〓「イッテQ」 見ましたねえ。若槻千夏ネエサンがシベリアに 「オオカミの遠吠え」 を録りに行くというね。
〓ハバーロフスク懐かしうがす。千夏ネエサンが、ハバーロフスクという地名を言えなかったのが、ありがちで可笑しうがした。これがね、フツーの日本人は驚くほど言えないんだ。
ハバロフスク
〓ロシア語だと、 Хабаровск Khabarovsk [ は ' バーラフスク ] とアクセントがつくんで言えるんですよ。日本語になると、アッシでもなかなか言えない。千夏ネエサンなら、なおさらに言えない。
ハバコグスク ──テイク1 沖縄かい?
ハバックスク ──テイク2
ハバロフスク ──テイク3
〓この単語ですね、何が問題かというと、「フ」、「ス」、「ク」 というウ段の3音は、いずれも、 「無声化」 という現象を起こしやすいんです。
豆腐 [ to:ɸɯ̥ ] → [ to:ɸ: ]
ナス [ nasɯ̥ ] → [ nas: ]
魚籃 [ bikɯ̥ ] → [ bikʰ: ]
※ [ ɯ̥ ] は無声化した [ ɯ ] (日本語のウ) をあらわす。
〓「無声化」 (むせいか) というのは、発声器官は 「ウ」 なら 「ウ」 を発音する体勢をとっているのに、“声帯だけが振るえずにイキが出ている” 状態を言います。
〓わかりやすく言うと、 「ささやき声」 はすべての子音・母音が無声化している発音です。
〓 [ ɸ ] や [ s ] のごとき持続性のある子音の場合は、無声化した母音のかわりに、むしろ、その前の子音が長く発音されるのが普通です。とりわけ、日本人の発音する文末の 「~です」、「~ます」 の 「す」 は、発音記号で書くと、
[ -des:::: ]
と写してよいくらい長く伸ばされることがあります。もとの [ ɯ ] はカゲも形も残っていません。
〓つまりですね、「ハバロフスク」 という地名を、日本人は、
[ habaɾoɸskʰ: ] ハバロフスク
と発音します。つまり、中ほどで完全に母音が落ちているんです。子音を C、母音を V とすると、
CVCVCVCCC
となるんですね。この -CCC- という子音3連続が、どうやら、問題らしいのです。開音節言語を話している日本人は、 -CCC- の順番がうまく把握できなくなるのか、あるいは、「ク」 と 「ス」 を転倒させて、“子音の3連続” を避けようとするのか、たいていは、
[ habaɾoфɯks: ] ハバロフクス
と発音してしまうんですね。これだと、
CVCVCVCVCC
となります。
〓ところでですね、オオカミの遠吠えを録音するのに同行してくれるというロシア人の2人のハンターが、
「ミーシャ」 と 「ミーシャ」
というのが笑えますね。これね、別に変わったことじゃないんですよ。ロシア人の男性には、 Михаил Mikhail [ ミは ' イーる ] 「ミハイール」 という名前のヒトはとても多いんです。もちろん、ふだん、「ミハイール」 なんて呼ぶことはありません。
〓略称は、「ミーシャ」 ですね。
〓あるいは、 Александр Aljeksandr [ アりぇク ' サンドル ] 「アレクサンドル」 の 「サーシャ」 という名前も多く、「ミーシャ」 と 「サーシャ」 の2人組、なんて言えば、もう本寸法です。
〓出撃の前の晩に、料理とウオッカで大歓迎、というのもよくあるハナシで。そして、翌朝、ひとりが飲みすぎで、「ロマーン」 が代わりに行く、なんてのも、ロシア人が相手なら、よくあるハナシです。
〓「イッテQ」 では、「ローマン」 って言ってましたが、「ロマーン」 Роман Roman [ ラ ' マン ] が正当ですね。「マン」 にアクセントがあるから、 Романов Romanov [ ラ ' マーナフ ] 「ロマーノフ王朝」 になるわけですよ。
【 「葉山エレーヌ」 という名前 】
〓で、そのあとは、「おしゃれイズム」 ですか。日本テレビのアナウンサー3人をフィーチャーということで。
宮崎宣子 (みやざき のぶこ)
葉山エレーヌ (はやま ~)
夏目三久 (なつめ みく)
〓宮崎アナウンサーは、「宮崎県 宮崎市」 生まれの宮崎さんです。
〓夏目三久アナウンサーは、ケッタイナ名前の書きようですが、ナンでも、先祖代々 「三」 の字を受け継ぐんだそうで、こういう名前になったんだそうな。
〓で、問題は、「葉山エレーヌ」 アナウンサーです。入社時は、
葉山みゆき
という名前でした。おそらく、会社の方針で 「エレーヌ」 になったんでしょう。
〓滝川クリステルさんの場合も、もとは、 「滝川雅美」 (たきがわ まさみ) を名乗っていたんですが、会社の方針で、名前を “クリステル” に変えられたんですね。
〓葉山エレーヌさんは、父親が日本人で、母親がフランス人だそうです。戸籍上の名前は、
葉山 ── 姓
みゆきエレーヌ ── 名前
なんだそうです。こういう例は、けっこうあるのかもしれません。
〓もと NHKアナウンサーだった頼近美津子 (よりちか みつこ) さん ── 現姓は 「鹿内」 (しかない) ── の場合は、ハーフというのではないんでしょうが、父親が米国籍を持つ純日本系の日系二世です。
〓そのため、「キャサリン」 というミドルネームを持っていますが、戸籍上は、
頼近/鹿内 ── 姓
キャサリーン美津子 ── 名前
です。
〓日本は、名前を2つ以上持つことが認められていないので、いきおい、こういう形になるわけですね。
〓「おしゃれイズム」 の司会の上田晋也 (うえだ しんや) さんは、“エレーヌ” という名前を聞いて、「肌にやさしそうだ」 と言ってました。まあ、確かに、そんな感じはあるかもしれない。
Hélène [ e'lεn ] [ エ ' れンヌ ] エレーヌ
〓通常、仏和辞典を見ると、発音は [ elεn ] と書いてあるハズです。これは、「音韻表記」 というもので、必ずしも、フランス人の発音するとおりに書いてあるワケではありません。“どういうツモリで発音しているか” という抽象的な表記です。実際は、
[ e'lεnnᵊ ] [ エ ' れンヌ ]
です。むしろ、「エレンナ」 と聞こえる場合もある。仏文学者は、なぜかこれを 「エレーヌ」 と写します。フランス女性の名前で 「ーヌ」 に終わるものは、みんな、実際の発音は 「エンヌ」 です。その意味では、「タカラジェンヌ」 ではないが、
Parisienne 「パリジェンヌ」
式のカタカナ表記のほうがフランス語に近いです。
〓逆に、米国の黒人女性歌手、
Dionne Warwick 「ディオンヌ・ワーウィック」
の名前 Dionne は 「ディーオン」 です。「ディオンヌ」 にする理由がない。
Dionne [ di:'ɑn ] [ ディー ' オン ]
Warwick [ 'wɔɚwɪk ] [ ' ウォーウィク ]
→ 「ディーオン・ウォーウィック」
〓英国の地名 Warwick, Warwickshire は、「ウォリック、ウォリックシャ」 と発音するのが正しいんですが、彼女の場合は、当人が 「ウォーウィックで発音してください」 と言っています。もちろん、英国人はチャンと読まないそうです。
〓 Hélène という名前は、ギリシャ神話に登場する絶世の美女で、トロイア戦争の火種にまでなった人物ですね。
Ἑλένη Helenē [ ヘ ' れネー ] ヘレネー
〓ラテン語形は、
Helena [ ' ヘれナ ] ヘレナ
〓西欧語では、ラテン語 Helena から派生します。
Helen [ ' ヘれン ] ヘレン。英語
Hélène [ エ ' れンヌ ] エレーヌ。フランス語
〓 最初の é のアクサンテーギュは、 He- が開音節なので、必要になります。 -lene は、どちらを発音するのか判別するために、やはり、アクサンは必ずつけなければなりません。
-lène [ - ' れンヌ ]
-lené [ - る ' ネ ]
の2通りの発音が可能だからです。 Parisienne のごときは、 -enne と n が2つになるので、アクサンは不要です。 n が2つあることで、 -en は必ず閉音節になり、 [ ε ] で発音されることが自明だからです。
〓ロシア語など正教圏では、ビザンチン期のギリシャ語音、
Ἑλένη Eleni [ エ ' れニ ] エレニ
から派生します。
Елена Jeljena [ イェ ' りぇーナ ] エレーナ
〓語末のギリシャ語の女性語尾 -η を、ロシア語の女性語尾 -а に置き換えているんですね。民衆形 (農民の語形) として、
Алёна Aljona [ ア ' りょーナ ] アリョーナ。ロシア民衆形
Олена Olena [ オ ' レーナ ] オレーナ。ウクライナ形
があります。こいつは、このあいだ、フィギュアスケート・ドイツ代表の 「アリョーナ・サフチェンコ選手」 のところで説明しましたね。
〓まあ、そんなこんなで、「葉山みゆきエレーヌ」 なわけです。