登校してきただけでじっとりと汗ばむ肌に、夏が来るの早過ぎない?と文句を言いたくなるのをグッと堪えながら教室のドアに手をかけた途端、
「誕生日おめでとう!!」
中からちょっと鼻にかかった特徴のある声が聞こえてきた。弾むようなその言葉を聞いた瞬間、ああ、今日は二宮くんの誕生日なんだとすぐに思った。
いや、知らないけどね。
二宮くんの誕生日がいつかだなんて。
そんな個人情報を知るほど私は彼と親しくはない。
ただのクラスメイト。
ただ、いつも元気で明るい相葉くんの声は特徴もだけど、その容姿も相まって今年初めて同じクラスになった私でさえ知ってるくらい有名だったし、その相葉くんの隣にいつもいるのが二宮くん。それもまた同じくらい有名だったから、相葉くん=二宮くんって発想になってしまったのも仕方ないと思う。
で、まあ、扉を開けた瞬間、その答えが正しかったことを知る。
「誕生日おめでとう!」
弾む声と同じ表情をして、さっきと同じ言葉を繰り返す相葉くん。よっぽど嬉しいんだね。
「あ、どうも。ありがとうございます。それよりプレゼントは?」
なんて、催促するように手のひらを差し出す二宮くんより嬉しそうな顔してる。
ああ、でもそっか。男の子同士でもやっぱりそういうことを言い合うんだと、改めて思う。
女子ではよくあるけどね。おめでとうと直接言ったりメッセージ送ったり。誕生日会、誕生日プレゼント。そういうやり取りは女子の中では何となく当たり前にあったし、男子とそういう交流をした事も無かったから考えた事も無かったけど。
そうだよね、友達の誕生日をお祝いするのに男子も女子も関係ないかと、変に朝から納得して席に座った。
のは、いいんだけど。
ねえ、これって普通なの?
もう何回聞いたかってくらいの「誕生日おめでとう」
もちろん声の主は同じ。そしてその相手も同じ。
相変わらず弾むような声だし、言われてる方も変わらず手を差し出してる。
「いつ、くれるんすか」
「いやいや、にのちゃん。これはほら、気持ちだから」
「気持ちは見えねえんだよなあ」
なんて言いながらも二宮くんは楽しそうに笑っててそれを見てる相葉くんも楽しそうで。
二時間目の授業中だったかな。
「これ、二宮くんにだって」とこっそりと回ってきたノートの切れ端を見た瞬間は、さすがに私も笑いそうになっちゃったけど。
だってそこにも「誕生日おめでとう」の文字。
ふふ。なにこれ。男子ってこういうことするよね。もう、楽しくなっちゃっての悪ふざけ。いつまでも子供っぽい。
二宮くんが、「おまえ、また楽しくなってるだろ」って相葉くんに言ってるとこ何回か聞いた事あるし。そもそもすぐふざける事で有名な2人だったし。
ああ、なるほど、こういうことねと思いながら、その切れ端を丁寧に回したんだけど。
休み時間のたびに聞く「誕生日おめでとう」にちょっと怖くなってきた。え、普通?これ普通なの?
ここまでのお祝いはちょっと女子でもやらない。
どうやら、去年の相葉くんの誕生日に二宮くんが全く同じことをしたらしく。
いや、ノートの切れ端は回してなかったそうだけど。
登校から放課後まで。ひたすら相葉くんに「誕生日おめでとう」を伝えるというお祝いをしたらしい。これは去年、2人と同じクラスだった友達情報。
それをやり返してるんじゃない?という友達は、特に恐怖も感じてなさそうで、なんなら凄く普通の事のように話すから自分の感覚を疑ってしまう。
だから思わず聞いてしまった。え、怖くない?
そしたら、そう?って。あの2人なら普通じゃない?って。
そう言われたら、そう…かも?
だってあの2人はとにかく一緒。ずっと一緒。
登校も休み時間もお昼ご飯も放課後も。
離れてるのは席だけじゃない?なんて思うほど、ずっと一緒。
まあ、私もさすがにそこまでじゃないけどずっと一緒に行動してる友達はいるし、だからそんなもんかなって。
そもそも同じクラスになる前からニコイチで有名な2人だったから、むしろ噂通りなんだなって。
ただ、ちょっと距離は近いかなとは思ってたけど、それだって男子にはまた女子とは違った距離感があるのかなとか、そもそも私自身パーソナルスペースが広い方だから、余計にそう思っちゃうのかなって。
椅子に座る二宮くんの膝の上に座る相葉くんと、「逆だろ!」なんて肩の辺りを叩きながらも無理やり下ろそうとはしない二宮くん見ながら、私には無理だなと思ってたことを思い出した。
逆ならいいの…?なんて今更ながらに浮かんだツッコミは慌てて消した。
でも、うん、やっぱりそうなのかも。
4月に同じクラスになって約2ヶ月の私でさえそう思うんだから、ずっと同じクラスだった友達からしたら、もう本当に本当にあの2人が2人であることは当たり前なわけで。
……いや、洗脳ぽくない…?なんて一瞬浮かんだ怖いワードはやっぱりまたパタパタと打ち消した。
だってそんな怖いワードは似合わないほど2人は楽しそう。くすくすくふくふ笑いあっては、思い出したように誕生日を祝う相葉くん。
「いや、おまえ、そろそろ飽きてきてんだろ」
「そんなことあるわけないだろ!おまえの大事な誕生日なんだから!」
「その割には一向にプレゼントが貰えませんけど」
「焦るな焦るな」
「せっかちなおまえにだけは言われたくないんだよなあ」
やいやい言いながらも、昨日テレビでやってたプロ野球の逆転ホームランには興奮しただの、週刊マンガの展開が熱かっただの男の子ならではの話に戻っていって。そしてまた誕生日を祝う。
そんな光景に段々慣れてきて。
相葉くんも去年よっぽど嬉しかったんだろうな。
だから同じ方法で大好きな友達にお返ししたくなったんだろうな。
聞けば相葉くんの誕生日はクリスマスイブで、二宮くんの誕生日とはきっかり半年違う。
この日が来るのを半年待ってたかと思うと、やっぱりちょっと若干思うところはあるけれど。
それぐらい大好きな大好きな友達なんだろうなあ。
もちろん最初にこんな祝い方をした二宮くんも相葉くんに対して同じ気持ちなんだろうけど。
いいなあ、そんなに仲良い友達がいて。
ちょっぴり羨ましさを覚えながらの帰り支度。
教室を出たら少し離れた先に歩く2人は、やっぱり同じやり取りを繰り返してる。
「誕生日おめでとう」「ありがとう」
最後まで変わらない2人にもはや微笑ましくさえ思っていたら、変わらず差し出されてた二宮くんの手を不意に相葉くんの手ががっと掴んだ。
え、なに。と思う間もなく、二宮くんの手は相葉くんの腰に回されて。
その分、近づいた距離を更に埋めるように相葉くんが二宮くんの肩をグッと抱き寄せる。
そして相葉くんの唇が二宮くんの耳にそっと近づいて。
何かをぼそぼそっと囁いたと思ったら、途端に二宮くんの耳が真っ赤になった。
その後、また「誕生日おめでとう」と、とびっきりの笑顔と優しい声で言ったから、きっと今日1日聞いたのとは別の言葉を囁いたんだと思うけど。
何を囁いたのか、知りたいような知りたくないような。
でも、まあ、きっと何を聞いても、あの2人だもんねって思うんだろうな。きっと。多分。うん。
耳どころか、すっかりうなじまで赤く染まった二宮くんを見ながら、まあ、暑いもんねと心の中で呟いた。
※※※※
にの、41歳のお誕生日おめでとう!
幸せで健康な1年になりますように。