「はい、泳げません」 | 日月抄ー読書雑感

「はい、泳げません」

高橋秀実氏が書いた「トラウマの国」 については5月30日のブログにその感想を書いたが、日本人のトラウマの実態をユーモラスに描いて話題を呼んだ本である。その高橋さんが、またまた面白い本を出した。「はい、泳げません」という意表をつく題の本である。書店で立ち読みをしただけで書評を書くのはおこがましいが、自分の体験をふまえてこの本を紹介したい。

この本は四十年以上もカナヅチだった著者が、知人から「泳げると人生が変わる、世界が変わるよ」といわれスイミングスクールに通い悩みながら、愚痴りながら、「泳げない」と「泳げる」の間を漂い続ける、体験的なスイミング・ルポである。小学校4年の夏プールでおぼれ40歳も超えた今も水が怖くて足がすくむ状態だったようだ。

かくいう私も小学校5年の時、川で泳いでいる途中深みにはまりおぼれ、危うく先輩に助けられ、しばらく川が怖く泳ぐのをやめた体験がある。しかし先輩たちから「誰でもその体験があり、それを乗り越えてきたのだ」と励まされまた泳ぎを始めた記憶がある。しかし、今でも川の流れを見ているとそのときの記憶が甦り立ちすくむときがある。まさに「トラウマ」である。

美人の鬼コーチから特訓を受け「死体と同じです。力を抜けば浮いてくるんです」という指導は、自分がおぼれたときも必死にもがけばもがくほど沈んでいき、さらにあせるという体験をしているので、けだし名言である。高橋さんはこの話を聞いて「いったん死ぬのかと思った」と書き我々を笑わせる。

この本を書店のスポーツコーナーで見つけた。もちろんこの本を読むと、呼吸のしかた、体の動かし方など、泳ぎかたにも目を向けており、参考になるが「泳ぎ入門」の本ではない。特訓記録をつぶさに描いて転んでも(おぼれても?)ただでは起きない作者のルポ魂を感じると同時に、コーチとのやりとりの様子をユーモラスに描きながら、世の中を泳ぐための箴言をちらつかせ我々を唸らせる。高橋さんの著書はダイエット、ラジオ体操など日常生活にある事象に目を向けさせ、我々に何かを考えさせるものを提示している。今度は何に目を向けるのか楽しみである。

高橋秀実著  はい、泳げません  新潮社  2005年6月刊