「ゲッティー」 と 「ゴルゴンゾーラ」。あるいは、「カロリーナ」 と 「キャロライン」。 | げたにれの “日日是言語学”

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やたらにコトバにコーデーする、げたのにれのや、ごまめのつぶやきです。

〓アッシは、「とんねるずのみなさんのおかげで した 」 の “食わず嫌い王決定戦” が好きでして。ドーデモイイようなことなんですけど、

   石橋貴明 ── 「ゲッティー」 派
   木梨憲武 ── 「スパ」 派
   
というドーデモイイ毎度オナジミの軽い言い合いに、なんとなく、「ぐふふ」 とキマス。
〓ハッキリ言って、 「ゲッティー」 なんて略し方は聞いたことがなかったですけど、最近は耳にコビリついてしまったようです。“スパゲッティ” を見たときに、ふと、「ゲッティー」 とつぶやいていたりする……

〓そういえば、昔、「ダウンタウンDX」 で、松本人志さんが、六本木のことを、むりやり、ギョーカイ用語ふうに、

   ギロッポン

って言ってたのを覚えてますが、最近のバラエティを見ていると、お笑い芸人で 「ギロッポン」 を使うヒトが増えてますね。偶然なのか、DXを見てたのか……

〓「スパゲッティ」 はイタリア語ですね。


   spago [ ス ' パーゴ ] 「ヒモ、より糸」
     +
   -etto [ ' エット ] 「小さな、細い~」。指小辞
     ↓
   spaghetto [ スパ ' ゲット ] 「細いヒモ」
     ↓   ※ g + e では 「ヂェ」 になってしまうので、「ゲ」 と
     ↓    読ませるために h を入れる。
     ↓
   spaghetti [ スパ ' ゲッティ ] 複数形


〓そんなにムズカシイ造語ではありません。「細いヒモ」 と言うより、「ヒモちゃん」 という感じかもしれない。大阪人みたいですけど。

〓だから、「ゲッティー」 っていうのは、本来の語根 √spag- g しか残ってないんですよ。
〓ゲルマン人の男子名 Karl 「カルル」 からは、フランス人の男子名の Charles 「シャルル」 ( -s は古い格語尾が呼格とともに残ってしまったもの) が生まれていますが、その女性形は Charlotte 「シャルロット」 です。指小辞 -otte で派生したものです。
〓ドイツや北欧では、この Charlotte という名前から、

   Lotte 「ロッテ」、 Lotta 「ロッタ」

という名前がつくられています。スウェーデン映画に、アストリッド・リンドグレーン原作の 『ロッタちゃん』 シリーズがありますよね。あの 「ロッタ」 ちゃんです。
〓つまり、「ロッテ」、「ロッタ」 と 「ゲッティー」 は、おんなじ造語法なんです。あながちバカにできない。


〓ところでですね、イタリアついでに、どうも昔から気になる 「ゴルゴンゾーラ」 の語源を調べてみました。なんたって、アアタ、「ゴルゴン」 が 「ゾーラ」 してるんですから。スゴイじゃないですか。

〓この 「ゴルゴンゾーラ」 という名前は、このチーズの生産地から名を取ったものです。歴史上、初めてゴルゴンゾーラ・チーズがつくられたのは、


   879年で、ミラノ付近の小さな町、ゴルゴンゾーラである


と言います。
〓もっとも、ピエモンテ地方、ロンバルディア地方では、広くゴルゴンゾーラ・チーズがつくられており、その栄誉を 「ゴルゴンゾーラ」 がひとりじめすることに対する異論もあるようです。
〓ただし、879年から 「ゴルゴンゾーラ」 と呼ばれていたわけではなく、


   1878年 (明治11年)


に、“ゴルゴンゾーラ” でこのチーズが最初につくられたことにちなんで 「ゴルゴンゾーラ」 と名付けられました。つまり、そんなに古い名前ではない、ということですね。

〓この 「ゴルゴンゾーラ」 という町の名前が、初めて文書に登場したのは、10世紀のことで、

   Gorgontiola [ ゴルゴンツィ ' オーら ] ゴルゴンツィオーラ

の語形で現れます。ラテン語形と言っていいでしょう。この語の -tio- 「ツィオ」 の部分が、 -zo- 「ヅォ」 と有声化し、現代イタリア語形になります。

   Gorgonzola [ ゴルゴン ' ヅォーら ] ゴルゴンゾーラ

〓はたして、この地名の由来は? っと調べると、どうも、イタリアではこれについて考えたヒトがいないらしい。


〓ただ、手がかりはあります。イタリアの地名、イタリア人の姓には、

   Zola [ ' ヅォーラ ]

があるようです。Zola Predosa 「ゾーラ・プレドーザ」 は、ボローニャ県の町の名前です。
〓また、Zola という姓は、ロンバルディア州、ピエモンテ州に多いと言います。おやおや、ゴルゴンゾーラの産地と一致しますね。
〓フランスの作家に、エミール・ゾラ Émile Zola がいますが、彼の先祖はイタリア出身でしょう。
〓この Zola というのはナニか? どうやら、イタリア標準語 ── フィレンツェを中心とするトスカーナ方言を基盤にしている ── の

   zolla [ ' ツォッら ] (土の)かたまり、芝土、角砂糖

に相当するようです。
〓この zolla という単語は、ラテン語に起源を求めてもムダです。どうやら、ゲルマン語らしいのですね。ローマ~イタリアという土地は、ローマ帝国時代から傭兵としてゲルマン人を迎えており、そのうえ、ゲルマン人の一派であるヴァンダル人やゴート人の侵入によりローマ帝国が崩壊へ向かったことは周知ですね。
〓そのうえ、ゴルゴンゾーラのあたりは、ミラノともどもフン族にも襲われています。

〓しかし、この zolla という単語は、ゴート語などではなく、ドイツ語に由来するらしい。11世紀の古期高地ドイツ語では、

   scolla [ ス ' コッら ] かたまり

という語形を記録しています。
〓おそらく、10世紀以前にドイツ語から借用され、俗ラテン語 ── すなわちイタリア語で ── で、語頭の sc- が変化して [ tsi- ] になった。はて、なるだろうか?
〓トスカーナ方言では [ ts- ] のままで、ロンバルディア方言・ピエモンテ方言では、[ dz- ] となった。
〓この単語は、現代ドイツ語でも、

   Scholle [ ' ショれ ] 土のかたまり、土地、耕地

を意味します。他のゲルマン語では、

   skolla スウェーデン語 「金属板」
   schol [ ス ' ほる ] オランダ語 「氷塊」、<方言> 「土のかたまり」

などが見られるだけです。

〓どうも、zolla, zola というのは、「耕地、畑」 を指すようです。

〓とすると、「ゴルゴンゾーラ」 は、

   “ゴルゴーン” の耕地

と言うことになる。
〓この Gorgon- というのは、ギリシャ神話に登場するポルキュス Phorcys の3人の姉妹の総称です。ラテン語で、

   Gorgōn [ ' ゴルゴー(ン) ]

〓一般には、複数形で Gorgōnēs [ ゴル ' ゴーネース ]。3姉妹の中でも、髪の毛がヘビで、見たものを石に変えてしまう 「メドゥーサ」 Medūsa Gorgō で呼ぶことが多い。
〓俗ラテン語では Gorgone 「ゴルゴーネ」 という語形をとります。

〓メドゥーサはペルセウスに首を切られて退治されます。ペルセウスは、その 「見たものを石に変えてしまう首」 でポセイドーンと戦って勝利します。このあたりは、レイ・ハリーハウゼンの 『タイタンの戦い』 を見ると、一目瞭然なんですが。

〓そんなことで、「正面を向いたメドゥーサの首の図案」 は、後世、“魔除け” に使われたそうです。



               gorgon


〓どうも、他に、解釈のしようがないようです。

   「ゴルゴンゾーラ」 = 「ゴルゴーンの耕地」

〓ことによると、フランス語で gorges [ ' ゴルジュ ] 「谷」 となっているラテン語の

   gurges, -gitis [ ' グルゲス ] 渦巻、水、深淵

と関係があるかもしれません。gurges は現代イタリア語では、

   gorgo [ ' ゴルゴ ] 渦巻、<文語> 川

になっています。 -n が足らないんだよなあ……


〓さて、「ゴルゴンゾーラ」 に “ゴルゴーン” 三姉妹は入っているでしょうか。




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【 付記 】


チーズ gorgon というきわめて特徴的な形態素を消去法でさがすと、“ゴルゴーン” しか残りません。

   le Gorgoni ゴルゴーン三姉妹。複数形
   la Gorgone ゴルゴーン。三姉妹のひとり。特に、メドゥーサ。
   gorgo  渦、渦巻


チーズ イタリア語の gorgo は、どう変化しても、gorgon という語形にはならないんです。ただし、指大辞 「大きな~」 をつくる接尾辞が -one であり、 gorgone 「ゴルゴーネ」 “大きな渦巻” と いう語もありえます。しかし、gorgone を普通名詞として採用しているイタリア語辞典では、

   gorgone ゴルゴーネ。<比喩的に> 醜女。化け物。

となっています。


チーズ フシギなことに、イタリア語のページで、Gorgonzola の語源をたずねているものが見当たりません。あんなにヘンテコな名前なのに!

チーズ ウィキペディアの英語版に “Milk-based product of the gods” というタイトルの項目があって、


http://www.uncyclopedia.org/wiki/Milk-based_product_of_the_gods#Gorgonzola


ゴルゴンゾーラ・チーズが、「ゴルゴーンの首」 の力を使ったように固くなっている、というふうに語源ふうのことを述べていますが、実際には、ゴルゴンゾーラというチーズの名前が、

   始めに、ゴルゴンゾーラという地名ありき

なので、この解釈は成り立ちません。


チーズ まったくヘンテコな名前です。




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【 付記2 】


〓きのう多かった “検索ワード” が、


   キャロライン  カロリーナ


でした。「なんか似てるぞ」 と思ったヒトが多かったんでしょう。この2つは同じ名前です。


〓上にも書いたように、ゲルマン語起源の Karl は、中世ヨーロッパの共通語・標準語であったラテン語では、


   Carolus [ ' カロるス ]


という語形でした。フランス語では、語頭の [ k ] 音が口蓋化を起こし、「カ」→「キャ」→「チャ」→「シャ」 と変化して、現代語の


   Charles [ ' シャルる ] シャルル


になります。-s は主格・呼格の語尾で、のちに発音されなくなりましたが、「名前はヒトを呼ぶのに多用されたため」、通常の普通名詞より遅くまで -s が発音されたため、綴り字に残りました。(Georges など -s の付く男子名は、みな、そうです)

〓英語の Charles 「チャールズ」 は、ノルマン・コンクエストとともにイギリスに侵入したノルマン人がもたらしたので、古い時代のフランス語の発音が残りました。


〓ドイツ語など、本来のゲルマン語では、Karl からは、Karla 「カルラ」 という女子名がつくられるのが一般的です。


〓しかし、フランス語で、この方式の名前をつくると Charle 「シャルル」 と、まったく男子名と同じ発音になってしまうので、指小辞 -otte を付けて女子名 Charlotte 「シャルロット」 がつくられました。



〓イタリア語・スペイン語など、語末の母音が明瞭なロマンス語では、ラテン語の Carolus の語形を受け継いで、


   Carlo 「カルロ」 男子名

   Carla 「カルラ」 女子名


がつくられました。また、女子名には、「かわいらしさ」 をあらわす “指小辞” を付けた


   Carlotta [ カル ' ろッタ ]

   Carolina [ カロ ' りーナ ]


もつくられました。実は、フランス語の Charlotte の -otte はフランス語本来の指小辞ではありません。フランス語は -ette ですね。Charlotte は、イタリア語の Carlotta の “なぞり” です。また、イタリア語の Carolina は、フランス語では、


   Caroline [ キャロ ' りンヌ ] キャロリーヌ


になります。


〓この Caroline が英語に入って、Caroline [ カロ ' りーネ ] (語末は曖昧母音) となりますが、大母音推移によって、15~18世紀のあいだに、Caroline [ ' キャロ , らイン ] という発音になります。大母音推移と並行して、アクセントが語頭に移ったらしく、Caroline [ ' キャロりン ] という、母音推移の影響を示さない発音もあります。


〓つまり、「カロリーナ」 というのはイタリア語形、「キャロライン」 というのは、フランス語を通して借用された英語形です。