おはよう。
今、広島のホテルは午前7時半。
これから、平和記念公園に行って千羽鶴を奉納してくる。
この千羽鶴、僕らがスリランカにいたころにやっていた『原爆展』で、スリランカ人たちが作ってくれたものだ。
昨日は、タガワ&クニモという二人の協力隊関係の友人を呼び出し、エツさんも含め四人で、錦帯橋に行ったりした。
突然呼び出し、車まで出してもらったので、一応感謝しておくのが礼儀だろう。
ありがとう。
夜からは、スリランカ・クルネーガラで共に時を過ごしたアマコ&ヒロミと合流。
アマコとは約1年8か月ぶりの再会。
全然進歩のない女であるが、来月から三年間、ベトナムで仕事するらしい。
どうやら結婚はあきらめたようだ。
ヒロミは、アフリカに2週間ほど遊びに行っていたので、ファンキーな髪型になっていた。
どうやら結婚はあきらめたようだ。
うー。
昨日食べた「肉のマスイ」のサービスとんかつが腹にもたれてる。
我々と「肉のマスイ」との数奇な関係については、今後また改めて、記述する。
あ、時間がないのでこれまで。
うんこしたいし。
じゃまた、あとで。
いま、京都から広島に向かう新幹線の中。
実は僕、新幹線大好き。
新幹線に乗るのが大好き。
「遠くに行く」っていう旅行気分が、ひとりでに盛り上がってくる。
しかも今日は滅多にいかない広島だ。
小学生の時の、家族旅行が最後だ。
なので、全然記憶にない。
昼飯は、名店「肉のマスイ」で、あの「サービスとんかつ」を食う予定。
世界の食通をうならせてきた「サービスとんかつ」が食べられるなんて夢のようだ。
そもそも「サービスとんかつ」の歴史を紐解けば、嘉永年間にまでさかのぼる。
ペリーが浦賀にやってきた「黒船来航」事件の数年後、つまり嘉永10年前後にはすでに、広島の庶民の舌を楽しませていた、という記述が、厳島神社に伝わる「大日本膳品書」という書物に見ることができる。
ま、いまでいうミシュランガイドみたいな書物だろう。
当時の記述によれば「サービスとんかつ」は「徳用豚肉はさみ揚げ」というような名前であったらしい。
「肉薄く、衣は厚い。されど旨し。摩訶不思議な西洋料理」
という解説がなされていることから、どうやら、当時の人々にとっては新感覚の料理であったようだ。
「豚カツ」というものが世に出始めた時期だったのかもしれない。
ちなみに「サービスとんかつ」は「肉のマスイ」の創業者、升井有功なる人物が考案したものであった。
その後、時代は流れ、戦前戦後には、一時世の中から姿を消すことになる。
しかし、昭和35年、「肉のマスイ」先々代の主人が「サービスとんかつ」と名前を改め、再発売。
戦後からの復興の波に乗り、爆発的ヒット商品となり、今に至るわけだ。
ちなみに、この物語はフィクションであり、実在する人物や団体とは一切関係がございません。
ブータンには野良犬がたくさんいた。
スリランカにも野良犬はたくさんいた。
スリランカでは、犬はかなり迫害されている。
そもそも犬をかわいがる、という習慣がスリランカにはないようだ。
スリランカにいる犬は基本的に野良。
でも富裕層にはペットとして飼っている人もいる。
でも、たとえ犬を飼っても、放置なのが当たり前。
「ペットロス」なんて概念は微塵もない。
犬の散歩をしている人なんて見たこともないなあ。
基本的に放し飼いだから必要もないのだろうけど、もし仮に散歩に出かけたら、野良犬たちの縄張り争いに巻き込まれ、群れで襲われるだろう。
野良犬に関しては、蹴っ飛ばされたり、皮膚病になったり、牛に威嚇されたり、車にひかれたり…と、そこそこに不幸だと思う。
人が近付くとビクッと、シッポ丸めて逃げ出す犬も少なくない。
それに対してブータン。
野良犬で町はあふれかえっている。
でも、蹴っ飛ばされたりしない。
商店の中に入ってきたりすると追い払われるけれど、概ね、地域の野良犬は地域の住民と共生しているように見えた。
なので、人間を見かけると「エサおくれ」と懐っこく寄っくる、というスリランカではありえない現象がそこらじゅうで巻き起こっているのだ。
そういうわけで、ブータンは確かに「シアワセの国」なのであった。
コマツの顔を見ると「何かくれるの?」と寄ってくる。
キュート。
僕らが家畜病院を見学していると、近所の野良犬が「何してるの?」と寄ってきた。
カワイイ。
広いところを走り回ってる。
笑顔。
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