになったわけです。
〓けっきょく、この映画が起爆剤となって、その後の日本における “イラン映画ブーム” が起こりました。アッシなんぞは、日本で公開されたイラン映画をほぼすべて見せてもらったので、こうした映画館にはひたすら感謝です。
〓しかし、“栄誉” なんぞ、ナンの経営のタシにもなりゃしません。西武全体が傾いたのが主たる原因だとは思うんですが、経営母体が変わったようで、2000年には “銀座テアトルシネマ” と名前が変わっていますね。
〓とは言うようなもののですね、今回、東京で 『靖国』 を上映する予定だった映画館は、チョイと 「?」 という顔ぶれなんですね。
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銀座シネパトス 177席/130席/72席
渋谷Q-AXシネマ 264席/172席
新宿バルト9 9スクリーン 計1,825席
シネマート六本木 165席/87席/52席/150席
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〓比較として、ミニシアターの老舗 (しにせ) の席数を見てみましょうか。
ユーロスペース 92席/145席
イメージフォーラム 64席/108席
〓“新宿バルト9” などは、最大で429席の大劇場を抱えており、とても、ミニシアターとは言えません。アッシは、“バルト9” と “シネマート六本木” には行ったことがありませんが、それは、この2館が
エンターテイメント系の映画しか掛けない
からです。つまり、これらの映画館に 「小規模の劇場」 があるのは、“入りの悪いエンタメ系映画” のためであって、席数が少ない劇場があったとしても、ミニシアターとは意味が違うのです。
〓Q-AXシネマなどは、昨年、アッシが No.1に選んだ中国映画 『孔雀』 を掛けはしましたが ── アッシの見た回は、観客が4人(!)──、総じて、掛かる映画はエンタメ系です。
〓銀座シネパトスは、このメンツの中ではズバ抜けて歴史が古いですが、昔から、奇妙な立ち位置で、
エンターテイメント系ではないが、話題を呼びそうな映画を選ぶ
という習性があります。
〓 2005年、ロシアで公開されたアレクサンドル・ソクーロフの映画
『太陽』 «Солнце» [ ' ソーンツェ ]
は、日本では上映できないのではないか、と言われていましたが、東京で、この映画の上映に踏み切ったのは、他ならぬ “銀座シネパトス” でした。
〓けっきょく、大山鳴動、蚊が一匹というありさまでした。右翼による抗議があった、というハナシも聞きません。逆に、観客が殺到して、シネパトスでは、急遽、2館並行で 『太陽』 を上映し、かろうじて観客をさばく、という支配人ホクホクの事態になっていました。
〓映画館前に行列ができていたんですからねえ…… このセツ、映画館に行列というのは、あまり見ません。おそらく、『太陽』 は、シネパトス開館以来の記録をつくったことでしょう。
〓今回の上映予定館のメンツを見るに、どうも、
ミニシアターが 「受け入れ手のない映画」 を引き受けた
というのとは違う、という気配が感じられますね。話題を呼べば “大入り” もある、というソロバンが、どこかにあったんではないかと……
〓『靖国』 の監督“李纓” (り・えい/李缨 Lĭ Yīng リー・イン) というヒトの映画が日本で公開されるのは、実は、これが初めてじゃないんです。
『2H』 2000年11月 イメージフォーラム (渋谷) にて
『味』 2004年12月 イメージフォーラム
〓いずれも、モーニングショーやレイトショーで公開された真面目なドキュメンタリーです。
〓今回は、監督じしんにとっても日本における興行的飛躍となるハズの映画だったんですね。
〓アッシは、もちろん、この映画を見ていないので、述べるべき感想はありません。「靖国神社」 の問題について、正直、さほど関心があるほうではないので、前売りも買っていません。しかし、ね、残念ですね。
〓今回の東京での上映がどうなるかが、今後の業界の対処の方向性を決めるような気がします。