お酒を飲み過ぎる

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私はお酒をずっと飲んでいます。

1年で362日は飲んでいます。飲まないのは病気をした時だけです。酒量は増えていくばかりです。更に最近は若者達とお酒を飲む機会が多いので更に増えていきます。

 

とうとう肝臓の数値にも表れるようになりました。肝臓は強いと自負していたのに…

 

私は食に興味がないのと同様、お酒にも一切の興味がありません。どんなお酒やらこんなお酒やら、それなりには知ってますが、人に話をあわせる程度です。

 

それなのに何故こんなに飲むのか?それは決まっています。飲まないとやってられないからです。酔っ払いたいのです。

毎日毎日頭がくたびれます。お酒のチカラを借りて頭を鈍らせたいのです。そうじゃないと頭が爆発しそうです。

 

現在は月に3日ほどの休みがありますが、このストレスをカバーするためにもお酒が重要です。

 

こんなことをしていたら、体を壊すと思いますが、最近はだんだんどうでもよくなってきました。

 

ところで芸能人が違法の薬物を使用していることが発覚してニュースになるとき、人々って凄くテンションあがりますよね?

この感情ってとても面白いなといつも思っています。人の興味の対象を測る時の大きな基準になるんじゃないでしょうか?

 

 

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声と態度の大きい人が中心の世の中を少しずつ…

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皆さんこんにちは

 

これね、私よく思うんですね。大きい声で主張すれば、通りやすい、大きい声で謝ればなんとなく許されるような雰囲気になる…

この手の人は私とても苦手なのですが、こういう人が社会的にそれなりの地位を持ってたりするケースが多いと思いますし、企業の部門内のプロジェクトや企画の打ち合わせでもそういう人の意見が通ることが多いです。

 

自分の意見をしっかりと言う。

 

一見正しく見えます。しかしこれは、その意見を言う人間がどれほど優秀かによってこの「自分の意見を大きい声で言う」というのが甚だ迷惑な行為となるのですね。

基本的に企業ってある程度の歴史があって、商圏も確保されているので顧客やコンテンツの入手経路もしっかりしているので、つまらないことやって、仮に失敗してもよっぽど資金を投入したとこではなければそこまでダメージを食わないから、何か有耶無耶で終わります。

 

私はそういうの見てると嫌なんですよね。

馬鹿は馬鹿なりに謙虚に、そして努力を怠らずに生きていくべきなのですが、人間は元来怠け者なので、ある段階で放棄します。

 

俺は俺だから。私はこういう人間だから。

 

これが冷徹な自己認識ではなく、開き直りであることが多い。

 

あとこれ、絶対に学校教育が裏目に出ていると思います。

平等ってのは、全人類に対等の権利を与えるのではなくて、その人の功績やレベルに合わせてそれに見合った地位や報酬を与えることだと思います。

世の中には残念ながら、頭のいい人と悪い人、運動神経のいい人と悪い人、ルックスのいい人とそうでない人がいます。これは紛れもない事実ですね。そういう人達に向けて、いやいやあなたはおりこうさんですよ?一生懸命走って頑張ったね?いやいやとっても可愛いよ?と上っ面な意味での平等性をひいてしまうと、頭の悪くて無神経な人は真に受けます。そして本当に才能のある人が埋もれます。

 

人間の能力は、冷静な自己認識によって伸びると思います。

 

さて、そんな人たちの影で、才能もある、頭もいい、でも、おとなしい、気が弱い、引っ込み思案、ということでその能力が発揮されない場所でひっそりとしている人たちがこの世の中にはいます。

もし彼らがそれで満足しているのなら別にいいじゃないか…と思うでしょうけど、自分の能力が評価され発揮される環境にいる、ことは大半の人が嫌ではないはずなんです。

 

で、私はこういう人達が大好きで、こういう人達と多く出会いたいのです。そのアンテナを常に張っています。

そういう人達は大抵第一印象があまり記憶に残らない、もしくは(一般的には)悪いとされる人が多いのでまず私はそこに注目します。

 

極端に言ってしまえば、私じゃなくても他のとこが扱ってそれで売れるんであれば、それでいいのかなとも思い始めています。

50を超えたらそういう人達に囲まれて暮らしたい。

 

 

 

 

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鎖国or…

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先週は、私の周りにいる若者観察日記のようなものでした。

ここで誤解していただきたくないのは、私はそれを悲観はしていないということです。無論、昔は良かったなんて言うつもりも毛頭ありません。これは若者の問題ではないからです。テクノロジーの発達に我々は身を完全にまかせていますからね。

 

最近の若者は…って、どの面下げて大人は言えるんですかね?

 

私は、そんな若者が一体どんなものを生み出すのか、どんな社会や文化を形成していくのかにとても興味あります。

 

さて、そんな中で私が興味を持つ若者とは?

私が日々お付き合いしている若者はある、特殊な業界にいるので彼らを知る事によって今の若者を語るにはあまりに偏っているんですけどね。

 

ただ、ひとつ言えるのはこれだけ情報が溢れる世の中で自分が何に興味をもち、何を知りたいか、がしっかり絞れていること、取捨選択ができている若者、こういう輩は面白い。

これは孤独な作業であります。それは我々が若かりし頃に経験したことです。

ある日、とっても好きな音楽に、とっても好きな映画に出会ってしまった。でも、それを共有できる仲間がまわりにいない。寂しい。自分の感性に疑問を持ちながら、否、自分の好みを信じるべし、と更に音楽や映画を貪ることによってより自分の趣味嗜好を強固にでも幅広く、そして深くしていくという作業をしていくのです。

この孤独な作業を若いうちにしておくことで自分の価値観がしっかりとした、個性的なものになっていきます。

 

残念ながら今の若者はこの作業をするには非常に困難な環境にいます。自分が好きなものを共有できる人をあっという間に見つけられるからです。それって私はとても羨ましいと思いながら、同時にこういった土壌によって浅薄な感情をつくりあげているのではないかと思ってしまいます。これもある種の感情の劣化のひとつではないかと。

 

そんな中、これだけ受身で情報をPUSHされる状況の中で、しっかりと自分の興味のあるものをキャッチする、余計な情報に右往左往されない頑固さを持っている…云わば、自分内鎖国ですね???

こういう若者がですね、稀にいるのです。彼らは何かしらの情報に頼らず、主体的に考える力をもっていて、考えている事を自分の言葉で話せるんですね。

 

これは…誰しもができるわけでなく、どうしたらこうなれるか?という解はないので、若者を教育するより、そういう若者をこれからも探していこうと思っています。

 

 

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若者の感情と記憶の劣化

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お久しぶりです。ただただログインができなくなり、面倒になっていました。でもこのようにブログを放置することによって、むしろ書きたいことが書けますね。今やtwitterやFacebookでは…Facebookにおいてはずいぶん前から退屈なsnsと化していましたので、私もそれに便乗して仕事やライブの宣伝に特化させています。や、最近ではライブの宣伝も疎かになってきているかと思います。Facebookで繋がっている人の大半は音楽に興味のない人だらけですから、意味ないんですよね。興味ない人たちにライブの宣伝とかしていると、馬鹿らしくなってきます。

 

そして、twitterにおいても。僕はtwitterというのは一時の感情を垂れ流すショートブログとして面白いなと思っていました。が、ここ最近、皆さんの使い方がFacebookぽくなってきている、か、ただの炎上目的なのか、悪口垂れ流し系の二極化している気がします。

僕も、うっかり変なこと書けなくなって来ています。お付き合いのある人達の親御さんとかが意外にチェックしているんですね。

もう、うんことかかけなくなってきています。うんことか書けないtwitterなんてtwitterじゃない。

 

翻ってこのブログ。もう恐らくこのブログを読んでいるのは世界中で2人くらいなので、これはもう…書きたいことが書ける。

だからもうこのブログのタイトルから名前も消してしまいました。

 

しかしそれにしても、最近の若者達のコピペ感が気になります。

知識も感情もコピペ化してきていますね。

これね、ちょっと長めの複雑な文章のやりとりをするとすぐわかります。冒頭と締めの挨拶だけ明らかにネットでコピペした挨拶文で、肝心な伝えたい事が書いてある文面における言葉遣いの稚拙さ、相手に物事を伝えるための表現の稚拙さが目立ちます。性能の悪いロボットとでもいいましょうか。

 

僕は思いますね。知りたい事が瞬時に調べられる、答えが山のように目の前に現われる機器を持っていることによって、知りたい事にたどり着くまでのもどかしさや苛々、別のことを考えたり、で、別のことを考えることによって新しい知識や知恵が生まれる、という無駄、が人生から排除される仕組みの中で生きてきた若者は僕らが踏んで来たこのような行程をショートカットできることによって感情の持ち駒が凄く減っているんですね。これは明らかに感情の劣化でしょう。

 

そしてこの、知りたい事を直ぐに知れる、忘れてもすぐまた知れる、という緊張感のなさが今度は記憶の劣化を生みます。

僕らの時代はビデオだって満足になかったし、テープで録音することもままならかったので、ラジオで流れる音楽、テレビつけたらたまたま放映していた映画、に対し二度と聴けないか、観れないかも、と思い全神経を集中させ、少しも聞き逃さないようにしたものです。

 

ただし、今でもこういった感覚を得る事はできます。例えば海外旅行。そしてライブ。これはその場にいる者にしか体感できない感動を得れます。が、そういう訓練を日頃行えない環境にいる若者は一期一会な状況を目の前にして、どんな感情が生まれるのでしょうか?

 

僕は敢えてそんな時代の流れに逆らいたい。

いつまでも解決できない問題に対してウジウジと悩み、そして得もいわれぬような感情を撒き散らしたい。

 

 

 

 

うんざりする繰り返し

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きっとこういうことが起きるよ?でもそこで声を高らかにあげたところで、周りの人間は聞く耳を持たない。…ほら起きた…。

 

私は5月末、これでほとほとに疲れました。

そして結果オーライでお疲れ様でした!で今後また同じ事が繰り返される。他人がどうしようと構いませんが、自分の身に予想されるネガティブな事が予想通りに降り掛かり続けるのはとてもうんざりします。

 

人間は限られた能力を努力で補い、補うことによって伸ばせるもの、維持できるもの、ダメージを少しでも減らす、ということを継続することによって昨日よりも「いいと思える」人間になる、という意志を持たない、日々楽しければいいじゃん、という、享楽的であることを優先する人とは本当は一緒に働きたくないですね。

頭が固いんでしょうけど、私はそういう人間です。

 

ただ、ここもどの誤りを繰り返すか繰り返さないかは個人によって違うと思います。例えば、同じ物を毎日食べる、ということが生理的に嫌な人もいます。

同じ服を着るのが嫌な人もいます。

同じ髪型でいるのが嫌な人もいます。

 

ちなみに私は上記については一緒でいいじゃん派です。

それよりももっと大きくて重要な、仕事であったり人生において、上昇を目指すためには過去の失敗を極力繰り返さない、というのは私は普通のことだと思うのですが、そんなことはないんですよね。

今激しく実感しております。

 

ちなみに私は以前会社の同僚から二度、辞めろと言われたことがあるし、上昇志向がない、と言われたことがあるので端から深い意味での相性は良くないのだと思います。

 

ただし、社会なんてそういうもんです。自分と価値観を共有できる、思うことや感覚が近い、人と仕事ができている人なんてそうそういないと思います。

が、これね、若い時はいいんです。その摩擦によって多くのことを考えることができるから。でもね、私も大分大人です。自分ですべきこと、できること、伸ばせるところ、だめなところはわかってきました。そうすると思いっきり気のあう人のみと過ごしたくなるのです。

 

私もそろそろ50歳に近づいてきています。四捨五入すると…涙

気力も体力もまだあるうちに自分は自分の身の振り方を考えなければいけない、ということを真剣に考えなければいけないのかなと、強く思いはじめています。

 

私は逃げたいという気持ちで辞めたことは何度もありますが、前に進みたいという理由でこういう気持ちになったのは初めてです。

 

 

 

 

Futtongのワンマンライブが今月末に…

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このSunday Night Blog、いったいいつ振りの更新なのでしょうか?三日坊主とはこのことですね?継続するのは難しい…言い訳をすれば、継続をする必要性がないと感じているから継続していないのですが、こういうのは、オートマティックに書く位の習慣が出来上がるまで続けないとですね。

 

さて、この久しぶりのタイミングで更新したのは、ワンマンライブを行うからなんです。

 

年に1度!恒例となりつつあるFuttongのワンマンライブです。
場所もお馴染み、三軒茶屋のGrapefruit Moon。
座りながらお酒飲みながら、おつまみ食べながらゆっくりと僕らの音楽を楽しんでください。
結成して12年、共に活動していたバンドがほぼ壊滅状態にある中、僕らは何のプレッシャーも感じず12年のびのびと活動しています。
評価と人気が全く比例しない奇跡のバンド、「Futtong」の音楽を聴きに是非足をお運び下さいませ。

今年もゲストバンド出演の予感!

 

 

 

Futtongワンマンライブ 「Golden Middle Age」
日時:10月30日(日)
会場:三軒茶屋Grapefruit Moon
東京都世田谷区太子堂2-8-12 佐々木ビルB1F
Phone & Fax・03-3487-8159

open:18:30 start19:00
charge:¥2,000(ドリンクは別途オーダー願います)
※学割¥1,200(ドリンクは別途オーダー願います)

Futtong初の野外ライブをしてきました

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皆さんご機嫌いかがですか??

いつも後手後手のブログになり、告知を忘れます。


実は先だっての土日に、池袋西口公園で野外ライブを行いました。

これは、そもそも私が働いているギャラリーで池袋アート・マーケット、「iam」というアート限定フリマを開催しまして、そこでほんの賑やかしということでFuttongのライブを行ったのです。


ここで、愚痴のひとつでもこぼさせていただきますが…

実はこのフリマを企画する段階である方がそこで演奏をさせてくれませんか?と連絡があったのです。

楽器(ドラムセットも含む)やスピーカーも持ち込むので、もしどなたか対バンされる方がいらっしゃるようでしたら是非うちの機材をお使い下さい、とおっしゃったので、実は私もバンドをやっていると。

ドラムセットやスピーカーをお貸しいただけるのであれば、うちのバンドで出ます、という話の流れだったのです。


そしたらですよ、開催のほんの2日前になってやっぱり貸したくない、破損されたら困るからと。

…最初から言えよ…いい大人が直前で話をひっくり返して…。恐らく私の推測では、そこの親(って言っても相当お年です、だって当の本人も私と同世代だもん、もしかすると上かも)が横槍いれたきたんだと思います。会ってすぐわかったのですが、そんなタイプの親だったんです。親も親ならそれに従う子も子です。親のすねをかじって頭が上がらないんじゃないんですかね?そんな面してましたもん。

恐らく二度と会うこともないでしょうから言いますけど、演奏もひどかったです。人前で表現するという心構えもできていないし、各プレイヤーも上手じゃなかったです。ジャズを全くわかっていないプレイヤーが趣味でダラダラ演奏しているといったところでしょうか。音に、何の緊張感もありませんでした。

お金に物を言わせていい楽器お持ちみたいでしたけどね。


…そんな経緯がありまして、我々はベース以外ノーマイクで演奏することになりました。

勿論歌もです。これは初めての体験です。結果から申し上げると非常に良かったのではないかと思います。勿論例のジャズバンドの100倍は良かったと思います。

しかし、マイクなしでだだっ広いところで歌うと、声をどう響かせるか、自分の肉体、骨をどう振動させて歌うか、という意識になります。また、四人のグルーヴがあうと4つの音がひとつの塊になり互いが呼応しあってきもちのいい音が出ます。そんな発見がありました。

音楽って科学的ですね。


お聴きいただいた皆様真にありがとうございました。


セットリスト

5/28(土)

1.できれば僕は

2.Call My Name

3.Miami Garlic

4.愛しのマリー

5.僕達の流行歌


5/29(日)

第一部

1.できれば僕は

2.Waitin On The Road

3.Miami Garlic

4.ミアモーレ

5.愛しのマリー

6.僕たちの流行歌


第二部

1.できれば僕は

2.ミアモーレ

3.愛しのマリー

4.Miami Garlic

5.僕達の流行歌


アンコール

…忘れてしまいました…


ソロアルバムをつくりはじめました

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みなさんこんばんは。


2016年は音源をつくりたいつくりたいと思ってもう半年が経とうとしています…

Futtongの音源もつくります。


僕のソロは、手始めですね。

そもそも何故ソロアルバムをつくろうと思ったか、きっかけは大滝詠一さんが急逝されたことに端を発します。勝手にトリビュートしたかったのです。


なんだか、大滝さんを見ていると、つくってもどうせ人に聴いてもらえないし…みたいな姿勢が阿呆らしく思えてきます。


もう去年になるのですが、つくろう!と思いたち、ほんの数週間で10曲近いマテリアルをi-podに吹き込みました。それをベースにつくっていきたいと思っています。

コンセプトは50~60年代のポップス、一番わかりやすい例で言えばニールセダカ、ですね。当時、同じタイプのシンガーやバンドたくさんいたのに、日本で圧倒的に受け入れられているのって、ニール・セダカとポール・アンカ、ですよね。

これって結局どれだけ日本でプロモーションしていたり、音源が当時国内で販売されていたかに比例すると思います。

以前山下達郎がラジオで、彼の大好きなBeach Boysが人気のない理由は、Beatlesのように国内でプローモーションされたり、ラジオでかかったり、レコードが売られる機会が少なかったからだといいます。

そういうもんなんですよね。


話が逸れましたが、その50~60年代のポップスをベースに、大滝詠一のロンバケやEach Timeイズムを入れる。

コード進行はあまり凝らない、その代わりアレンジで頑張る。

コード進行に関しては、以前このブログで語った、循環コードをかなり強く意識してつくりました。

あとは宅録のできる範囲内で録音方法も凝ってみる。スペクターの真似っこです。

それとこれが何よりも重要、コーラスでいっぱいにする。

僕はいつも隙間を埋めるために、ギターをコードでじゃんじゃか鳴らすのですが、今回は、それはせず、ギターも極力クリアトーンで録音します。

コーラスで音圧をぶあつくしたいと思っています。


このブログも、レコーディング日誌になるよう、日々コツコツ、誰に期待されることもなく、やっていきたいと思います。



Dr.カトー診療所のライブ、して来ました

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Dr.カトー診療所とは、山下達郎のカバーバンドのことです。このバンドに加入したのは2014年。初ライブ(ワンマン)が9月。時の流れは早いものです。


このバンドに加入していなければ僕は山下達郎を聴く事も一生なかったろうし、ここまで大滝詠一にハマることもなかったろうと思います。

特に山下達郎のサウンド、ソフィスティケートなソウルミュージックっていうか、アーバンミュージックっていうか…僕の一番苦手とするところです。特に80年代のスタジオミュージシャンはFusionがかっている人が多い様に見受けられ、それもまた苦手なのです。

機材が発達しはじめた80年代のあの音…。


しかしながら、山下達郎は自らが創り出す音楽とは裏腹に50~60年代のポップス、R&B、ドゥワップ他など、というか、その年代に限らず、をこよなく愛している人です。

彼がそういったバックグラウンドをストレートに音楽として表現しないのは、自分の資質というものをしっかり理解し、自分の声にあうサウンドを模索して形にしているからです。

その音楽に対する誠実な態度、そしてクレーバーさは本当に尊敬します。

なんてかっこいい男なんでしょう。


そういったことを踏まえてしっかり聴くと、当時のそれらしい音楽を上っ面でそれらしく演奏し歌っているミュージシャンとは一線を画しているということがわかります。山下達郎が自分の音楽をロックンロールと言うはとても理解できます。


僕らDr.カトー診療所が山下達郎のそういった音楽に対する真摯な姿勢までまねることが出来ているとはとても言い切れませんが、僕としてはそういったスピリットまでも継承してこそ、山下達郎のカバーバンドと名乗れるのでないかと思います。


まだまだあまりに修行が足りません。


先日のライブから。

ミスだらけですが、彼のファーストアルバムに収録されている「Windy Lady」

ちなみに我々が演奏したのは、Sugar Babeアレンジです。


ちなみに昨日のライブ、私が在籍してからは一番良くないライブでした。

それって、前進しているってことなんです。



寝ないで5時間スタジオ

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理由もなく眠れない日ってありますよね。


最近では睡眠導入剤を飲む人も少なくないようです。私は、怖くて飲めません。絶対にそれに頼ってしまう人生になるから。

眠れない時間から産まれたものもたくさんあります。なので、私にとって眠れない時間というのは必須なのかもしれません。


さて、昨日のことですが5時間スタジオ入らなきゃいけない日に限って眠れませんでした。

睡眠不足は喉の大敵です。声が出なくなります。

声が出ないととてもストレスが溜まります。


更に私はここ数ヶ月間、声を出すと堰が止まりません。参った…


それでも5時間歌いこなすのはこれはもう、根性と場数ですな、わっはっはっは。


さて、本日はFuttongのギターであるはっしがメンバーであるキャデラック・クラスのライブに下北沢はBreathに行って来ました。

私はあまり他のバンドのライブを行かない不精者ですがたまに行くといいですね。

我を顧みるいい機会にもなります。


キャデラッククラスに関する誠意ある感想

1.ドラムとベースのコンビネーションがもっと良くなるといいな。互いにもう少し相手の出す音を聴きながら演奏したらグルーヴが生まれると思います。グルーヴは、正確にリズムをキープしなくても生まれます。

2.ボーカルのムラヲさんはハンドマイクで歌う、要は歌に集中した方がいいかと思います。ギターに気を取られて歌が弱くなる時があります。

3.あと、曲にもっと起伏をつけたアレンジをした方がいいかなと思います。強弱をつける、聴かせたいとこをしっかり聴かせる、という意識を持つともっと聴く側に伝わると思います。


私は、どうしても曲をこねくり回す傾向にあるので、ムラヲさんがつくる胸がすくようなロックンロールはいいですね。ポジティブな気分になります。


さて、私は幼き頃、作曲家が誰なのか気にするような頭脳を持ち合わせていない位子供だったころ、森進一冬のリヴィエラ、そして小林旭の熱き心に大好きでした。

どちらも大滝さんの作曲なんです。それを知ったのははっぴいえんどを聴き始めた大学生の頃です。